今日は天気が良かったので、庭に椅子を運んで読書をしていた。
木の下にいると、おだやかな風がふいていて気持ちがいい。
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
しばらくそうしていたら、くしゃみが出た。
何度も続けて出る。
おかしいなと思って家の中にもどると、落ち着いた。
また外に出るとくしゃみが出る。
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
でも、外を歩いていたらくしゃみが止まらなかったので、いったん家にもどった。
しばらくすると、くしゃみが止まる。
「うーん」
どういうことだろう。
私は顔にタオルを巻いてみた。
そうしたら、数は減った。
「へっくしゅん!」
でも止まらない。
どういうことだろう。
母に相談すると、よろず屋で薬をもらってきたらと言われたので、行ってみることにした。
正体を明かすことができない悪い人みたいだ、と思いながらよろず屋へ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ! おや?」
カウンターの上に現れたスライムさんは、目をぱちぱちさせていた。
「あ」
私は急いで顔に巻いたタオルを外した。
「こんにちは」
「えいむさんとおもったら、えいむさんではなかった……?」
「私じゃないと思ったら、私だったんでしょ?」
逆だよ。
「そんなかっこうをして、だれかに、おわれてるんですか?」
「実はね……」
「はい……!」
「誰にも追われてないよ」
「!? えいむさん! ぼくを、おどかしかけましたね!」
「ふふふ。……へっくしゅん!」
「? どうしました?」
「あ、これはね」
私は、今日のことを話した。
「ふむふむ。きょうは、そとにでると、くしゃみがでる」
「うん」
「せきは、どうですか?」
「セキは別に」
「ふむふむ。はなみずはどうですか?」
「あ、ちょっと出る」
「もしかして、めが、かゆくなったりしてますか?」
「あ、うん、かゆい! どうしてわかったの?」
そう言われると、よけいにムズムズしてくる。
「わかりましたよえいむさん! えいむさんは……」
「ごくり」
「……」
「あれです!」
「……あれ?」
「そうです! なまえはわすれましたが、ぼくには、かくしんがあります! くすりもあります!」
「あるの? やった!」
「ふっふっふ。ぼくをだれだとおもってるんですか? すごいすらいむですよ?」
スライムさんは得意げに笑いながら、カウンターから変わったものを出してきた。
「どうぞ!」
受け取る。
私の指くらいの太さで、長さはペンくらい。
半透明でぷるぷるしていて中に芯がないので、ちょっと動かすだけで大きくゆれる。
「なにこれ」
「これを、はなのあなにいれます」
「ええ?」
「すると、はなのねんまくが……。あの、あれになって、それが、えいむさんのはなを、とてもよくします!」
「どういう作用で?」
「えっと……。そんなことはどうでもいいでしょう!」
スライムさんは大きな声で言った。
「だいじなことは、よくなる、ということです!」
「わかった」
「ぼくがいちどでも、まちがったことをいいましたか?」
「あるかないかで言うと……」
「まちがいはだれにでもあることです! えいむさんは、それをみとめるべきです!」
「わかった」
「では、どうぞ!」
でも、鼻の穴よりも太い気がする。
入らなかったらやめようと近づけてみる。
ぬるり、と入ってしまった。
「どこまで入れるの?」
「ちょっとでいいです! はんたいがわを、もうかたほうのあなに、いれてください!」
「ええ?」
私は気がすすまなかったけど、反対側に入れてみた。
きっといま私は、鼻に輪っかをぶら下げている牛みたいになっているのだろう。
「これでいいの?」
「えいむさん、かっこいいです!」
「ん?」
それはどうだろう。
