「今日はそろそろ帰るね」
私がよろず屋の外に出ると、スライムさんも見送りに出てきてくれた。
「ゆうひが、しずみましたね」
太陽はもう姿を隠して、空は、オレンジや紫や青や、いろいろな色が見えた。
「ぼくは、あのむらさきがすきですね」
「きれいだね」
「じつは、このじかんのけしきは、とくべつななまえがついてるんです」
「なんていうの?」
「……なんとか、かんとかー、です!」
スライムさんは、はっきりと言った。
「そういえばえいむさん。むらさきといえば、むらさきのないふ、ってしってますか?」
「紫のナイフ? 知らない」
「そうですか。ゆうめいだと、おもったのですけれども」
「どういうナイフ?」
私は刃が紫色のナイフを想像した。
透き通っていて、反対側が見えるくらいだったらきれいだと思う。
「どういうないふかは、しりませんが、とくべつなおはなしがあるのです」
「ふうん?」
「むらさきのないふ、ということばを、20さいまでおぼえていると、たんじょうびに、しんでしまう、というおはなしがあるんです」
「え?」
「もし、きいてしまったら、20さいまでにわすれないと、たいへんなことになるんですよ」
「……スライムさん?」
「なんですか」
「なんで言ったの?」
「……?」
「私が20歳まで覚えてたら、死んじゃうんでしょ」
そこまで言ってようやく、スライムさんは、はっとした顔をした。
それからみるみる顔を青く……、もともと青いけれども、青い顔をしているような顔をした。
「え、え、えいむさん! すみませんでした! ぼくは、ぼくはそういうつもりでは……!」
「まだ20歳までは時間があるけど」
「すみませんでした!」
スライムさんは床にうつぶせに寝っ転がった。
極限まで頭を下げている、最大級の謝罪なのかもしれない。
「いいよ」
「よくないですよ!」
「それを忘れたらいいんでしょ?」
「そうですけど、そういうものほど、わすれられないんですよねえ……。ついつい、いつも、かんがえてしまうんですよねえ……」
うんうん、とスライムさんが言う。
「……スライムさん?」
「はっ! す、すみません! ぼくは、なんということを……!」
「まあ、いいから。がんばって忘れるよ」
「じゃあ、がんばってください! むらさきのないふですよ! むらさきのないふですからね!」
「ちょっとスライムさん?」
「ああ、ぼくはまた……!」
私は床に寝っ転がっているスライムさんに見送られ、その日は帰った。
考えなければいいだけだからね。
そう思っていると考えてしまうものだ。
私はよろず屋を出てから、紫のナイフのことを考えなかったことは、なかったといってもいいくらいだった。
見たこともない紫のナイフと、それにまつわる話。
『そういうものほど、わすれられないんですよねえ……』
スライムさんの声が聞こえてくるかのようだった。
翌日、私はよろず屋に向かった。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃいませえいむさん!」
「どうも……」
私が紫のナイフについて話そうか迷っていたら、スライムさんから話を始めた。
「えいむさん、むらさきのないふ、のこと、おぼえてますか?」
「ちょっとスライムさん?」
「いえいえ、いいんですよ! じつは、むらさきのないふ、はなにも、かんけいなかったんです!」
「どういうこと?」
「ぼくのおもいちがいでした! ほんとうは、むらさきのけん、でした!」
「紫の剣。でもそれ、私に言ったら、また同じなんじゃないの?」
私が抗議したけれど、スライムさんは余裕たっぷりだった。
「ふっふっふ。それがですね。もんだいを、なしにするほうほうが、あるんです!」
「そんな都合のいい方法が?」
「あるんです!」
「でも、お高いんでしょう?」
スライムさんの解決策はたいてい高額だ。
「むりょうです! あることばを、いっしょにおぼえるだけでいいんです! そうするだけで、むらさきのけん、のこうかは、げきげんします! なくなるといってもいいくらいです!」
「なくなりはしないの?」
「じゃあ、なくなります!」
なくなるのか。
「スライムさん、それで?」
「なんですか?」
「なんていう言葉?」
「はい、それは……」
スライムさんは動きを止めた。
まさか、と思いつつ、私はスライムさんをじっと見た。
私は心で念じる。
まさか、忘れたわけじゃないよね?
スライムさんが心で念じた気がする。
まさか! おぼえてますよ!
私は念じる。
じゃあ、なんていう言葉?
スライムさんが念じた気がする。
………………………………やくそうでも、たべますか?
