スライムのよろず屋さん ~すごいけどすごくないお店に今日も遊びに行きます~

「こんにちは」
 私はよろず屋に入った。

「いらっしゃいませ!」
 スライムさんはカウンターの上に現れた。

「きょうは、なにをおもとめですか?」
「薬草をひとつ」
「はい!」
 スライムさんは薬草を持ってきた。

「7ごーるどでございます」
「はい」
 私が10ゴールド硬貨を置くと、スライムさんは素早く1ゴールド硬貨を三枚置いた。

「ありがとうございました。またきてください」
 スライムさんは体を折ってあいさつをした。
 私は大きくうなずいた。
「うまくできたね」

「じゃあ、もういっかいおねがいします!」
 スライムさんは言った。
 私は薬草と1ゴールド硬貨三枚を返して、10ゴールド硬貨を返してもらった。

 今日は、スライムさんがきちんと仕事ができるように練習をしていた。薬草の値段はすっかり覚えてくれたし、受け答えもしっかりしてきた。

 私はお店に入り直す。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
 スライムさんはカウンターの上に現れた。

「きょうは、なにをおもとめですか?」
「薬草をひとつ」
「はい!」
 スライムさんは薬草を持ってきた。

 私はまたお金を払って、おつりをもらう。
 スライムさんは満足そうだ。
 もうすっかりよくできた。

「じゃあ、こんなものでいいかな」
「もういっかいやりましょう!」
 スライムさんは言った。
「また?」
「よくできたので!」
 スライムさんは、練習が楽しくなってきたようだ。

 私はまたお店に入り直した。
「こんにちは」

「いらっしゃいませ!」
 スライムさんはカウンターの上に現れた。

「きょうは、なにをおもとめですか?」
「羽根帽子をください」
「はい!」

 スライムさんは薬草を持ってきた。
「7ごーるどでございます」
「薬草じゃないよ」
「え?」
「羽根帽子をくださいって言ったでしょ」
 私が言うと、スライムさんは目をぱちくりさせてから、笑った。

「ごじょうだんを」
「羽根帽子をくださいって言ったよ」
「やくそうをかう、れんしゅうじゃないですか」
 スライムさんはなおも笑う。
「練習のための練習はだめなんだよ」
「そんなばかな!」
「ちゃんと、お客さんの話を聞いていないと、もう来てくれなくなっちゃうよ」
「とれいしーさんも、もうきてくれませんか?」
 スライムさんが、ちょっと悲しそうに言う。
「私はエイムです」
「えいむさんも、もうきてくれませんか?」
「私は来るよ」
「やった!」
 スライムさんはぴょこぴょこカウンターの上を走りまわった。

「じゃあ、もう一回やる?」
「はい!」

 私はまたお店に入り直した。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
 今日もスライムさんがカウンターの上に現れた。

 なんだかスライムさんがにやにやしている。
「どうしたの?」
「わかってますよ! やくそうがほしい、とみせかけて、ほかのものをほしがるさくせんですね!」
「たしかに、今日は薬草を買いに来たわけじゃないけど」
「やっぱり!」
 なんだか、スライムさんが私のたくらみを見抜いたみたいになっている。なにも考えてないのに。

「ええと、今日は料理に使うナイフがほしいんだけど、あるかな」
「ふふふ、おまかせください」
 スライムさんが口を斜めにするように笑っていた。不気味に見える表情だったけれど、スライムさんなので、だんだんおもしろい顔に見えてくる。

「おすすめのものがありますよ」
 スライムさんはカウンターの奥におりる。
 姿が見えなくなると、なにかを、ズズ、ズズ、と引きずっている音だけが聞こえた。

「ちょっと、ふう、ふう、まって、ふう、ふう、ください、ふう、ふう」
「私も手伝おうか?」
「へいきですので、ふう、ふう」

 カウンターの横の小さな木戸を開いて、スライムさんが出てきた。体で巻きこむようにして、一本の剣を引きずってきた。

「こちらです。ふう」
 剣は、黒いさやに入っている。見ているだけで背筋がぞくぞくするような、ちょっと気持ちの悪い剣だった。私の身長よりも大きい。

「これは?」
「こくりゅうのけんです! すごくきれます!」
 スライムさんは言った。
「いらないけど」
「ふふふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「わかってませんね、らいらさん」
「わかってないのはスライムさんだよ。私はエイム」
「エイムさん。よくきいてくださいね」
「はい」
「だいは、しょうをかねるんです!」


