「えいむさん、あたらしいやくそうですよ!」

 お店に入るとスライムさんが、緑色でまっすぐの葉っぱを見せてくれた。
「なにこれ」
「やくそうです! すごくさむいところで、みずをあげなかったら、こうなりました!」
「ふうん?」
 栄養があまりいきわたらなかったことで、不十分な薬草になった、ということなんだろうか。

「これはどういう薬草なの?」
「けがにも、びょうきにも、こうかがないでしょう!」
「え?」
「やくそうは、はっぱにこうかがありますからね!」
「これは、どう使うの?」
「みためをたのしむものです」
「なるほど……」

 私にはまだわからない薬草の世界があったようだ。

 そのとき、カウンターにある、白いものが気になった。
「それ、なに」
「これですか?」

 スライムさんが出してくれたお皿にのっていた白いものは、丸っこくて、親指と人さし指でつくった輪っかくらいの大きさで、五個あった。
 球体かと思ったけどよく見たら太い円柱形をしている。

「なにこれ」
「なんだとおもいますか?」
「わからないけど。ヒントは?」
「まずは、えいむさんのおもうままに、おこたえください」
「えー?」

 五個もあるんだから、一個あたりの値段が安いものだろうか。
 とはかぎらないのが、スライムさんのよろず屋だ。
 これ一個で、たいへんな価値を持っているかもしれない。

 スライムさんのお店にあるんだから、きっと、裏をかいたほうがいい。
「あ、もしかして、ふつうは黒いものかなあ」
「なんですか?」
「火をつけやすくする、黒いかたまりかと思って」

 親が、火をつけるとすぐ燃える、これくらいのかたまりを使っていることがあった。
 小さな火をかんたんに大きくすることができるので、印象的だった。
 急いで火をつけたいときに便利だという。

「なるほど……。では、やってみましょうか」
「え?」

 スライムさんは、魔法の石がついているという、枝みたいなものを持ってきた。
「これは、ひの、まほうせきがついています」
「うん」
「これをつかって、あつあつに、しましょう! おねがいします」

 私は白いものの上に、杖の宝石部分をかざそうとして、止まった。
「ところでスライムさん」
「なんですか?」
「答えは、これで合ってるんだよね?」
「しりませんよ」
「知らないの?」
「はい!」
 そうだったのか。

「えっと、じゃあ、どうなるかわからないんだよね?」
「いわれてみれば、そうですね」
「火をつけていいの?」
「はい!」
 力いっぱい言われた。

「爆発したりとか、しない?」
「ふふふ。えいむさんは、しんぱいしょうですねえ!」
 スライムさんは、くすくす笑っていた。
 でも、なにかのときに爆発したのは覚えてるぞ?

「ぼくがやってみましょうか?」
 そう言って、スライムさんは、さっさと杖を私からとっていくと、杖の先を白いものに近づけた。

「え、スライムさん、だいじょうぶ?」
「だいじょうぶです!」
 スライムさんは、自信はたっぷりある。

 スライムさんが近づけた杖の先は、白いものを熱していった。
 白いものの表面が、オレンジ色になっていく。
 香ばしく、あまいにおいがする。
 さらにスライムさんが熱すると、ちょっとこげてきた。

「スライムさん、離したほうが」
「そうですね」
 スライムさんは杖を引いた。

「これは、なんだろう……」
 においだけでいうと、あまくて、おいしそうだ。

「たべてみたいですか?」
「食べてみたくなる」
 ちょっと、熱で溶けて、やわらかそうだった。
 でも、とんでもないものかもしれない、という思いが、私に最後の一線をこえさせなかった。

「たべてみますか?」
「うーん」
 おいしそうなにおいに、私は最後の一線をこえてしまいそうになっていた。

「わかりました! おまかせください!」
「なにを?」
「なにかあったら、とくべつなやくそうで、えいむさんをいきかえらせてあげますので!」
「私、死ぬの?」
「どうぞどうぞ!」

 食べたくなくなってきた。
 でもまだ興味がある。
 指先でつっついてみると、溶けそうなほどやわらかだったのが、冷めてきていた。
 でもやわらかい。
 ひとつ持ってみた。
 ふわふわしていて、軽い。
 私は、あまい味が口の中に広がるのを想像した。

「ましゅまろです!」
 スライムさんが急に大きな声で言った。

「なに、急に」
「それのなまえを、おもいだしました! ましゅまろです!」
「ましゅまろ?」
「はい! まちがいありません!」
 スライムさんは、自信ありげだった。

「ましゅまろってなに?」
「わかりません」
 スライムさんは、自信なさげだった。

 私は、ちょっと焦げた、ましゅまろ、をお皿にもどした。

「あれ、たべないんですか?」
「ましゅまろって、なんだか、食べ物の名前じゃないみたいじゃない?」
「なるほど?」
「なんか……。なんだろう。ましゅまろ。なんの名前だろう。スライムさんは、なんだと思う?」
「ましゅまろですか……。むずかしいおはなしですね……」

 私は、遠くの景色を想像した。
「鳥の名前かな?」
「とりですか?」
「丸くて、ふわふわしてる鳥」
「なるほど! そういうとりも、いそうですね!」
「でしょう?」
「なら、たべられそうですね!」
「うん……?」

 鳥は食べられるものもいる。
 でもそういうことではないような。

「そういえば、綿って、植物なんだよね。だからこれも、植物かもしれない。糸をつくったりするような」
 私は、ましゅまろを手にとって、ふにふにしてみた。
 それに植物だったら、口に入れてみてもいいような気がしてくる。
 苦かったら口から出して、毒消し草をもらえばいいし。

「わかりました!」
 スライムさんが、ぴょん、ととびあがった。

「なに?」
「ましゅまろというのは、きっと、むし、ですね!」
「虫?」
「なかに、むしがはいっているんです! みのむしみたいなやつが! ましゅまろは、むしの、すです!」
「虫の巣」
「えいむさんの、わた、をひんとにしました! きぬは、むしがつくったいとを、つかってますよね! だから、むしです!」

 私は、この白いものの中から、にゅっ、とイモムシみたいなやつが出てくるのを想像してしまった。
 私は持っていた、ましゅまろを、お皿に置いた。
「えいむさん、どうしたんですか?」
「なんでもない」
「そうだえいむさん、ましゅまろを、ふたつにきってみませんか! なかになにがはいってるか、しりたくないですか?」
「知りたくない」
「え?」
「全然知りたくない」
「そ、そうですか?」

 スライムさんは、ちょっと困ったように私を見ていた。