「スライムさん、ここにある薬草、なんだか小さくない?」
カウンターにならんでいる薬草は、いつもよりも小ぶりに見えた。
気のせいだろうか。
でも、7ゴールド、という値札の大きさと比べると、やっぱり小さい。
「そうですね、ちいさいですね」
「どうして小さいの?」
「さむいからですね」
「そっか。雪の下でも薬草って生えるの?」
「はい! いつでも!」
「へえー」
私は納得したけれども、あたらしい疑問がうかんだ。
「それなのに同じ値段なの?」
スライムさんは不思議そうに私を見た。
「薬草は、いつもの大きさが7ゴールドで、小さくなっても7ゴールドだと、なんだか、変かな、と思って」
「へんですか?」
「だって、いつもよりすくないわけでしょ? それなのに同じ値段だから」
「!! なるほど! じゃあ、ただにします!」
「それはだめ!」
「どうしてですか!」
「お店だから! お仕事だから!」
「むむむ……!」
スライムさんはぷくーっ、とふくらんで、まだ不満そうだった。
「まあ、小さい薬草しかできないっていうことは、同じ値段でもしょうがないよね」
「それはいけませんよ!」
スライムさんがぴょん、とはねた。
「おおきさがちがうのに、おなじはよくない! とえいむさんがいったんじゃないですか!」
スライムさんは、びしっ、と言った。
「あ、でも、そんなに変わらないし……」
「いえ! ぼくは、きょうから、ねだんをやすくします! ただです!」
「それは安いって言わないから!」
「これはえいむさんのせきにんですよ!」
「私の!?」
「しってますか! こういうのは、りーだーしっぷ、っていうんです!」
「……? えっと……? ……もしかして、言い出しっぺ?」
「それです!」
合ってた。
スライムさんは薬草をカウンターの中から取り出して、カウンターの上に持ってきた。
「これはもうだめです。7ごーるどのしかくがありません。だめなやくそうです」
「だめではないよ」
「もう、このやくそうは、やくそ、くらいです」
「やくそ?」
う、がなくなった、と言いたいみたいだ。
「ねだんがおなじなのに、うりものがいつのまにかちいさくなっている。これはさぎです!」
「そこまでは言ってないよ!」
「きょうから、6・5ごーるどです!」
「なにそれ」
「ちょっとちいさいので、ちょっと、やすくします!」
考え方はわかるけど。
「お金はどうするの?」
「0・5ごーるどの、おつりです」
「0・5ゴールドって?」
「……おかねをはんぶんに、きります!」
「切っちゃダメだよ!」
「どうしてですか?」
「お金を半分にしても、半額としては使えないよ!」
「じゃあどうやって0・5ごーるどにすればいいんですか!」
スライムさんは、ぴょんぴょんぴょんぴょんはねた。
「だから、それはもうやめて、いつもどおり……」
「ぼくに、さぎしになれっていうんですか! 6・5ごーるどのものを、7ごーるどでうって、たがくのもうけをだして、ぼうりをむさぼり、まちのひとたちを、びんぼうにしろっていうんですか!」
「ぼうり?」
「ぼくはもう、よろずやをする、しかくがありません!」
「ちょっとちょっと!」
「もうやめます!」
「ちょっと待ってよ!」
「このままやくそうをうっていたら、ぼくは、ぼくは、うらしゃかいのていおうです!」
スライムさんはカウンターの上でブルブル震えていた。
「スライムさん、だいじょうぶだよ、薬草の値上げでみんなが貧乏になったりしないから」
「なります! ならないなら、します!」
「しないで!」
このよろず屋にあるものすべてを投入したら、そういうこともできてしまいそうだ。
いったいどうしたら……。
……そうだ。
「スライムさん」
「えいむさんのことばは、もう、ぼくにはとどきません……」
「薬草って、あったかい季節で、大きく育つときもあるよね?」
「……」
返事がない。
「あるよね?」
「……とくべつにこたえます。あります」
スライムさんは特別に答えてくれた。
「大きい薬草を、7ゴールドで売ってたこともあったよね?」
「……あります」
「でもそのときは、スライムさんは、高くして売らなかったよね?」
「はい」
「ということは、そのぶん、スライムさんは損をしてたよね?」
「……?」
スライムさんは首をかしげるようにした。
「大きいときにも同じ値段で売ってたんだから、小さいときに同じ値段で売ってもいいと思うんだけど」
小さいときに得をしているのだとしたら、大きいときには損をしていた。
だったら、ちょうどいいんじゃないだろうか。
「それに、お客さんはちゃんと見て買ってたんだから、スライムさんがだまして売ってたわけでもないでしょ? なにも悪くないよ」
「……ぼくは、ぼうりをむさぼってませんか?」
「ないない」
「それなら、ぼくは、いままでどおりでいいんですか……?」
「いいよ!」
「はい!」
スライムさんは元気にぴょん、とはねた。
これで安心だ。
「おっと」
力が抜けたら、ちょっと近くにあったものにさわってしまった。
いけないいけない。
あれ?