「だいは、しょうをかねるんです!」
 私の反応がなかったからか、スライムさんはもう一回言った。
「はあ」

「ふふふ。えいむさんは、ことわざ、というものをしらないようですね。いいですか? おおきなものは、ちいさなもののかわりにもなる、ということです。つまり、こくりゅうのけんは、ないふよりも、やくにたつんです!」
 スライムさんは言った。堂々としたものだった。

「でも、果物の皮をむいたり、料理に使ったりしたいんだけど。これじゃ、大きすぎるし、片手で持てないと思うよ。使えないよ」
「え?」
「これじゃ、大は小を兼ねないよ」
「だいは、しょうをかねない……?」
 スライムさんは、体を四角くした。

「ぼく、ほんでべんきょうしたんですけど」
「ことわざって、かならず正しいわけじゃないんだって」
「え、ただしくもないのに、ただしいようないいかたをしてるんですか?」
「そうみたい」
「はんざいしゃみたいですね」
 スライムさんは言った。
「そうかなあ」
 そんなことはないと思うけど、スライムさんが言っていることだけ総合すると、そんなふうにも思えてくる。

「でも、ことわざは、いつも正しいわけじゃないって、みんな知ってると思うよ」
「みんなただしくないっておもいながら、さんこうにしてるんですか?」
「うん」
「なんだか、あたまがいたくなってきました……」
 スライムさんは体をゆらしていた。
 私も、なんだか頭がもやもやしてきた。正しくないことも多いのに、参考にするって、変だ。
 どう考えたらいいんだろう。

「スライムさん、今日は帰るね」
「はい、ぼくもきょうはしごとをやめます」
 スライムさんは私と一緒に外に出てきて、看板をひっくり返して、おやすみ、という表示にした。
 雨の日、私はレインコートを着てよろず屋に向かった。
 するとお店の入り口には、おやすみ、という看板がかかっていた。

「スライムさん?」
 いちおう声をかけてみたけれど、待っていても戸が開くことはなかった。おやすみらしい。

 私は帰ろうとしたけれども、お店の裏でなにか音がしたような気がして足を止めた。雨音とはちがう音だった。大きなものが動くような、そんな音に聞こえた。

 よろず屋の建物にそって歩いていく。
 裏をのぞいてみた。

 よろず屋の裏は庭のようになっていた。この前急いで探した水場と桶はすぐ近くにあって、奥に、土から緑色の葉がたくさん出ているのが見えた。スライムさんが育てているという薬草だろう。
 しかしなにより、一番気になったのは、薬草畑の手前にあるものだ。
 いる、といったほうがいいかもしれない。

 透き通った青色の、ぷよぷよしたものがあった。私のベッドくらいの大きさがあり、波打っている。
 見ていたら、ゴロリ、と反転した。土の上に巨人が足を置いたみたいな、どっしりした音がした。さっきの音はこれだろう。

 土のついた面が上になって、それが雨でゆっくり洗い流されていく。

「スライムさん?」
 私が言うと、横の部分に目と口が開いた。
「こんにちは! どうしたんですか!」
「スライムさんがどうしたの」
「ぼくはちょっと、すいぶんほきゅうです」
「水分補給?」
「あめのひには、こうしてそらからのみずをうけて、おおきくなるのです。すると、かっこいいでしょう!」
 スライムさんは、顔が私と向き合うように体の向きを変えた。でも、安定しないでふらふらとゆれている。

「ちょっと危ないよ。もっとこっちに」
 見かねて、私がスライムさんの位置を整えに行くと、スライムさんがちょうど私の方に傾いた。

「あ」
「あぶない」
 スライムさんは避けようとして私から離れる方向に身体を動かしたけれど、それが中途半端になって、逆に反動をつけたように私にスライムさんが倒れてきた。

 ジャブン、と音がした。
 まわりが青く見える。
「だいじょうぶですか」
 スライムさんの声が、私を包むように聞こえてきた。
「ここは?」
「ぼくのなかです」
 スライムさんが言った。

 スライムさんが水で体を大きくしたぶん、体の表面がやわらかくなってしまっているようだった。だから、私がスライムさんの表面を突き抜けてしまったらしい。
「スライムさん、痛くない?」
「へいきですよ。へれんさんはくるしくないですか?」
「エイムです。あ、苦しくない」
 そういえばスライムさんの中にいるのに、呼吸ができる。水の中にいるのとはまたちがうのだろうか。