「それではかぞえます! 1、2、3……」
「……18、19、20! もういいですよ!」
私はするりと鼻に入れていたものを抜いた。
「これでなおりました」
「本当に?」
ちょっと外に出てみる。
深呼吸。
「ちゅんっ」
小さなくしゃみが出た。
「……ちゅんっ」
しばらくすると、また出た。
「どうですかえいむさん!」
「えっと……?」
「くしゃみがくるしかったのが、すっかり、よくなったでしょう!」
たしかに、くしゃみは全然苦しくない。
すごく楽になった。
「よかったですか!?」
「えっと、うん。ちゅんっ。楽になった」
「やりました!」
スライムさんは、ぴょんぴょん喜んでいた。
せっかくなら完全に治してほしいところだけど、そういうことを言うと、スライムさんは人の命を救うようなとんでもない薬を出してきそうなのが、むずかしいところだ。
ちゅんっ。
道を歩いていると、よろず屋の前にはスライムさんがいるのが見えた。
私が手を振ったら、スライムさんもぴょんぴょんと、応答してくれた。
それだけじゃなくて、ぴょぴょぴょぴょ、と走ってくる。
「えいむさーん、いらっしゃいませー!」
私の前で、ぴたっ、と止まった。
「こんにちは。ずいぶん早い、いらっしゃいませだね」
よろず屋からは、ちょっと離れてしまった。
「そこです!」
びしっ、とスライムさんが三角形になった。
そのとがった部分で私を指していた。
「どこ?」
「ぼくはかんがえました。そしてあきらめました」
「なにを?」
「おみせは、どこまでがおみせなのか、です」
私は、道を行った先にあるよろず屋を見た。
「あそこ」
「ちがいます!」
「ちがうの?」
「ちがいません! あれはぼくのおみせです! ああもう! これだから、えいむさんはえいむさんなんですよ!」
「えっと?」
「ちょっときてください!」
私とスライムさんは、よろず屋の前まで行った。
「いいですか? ……いらっしゃいませ!」
スライムさんは、お店の中から言った。
「なにか、おかしかったですか?」
「ううん」
「では」
スライムさんは、入り口の前まで出てきた。
「いらっしゃいませ! これは、おかしいですか?」
「ううん」
スライムさんは、なにを言いたいのだろう。
スライムさんは、私にもうちょっとさがるように言った。
結局、二十歩くらい、お店から離れた。
「いらっしゃいませ! これは、へんですか?」
「変っていうか。ちょっと、早いかな。お店から離れてるし」
「それです!」
「え?」
「ぼくが、おみせのそとであいさつをしたときは、もう、おみせのなかじゃなかった! なのに、へんじゃなかった! ここまではなれたら、へんになった! じゃあ、おみせは、どこまでなんですか! ぼくのおみせは、どこにあるんですか!」
「あそこにあるよ」
私はよろず屋を指した。
「そういうことじゃありません!」
「うん」
もちろんわかってる。
わかってるけどわからない。
たしかに、スライムさんが言うとおり、お店の外でいらっしゃい、というのは変かもしれない。
でも変じゃないような気もする。
「ぼくは、よろずやがどこまでなのかがわからないなら、どうしたらいいか……」
「気にしないで、いままでどおりやればいいと思うけど」
「そんないいかげんなことでいいとおもってるんですか!」
スライムさんは言う。
「えいむさん! もっと、きちっと、しなければいけませんよ!」
「えっと……?」
「わるいことをしたら、あやまるんです!」
「ごめんなさい」
「すなおでよろしい!」
「でも、どうして急にそんなことを考えたの?」
「こほん。それはですね。さっきぼくは、えいむさんがもうすぐくるんじゃないかとおもって、おいしいやくそうをよういしていました」
「ありがとう」
「でも、ただあげるよりも、ちょっとびっくりさせたほうがおもしろいとおもったんです!」
「……それで?」
「そとにでて、えいむさんの、うしろをついていって、おみせにはいったとたん、うしろからこえをかけたら、びっくりするとおもったんです!」