「この、はがねの剣って、ちょっと大きさがちがうのに、同じ値段なんだね……。あ」
「え?」
スライムさんはぴょんぴょんはねるのをやめて、こっちを見た。
しまった。
「えいむさん、あたらしいやくそうですよ!」
お店に入るとスライムさんが、緑色でまっすぐの葉っぱを見せてくれた。
「なにこれ」
「やくそうです! すごくさむいところで、みずをあげなかったら、こうなりました!」
「ふうん?」
栄養があまりいきわたらなかったことで、不十分な薬草になった、ということなんだろうか。
「これはどういう薬草なの?」
「けがにも、びょうきにも、こうかがないでしょう!」
「え?」
「やくそうは、はっぱにこうかがありますからね!」
「これは、どう使うの?」
「みためをたのしむものです」
「なるほど……」
私にはまだわからない薬草の世界があったようだ。
そのとき、カウンターにある、白いものが気になった。
「それ、なに」
「これですか?」
スライムさんが出してくれたお皿にのっていた白いものは、丸っこくて、親指と人さし指でつくった輪っかくらいの大きさで、五個あった。
球体かと思ったけどよく見たら太い円柱形をしている。
「なにこれ」
「なんだとおもいますか?」
「わからないけど。ヒントは?」
「まずは、えいむさんのおもうままに、おこたえください」
「えー?」
五個もあるんだから、一個あたりの値段が安いものだろうか。
とはかぎらないのが、スライムさんのよろず屋だ。
これ一個で、たいへんな価値を持っているかもしれない。
スライムさんのお店にあるんだから、きっと、裏をかいたほうがいい。
「あ、もしかして、ふつうは黒いものかなあ」
「なんですか?」
「火をつけやすくする、黒いかたまりかと思って」
親が、火をつけるとすぐ燃える、これくらいのかたまりを使っていることがあった。
小さな火をかんたんに大きくすることができるので、印象的だった。
急いで火をつけたいときに便利だという。
「なるほど……。では、やってみましょうか」
「え?」
スライムさんは、魔法の石がついているという、枝みたいなものを持ってきた。
「これは、ひの、まほうせきがついています」
「うん」
「これをつかって、あつあつに、しましょう! おねがいします」
私は白いものの上に、杖の宝石部分をかざそうとして、止まった。
「ところでスライムさん」
「なんですか?」
「答えは、これで合ってるんだよね?」
「しりませんよ」
「知らないの?」
「はい!」
そうだったのか。
「えっと、じゃあ、どうなるかわからないんだよね?」
「いわれてみれば、そうですね」
「火をつけていいの?」
「はい!」
力いっぱい言われた。
「爆発したりとか、しない?」
「ふふふ。えいむさんは、しんぱいしょうですねえ!」
スライムさんは、くすくす笑っていた。
でも、なにかのときに爆発したのは覚えてるぞ?
「ぼくがやってみましょうか?」
そう言って、スライムさんは、さっさと杖を私からとっていくと、杖の先を白いものに近づけた。
「え、スライムさん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶです!」
スライムさんは、自信はたっぷりある。
スライムさんが近づけた杖の先は、白いものを熱していった。
白いものの表面が、オレンジ色になっていく。
香ばしく、あまいにおいがする。
さらにスライムさんが熱すると、ちょっとこげてきた。
「スライムさん、離したほうが」
「そうですね」
スライムさんは杖を引いた。
「これは、なんだろう……」
においだけでいうと、あまくて、おいしそうだ。
「たべてみたいですか?」
「食べてみたくなる」
ちょっと、熱で溶けて、やわらかそうだった。
でも、とんでもないものかもしれない、という思いが、私に最後の一線をこえさせなかった。
「たべてみますか?」
「うーん」
おいしそうなにおいに、私は最後の一線をこえてしまいそうになっていた。
「わかりました! おまかせください!」
「なにを?」
「なにかあったら、とくべつなやくそうで、えいむさんをいきかえらせてあげますので!」
「私、死ぬの?」
「どうぞどうぞ!」
食べたくなくなってきた。
でもまだ興味がある。
指先でつっついてみると、溶けそうなほどやわらかだったのが、冷めてきていた。
でもやわらかい。
ひとつ持ってみた。
ふわふわしていて、軽い。
私は、あまい味が口の中に広がるのを想像した。
「ましゅまろです!」
スライムさんが急に大きな声で言った。
「なに、急に」
「それのなまえを、おもいだしました! ましゅまろです!」
「ましゅまろ?」
「はい! まちがいありません!」
スライムさんは、自信ありげだった。
「ましゅまろってなに?」
「わかりません」
スライムさんは、自信なさげだった。
私は、ちょっと焦げた、ましゅまろ、をお皿にもどした。
「あれ、たべないんですか?」
「ましゅまろって、なんだか、食べ物の名前じゃないみたいじゃない?」
「なるほど?」
「なんか……。なんだろう。ましゅまろ。なんの名前だろう。スライムさんは、なんだと思う?」
「ましゅまろですか……。むずかしいおはなしですね……」
私は、遠くの景色を想像した。
「鳥の名前かな?」
「とりですか?」
「丸くて、ふわふわしてる鳥」
「なるほど! そういうとりも、いそうですね!」