 水じゃないのかと、ちょっと動いてみると、中で浮かんだ。
「わ」
「およいでますね?」
「私、泳いだことないよ」
 体がスライムさんの中でくるーりと一回転した。

「わ、わ」
「おちついてください。だいじょうぶですよ」
 スライムさんの声がまわりに響く。
「わかった」

 なんとなくわかってきた。
 力を抜いて、足をばたばたさせると、スライムさんの頭の上に出た。
 顔が外に出ると、雨が当たる。

「高い」
 横を見ると、私は、よろず屋の屋根と同じくらいの高さになっていた。
「うごいてみますね?」
 スライムさんがゆらゆらと前進する。
「わわ」
「こわいですか?」
「ううん。おもしろい」

 高いところだけど、スライムさんの中に沈むだけだから、恐怖心というものはなかった。
「じゃあ、いきますよ!」
「わー」
 私はスライムさんに乗って、よろず屋の庭を散歩した。
「こんにちは」
 よろず屋に入ると、スライムさんがカウンターの上に現れた。
「いらっしゃいませ!」
 スライムさんはにこにこしていた。

「こんにちは……」
「げんきがないですね、せいむさん」
「エイムだよ。今日はすごく惜しいね」
「えいむさん、どうかしましたか」
「このお店って、お酒は売ってる?」
「いけませんよえいむさん。おさけはもっとおとなになってからです」
 スライムさんが口をへの字にした。

「私が飲むんじゃないよ。お父さんだよ」
「えいむさんのおとうさんは、おさけがおすきですか?」
「うん……」
「それがいやなんですか?」
「そうなの。お父さんはお酒を飲むと、人が変わっちゃって」
「まさか、ぼうりょくをふるうんですか?」
 スライムさんはぴょんぴょんはねた。

「ええと、そうじゃなくて」
「ゆるせませんね!」
 スライムさんはカウンターから飛び降りた。
 下でごそごそやっていたが、木の棒をくわえてカウンターの上にもどってきた。

 スライムさんは、水が流れるようになみだを流していた。

「そんなことをするのなら、この、なげきのつえで、いっしょうなみだをながしつづけるようにします!」
「スライムさんが泣いてるよ!」
「このつえをさわっていると、なみだがとまらなくなるのです!」
「誰がそんなものを……」
 私にはまったく使い道がわからなかった。

「とにかくそれは置いて。暴力を振るわれたりしてないから」
「そうなんですか」
 スライムさんは杖を置いた。なみだを流したせいか、すこしスライムさんが小さくなったように見える。

「お父さんは、お酒を飲むとはだかで踊るの。いつもは全然そんなことしないのに。他にも、しゃべりかたが変になるし、目つきもだらしなくなるから嫌なの」
「おとこは、そとでないて、いえでそれをみせないものですよ。いいおとうさんです」
 スライムさんは、どこか遠くを見ていた。

「それはよくわからないけど、だから、もし酔っ払わないお酒があったらほしいの」
「よっぱらわないおさけ、ですか」
「よろず屋ってなんでも売ってるんでしょ?」
「そうですね! えいむさんのかていをまもるため、さがしてきましょう!」

 スライムさんはカウンターから降りて、店の奥に続くドアに入っていった。

 なかなかもどってこない。
 このお店の全体の大きさからすると、ドアの向こうもそんなに広くはないはずだ。私の部屋くらいしかないにちがいない。

 しばらくすると、スライムさんがもどってきた。
 しかしいつもと様子がちがっていた。

「エイムさん、やっぱり酔っ払わないお酒というのはなさそうですね」
 スライムさんは頭の上にビンをのせて、キビキビと歩いてきた。
 ビンの中身は液体で、茶色っぽく見える透明な液体だ。

「スライムさん?」
「こちらは比較的酔いにくいとされているお酒ですが、やはりお酒はお酒です。これはちょっとした豆知識なのですが、よろしいですか?」
 スライムさんは言う。
 私はなにも言えず、うなずいた。