楽しげなスライムさんの表情がくもった。
「でも、ぼくはおもいました。これは、えいむさんを、ぼくのおみせでおどかしているのだろうか。ぼくのおみせでえいむさんをおどかすならいいですけど、そとで、えいむさんをおどかすのは、わるいことをしているんじゃないかと。ぼくは、そうかんがえたのです……」
「なるほど」
私は腕組みをした。
「スライムさんは、私をおどかすなら、自分のお店の中じゃないといけないと思ったんだ」
「そうです」
「それなら、私には、ふたつ、言いたいことがあります」
「なんですか?」
スライムさんは私を見上げた。
「まず、どこであいさつをしても、スライムさんのお店は、あそこだと思う」
私はよろず屋を指した。
「あいさつを早めにしただけで、お店の場所は変わったりしないと思うよ」
「なるほど……。ぼくのおみせは、かわらない!」
「うん」
「やりました!」
スライムさんは、ぴょんぴょんした。
「あと、スライムさん?」
「なんですか?」
「私をおどかそうとしたんだよね?」
「はい」
「悪いことをしようとしたんだよね」
「……おや?」
「したんだよね?」
「……はい」
「悪いことをしたら?」
「ごめんなさい」
「すなおでよろしい!」
私が笑うと、スライムさんも笑った。
それからスライムさんの笑いが引っこんだ。
「でも、ぼくはまだ、わるいことをしてませんよね……? わるいことをしようとしたばあいは、あやまったほうが、いいんですかね……?」
「うーん……?」
今度は、私もしばらく考えることになった。
「もんだいです」
よろず屋に入ったら、急にカウンターの上にいるスライムさんがそう言った。
「え?」
「せかいで、いちばんたかいやまのなまえを、こたえなさい」
スライムさんはまじめな顔で言った。
「なんの話?」
「そのぼたんをおしてから、おこたえください」
スライムさんは、すっ……、と四角い小さなものを、前に押した。
手のひらくらいの大きさで、上の面に、ぽちっ、と黒いものが出ていた。
それを押してみる。
ぽーん!
「わっ」
元気な音がした。
「はいえいむさん!」
「え?」
「おこたえください!」
「ええと」
世界で一番高い山、って言ってたっけ?
……うーん。
「えっと、あの、よくわからな」
「じかんぎれです!」
ブー、とスライムさんが言った。
「難しいよ。正解はなんなの?」
「それは」
「それは?」
「……ぼくもわかりません」
「ええ?」
「じつは……」
スライムさんによると、この、早押しボタン、というものを手に入れたので、さっそく問題を出したかったのだという。
「でもじゅうだいなもんだいがあったのです。ぼくは、もんだいをしらなかったのです……!」
「えっと?」
問題があった、問題を知らない、と問題という言葉が重なっているのでわかりにくいけど。
「じゃあ、わかる問題を出せばいいんじゃない?」
「そうですか……?」
「うん」
「なるほど」
スライムさんは、ぱっ、とひらめいた。
「それなら。もんだいです! このおみせで、やくそうは、いくらでしょう!」
「はい!」
ポーン!
「はいえいむさん!」
「7ゴールド!」
「せいかいです!」
スライムさんは、ぴょん! とはねたあと、うなだれてしまった。
「どうしたの?」
「なんだか、かっこよくないです」
「そう?」
「せかいでいちばんとか、そういうもんだいが、いいんです!」
スライムさんがぴょんぴょんはねる。
「難しいのが、かっこいい?」
「はい!」
「……でも、難しくなくても、おもしろいよ」
私はボタンを押した。
ポーン!
「7ゴールド! ……こんな感じで答えるの、おもしろいよ」
「おもしろいんですか?」
「うん。かんたんなのでいいよ」
「そうですか? じゃあ、いきますよ?」
スライムさんはまだしっくりきていないようだった。
「うん」
「もんだいです。ぼくは、みずにぬれると」
ポーン!