「でしょう?」
「なら、たべられそうですね!」
「うん……?」
鳥は食べられるものもいる。
でもそういうことではないような。
「そういえば、綿って、植物なんだよね。だからこれも、植物かもしれない。糸をつくったりするような」
私は、ましゅまろを手にとって、ふにふにしてみた。
それに植物だったら、口に入れてみてもいいような気がしてくる。
苦かったら口から出して、毒消し草をもらえばいいし。
「わかりました!」
スライムさんが、ぴょん、ととびあがった。
「なに?」
「ましゅまろというのは、きっと、むし、ですね!」
「虫?」
「なかに、むしがはいっているんです! みのむしみたいなやつが! ましゅまろは、むしの、すです!」
「虫の巣」
「えいむさんの、わた、をひんとにしました! きぬは、むしがつくったいとを、つかってますよね! だから、むしです!」
私は、この白いものの中から、にゅっ、とイモムシみたいなやつが出てくるのを想像してしまった。
私は持っていた、ましゅまろを、お皿に置いた。
「えいむさん、どうしたんですか?」
「なんでもない」
「そうだえいむさん、ましゅまろを、ふたつにきってみませんか! なかになにがはいってるか、しりたくないですか?」
「知りたくない」
「え?」
「全然知りたくない」
「そ、そうですか?」
スライムさんは、ちょっと困ったように私を見ていた。
「えいむさん、ぼくのうしろ、だれかいますか!」
よろず屋に入るなり、スライムさんがカウンターの上から大きな声で言った。
「どうしたのスライムさん」
「いますか!」
「いないけど」
「よかった……」
スライムさんは、体から力を抜いて、くにゃり、となった。
「どうしたの?」
「めりーさん、ってしってますか?」
「だれ?」
「めりーさんです。だんだんちかづいてくる、おばけです」
「だんだん近づいてくるオバケ?」
だんだんよりも、一気に近づいてくるオバケのほうがこわそうだけど。
「ぼくはそのはなしをきいてから、じぶんのうしろが、きになって、きになって……」
「どういうオバケなの?」
「それは……。こほん。まず、めりーさんから、れんらくがきます」
「ふむふむ」
「すると、めりーさんは、いまどこにいるのか、おしえてくれます。さいしょは、とおかったのに、れんらくがくるたび、ちかづいてきます。そしてさいごには、あなたのうしろにいるよ、というんです!」
スライムさんは震えあがっていた。
「ふうん」
スライムさんは、ふしぎそうに私を見た。
「えいむさん、こわくないんですか?」
「ちょっと、よくわからなくて」
「なにがですか?」
「連絡って、どういう連絡? メリーさんから手紙がくるの?」
そのあたりがよくわからなかった。
「毎日手紙が来て、だんだん近づいてくるってことなの?」
「そういわれると……」
スライムさんもよくわからないようだった。
「じゃあ、そうです!」
「メリーさんから、毎日、今日はあの山にいるよ、とか、今日はよろず屋の前にいるよ、とか手紙がくるってこと?」
「きっとそうです!」
「そういうオバケなの?」
「そうです!」
「ていねいなオバケだね」
私が言ったら、スライムさんは、ぴょんぴょんはねた。
楽しそうではなく、もどかしそうだった。
「そうじゃないんです! さいごには、あなたのうしろにいるよ! ってくるんです! こわいですよ!」
「知らない人に毎日手紙をもらうって、たしかにこわいよね」
「そういうこわさじゃないんです! おばけがうしろにいるんですよ!」
「うーん。でも、手紙を出してくるってことは、私の家を知ってるんだろうし、オバケだったら家の中にも入ってこられるだろうし……。うしろにいるかもしれないよね。いまだって、ほら! スライムさんのうしろに!」
「ひいっ!」
スライムさんはカウンターからとびあがって、そのまま落ちて、ぽよんぽよんとはずんで、お店のなかを転がっていた。
「だ、だいじょうぶ? スライムさん、そんなにおどろくとは思わなくて。ごめんね」
「へいきです!」
スライムさんは、シャキン! と止まった。
「あ、えいむさん! うしろにめりーさんがいますよ!」
「え?」
うしろを見ると、誰もいなかった。
「いないよ」
「うそです! もう! えいむさんは、どうしてそんなに、こわがらないんですか!」
「手紙であいさつをしてから来るんでしょう? 話が通じそうだな、と思って」
私の印象では、オバケというのは、勝手にやってきて、ひどいことをしたり、おどろかしたりする、というものだった。
だから、ちゃんと連絡をくれるなんて、オバケの中ではいいオバケ、という気がした。
スライムさんに話していると、スライムさんも、だんだん落ち着いてきたみたいだった。
「たしかに、はなしがわかりそうですね」
「だから、来てほしくなかったら、来ないで、って張り紙しておいたら、来ないでくれそうじゃない?」
「そうですね! じゃあ、ぼくもそうします!」
「連絡来たの?」
「まだです! ぼくは、よういしゅうとうな、すらいむですから! じぜんじゅんびも、ばっちりです!」
「ならだいじょうぶだね」
「なんだか、えいむさんとはなしていたら、どうでもよくなってきました!」
「よかった」
「じゃあ、きょうはもう、おみせはおわりです」
「え?」
「ずっと、こわがりすぎて、くたくたなので!」
「あ、えっと、薬草ひとつ……」