「ふだんの様子からすっかり変わってしまうほど酔われた方には、お酒を水で薄めてさしあげるのがよろしいかと思われます。場合によっては、水を出してもあまりわからないということもあるでしょう。それならもう水だけお出ししておけばよろしいのです。ですが、お酒を完全に絶たせるというのは、良し悪しです。自分を見失ってしまうほどのお酒はいけません。それにお酒に頼ってはいけませんが、日々の楽しみとして、お酒は大切ですからね」
「は、はあ」

 私はスライムさんの頭にのっているビンを見た。
 中身は半分くらい減っている。

「お酒を飲まれない方にはわからないかもしれませんが、味以外に、酔いにいたる流れとでもいいますか。これは独特なものがあります。眠りに落ちる前よりもはっきりしていますが、ある意味では、恋に落ちるかのような。ははは」
 スライムさんが笑う。

「ちょっと待ってて」
 私は外に出て、桶に水をくんできてスライムさんその中に入れた。
「わっぷ!」

 中でかき混ぜるようにしてから、スライムさんを外に出す。ちょっと大きくなっていた。

「えいむさん、いきなりなにをするんですか!」
「もどった」
「はい?」
「水はお酒に効果的だね」
「なんです?」
「自分を見失うお酒はだめだよ」
「はあ」
 スライムさんは、目をぱちぱちさせた。
「あれ?」
 よろず屋の手前の角で、青くて透き通った、ぷよぷよした生き物が姿を見せた。建物の塀から、片目だけこちらに見せている。
 スライムだ。

「スライムさん? どうしたの」
 お店の外にいるなんてめずらしい。
 私が話しかけても、スライムはこっちを見ているだけだった。なにか見えないように持っていて、私をおどろかせようとしているんだろうか。

「スライムさん?」
 私が近づいていくと、ひゅっ、とスライムは顔をひっこめた。
 
「よーし」
 私は、誘いにのってみようと、角に向かって走っていった。
 そしてそのまま、ぱっ! と顔を出してみた。

 すると、角の近くにいたスライムはびっくりしたのか、ぴょんっ、ととびあがると、ぴょん、ぴょん、ぴょん、と三回、私から離れるようにはねた。
 私は首をかしげる。

「スライムさん? どうしたの」
 スライムは私を見てから、するすると地面の上を進んでいって、止まる。
 振り返って私を見る。

「ついてこいってこと?」
 私が歩いていくと、スライムはちょっと離れる。

「言葉が離せなくなっちゃったの?」
 私は自分で言って、なんだか胸が重くなった。それから背中がすっ、と寒いような気持ちになった。
 スライムさんと話したり変なことをしたりできなくなるというのは、私が思っているよりも大きなことなのかもしれない。

「どうすればいい?」
 私は言ってスライムに近づく。
 スライムは離れる。
 よろず屋が見えてきた。
 元通りになるための方法があるのかもしれない。

 スライムは私から離れるようにしながら、よろず屋に入っていった。
 私も入る。

 すると、カウンターの上を見て息が止まりそうだった。
 スライムが二匹いた。

「あ、こんにちはさりーさん」
 スライムさんは言った。
「え、え、どういうこと?」
 まちがっている名前を訂正するどころではなかった。
 もう一匹のスライムは黙っている。

「これはやせいのすらいむですね」
 スライムさんは言った。
「野生?」
「あぶないですよ」
 スライムさんは言った。

「ちょっと、まちのそとにだしてきますから、まっててください」
 スライムさんは言って、言葉を話さないスライムに、軽く体当たりをし、お店の外に押し出していった。

 よろず屋の中で待っていると、外で大声を出している人がいた。スライムが逃げたから、女性や子どもは外に出ないように、ということだった。もうひとりやってきてその人と話しているのを聞いていると、どうやら、町の中にスライムを連れてきた人がいるらしいとわかった。町中で戦いの練習をするため、そのようにしたらしいが、魔物を町に入れるのは禁止されている。厳重に、檻に入れるなどして管理している場合だけが許される。

 自分の都合で勝手なことをするな、という怒りがあった。それとともに、外で、野生のスライムはかみついたり体当たりをする、という注意の声が聞こえてくるたび、私は、なにも考えずスライムに近づいていたことが、いまになってちょっと怖くなった。

 はっとした。
 スライムさんがかんちがいされて、殺されてしまったら。

 私が出ようとすると、スライムさんが帰ってきた。
「やあ! あぶなかったですね!」

 私はそんなスライムさんにしがみついた。
「ど、どうしましたか?」
「……なんでもない」
 私はすぐスライムさんから離れた。あったかくなるのはスライムさんの体によくないかもしれない。

