体育館の床にぺたんと座り、校長先生の話を聞く。
聞きながらこっそり視線を送るのは、体育館の隅っこ。
倉田樹先生。
担当教科は英語。歳は、たしか27。
バスケ部の副顧問だけど、指導しているところは未だ見かけたことがない。
クセ毛なのか、クセ毛風なのかはわからないけど、ゆるく波打つ髪はやわらかそう。
眉毛を撫でるようにして前髪をはらう仕草は、女子生徒の間でも話題に上がったことがある。
わたしも。かっこいいと思った。
暑くなってもワイシャツは長袖で、授業中に袖をまくり上げる姿に見入ってしまったこともある。
そのときは、べつに。べつに、なんとも。
大きな背中。
ふわふわと、揺れる。
ハンドルを握る手。
ゆらゆらと、揺れる。
思い出すのは、あの日のこと。
口元が緩んで。ドキドキして。なんだか苦しい。
始業式が終わり、みんながぞろぞろと体育館を出ていく。
ふと、数名の女子生徒が先生に走り寄る姿が目に飛び込んできた。
まわりは騒がしいし、この距離からは話している内容は聞こえない。
ただ、先生は笑っていて。話しかけた生徒たちも笑っていて。
慣れない眼鏡のせいかもしれない。
ちょっとした頭痛がして、眼鏡を外しかけた。
黒くふちどられた世界。
先生を中心に広がった世界を、わたしの眼鏡のフレームが切り取る。
少し日に焼けた肌の先生を、体育館に射し込む太陽の光が照らしている。
夏の終わりと、秋のはじまり。そんな狭間の色を纏っているみたい。
なんて綺麗なんだろう。
「どうしたの?」
華乃が心配そうにわたしの顔を覗き込む。
「ううん。ちょっと、眼鏡が、」
胸の奥から込み上げてくる熱いなにかが、あとに続く言葉を溶かしてしまった。
「度数が合ってないの?」
華乃の言葉に首を横に振った。
「慣れてない、だけ」
そう。慣れていないんだ。