「おしまいです!」
そう言うと、にこにこしながら、スライムさんはお店を閉めてしまった。
よろず屋に入った私は、足を止めた。
カウンターにあったのは、白いかたまりだった。
丸っこくて、どこか、ましゅまろ、に似ているけれど、私の頭くらいの大きさがある。
スライムさんが持ってきたんだろうか。
スライムさんはどこだろう。
「スライムさん?」
「むむむ」
白いかたまりが言って、ぐらぐらと動いた。
私は心のなかで1、2、3、と数えてから、もう一度よびかけた。
「スライムさん?」
「むむむ」
白いかたまりは言って、ぐらぐらと動いた。
「スライムさんなの?」
私はカウンターの上にある白いかたまりをさわってみた。
ふわふわとやわらかく、表面はかわいていた。
スライムさんの表面はぷるぷるしていて、しっとりしている。
ではこれはなんだろう。
「ん?」
白いかたまりが、ぷるぷると、ふるえ始めた。
すると、いきなりはじけた。
「わっ」
白いものが飛び散って、中からスライムさんが現れた。
「いらっしゃいませ、えいむさん!」
「もう、スライムさん!」
「どうしましたか?」
「どうしたじゃないよ! ああ、こんなに散らかして」
カウンターや、床に、白いものが飛び散っている。
「とくべつな、とうじょうをしようとおもいまして」
「しなくていいよ! これ、なに?」
「ましゅまろです」
「あ、やっぱり」
「ましゅまろは、なかもずっとまっしろで、あまくて、ふわふわでした」
「え? 虫の巣なんじゃないの?」
「ちがいました。おかしです」
「なーんだ」
「ぼくは、おおきいましゅまろをてにいれたので、こう、なかにはいって、たべて、かくにんしましたので!」
「それはすごい」
お菓子の家、というのは考えたことがあったけれども、自分の体と同じくらいのお菓子の中に、食べながら入ってしまうなんて、考えたこともなかった。
「ぼくはすごいすらいむなので、それくらいのすごさは、すごいのです!」
スライムさんは得意げだった。
よく見ると、スライムさんの中は、白いものがぎっしり詰まっているようだ。
いま食べた、ましゅまろが。
虫はいないみたいだ。
「それなら、私も食べてみようかなあ」
「どうぞどうぞ!」
スライムさんが出してくれたましゅまろを、口に入れてみた。
「ん!」
弾力があって、でも口の中ですこしずつ溶けていくような、不思議な食感だった。
そしてなにより、あまくておいしい。
「砂糖がたっぷり使ってありそう」
「そうですね! さいこうです!」
「スライムさん、よっぽどましゅまろが気に入ったんだね」
「あ、そうだえいむさん。ましゅまろを、ください」
「え?」
急に言われて、私はましゅまろを落としそうになってしまった。
「このまえ、ぼくは、ちょこをあげましたね?」
「うん」
「ちょこをくれたひとには、ましゅまろをおかえしする。それがしゃかいの、るーるらしいのです」
「社会のルール」
「ください」
「え、でも、私ましゅまろ持ってないよ」
「それがあるじゃないですか」
スライムさんは私が持っているましゅまろを見た。
「これでいいの?」
「はい!」
「どうぞ」
「ありがとうございます!」
スライムさんは、ましゅまろをおいしそうにほおばった。
と思ったら、動きが止まった。
目を見開いている。
「どうしたの?」
「う、うう」
「あ、おいしすぎて動けない、とか言うんでしょう」
「たべすぎて、うごけません……」
スライムさんのぷるぷるの体が、ましゅまろのふわふわに支配されてしまったようだった。
私は外に行って、バケツに水をくんできた。
その水をかけてあげるとスライムさんの体積が増えて、動けるようになった。
「これで安心だね」
「はい! もっとたべられます!」
「やめなさい!」
よろず屋の前に行くと、中に入っていく男の人たちの姿があった。
武器を持った人たちで、見たことがない。
めずらしいなと思いながら、私も入っていった。
「こんにちは」
お店に入ると、もうお客さんが三人いて、ぎゅうぎゅうだった。
男の人が私をじろりと見たのでドキッとしたけれども、すぐその人たちはカウンターの向こうに話しかけていた。
「なんだこりゃ、ごちゃごちゃしてせめえ店だな。おーい。店主はいねえのか!」
ひげの人の声は、よろず屋がふるえるような、大きな声だった。
「はいはい、いらっしゃいませ!」
スライムさんが、いつものように、ぴょん、とカウンターにのった。
「お、お? なんだ、スライムか?」
「そうです、スライムです!」
ひげの人は、顔を近づけてスライムさんをしげしげと見た。
「おい見ろよ、スライムがしゃべってやがる」
「はい! ぼくはすごいスライムですので!」
「こいつはおどろいた」
「へえ」
「おどろきでやんす」
「どんなものをおもとめですか!」
「まあ、値打ちもんを探してんだがな。たとえば、ある剣だ。まあ、こんなおかしな店にはねえだろうが」
「それ、あります!」
「まだなにも言ってねえだろうが!」
私がつい、くすくす笑っていたら、ひげの人がこっちを見たので、私はぴしっ、とした。
「それで、なにをおさがしですか!」
「なにって、お前に言ってもしょうがねえんだよ! たとえばそうだな、こういう剣で、柄のところに頭に矢が刺さった人間の彫刻が」
ひげの人は、入り口近くに置いてあった剣を手にとって、スライムさんに説明を始めた。