「スライムさんはだいじょうぶだった?」
「ぼくはだいじょうぶですよ! すごいすらいむですから! せっとくすることができますので!」
「よかった」

 スライムさんはカウンターの上に乗った。
「さて、きょうはどんなごようですか!」
 いつものようにそう言った。
「こんにちは」
 私がよろず屋に入っていくと、スライムさんがぴょん、とカウンターの上に乗った。
 そのスライムさんの頭でなにかがキラリと光る。

「なにそれ」
「これは、すごくおもしろいんですよ!」
 スライムさんは、おじぎをするようにして、カウンターにその光ったものを置いた。

 10ゴールド硬貨だった。
 銀色の金属でできている。

「これがどうしたの」
「このこいんを、100ごーるどでかってきました!」
 スライムさんは、えっへん、とでも言いたげな様子だった。
「ええ?」

 私はカウンターの上にある10ゴールド硬貨をよく見た。10ゴールドを100ゴールドで買うというのはどういうことだろう。
 スライムさんがそんな単純なこともわからないとは思えない。とすると、なにかだまされてしまったのだろうか。
 
「うらをみてください。おもしろいですよ」
「さわっていいの?」
「はい! すごくおもしろいですから!」

 おもしろいとしても、あまり見る前からおもしろいを連呼すると心の準備ができすぎてしまってよくないよ、と思いながら私は10ゴールド硬貨を手に取った。
 ひっくり返してみる。
「わ」

 裏がつるつるだった。
 表は他のものと変わらないのに、裏がまったくへこみがなくて、光を反射している。

「どうですか! おもしろいでしょう!」
「うん」
 裏がなにもないのを見せられてしまうと、元々はどんな模様だったか思い出せなくなりそうだ。私はなんとか、葉っぱの模様を記憶から引き出した。

「これが100ゴールド?」
「はい! おかいどくです!」
「そっか」
 私にはどんな価値なのかわからないけれども、スライムさんがいいならいいだろう。

「これって、裏はなにもないってことは、ちょっと重いんだよね?」
 模様の分の金属が削られていないのだから、そうだろう。
「そうですね!」
「私もおもしろいこと思い出したよ」
 そう言うと、スライムさんが目を大きく開いた。

「なんですか?」
「ええとね、八枚のコインがあって、その中でひとつだけ重いコインが入っていたとするでしょ?」
「はい」
「それで、見分けがつかないとするでしょ?」
「はい」
「でも、秤があったら比べられるから、どっちが重いかはわかるよね? 何回使えば、重いコインを見つけられると思う?」

 スライムさんは、ぴょこぴょこと頭を左右に動かした。
「ええと、ええと……。よんかい、つかえば、ばっちりです!」
 スライムさんはぴょんぴょんと四回はねた。

「実は、二回でできるんだよ」
「ええー!」
 スライムさんはぴたっ、と止まった。

「うんがいいばあい、ということですね?」
 スライムさんがおそるおそる言う。
「運が悪くてもできるよ」
「そんなばかな!」
「教えてほしい?」
「ぜひ!」
 スライムさんがうなずくように体を折る。

「じゃあ、秤ってある?」
「はかりですか? ええと、だったら、ぼくにのせてください」
「スライムさんに?」
「はい。おもさのくべつはまかせてください」

「じゃあ、試していい?」
「はい!」

 本当にわかるのかな。
 私は、持っていた10ゴールド硬貨三枚を二つにわけて、二枚ずつ、すこし離してスライムさんの上に置いてみた。

「こっちです」
 スライムさんは右側をちょっと上げた。
 見ると、そちらに裏が平らなコインがあった。
「すごい!」

 私は念のため、感触でわからないよう、平らな面はスライムさんに触れないようみんな表がスライムさんにふれるように置いたのに。

「じゃあもう一回」
 やってみても、二回やってみてもスライムさんはぴったり当ててみせた。

「すごい!」
「そうですか?」
 スライムさんはうれしそうだった。

「ではこんどは、はかりをつかって、にかいでわかるほうほうを、おしえてもらえますか?」
「え? えーっと……」
「わすれちゃったんですか?」
「えっとね……」

 私はスライムさんにあと四枚用意してもらっていろいろ試した。スライムさんが秤になるのがおもしろくて、三枚ずつに分けてから秤にかけて、釣り合ったら残った二枚を秤にかけて重くなった方、釣り合わなかったら重くなった方のうち三枚の、二枚を秤にかけて、釣り合ったら残りのひとつ、釣り合わなければ重くなった方、というやり方を思い出してからも、思い出してないフリをして何度かスライムさんを秤にして遊んでしまった。
「こんにちは」
 私は今日もよろず屋にやってきた。でも、めずらしく知らない男の人がいてびっくりしてしまった。