「あ」
指があたってしまった。
「ごめんごめん、まちがって途中で押しちゃった」
「……いいですね、えいむさん!」
「ん?」
「とちゅうでおすの、いいですね、えいむさん!」
スライムさんは興奮してとびはねる。
「とちゅうで、おすの、かっこいいです!」
「そうかな?」
「そうです! こたえてください!」
「え?」
「おしたんだから、こたえてください!」
「えっと……」
スライムさんが、水にぬれると……?
「水を吸って、大きくなる」
「せいかいです! すばらしいです!」
スライムさんがぴょぴょぴょぴょと、はねまわった。
「ぼくも、やってみたいです!」
スライムさんは言った。
「いいよ」
「はい! もんだい、だしてください!」
「わかった。じゃあ、スライムさんは、私によく、食べ物をくれますけれども、それはいったいなんでしょう!」
「……んん?」
スライムさんは体を傾けた。
「んん?」
「……やくそう」
私は小さい声で言った。
「あ!」
ポーン!
「はいスライムさん」
「やくそうです!」
「正解!」
「やりました!」
スライムさんはぴょんぴょんはねた。
すぐ止まった。
「もんだいのとちゅうでこたえるやつ、できませんでした」
「じゃあ、他の問題を」
「おなじもんだいで、おねがいします」
「同じでいいの?」
「はい!」
「……それ、かっこいいの?」
「はい! もんだいのないようは、このさい、どうでもいいのです!」
「どうでもいい」
「じゅうようなのは、みためのかっこよさです!」
「なるほど……」
言い切られると、そんな気がしてくる。
「ではえいむさん! やくそうのもんだいを、よろしく!」
スライムさんは、きりっ、とした顔で問題を待っていた。
たしかにかっこいい。
答えをあらかじめ知っているという、不正をしているとはすこしも思えない、堂々たる態度だった。
道を歩いていたら、落ちていた葉っぱがくるくると渦をまきながら飛んでいた。私のひざくらいの高さだ。
そのくるくるの風が私に近づいてくる。
脚にからみついてくるようにやってくると、葉っぱはくるくるしたまま、通り抜けていった。
くるくるしながら、離れていった。
ああいう風って、なんていったかな。
「それは、つむじかぜですね」
スライムさんは言った。
カウンターの上にいて、なぜか薬草をふんで、平べったくしている。
「つむじ風か。なるほど!」
私は納得した。
めずらしく、スライムさんが正解を言っている気がする。
「えいむさん。あなたはいま、ぼくに、しつれいなことをかんがえましたね?」
「え? わかるの?」
「そうだったんですかえいむさん! しつれいですよ!」
スライムさんがぴょんぴょん。
「あれ、スライムさん、もしかして、だましたの? わからないのにわかったふりしたの?」
「むむ。えいむさん、そ、そんなこといってるんだったら、つむじかぜをつくれるほうほうを、おしえてあげませんよ!」
「え、つくれるの?」
「どうしましょうかねー」
スライムさんは、もったいぶるように私を見た。
「つくるって、風を?」
「そうですよ!」
「かぜをつくるって、どういうこと?」
「つまりですね」
スライムさんは、カウンターの奥に降りるとそのあたりをごそごそと探っていた。
頭に杖をのせたスライムさんはお店の外に出た。
「こうします」
スライムさんが、体で包むように持った杖をくるりとまわす。
すると。
「わっ」
私の足の近くで、空気がくるくるまわった。
でもすぐ消えて見えなくなった。
「つむじ風だ!」
「すごいでしょう」
「すごい!」
私が言うと、スライムさんは満足そうに、にこにこしていた。
「その杖の力なの?」
「はい。これは、かぜかんけいのつえです!」
「風関係」
手広くやっている杖のようだ。
「大きいつむじ風もつくれるの?」
「おおきくまわせば、できます! たくさんまわすと、つよいかぜになりますよ!」
「へえ」
「やってみますか?」
「え?」
「どうぞ」
杖をわたされてしまった。
「どうしました?」
「うーん。なんか、ちょっとこわいかもしれない」