その説明する声がだんだん小さくなって、ひげの人は、じっと剣を見ていた。
「これは……」
「それは、えいゆうのけんです!」
「ちげえ! 愚者の剣だ!」
「そうです!」
「そうですじゃねえ! お前、これいくらだ! いくらで売る!」
「おかいあげですか?」
「そうだ!」
「だったら、そうですねえ……。ええと……」
「いくらだ!」
「ええと、ちょっとおまちください」
スライムさんはカウンターをおりて、お店の奥に行ってしまった。
たぶん、値段を確認しにいったんだろう。
するとスライムさんが行った先を見ていた男の人たちが、なにか小声で話をしていた。
「おかしら。これ、買うならいくらなんです?」
「そうだな。まあ、30万はするだろうな」
「30!」
「30だったら買いだ。40でも、買ったほうがいいかもしれん。あのスライム、価値をわかってないかもしれねえからな。とりあえず買い叩くつもりで、1万から話を振って、まとめていくぞ」
「……なあおかしら。あいつがもどってくる前に、持ってっちゃいましょうよ」
「なに?」
「いまのうちに持ってちまえば、逃げ切れますぜ」
「……たしかにな」
ひげの人は、剣を抱えるようにした。
「他にも、めぼしいもの、持っていっちまいましょうよ」
「そうでやんすそうでやんす」
本当に持っていってしまうんだろうか。
「あの」
私がおそるおそる言うと、私がびっくりするくらい、彼らはびくっ、としていた。
「ななななんだ!」
「それ、どうするんですか」
「どどどどうもしねえよ、なあ?」
「へ、へい!」
「そそそそうでやんす」
「ちょっとこう、なんだ。店の外で素振りっていうか、なあ?」
「へい!」
「そうでやんす!」
「スライムさんに言ってからのほうが」
「まあ、かたいこと言うなよお嬢ちゃん。じゃ、ちょっくら外へ、と」
ひげの人はそのままお店を出ていこうとした。
けれども、つるっとすべて転んだ。
「ってー」
「おかしら、しっかりしてくださいよ」
「剣は無事ですかい?」
「おおよ」
ひげの人は、大事そうに剣を抱えて立ち上がった。
「ちょっと足がすべることくらい、あるだろうがよっ、と、おわっ!」
また転んだ。
するとその衝撃で、壁に立てかけてあった斧が倒れてきて、転んだひげの人の、頭の横に刺さった。
「うおおおお!」
ひげの人があわてて立ち上がるけれども、また足がすべって転んで、かべにぶつかった。
壁がゆれたせいで他の剣が倒れてきて、ひげの人がはいつくばって、なんとかかわした。
「なんだ、どうなってやがる!」
そう言ったひげの人の前に、天井のところに飾ってあったヤリが落ちてきそうになったのを見て、急いで離れた。
「はあ、はあ、はあ、おいてめえら、逃げるぞ!」
「他のものは持っていかないんですかい?」
「バカ野郎! まだ気づかねえのか! ここは魔導師の店だ!」
「なんですって?」
「本当にスライムが店主なわけあるか! あれは使い魔だ! 俺たちが盗もうとしてるのをどっかで監視して、笑いながら攻撃をしかけてきてんだよ!」
「で、でも、いまのは偶然じゃあ?」
「そう見えるようにしてるんだよ! そこのお嬢さんみたいな客にも、そう見えるように! おかしいと思ったぜ、こんな店にたまたま愚者の剣があるわけねえんだからな! 他にも、そのへんにあるもんも、べらぼうに高いもんばっかりだ! やられたぜ。 このままじゃ殺されちまう! 逃げるぞ!」
「へ、へい!」
「わかったでやんす!」
ひげの人は、剣を放り出すと、転びながら店を出ていった。
外を見ると、ひげの人は何度も転んで、一緒に来ていた男の人に肩を貸してもらいながら逃げていった。
男の人たちが見えなくなってから、やっとスライムさんがもどってきた。
「ええと、ねだんは、それなりです! ……あれ? おきゃくさんはどうしたんですか?」
「かえったよ」
「あれ、なんだかちらかってますね! いけないおきゃくさんだ!」
スライムさんがカウンターから降りて、片づけを始めた。
「手伝うよ」
「くろうをかけますね、えいむさん」
「ねえ、スライムさんって、使い魔じゃないよね?」
「つかいま? ちがいますよ」
「このお店に、魔導師とか、いないよね?」
「いませんよ」
「そうだよね」
「へんなことをいう、えいむさんですねえ。あ!」
スライムさんは、最初にひげの人が転んだあたりに、顔を近づけた。
「どうしたの?」
「ここにさっき、つるつるぬるぬるになるものを、こぼしてしまったんです! あれを、くつでふんだら、しばらくとれなくて、たいへんです! ぼくは、おきゃくさまにひどいことをしてしまいました!」
うわー! うわー! とスライムさんが、体をグネグネさせて後悔していいた。
「こんどきたら、たっぷりと、おもてなしをします!」
「そうだね」
しなくていいと思ったけど、おもてなしをしておいたほうが、悪いことにはならないような気がした。
よろず屋に入ると、スライムさんはもうカウンターの上にいた。
「いらっしゃいませ!」
「こんにちはー」
コホコホ、とちょっとセキをしたら、スライムさんがふしぎそうに私を見た。
「どうしましたか?」
「うん、ちょっと昨日の夜からセキが」
「それはいけませんね!」
「でもちょっとだから」
「そのちょっとが、そこそこになり、いっぱいになるかもしれません! いけませんよ!」
スライムさんがぴょんぴょんしながら言う。