 カウンターの前にいるその人は私を見た。お店の中はせまいので、私と男の人はほとんどならんでいるみたいになってしまう。

「こんにちは」
 男の人はにっこり笑った。清潔で、きれいな顔をしている。服装や体つきから男の人だとわかったけれども、顔だけだと女の人にも見えてしまうようなところがある。
 腰には剣を差していた。

「ここのスライムさんは、危なくない魔物ですよ」
 私が言うと、男の人はうなずいた。
「うん、よくわかってるよ」
「そうですか」

「おまたせしました!」
 スライムさんが外からやってきた。

「あ、めいるさんもいらっしゃいませ!」
「こんにちは」
 私は、他の人の前でいつものように名前を訂正するのがなんだか恥ずかしくて、そのままにしておいた。

 スライムさんはカウンターの横の木戸から中に入っていった。
「君はメイルちゃん?」
「あ、あの、ええと」
「もしかして、またスライムさんは人の名前まちがってるのかな」
 男の人は笑っていた。

「まちがえられたこと、あるんですか?」
「いつもだよ」
「どうぞ!」
 スライムさんがカウンターの上に石を置いた。キラキラ光る石だった。ただ光っているのではなく、虹が動いているかのような、いろいろな光り方をしていた。

「ちょっと試していいかな」
「どうぞ!」
 スライムさんが言う。

「あ、剣を抜くからちょっと離れて」
「こっちにきていいですよ」
 スライムさんが言ったので、私はカウンターの中に入らせてもらった。

 そして男の人が剣を抜いた。
「わあ」
 私は思わず声が出た。
 男の人の剣は、スライムさんの石のように、キラキラと光っていた。でもこちらは単調な光り方だった。

 男の人は、カウンターに置かれた石を刃にあてて、そっとなでるように動かした。
 きい、きい、とこすれる音が聞こえる。

「あれ?」
 刃が虹のように光った気がした。

 それは見まちがいではなく、石でこすった部分が虹のように光る。
 どんどん広がっていって、石を離しても剣の刃はその光のままだった。

「うん。いいね、ありがとう」
 男の人は言った。
 そして、腰から出した巾着袋をカウンターに置いた。がちゃ、という音が聞こえた。

「お代はこれで」
「はいどうも」
 スライムさんは言った。
「ちゃんと確認してよ」
 男の人は巾着袋の中を開けて見せた。
 たくさんの金貨が入っている。

「はいどうも」
 スライムさんが言うと、男の人は苦笑した。
「ちゃんと全部確認してほしいんだけどな」
「だいじょうぶですよ」
「また来るから、もし足りなかったら言ってよ」
「はい!」
「じゃあね」
 男の人は言って、私にちょっと手を振って帰っていった。

「ありがとうございました!」
 スライムさんが体を振って見送った。

「お客さんなんてめずらしいね」
「たまにはきてますよ! ちゃんときてるんですから!」
 スライムさんがぴょんぴょんはねた。
「いまの人は?」
「ええと……、あれるさんです!」
 ということは、アレルではないということなんだろう。

「あれるさんのけんは、とくべつなちからがひつようなので、そのけんのちからをたまに、あのいしであたえないといけないんです。そのいしです」
「へえ。すごい剣なの?」
「はい。ゆうめいですよ! せいけん、へくすさりばーです!」
「ヘクスサリバー?」
「はい!」
 聖剣ヘクスサリバー。スライムさん元気に言ったのできっと有名な剣なんだろう。
 まちがって言ってるんだろうけど。
 今日は、母のいいつけで届けものをした帰り道、スライムさんのよろず屋に寄っていくところだった。

