「つめがのびてますね、えいむさん」
「え?」

 スライムさんに言われて私は手を見た。
 たしかに、ちょっと指の先まで爪がのびている。

「うん、切らないとね」
「えいむさんは、ふだん、どのようにしてつめをきっていますか?」
「えっと、あ、ああいうやつで」
 私はよろず屋のカウンターの、一番下の段の端っこに置いてある小さいハサミを指した。

「あれできってるんですか?」
「うん。右手の爪を切るときに、左手で切るのがちょっとヘタになっちゃうから、たまにお母さんにやってもらったりするよ」
「どうしてへたになるんですか?」
「右利きだから」
「みぎきき……?」
「そっか、スライムさんは、そういうのないもんね」
「む」

 スライムさんは、むっとしたように私を見る。
「ぼ、ぼくだってみぎききくらい、ありますよ!」
「そういう言い方じゃないものだと思うんだけど」
「ほら、見てください!」

 スライムさんはカウンターの中にあった、小さいハサミを持ってきた。
 そして、体の左側のぷよぷよしたところで支える。
「あ、あー! ぼく、ひだりがわでもつの、むずかしいなー! やっぱり、ひだりがわは、みぎききだなー!」
「えっと……」
「ぼくもみぎききだなー!」
「そっか。じゃあ、一緒だね」
「! はい!」

 スライムさんは右利きということをちゃんと理解していないような気がする。
 けれども、スライムだとしても、絶対に利き手がない、っていうことも言い切れない。
 右利きということにしておこう。

「ところでえいむさん。つめをきるなら、もっといいものがありますよ!」
「え、なに?」
「これです」

 スライムさんは、カウンターの中にならべられていたものの中から、きれいな石を口にくわえて持ってきた。
 カウンターの上に置く。

 透きとおった緑色で、宝石のようにも見える。

「これは?」
「どうですか!」
「きれいだね」
「そうでしょう! ちょっと、てにとってみてください!」
「うん、わかった」

 と手にとってみると。
「わわわっ!」
 てっきり硬いものかと思っていたのに、その石はぐにゃりと形を変えて私の指にくっついてきた。

「あ、ちょっと、わっ!」
 手を振ったら、ぽーん、と取れて床に落ちた。

「えいむさん、なげないでください!」
「ご、ごめん。でもびっくりしたから」
「それはしょうがないですね。おどろくとは、いきている、ということでもありますからね……」
「で、これはなんなの?」

 私が見ていたら、スライムさんは何事もなかったみたいにそれをくわえて、またカウンターの上に置いた。

「つめをたべます!」
「え」

 右手を見たら、たしかに、人さし指の爪だけが短くなっていた。
「これ、ほっといたらもっと食べちゃうってこと?」
「ちょうどいいくらいしか、たべないそうです!」
「ちょうどいいくらい……」
 ちょうどいいというのは、人によるのではないのだろうか。

「えいむさん、ほかのゆびが、まだですよ!」
「えっと、やめとく」
「でも、ひだりては、みぎききのかんけいで、やっておかないとこまりますよ!」
「お母さんにやってもらう」

「……えいむさん」
「やめとく」
「えいむさ」
「やめとく」
「……」
「……」

「えい」
「やめとく」
「……すばやいはんのう! やりますね!」
「ふふふ。スライムさんもね!」
「……」
「……」
「おちゃをのみますか?」
「飲む!」
「あ、やみくもに、やめとく! っていわず、ちゃんとはなしをききましたね! すごいです!」
「ふふふ。私はすごいエイムさんだよ」
「あ! ずるい! すごいのはぼくです!」
「ふっふっふ。私もすごいのだ」
「あーずるい! かえしてください!」
「ふっふっふ!」

 私は、追いかけてくるスライムさんから走ってよろず屋の中を逃げまわった。