「だいじょうぶですよ。さいあく、まちがほろぶくらいです」
「大変だよ!」
「えいむさん。きをつけていれば、さいあくなことには、ならないものです。さいあくとは、さいあくをわすれてしまったひとに、おこるものです……」
スライムさんは遠い目をした。
「えっと?」
「つまり、こわいなら、そっとやればいいんです」
「なるほど」
私は深呼吸をした。
空中で、さっきスライムさんがやったよりも、さらに小さいくらいの円を描いてみる。
「あ」
足の近くで空気がちょっとだけ、くるりとまわった。
「出た」
「はい!」
「もう一回、やってもいい?」
「はい!」
私は、同じくらいの大きさの円を今度は、くるくるくる、と三回やってみた。
「お」
私のひざくらいの高さしかないけれど、葉っぱや土を巻き上げたのが、はっきり見えた。
「まだまわってる」
「えいむさん、もっとだいたんになってみましょう」
「大胆に?」
「もっと、こころをときはなつのです……」
それはよくわからないけど、私はまた、小さな円を描いた。
でも今度は、何度も何度もくるくるやってみる。
くるくるくるくる、と十回くらいやってみた。
するとしっかりとその場に残っている。
落ちていた葉っぱを上から落としてみたら、風に巻き込まれてくるくる一緒にまわっている。
止まらないように、私は追加でまたくるくると杖を回しながら、スライムさんにきく。
「スライムさん、これ、さわったらどうなるの?」
「すずしいんじゃないかとおもいますけど」
「ふうん」
そう言われたので、私は軽い気持ちで、足をその小さなつむじ風に足をふみいれてみた。
「わっ!」
足が押し返されて、私は尻もちをついていた。
「えいむさん! だいじょうぶですか!」
「うん、平気だよ」
私はすぐ立ち上がった。
痛みもない。
「ちょっとびっくりした。なんだか、誰かが、私の足をぐいっ、て押し返したみたいだった」
「そうなんですか?」
「うん」
「……じゃあ、ぼくもやってみますね!」
「え?」
なにが、じゃあ、なの? ときこうと思ったら、スライムさんはもう、つむじ風に向かって、飛びこんでいった。
「えいっ!」
と入っていったスライムさんは、つむじ風の中でくるりと回転した。と思ったら、よろず屋の屋根くらいの高さまでぴょーん、と回転しながら飛び上がった。
そして同じ場所に落ちてくると、つむじ風に受け止められた。
受け止めた勢いでつむじ風は消えてしまったみたいで、スライムさんは、ふわりと着地。
「だ、だいじょうぶ、スライムさん?」
「はい! ちょっと目がまわりましたけど、おもしろいです! もう一回やってください!」
「ええ?」
スライムさんがせがんでくるので、私はもう一回つむじ風をつくった。
そこへスライムさんが飛びこみ、ぴょいーん、と高く上がって、つむじ風にもどってくると、ふわりと着地だ。
「おもしろいです!」
スライムさんの目がちょっとくるくるまわっている。
「私もやってみようかな」
「おもしろいですよ!」
「じゃあ」
杖をくるくるまわして準備。
ちょっとこわいけど、そこに飛びこんでみた。
そうしたら、ふわっ、としたけど、それだけ。
すぐ着地してしまった。
「あれ?」
もう一回風を準備してやっても、同じだった。
「あの、いいにくいんですけど……」
スライムさんが言う。
「えいむさんは、その、たいじゅうが、おもいじゃないですか……? だから、だと、おもいます……。あしだけなら、あがると、おもいますけど、ぜんしんは、ちょっと……。どうしてもやるなら、もっとつえをまわすと、とびあがれるようになると、おもいます……」
「ちょっとスライムさん! その言い方だと、私がものすごく体が重いみたいでしょ!」
「あ……、えっと……、そんなことは、ありません……」
「スライムさん!」
「えいむさんがおこった!」
スライムさんは、私が準備したつむじ風を巧みに利用すると、ぴょーん、とよろず屋を飛び越えて、お店の裏の方へ飛んで逃げていってしまった。
「スライムさーん!」
なにそれすごーい!