「あれ?」

 私はいつもと反対側の道から来ていたので、木や草の間からよろず屋の裏手が見えていた。そこから誰か出てきたのだ。
 頭から足まで黒ばかりの服を着ている人で、手には包みを持っていた。走り出すとものすごく速くて、動きがまっすぐではなく思わぬ方向に進むので、すぐに私は見失ってしまった。

 私は胸さわぎを覚えていた。あのようにすばやく、そして姿を隠そうとしている服装をしている人は、なにか悪事を働こうとしていることが多いからだ。

 私はよろず屋にかけこんだ。
「スライムさん!」
「おや、きょうはとてもげんきがいいですねえ!」
 スライムさんがカウンターの上に飛び乗った。
 いつもと変わらない様子に、私はなんだか気が抜けてしまった。

「スライムさん、だいじょうぶ?」
「なにがですか」
 スライムさんはきょとんとしている。

 私は店内を見わたした。いつもと同じように、カウンターの中、外を問わず、いろいろなものが置いてある。きれいにならんでいるとはいえないものの、誰かが荒らした、というほど乱れているわけでもない。

「おなかでもすいたんですか? よかったら、どらごんのしっぽというものがありますので、たべますか?」
「いらない」
「ふふふ。これをたべると、にんげんでもしっぽがはえるといわれています。さーびすですので、おかねはいりませんよ!」
 スライムさんが得意げにする。
 いつもと変わらない様子だ。

「ねえスライムさん、なにか変わったこと、なかった?」
「かわったことですか?」
「さっき、このお店の裏から、黒ずくめの人が出てきたように見えたんだけど」
「ん!」

 そう言うと、スライムさんはカウンターから降りて、奥でごそごそと商品をいじり始めた。

「やられました!」
「どうしたの?」
「とうぞくです! しょうひんをもっていかれてしまいました!」
「ええ!」

 私はカウンターの横の小さな木戸を開けて、スライムさんのところまで行った。

 スライムさんの前には、細長い空箱があった。

「ここには、へれんほろんのつめ、が入っていたんです」
「へれんほろんのつめ」
 たぶん、また名前はちがっているんだろう。
「とうぞくめー!」
 スライムさんは、どこか遠くを見ながら体をブルブル震えさせていた。

「ん?」
 よく見ると、細長い空箱のはしっこに、金色のものがあった。
 手にとってみる。金貨だ。五枚もある。

「これは?」
「それは、へれんほろんのつめの、だいきんです!」
 スライムさんは言った。
「代金? どういうこと?」
「とうぞくは、かってにおみせのものをもっていって、かってにおかねをおいてにげるんです。ひきょうものです!」
 スライムさんはまた体を震わせた。

「ええと、そのお金はすくないの?」
「たりてます!」
「じゃあ、その人に売りたくなかったの?」
「へれんほろんのつめは、とうぞくさんのために、にゅうかしたものです!」
 スライムさんは言うと、金貨の下にあった紙切れを私に見せた。

『次は狼の骨を三つください』

「狼の骨?」
「そういうものがあるんです! またにゅうかしないと!」
「ええと……、その人盗賊なの?」
 お客さんが希望の商品を指定して、スライムさんが入荷して、買いに来て、というのはお店としてふつうのことのように思える。しかもこれまで何度もやりとりをしているようなのだ。

「だめです!」
 スライムさんは言った。
「どうして?」
「とうぞくさんのやってることをみとめたら、どのおきゃくさんも、おかねさえはらえば、かってにおみせにはいって、かってにもっていっていいことになってしまいますよ!」
「……たしかに」

 スライムさんの言うことはもっともだった。
「スライムさんの言うとおりだね」
「でしょう! そもそもどうしてぼくがおみせをやっているのか、しってますか?」
「知らない。どうして?」
「いまはいそがしいので、かんけいないはなしはしません!」

 スライムさんはよっぽどあわてているのか、いつも以上によくわからないことを言いながらバタバタ動いていた。行ったり来たりしているだけで、特になにをしているというわけでもなさそうだ。

「ねえスライムさん」
「なんですか!」
「スライムさんは、その盗賊さんに、ちゃんと表から入ってきてって言ったことあるの?」
「ちゃんとはなしたことはありません!」
「だったら、スライムさんも、商品のところに手紙を置いておいたら、読んでくれて、わかってくれるかもしれないよ」
 スライムさんが止まった。