「ちょうどいいものがあります!」
「なに?」
「これです!」
スライムさんがカウンターの上に出してきたのは、薬草だった。
「薬草?」
「はい!」
「食べるの?」
「ちがいます! これは、おゆにいれるのです!」
スライムさんによると、これをお湯に入れて、その中でゆったりあたたまると、薬草の成分が体にじわじわとしみていき、ちょっとしたカゼなんてすぐに治ってしまうらしい。
「お湯の中に入るの? ちょっと手間がかかるね」
「あしだけでもいいですよ!」
「足だけで?」
たらいを用意してくれたスライムさん。
わかしたお湯を用意して、そこに入れる。
ちょっと熱すぎたので、外の水をやかんに入れてきて、ちょっとずつお湯の温度を下げた。
手で確認する。
「ちょうど、あったかいよ」
「いいですね!」
スライムさんは、カウンターの上に置いてあった薬草を、たらいの中に入れた。
「あ」
葉っぱがほどけるように、お湯の中をただよいはじめた。
すこしずつ、薬草からしみ出た色で、お湯が緑色になっていく。
「おおー」
「どうですか」
「なんだか、ちょっと、とろっとしてるね」
お湯をさわってみると、ぬるっとするというほどではないけれども、手にまとわりつくような感触があった。
「それが、れいのあれです!」
「例のあれ」
「はいってみてください!」
私はスライムさんが持ってきてくれた椅子に座り、素足をたらいの中に入れた。
「おおー」
「どうですか」
「あったかいよ。足だけでも」
「そうですか!」
あったかいのは足だけなのに、みるみる全身があったまっていくのを感じる。
「ぽかぽかしてきた」
「いいですねいいですね!」
「もうちょっと入ってていい?」
「いいですよ! そうだ、ぼくもはいっていいですか!」
「え?」
やめたほうが、と言おうとしたら、もうスライムさんは、ちゃぷん、と中に入っていた。
「おお、あったかい!」
「スライムさんは入らないほうがいいんじゃ」
「どうしてですか! ひとりじめですか!」
「そうじゃなくて、スライムさんは水分を吸っちゃうから、薬草の色が移ったりするかも」
「なるほど!」
スライムさんはたらいから出た。
「あ、色、変わってるね」
スライムさんは、いつもの透きとおった青でなく、黄色になっていた。
「あおに、みどりをまぜると、きいろになるんですよ!」
「そうなんだね。……そうだっけ?」
「でもそのうちもどりますから、きにしなくてもだいじょうぶです!」
「そっか、よかった。で、青に緑をまぜると」
「それよりえいむさん! もうすっかりげんきですか!」
「うん。セキも出なくなった気がする」
「よかったですね!」
「それはいいんだけど、青に黄色をまぜたら緑じゃなかったっけ?」
「いやあよかったですねえ!」
スライムさんは、ちょっと大きくなった黄色い体をぷよぷよと、うなずくように動かした。
「スライムさん、それ、どうするの?」
しばらくたっても、スライムさんの体はまだ黄色いままだった。
スライムさんの場合、青に緑を混ぜたら黄色になる。
ということは、黄色になにを混ぜたら青になるんだろう。
ふつうだったら黄色になにを混ぜても青にはならないと思うけど、スライムさんの法則にしたがうと……。
スライムさんは、カウンターの上に飛び乗った。
「ぼくはきいろくなっても、ぼくです!」
びしっ!
ポーズを決めていた。
「それはそうかもしれないけど、青いほうが、スライムさんっぽいかなって」
「えいむさん。ぼくっぽいってなんですか? ぼくっぽさをきめるのは、ぼくじしんです!」
「なんの話?」
「ということで、ちょっとまっててください」
奥に行ったスライムさんは、いろいろなものを引きずってもどってきた。
フライパンと、それを置く台のようなもの。
フライパンの上には卵が三つ。
「これは?」
「おむれつを、つくります」
「オムレツ?」
「しりませんか? たまごをやきながら、こう、くるりと、まるっこく、しあげていく、あのりょうりを」
「それは知ってるけど」
「では、おねがいします!」
私はスライムさんに言われたとおり、卵をかきまぜて、そこに塩をふった。
スライムさんの用意してきた台は、そこに熱を生み出す魔法石が埋めこんであるということで、フライパンが熱々になっていく。
「では、たまごを!」
「はい」
卵を流し入れると、木べらをくわえて持ったスライムさんは、すごい勢いで卵をかきまぜはじめた。
くるくるくるくる、と混ぜていく。
中のほうを混ぜて、フライパンの端で焼けていく卵を、内側にかき集める。
まだ生の卵が外側に流れていくと、またそれを集める。
そうしてたちまち、全体的に卵に火が通っていく。
「いまです!」
私がフライパンを持つと、スライムさんが、手前から奥にかけて、すいー、と卵をかぶせるようにした。
それから、奥の部分をちょっと手前に返して、半熟卵が、外の焼けた卵にフタをされた。
「えいむさん、ひっくりかえしてください!」
「私が?」
「そうです!」
「やったことないよ!」
「できます!」
せーの、で合わせて、私がフライパンを上げるのと、スライムさんが木べらを動かすのを同時に。
すると、ぱたん、と卵がひっくり返った。
「やりましたね!」
「う、うん」
あぶなかった。
スライムさんはちょっと火を通すと、もう一回ひっくり返した。
最初は口がちょっと開いていた部分が、火を通すことでしっかりと閉じていた。
