スライムのよろず屋さん ~すごいけどすごくないお店に今日も遊びに行きます~

「こんにちはー」
 私はよろず屋に入ると、すぐ戸を閉めた。

「こんにちは、えいむさん! どうかしましたか?」
「ちょっと風が冷たくて」
 急にこの数日、空気が冷たくなってきていた。
 昨日の夜は、急いで毛布を出さないと眠れなかった。

「そうですねえ。ちょっと、ひえますねえ」
「あったかい日もあるから、困るよね」
 寒いなら寒い日ばかりになってくれれば楽なのに。
 なんて思いながらも、本当に寒い日ばっかりになったら嫌なんだけど。

「じつは、えいむさんがよろこぶとおもって、こんなものをよういしました!」
 スライムさんは、カウンターの上に置いてある箱を、ぽんぽん、と押した。
「これは?」
「あけてみてください!」
「うん」
 箱を開けると、中にはお札のお金がぎっしり入っていた。

「わっ、ん?」
 でもよく見ると、一般的に使われているお札と、ちがう絵柄だ。
 スライムさんが描いてある。

「あ、それじゃなかったです」
 スライムさんはカウンターを降りると、ずるずると、別の箱を押してきた。

「そっちは、しゅみです」
「趣味?」
 いったいなにをしようとしているのだろうか。
「これです」
 スライムさんは自分でフタをくわえて開けた。

 中には、いも、がぎっしり入っていた。

「いも?」
「ほくほくになります!」
「ほくほく?」
「やきいもです!」
「ああ!」


 私たちはお店を飛び出すと、裏の木の下に落ちている葉っぱを集めた。
 おうどいろの葉っぱは、ほうきで集めると、カサカサ音がして、すっかりかわいている。
 庭の土の部分に集めると、こんもりと山になった。

「集まったね」
「はい! もやしましょう!」
「うん。あ、でも、私たちだけで火を使ってもいいのかな」
 私は急に気になった。
 子どもたちだけで火を使うのは、家で禁じられていたことだからだ。

「えいむさん? ぼくをなんだとおもっているんですか?」
「え?」
「ぼくは、こどもではないです!」
「スライムさんって、大人なの?」
「えいむさん。ぼくはすらいむですよ? こどもとか、おとなとか、そういうちいさなことは、どうでもいいと、おもいませんか?」
「たしかに」

 あらためてそう言われてみると、スライムさんなら、人間の小さなきまりに縛られる方がおかしいような気がしてきた。
「ひは、これでつけます」
 スライムさんが用意したのは、火の魔法石が埋め込まれたという杖だった。

 私たちは芋を葉っぱの下の方に入れた。
 それから、スライムさんの前で杖を支えて立たせていると、スライムさんがまとわりつくようにして持った。

「つえをもって、ねんじるだけで、ひがつきます!」
「わかった」
「では、いきます!」
「うん」
「はっ!」

 スライムさんが杖をちょっと動かしながら、気合の入った声をあげた。

 すると。

「わっ!」
「わわっ!」

 こんもりと積み上げた葉っぱの山が、爆発した。


 私は尻もちをついてしまった。
 スライムさんは後ろ向きにころころ転がって、よろず屋の建物にあたって止まった。

「スライムさん、だいじょうぶ!」

 スライムさんを抱き起こす。
 目を回していたけれども、はっとして、私を見た。
「び、びっくりしましたね……!」
「スライムさんだいじょうぶ?」
「ぼくはへいきです! えいむさんは?」
「私も平気」
「よかったです!」

 スライムさんは、ぴょんっ、とはねてみせた。
 どうやら本当に平気そうだ。

「なにがあったの?」
「つえを、まちがえたみたいです」

 どうやら、火の杖ではなく、爆発の杖だったらしい。
「危ないでしょ!」
「もうしわけない……」
 スライムさんが、ころり、と前に倒れ、顔を地面につけた。
 土下座のつもりかもしれない。