「……なるほど! すぐかきます!」

 スライムさんはカウンターの上に、紙とインクとペンをならべた。
 そしてぷよぷよしている部分でなんとかペンをはさんだけれども、そこで止まった。

「スライムさん、どうしたの?」
「ぼく、てがみはかけません」
 そういえば、表の看板もふらつきながらやっと書いたような字だった。あの大きさでぎりぎりなのかもしれない。

「じゃあ私が書こうか?」
「いいんですか!」
「うん。なんて書くか決めた?」
「はい!」
「なんて書くの?」
「ええと、『とうぞくさんへ』」
「盗賊なのかな」
「とうぞくです!」

 私は、スライムさんと相談しながら一緒に手紙を書いた。
 お昼。
 母が、用事をすませてからお昼ごはんを用意するからちょっと遅くなるよ、といって近所まで出かけていった。

 テーブルには、これでも食べておいて、とパンが入っているバスケットを置いていってくれた。でもバスケットの上にかかっていた布を取ったら、なにも入っていなかった。母はこういう、うっかりしたところがある。

 待っていたけれど、食べられないと思ったらよけいにお腹がすいてきたので、私は近所まで出かけることにした。

 スライムさんのよろず屋だ。


「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
 スライムさんがカウンターの上に現れた。

「きょうはなにをおもとめですか!」
 スライムさんがいつもにも増してやる気に満ちた目をしていたので、ちょっとうしろめたくなった。

「あ、ええと、ちょっとひまつぶしに来たんだけど……」
「ひまつぶしですか……」
 スライムさんのピンと張っていた体が、ちょっと力が抜けるようにやわらかくなった。
「ごめんね、だめなら」
「いいでしょう!」
 スライムさんが大きくうなずいた。

「ごめんね。ついでになにか買えるといいんだけど、おこづかいもあんまりなくて」
「いいですよ! ぼくとてれーさんは、しらないなかでは、ないのですから!」
「ありがとう。あとエイムです」

 そのとき私のお腹が鳴った。
 ちょうど会話の間が空いていたので、はっきりとした音がした。

「いまのおとはなんですか?」
「……えっと、聞こえた?」
 私は笑ってみたけれど、スライムさんが妙に真剣な顔をしていたので私も笑顔を保てなくなっていった。

「いまのはなんですか?」
 スライムさんがもう一回言った。
「ええと、お腹の音」
 私はこのまま帰ろうかどうか迷いつつ、結局言った。
「お腹がすいていると、音がするんですか?」
「うん」
「どうしてですか」
 スライムさんは言った。
 そうか、スライムさんにはそういう経験がないのか。

 それと、言われてみるとたしかにふしぎだった。
 お腹がすいたらお腹が鳴る?
 どういうことだろう。

 体が、音で私に空腹を知らせてくれている?
 でも音が鳴らなくたってお腹がすいているかどうかくらいはわかる。お腹がすいているときだけ教えてくれるというの変だ。眠いときのあくびみたいに、そっ、と教えてくれればいいのに。

「おとがするものは、おなかがすいてるんですか?」
 スライムさんは言った。
「おとがするもの?」
「がっきです! ふえはおとがします!」
「笛かあ。笛が鳴るのは、空気が通るから」
「では、えいむさんのおなかにも、くうきがとおってたんですね!」
「えっと」

 そういうことなんだろうか。
 声を出すときはたしかにのどを空気を通っているのを感じる。

 もしそうだとして、さっきお腹が鳴ったとき、口は閉じていたような。
 でも、鼻もあるし、耳もあるし、どこかから空気がもれていたのかもしれない。もしかして、穴をふさぐと鳴らなくなるのだろうか。

 そう思って、右腕で右耳をふさぎながら手で鼻と口をおさえて、左手で左耳をおさえてみる。
 もしこれが正しいとしたら大発見だ。
 お腹がすいても、誰にも気づかれないのだ。
 誰かがいたとしても、お腹すき放題だ!

「なにをしてるんですか?」
 スライムさんは言った。

 受付のカウンターのガラスはちょっと斜めになっているので、私が口や鼻や耳をおさえている様子が、うっすらと反射していた。
 変な格好だった。
 お腹が鳴るよりよっぽど。
 そう思っていたら、お腹が鳴った。
 耳と鼻と口をふさいでも、全然関係なかった。

「えいむさん? どうしたんですか? かおがあかいですよ。みみもまっかです。えいむさん、えいむさん?」