皿に移すと、黄色い、丸っこい、きれいなオムレツができあがった。
「できました!」
「そうだね。スライムさん、オムレツ作るのうまいんだね」
「はじめてです!」
「ええ!?」
「いまのぼくは、きいろですから! かんぜんに!」
スライムさんは堂々と言った。
黄色だったらなんなの? と言える雰囲気ではなかった。
「食べてください!」
「う、うん」
スプーンで口に入れる。
「わあ」
ふんわりしていて、中はとろりとしている。
とてもいい食感だ。
「おいしい!」
「それはよかったです」
スライムさんを見ると、スライムさんが青色にもどっていた。
「スライムさん、体が青いよ」
「ほんとうですね!」
「どういうことだろう」
見ると、床がちょっとぬれている。
スライムさんはさっきの、緑色の薬湯から出てきたところのようだった。
「あ」
緑に青を混ぜると黄色。
ふつうは青に黄色を混ぜると緑だから、入れ替わってるんだろう。
だから、黄色に緑を混ぜたら、青にもどった。
……わかるような、わからないような。
「どうかしましたか?」
「ううん、なんでもない」
私はまたオムレツを食べた。
おいしい。
今日は天気が良かったので、庭に椅子を運んで読書をしていた。
木の下にいると、おだやかな風がふいていて気持ちがいい。
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
しばらくそうしていたら、くしゃみが出た。
何度も続けて出る。
おかしいなと思って家の中にもどると、落ち着いた。
また外に出るとくしゃみが出る。
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
「へっくしゅん!」
でも、外を歩いていたらくしゃみが止まらなかったので、いったん家にもどった。
しばらくすると、くしゃみが止まる。
「うーん」
どういうことだろう。
私は顔にタオルを巻いてみた。
そうしたら、数は減った。
「へっくしゅん!」
でも止まらない。
どういうことだろう。
母に相談すると、よろず屋で薬をもらってきたらと言われたので、行ってみることにした。
正体を明かすことができない悪い人みたいだ、と思いながらよろず屋へ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ! おや?」
カウンターの上に現れたスライムさんは、目をぱちぱちさせていた。
「あ」
私は急いで顔に巻いたタオルを外した。
「こんにちは」
「えいむさんとおもったら、えいむさんではなかった……?」
「私じゃないと思ったら、私だったんでしょ?」
逆だよ。
「そんなかっこうをして、だれかに、おわれてるんですか?」
「実はね……」
「はい……!」
「誰にも追われてないよ」
「!? えいむさん! ぼくを、おどかしかけましたね!」
「ふふふ。……へっくしゅん!」
「? どうしました?」
「あ、これはね」
私は、今日のことを話した。
「ふむふむ。きょうは、そとにでると、くしゃみがでる」
「うん」
「せきは、どうですか?」
「セキは別に」
「ふむふむ。はなみずはどうですか?」
「あ、ちょっと出る」
「もしかして、めが、かゆくなったりしてますか?」
「あ、うん、かゆい! どうしてわかったの?」
そう言われると、よけいにムズムズしてくる。
「わかりましたよえいむさん! えいむさんは……」
「ごくり」
「……」
「あれです!」
「……あれ?」
「そうです! なまえはわすれましたが、ぼくには、かくしんがあります! くすりもあります!」
「あるの? やった!」
「ふっふっふ。ぼくをだれだとおもってるんですか? すごいすらいむですよ?」
スライムさんは得意げに笑いながら、カウンターから変わったものを出してきた。
「どうぞ!」
受け取る。
私の指くらいの太さで、長さはペンくらい。
半透明でぷるぷるしていて中に芯がないので、ちょっと動かすだけで大きくゆれる。
「なにこれ」
「これを、はなのあなにいれます」
「ええ?」
「すると、はなのねんまくが……。あの、あれになって、それが、えいむさんのはなを、とてもよくします!」
「どういう作用で?」
「えっと……。そんなことはどうでもいいでしょう!」
スライムさんは大きな声で言った。
「だいじなことは、よくなる、ということです!」
「わかった」
「ぼくがいちどでも、まちがったことをいいましたか?」
「あるかないかで言うと……」
「まちがいはだれにでもあることです! えいむさんは、それをみとめるべきです!」
「わかった」
「では、どうぞ!」
でも、鼻の穴よりも太い気がする。
入らなかったらやめようと近づけてみる。
ぬるり、と入ってしまった。
「どこまで入れるの?」
「ちょっとでいいです! はんたいがわを、もうかたほうのあなに、いれてください!」
「ええ?」
私は気がすすまなかったけど、反対側に入れてみた。
きっといま私は、鼻に輪っかをぶら下げている牛みたいになっているのだろう。
「これでいいの?」
「えいむさん、かっこいいです!」
「ん?」
それはどうだろう。
「それではかぞえます! 1、2、3……」
「……18、19、20! もういいですよ!」
私はするりと鼻に入れていたものを抜いた。
「これでなおりました」
「本当に?」
ちょっと外に出てみる。