「今回はケガもなかったからいいけど、これからは気をつけてね」
「はい! さいあくのばあい、えいむさんだけでも、ふっかつさせます!」
「スライムさんも復活して!」

「あれ?」
 私はふと、茶色い、こげたようなものが草の上に落ちているのが目に入った。

 近づいて、拾ってみる。
「あちち」
 これ、いもだ。
 焼けてる?
 二つに割ってみると、中は金色みたいな黄色で、ほくほくだった。

「スライムさん! 焼けてる!」
「ええ!?」
 ぴょんぴょんとやってきたスライムさんは、半分に割ったいもを受け取った。

「すごい! やけてます!」
「ね」
「たべてみましょうよ!」
「うん。じゃ、いっしょにね。せーの」
 ぱくり。

 おいしい。
 あつあつで、たくさんは口に入れられないけれども、ほくほくしてあまい。
 はふはふと食べているだけで、おいしいし、なんだか楽しい。
 それに、いもを持っていると手があったかい。

「あー、あったかくてきもちいですね、えいむさん!」
「うん。うん?」
 気持ちいい?

 見ると、スライムさんは、いもを体の中に取り込んでいた。
 スライムさんの、青みがかった透明な体の中に、いもが浮かんでいる。

「いやー、やきいもって、いいですねー!」
「う、うん」
「またやりましょうね!」
「うん。あ、爆発はだめだよ?」
「わかってます! おもいっきり、もやします!」
「そんなに燃やすのもだめ! やっぱり、子どもだけで火を使ったらだめだね」
「えいむさん、ぼくをなんだと」
「スライムさん?」
 私はスライムさんをじっと見た。
「……きをつけます」
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「これと同じ大きさのフライパン、ないかな、と思って」
 私は手さげからフライパンを出してカウンターに置いた。

「ちょっと、取っ手のところが壊れてきてて」
「あー、いけませんねー。いけませんねー」
 スライムさんがいろいろな角度からフライパンを見ている。
「お母さんが気に入ってる大きさなんだけど、不便だって」
「いけませんねー」
「ある?」
「あります!」

 スライムさんはぴょん、とカウンターを降りて奥に行くと、すぐに、小さな台車を押してもどってきた。
 フライパンがひとつ、のっている。
 私は手にとってみた。

「どうですか!」
「うん! ちょうどいい。それに前のものよりもちょっと軽くて持ちやすい」
「ちょっと、いいきんぞくでできてますので!」
「ちょっといい金属?」
「なのに、おねだんすえおき! おどろきです!」
「そうなんだ。じゃあこれ買って帰ろうかな」
「もう帰っちゃうんですか?」
「え? そんなことないけど」
「じゃあ、じゃあ、なぞなぞをしましょう!」

 スライムさんはぴょんぴょんとびはねながら言った。
「なぞなぞ?」
「はい! いいなぞなぞを、おもいだしました!」
「どんなの?」
「いきますよ。こほん」

 スライムさんは、じっと私を見た。
「ぱんは、ぱんでも、たべられないぱんは、なんでしょうか!」
「……言っちゃっていいの?」
 私はフライパンを見た。
「はい!」

 スライムさんがそういうつもりなら、私も一発で答えよう!
「フライパン!」
「せいかいです! あとはなんですか!」
「え……?」
 あと?

「フライパンじゃないの?」
「ほかにも、ありますよ?」
「どんな?」
「じゃあ、ちょっとまっててください! こんなぱんが、あるのです!」

 スライムさんはまた奥に行くと、台車に箱をのせてもどってきた。
「こちらです!」

 箱の中にはパンがいくつか入っていた。
 だいたい手のひらくらいの大きさの、丸いパンだ。
「パンだね」
 私が手にとってみようかと思ったらスライムさんがぶつかってきた。
「あぶないですよ! たべられませんよ!」
「え? え?」

 私がぽかんとしていると、スライムさんが解説を始めた。
「まずこの、いちばん、ちいさいぱん。これは、どくぱんです」
「毒パン」
「たべると、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこちら。ちょっとほそながいですね? これは、どくばりぱんです」
「毒針パン」
「たべると、なかの、こまかいはりがくちのなかにささって、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこの、まるっこいぱん。これは、どくまほうぱんです」
「毒魔法パン」
「たべると、どくまほうがかかって、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこちらの、ちょっとしかくいぱん」
「ちょっとスライムさん」
「なんですか?」

 スライムさんが不思議そうに私を見た。
「食べられないパンばっかりで、答えきれないよ」
「ふっふっふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「えいむさん、ひっかかりましたね?」
「え?」
「このぱんは、たべようとおもえば、たべられます! ということは、たべられないのは、ふらいぱんだけです! ひっかけなぞなぞでした!」
 スライムさんは、勝ちほこったような笑顔になった。