「つめがのびてますね、えいむさん」
「え?」
スライムさんに言われて私は手を見た。
たしかに、ちょっと指の先まで爪がのびている。
「うん、切らないとね」
「えいむさんは、ふだん、どのようにしてつめをきっていますか?」
「えっと、あ、ああいうやつで」
私はよろず屋のカウンターの、一番下の段の端っこに置いてある小さいハサミを指した。
「あれできってるんですか?」
「うん。右手の爪を切るときに、左手で切るのがちょっとヘタになっちゃうから、たまにお母さんにやってもらったりするよ」
「どうしてへたになるんですか?」
「右利きだから」
「みぎきき……?」
「そっか、スライムさんは、そういうのないもんね」
「む」
スライムさんは、むっとしたように私を見る。
「ぼ、ぼくだってみぎききくらい、ありますよ!」
「そういう言い方じゃないものだと思うんだけど」
「ほら、見てください!」
スライムさんはカウンターの中にあった、小さいハサミを持ってきた。
そして、体の左側のぷよぷよしたところで支える。
「あ、あー! ぼく、ひだりがわでもつの、むずかしいなー! やっぱり、ひだりがわは、みぎききだなー!」
「えっと……」
「ぼくもみぎききだなー!」
「そっか。じゃあ、一緒だね」
「! はい!」
スライムさんは右利きということをちゃんと理解していないような気がする。
けれども、スライムだとしても、絶対に利き手がない、っていうことも言い切れない。
右利きということにしておこう。
「ところでえいむさん。つめをきるなら、もっといいものがありますよ!」
「え、なに?」
「これです」
スライムさんは、カウンターの中にならべられていたものの中から、きれいな石を口にくわえて持ってきた。
カウンターの上に置く。
透きとおった緑色で、宝石のようにも見える。
「これは?」
「どうですか!」
「きれいだね」
「そうでしょう! ちょっと、てにとってみてください!」
「うん、わかった」
と手にとってみると。
「わわわっ!」
てっきり硬いものかと思っていたのに、その石はぐにゃりと形を変えて私の指にくっついてきた。
「あ、ちょっと、わっ!」
手を振ったら、ぽーん、と取れて床に落ちた。
「えいむさん、なげないでください!」
「ご、ごめん。でもびっくりしたから」
「それはしょうがないですね。おどろくとは、いきている、ということでもありますからね……」
「で、これはなんなの?」
私が見ていたら、スライムさんは何事もなかったみたいにそれをくわえて、またカウンターの上に置いた。
「つめをたべます!」
「え」
右手を見たら、たしかに、人さし指の爪だけが短くなっていた。
「これ、ほっといたらもっと食べちゃうってこと?」
「ちょうどいいくらいしか、たべないそうです!」
「ちょうどいいくらい……」
ちょうどいいというのは、人によるのではないのだろうか。
「えいむさん、ほかのゆびが、まだですよ!」
「えっと、やめとく」
「でも、ひだりては、みぎききのかんけいで、やっておかないとこまりますよ!」
「お母さんにやってもらう」
「……えいむさん」
「やめとく」
「えいむさ」
「やめとく」
「……」
「……」
「えい」
「やめとく」
「……すばやいはんのう! やりますね!」
「ふふふ。スライムさんもね!」
「……」
「……」
「おちゃをのみますか?」
「飲む!」
「あ、やみくもに、やめとく! っていわず、ちゃんとはなしをききましたね! すごいです!」
「ふふふ。私はすごいエイムさんだよ」
「あ! ずるい! すごいのはぼくです!」
「ふっふっふ。私もすごいのだ」
「あーずるい! かえしてください!」
「ふっふっふ!」
私は、追いかけてくるスライムさんから走ってよろず屋の中を逃げまわった。