深呼吸。
「ちゅんっ」
小さなくしゃみが出た。
「……ちゅんっ」
しばらくすると、また出た。
「どうですかえいむさん!」
「えっと……?」
「くしゃみがくるしかったのが、すっかり、よくなったでしょう!」
たしかに、くしゃみは全然苦しくない。
すごく楽になった。
「よかったですか!?」
「えっと、うん。ちゅんっ。楽になった」
「やりました!」
スライムさんは、ぴょんぴょん喜んでいた。
せっかくなら完全に治してほしいところだけど、そういうことを言うと、スライムさんは人の命を救うようなとんでもない薬を出してきそうなのが、むずかしいところだ。
ちゅんっ。
道を歩いていると、よろず屋の前にはスライムさんがいるのが見えた。
私が手を振ったら、スライムさんもぴょんぴょんと、応答してくれた。
それだけじゃなくて、ぴょぴょぴょぴょ、と走ってくる。
「えいむさーん、いらっしゃいませー!」
私の前で、ぴたっ、と止まった。
「こんにちは。ずいぶん早い、いらっしゃいませだね」
よろず屋からは、ちょっと離れてしまった。
「そこです!」
びしっ、とスライムさんが三角形になった。
そのとがった部分で私を指していた。
「どこ?」
「ぼくはかんがえました。そしてあきらめました」
「なにを?」
「おみせは、どこまでがおみせなのか、です」
私は、道を行った先にあるよろず屋を見た。
「あそこ」
「ちがいます!」
「ちがうの?」
「ちがいません! あれはぼくのおみせです! ああもう! これだから、えいむさんはえいむさんなんですよ!」
「えっと?」
「ちょっときてください!」
私とスライムさんは、よろず屋の前まで行った。
「いいですか? ……いらっしゃいませ!」
スライムさんは、お店の中から言った。
「なにか、おかしかったですか?」
「ううん」
「では」
スライムさんは、入り口の前まで出てきた。
「いらっしゃいませ! これは、おかしいですか?」
「ううん」
スライムさんは、なにを言いたいのだろう。
スライムさんは、私にもうちょっとさがるように言った。
結局、二十歩くらい、お店から離れた。
「いらっしゃいませ! これは、へんですか?」
「変っていうか。ちょっと、早いかな。お店から離れてるし」
「それです!」
「え?」
「ぼくが、おみせのそとであいさつをしたときは、もう、おみせのなかじゃなかった! なのに、へんじゃなかった! ここまではなれたら、へんになった! じゃあ、おみせは、どこまでなんですか! ぼくのおみせは、どこにあるんですか!」
「あそこにあるよ」
私はよろず屋を指した。
「そういうことじゃありません!」
「うん」
もちろんわかってる。
わかってるけどわからない。
たしかに、スライムさんが言うとおり、お店の外でいらっしゃい、というのは変かもしれない。
でも変じゃないような気もする。
「ぼくは、よろずやがどこまでなのかがわからないなら、どうしたらいいか……」
「気にしないで、いままでどおりやればいいと思うけど」
「そんないいかげんなことでいいとおもってるんですか!」
スライムさんは言う。
「えいむさん! もっと、きちっと、しなければいけませんよ!」
「えっと……?」
「わるいことをしたら、あやまるんです!」
「ごめんなさい」
「すなおでよろしい!」
「でも、どうして急にそんなことを考えたの?」
「こほん。それはですね。さっきぼくは、えいむさんがもうすぐくるんじゃないかとおもって、おいしいやくそうをよういしていました」
「ありがとう」
「でも、ただあげるよりも、ちょっとびっくりさせたほうがおもしろいとおもったんです!」
「……それで?」
「そとにでて、えいむさんの、うしろをついていって、おみせにはいったとたん、うしろからこえをかけたら、びっくりするとおもったんです!」
楽しげなスライムさんの表情がくもった。
「でも、ぼくはおもいました。これは、えいむさんを、ぼくのおみせでおどかしているのだろうか。ぼくのおみせでえいむさんをおどかすならいいですけど、そとで、えいむさんをおどかすのは、わるいことをしているんじゃないかと。ぼくは、そうかんがえたのです……」
「なるほど」
私は腕組みをした。
「スライムさんは、私をおどかすなら、自分のお店の中じゃないといけないと思ったんだ」
「そうです」
「それなら、私には、ふたつ、言いたいことがあります」
「なんですか?」
スライムさんは私を見上げた。
「まず、どこであいさつをしても、スライムさんのお店は、あそこだと思う」
私はよろず屋を指した。
「あいさつを早めにしただけで、お店の場所は変わったりしないと思うよ」
「なるほど……。ぼくのおみせは、かわらない!」
「うん」
「やりました!」
スライムさんは、ぴょんぴょんした。
「あと、スライムさん?」
「なんですか?」
「私をおどかそうとしたんだよね?」
「はい」
「悪いことをしようとしたんだよね」
「……おや?」
「したんだよね?」
「……はい」
「悪いことをしたら?」
「ごめんなさい」
「すなおでよろしい!」
私が笑うと、スライムさんも笑った。
それからスライムさんの笑いが引っこんだ。
「でも、ぼくはまだ、わるいことをしてませんよね……? わるいことをしようとしたばあいは、あやまったほうが、いいんですかね……?」
「うーん……?」
今度は、私もしばらく考えることになった。