私はじっとだまって、スライムさんに念を送っていた。
私がよろず屋の外に出ると、スライムさんも見送りに出てきてくれた。
「ゆうひが、しずみましたね」
太陽はもう姿を隠して、空は、オレンジや紫や青や、いろいろな色が見えた。
「ぼくは、あのむらさきがすきですね」
「きれいだね」
「じつは、このじかんのけしきは、とくべつななまえがついてるんです」
「なんていうの?」
「……なんとか、かんとかー、です!」
スライムさんは、はっきりと言った。
「そういえばえいむさん。むらさきといえば、むらさきのないふ、ってしってますか?」
「紫のナイフ? 知らない」
「そうですか。ゆうめいだと、おもったのですけれども」
「どういうナイフ?」
私は刃が紫色のナイフを想像した。
透き通っていて、反対側が見えるくらいだったらきれいだと思う。
「どういうないふかは、しりませんが、とくべつなおはなしがあるのです」
「ふうん?」
「むらさきのないふ、ということばを、20さいまでおぼえていると、たんじょうびに、しんでしまう、というおはなしがあるんです」
「え?」
「もし、きいてしまったら、20さいまでにわすれないと、たいへんなことになるんですよ」
「……スライムさん?」
「なんですか」
「なんで言ったの?」
「……?」
「私が20歳まで覚えてたら、死んじゃうんでしょ」
そこまで言ってようやく、スライムさんは、はっとした顔をした。
それからみるみる顔を青く……、もともと青いけれども、青い顔をしているような顔をした。
「え、え、えいむさん! すみませんでした! ぼくは、ぼくはそういうつもりでは……!」
「まだ20歳までは時間があるけど」
「すみませんでした!」
スライムさんは床にうつぶせに寝っ転がった。
極限まで頭を下げている、最大級の謝罪なのかもしれない。
「いいよ」
「よくないですよ!」
「それを忘れたらいいんでしょ?」
「そうですけど、そういうものほど、わすれられないんですよねえ……。ついつい、いつも、かんがえてしまうんですよねえ……」
うんうん、とスライムさんが言う。
「……スライムさん?」
「はっ! す、すみません! ぼくは、なんということを……!」
「まあ、いいから。がんばって忘れるよ」
「じゃあ、がんばってください! むらさきのないふですよ! むらさきのないふですからね!」
「ちょっとスライムさん?」
「ああ、ぼくはまた……!」
私は床に寝っ転がっているスライムさんに見送られ、その日は帰った。
考えなければいいだけだからね。
そう思っていると考えてしまうものだ。
私はよろず屋を出てから、紫のナイフのことを考えなかったことは、なかったといってもいいくらいだった。
見たこともない紫のナイフと、それにまつわる話。
『そういうものほど、わすれられないんですよねえ……』
スライムさんの声が聞こえてくるかのようだった。
翌日、私はよろず屋に向かった。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃいませえいむさん!」
「どうも……」
私が紫のナイフについて話そうか迷っていたら、スライムさんから話を始めた。
「えいむさん、むらさきのないふ、のこと、おぼえてますか?」
「ちょっとスライムさん?」
「いえいえ、いいんですよ! じつは、むらさきのないふ、はなにも、かんけいなかったんです!」
「どういうこと?」
「ぼくのおもいちがいでした! ほんとうは、むらさきのけん、でした!」
「紫の剣。でもそれ、私に言ったら、また同じなんじゃないの?」
私が抗議したけれど、スライムさんは余裕たっぷりだった。
「ふっふっふ。それがですね。もんだいを、なしにするほうほうが、あるんです!」
「そんな都合のいい方法が?」
「あるんです!」
「でも、お高いんでしょう?」
スライムさんの解決策はたいてい高額だ。
「むりょうです! あることばを、いっしょにおぼえるだけでいいんです! そうするだけで、むらさきのけん、のこうかは、げきげんします! なくなるといってもいいくらいです!」
「なくなりはしないの?」
「じゃあ、なくなります!」
なくなるのか。
「スライムさん、それで?」
「なんですか?」
「なんていう言葉?」
「はい、それは……」
スライムさんは動きを止めた。
まさか、と思いつつ、私はスライムさんをじっと見た。
私は心で念じる。
まさか、忘れたわけじゃないよね?
スライムさんが心で念じた気がする。
まさか! おぼえてますよ!
私は念じる。
じゃあ、なんていう言葉?
スライムさんが念じた気がする。
………………………………やくそうでも、たべますか?
私はじっとだまって、スライムさんに念を送っていた。