「えいむさん、ぼくのうしろ、だれかいますか!」

 よろず屋に入るなり、スライムさんがカウンターの上から大きな声で言った。

「どうしたのスライムさん」
「いますか!」
「いないけど」
「よかった……」

 スライムさんは、体から力を抜いて、くにゃり、となった。

「どうしたの?」
「めりーさん、ってしってますか?」
「だれ?」
「めりーさんです。だんだんちかづいてくる、おばけです」
「だんだん近づいてくるオバケ?」
 だんだんよりも、一気に近づいてくるオバケのほうがこわそうだけど。

「ぼくはそのはなしをきいてから、じぶんのうしろが、きになって、きになって……」
「どういうオバケなの?」
「それは……。こほん。まず、めりーさんから、れんらくがきます」
「ふむふむ」
「すると、めりーさんは、いまどこにいるのか、おしえてくれます。さいしょは、とおかったのに、れんらくがくるたび、ちかづいてきます。そしてさいごには、あなたのうしろにいるよ、というんです!」
 スライムさんは震えあがっていた。

「ふうん」
 スライムさんは、ふしぎそうに私を見た。
「えいむさん、こわくないんですか?」
「ちょっと、よくわからなくて」
「なにがですか?」
「連絡って、どういう連絡? メリーさんから手紙がくるの?」

 そのあたりがよくわからなかった。
「毎日手紙が来て、だんだん近づいてくるってことなの?」
「そういわれると……」
 スライムさんもよくわからないようだった。

「じゃあ、そうです!」
「メリーさんから、毎日、今日はあの山にいるよ、とか、今日はよろず屋の前にいるよ、とか手紙がくるってこと?」
「きっとそうです!」
「そういうオバケなの?」
「そうです!」
「ていねいなオバケだね」

 私が言ったら、スライムさんは、ぴょんぴょんはねた。
 楽しそうではなく、もどかしそうだった。

「そうじゃないんです! さいごには、あなたのうしろにいるよ! ってくるんです! こわいですよ!」
「知らない人に毎日手紙をもらうって、たしかにこわいよね」
「そういうこわさじゃないんです! おばけがうしろにいるんですよ!」
「うーん。でも、手紙を出してくるってことは、私の家を知ってるんだろうし、オバケだったら家の中にも入ってこられるだろうし……。うしろにいるかもしれないよね。いまだって、ほら! スライムさんのうしろに!」
「ひいっ!」

 スライムさんはカウンターからとびあがって、そのまま落ちて、ぽよんぽよんとはずんで、お店のなかを転がっていた。

「だ、だいじょうぶ? スライムさん、そんなにおどろくとは思わなくて。ごめんね」
「へいきです!」
 スライムさんは、シャキン! と止まった。

「あ、えいむさん! うしろにめりーさんがいますよ!」
「え?」
 うしろを見ると、誰もいなかった。

「いないよ」
「うそです! もう! えいむさんは、どうしてそんなに、こわがらないんですか!」
「手紙であいさつをしてから来るんでしょう? 話が通じそうだな、と思って」

 私の印象では、オバケというのは、勝手にやってきて、ひどいことをしたり、おどろかしたりする、というものだった。
 だから、ちゃんと連絡をくれるなんて、オバケの中ではいいオバケ、という気がした。

 スライムさんに話していると、スライムさんも、だんだん落ち着いてきたみたいだった。

「たしかに、はなしがわかりそうですね」
「だから、来てほしくなかったら、来ないで、って張り紙しておいたら、来ないでくれそうじゃない?」
「そうですね! じゃあ、ぼくもそうします!」
「連絡来たの?」
「まだです! ぼくは、よういしゅうとうな、すらいむですから! じぜんじゅんびも、ばっちりです!」
「ならだいじょうぶだね」
「なんだか、えいむさんとはなしていたら、どうでもよくなってきました!」
「よかった」
「じゃあ、きょうはもう、おみせはおわりです」
「え?」
「ずっと、こわがりすぎて、くたくたなので!」
「あ、えっと、薬草ひとつ……」
「おしまいです!」

 そう言うと、にこにこしながら、スライムさんはお店を閉めてしまった。