「こんにちは」
 よろず屋に入ると、スライムさんがカウンターの上に現れた。
「いらっしゃいませ!」
 スライムさんはにこにこしていた。

「こんにちは……」
「げんきがないですね、せいむさん」
「エイムだよ。今日はすごく惜しいね」
「えいむさん、どうかしましたか」
「このお店って、お酒は売ってる?」
「いけませんよえいむさん。おさけはもっとおとなになってからです」
 スライムさんが口をへの字にした。

「私が飲むんじゃないよ。お父さんだよ」
「えいむさんのおとうさんは、おさけがおすきですか?」
「うん……」
「それがいやなんですか?」
「そうなの。お父さんはお酒を飲むと、人が変わっちゃって」
「まさか、ぼうりょくをふるうんですか?」
 スライムさんはぴょんぴょんはねた。

「ええと、そうじゃなくて」
「ゆるせませんね!」
 スライムさんはカウンターから飛び降りた。
 下でごそごそやっていたが、木の棒をくわえてカウンターの上にもどってきた。

 スライムさんは、水が流れるようになみだを流していた。

「そんなことをするのなら、この、なげきのつえで、いっしょうなみだをながしつづけるようにします!」
「スライムさんが泣いてるよ!」
「このつえをさわっていると、なみだがとまらなくなるのです!」
「誰がそんなものを……」
 私にはまったく使い道がわからなかった。

「とにかくそれは置いて。暴力を振るわれたりしてないから」
「そうなんですか」
 スライムさんは杖を置いた。なみだを流したせいか、すこしスライムさんが小さくなったように見える。

「お父さんは、お酒を飲むとはだかで踊るの。いつもは全然そんなことしないのに。他にも、しゃべりかたが変になるし、目つきもだらしなくなるから嫌なの」
「おとこは、そとでないて、いえでそれをみせないものですよ。いいおとうさんです」
 スライムさんは、どこか遠くを見ていた。

「それはよくわからないけど、だから、もし酔っ払わないお酒があったらほしいの」
「よっぱらわないおさけ、ですか」
「よろず屋ってなんでも売ってるんでしょ?」
「そうですね! えいむさんのかていをまもるため、さがしてきましょう!」

 スライムさんはカウンターから降りて、店の奥に続くドアに入っていった。

 なかなかもどってこない。
 このお店の全体の大きさからすると、ドアの向こうもそんなに広くはないはずだ。私の部屋くらいしかないにちがいない。

 しばらくすると、スライムさんがもどってきた。
 しかしいつもと様子がちがっていた。

「エイムさん、やっぱり酔っ払わないお酒というのはなさそうですね」
 スライムさんは頭の上にビンをのせて、キビキビと歩いてきた。
 ビンの中身は液体で、茶色っぽく見える透明な液体だ。

「スライムさん?」
「こちらは比較的酔いにくいとされているお酒ですが、やはりお酒はお酒です。これはちょっとした豆知識なのですが、よろしいですか?」
 スライムさんは言う。
 私はなにも言えず、うなずいた。

「ふだんの様子からすっかり変わってしまうほど酔われた方には、お酒を水で薄めてさしあげるのがよろしいかと思われます。場合によっては、水を出してもあまりわからないということもあるでしょう。それならもう水だけお出ししておけばよろしいのです。ですが、お酒を完全に絶たせるというのは、良し悪しです。自分を見失ってしまうほどのお酒はいけません。それにお酒に頼ってはいけませんが、日々の楽しみとして、お酒は大切ですからね」
「は、はあ」

 私はスライムさんの頭にのっているビンを見た。
 中身は半分くらい減っている。

「お酒を飲まれない方にはわからないかもしれませんが、味以外に、酔いにいたる流れとでもいいますか。これは独特なものがあります。眠りに落ちる前よりもはっきりしていますが、ある意味では、恋に落ちるかのような。ははは」
 スライムさんが笑う。

「ちょっと待ってて」
 私は外に出て、桶に水をくんできてスライムさんその中に入れた。
「わっぷ!」

 中でかき混ぜるようにしてから、スライムさんを外に出す。ちょっと大きくなっていた。

「えいむさん、いきなりなにをするんですか!」
「もどった」
「はい?」
「水はお酒に効果的だね」
「なんです?」
「自分を見失うお酒はだめだよ」
「はあ」
 スライムさんは、目をぱちぱちさせた。