「ありがとうございました」
 自宅前。車から降りると、運転席から心配そうな顔でわたしを見つめる先生にお礼を言った。
「無理せず、今日はなるべく早く休むように。
ちゃんと水分を摂って、」
 先生はそう言ったあと、思い出したように、
「ごはん、ちゃんと食べてるのか?」
 と付け足した。
「え…?」
「あ…、いや。無理なダイエットとか、してないか?」
 いきなりそう聞かれて少し驚いたわたしだったけれど、
「ダイエットなんかしてません」
 正直に答える。
「そうか。うん。それなら、いいんだ」
 先生はそう言って小さく笑った。
 首を傾げるわたしに、
「いや、なんでもないよ。あぁ、ほら、早く家に入りなさい。外は暑いし」
 少しだけ困ったような、と言うよりも、焦ったような、と言ったほうが正しいかもしれない。
 眉尻を下げた先生が、左手を揺らし、家へ入るように促した。
 本当は、先生の車が見えなくなるまで見送りたかった。でも、ほら早く、と先生が何度も言うから仕方がない。
 深々と頭を下げたわたしはのろのろと玄関のドアの前まで行き、スクールバッグから家の鍵を取り出し、開けた。
 背後で先生の車が発進する音がした。
 体にまとわりついてくる熱も、鉛でも入っているかのような下腹部の重たさも、どうでもいいと思うくらい。
 わたしの意識が後ろへと引っ張られる。
 くるりと体の向きをかえたわたしは、スクールバッグを放り出し、門扉を開けた。
 急いで飛び出したつもりだったけれど、先生の車は既に見えなくなっていた。
 握りしめていたオレンジジュースは汗をかき、ゆっくりとその温度を変えていく。
 とくん、とくん、とくん。
 わたしの心臓の音が、いつもより大きく響いて聞こえた。