「そう……」
「あれ? なっとくいきませんか?」
「うーん。病気になったりするんでしょ? それって、食べられないものなんじゃないの?」
「たべようとおもえば、たべられますよ!」
「うーん。でも、食べるのって、おいしいから食べるとか、体にいいから食べるんじゃない?」
「からだにわるいものは、たべませんか?」

 そう言われると私も、あまいものを食べすぎてしまったりすることもある。
 途中からは体に悪いと思っていても、食べているかもしれない。

「体に悪くても、おいしければ食べるかもしれない……。そっか……。じゃあ、スライムさんが正しいのかもしれない……」
「えいむさん……?」

 口に入れて、飲み込めるなら、食べることだと思っていながら、毒を、毒だとわかっているなら、食べるではないと思っていた。
 でも食べられる。

 口に入れるだけでいいなら、フライパンを細かく、粉のようにして飲み込んだら、食べていることになるのだろうか。
 とすると、フライパンも食べられる。

 口に入れたものが、自分の体をつくる、ということならどうだろう。
 なら、毒なら?
 毒針は吸収しないから、食べるはちがう?
 でも、毒針の毒の成分を食べている、ということなら、食べているような気もする。
 魔法は?

 食べる?
 何度も考えていたら、食べる、という言葉も変な言葉に思えてきた。
 たべる?
 たべる。

 たべる、たべる、たべる。
 変な言葉だ。

「えいむさん?」
「たべるって、なんだろう……」
「えいむさん? どうしました?」
「たべる……」

「えいむさん、これをどうぞ!」
 スライムさんが持ってきてくれたのは、薬草だった。
「うん?」
「たべてください! おいしいですよ!」
「うん」

 私は薬草を口に入れた。
 さわやかな味がして、一回かむごとに、心が落ち着くような気がした。

「薬草はおいしいね」
「そうでしょう!」
「たべるって、おいしいってことなのかな……」
 たべるって、そういうことなのか……。

「おいしくないものも、たべられますよ!」
「……そうだね」
 またわからなくなってしまった。

 たべるって、なんだろう……。


 考えながら帰ったら、よろず屋にフライパンを忘れた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、古いフライパンだった。
 あれ?

 昨日、いままで使っていたフライパンをスライムさんに見せたあと、新しく買って、でもここに忘れて帰ったら母に笑われて、それから取りに来て、スライムさんにも笑われた。
 古いフライパンは捨てることになったはず。
 どうして私の手さげに入っているんだろう。

「あー、いけませんねー。いけませんねー」
 スライムさんがいろいろな角度から古いフライパンを見ている。
「え?」
「とってが、こわれてますねー。いけませんねー」
 取っ手が壊れてる。
「えっと……?」
 昨日もそんなことを言われたような。
「いいものが、ありますよ!」

 スライムさんはぴょん、とカウンターを降りて奥に行くと、すぐに、小さな台車を押してもどってきた。
 フライパンがひとつ、のっている。
 私は手にとってみた。

 昨日私が買ったフライパンだ。
「どうですか!」
「え?」
「いままでのと、ちがいませんか?」
「えっと、ちょっと軽くて持ちやすいけど」
「でしょう! ちょっと、いいきんぞくでできてますので!」

 なんだかスライムさんが昨日と同じようなことばかり言っている。
 でも昨日フライパンを買ったから、今日はいらないんだけど。
 そう言おうと思ったら。
「ところでえいむさん、なぞなぞをしましょう!」
 スライムさんはぴょんぴょんとびはねながら、言った。
「なぞなぞ?」
「はい! いいなぞなぞを、おもいだしました!」
「……」
 どういうことだろう。
「いきますよ。こほん」

 スライムさんは、じっと私を見た。
「ぱんは、ぱんでも、たべられないぱんは、なんでしょうか!」
「……フライパン」
「せいかいです! あとはなんですか!」
 スライムさんは言った。

 やっぱり。
 どうなっているんだろう。
 スライムさんは昨日のことを忘れてしまったんだろうか。

「他にもパンがあるの?」
「はい! ちょっとまっててください! こんなぱんが、あるのです!」

 スライムさんはまた奥に行くと、台車に箱をのせてもどってきた。
「こちらです!」

 やっぱり、箱の中にはパンがいくつか入っていた。
「さわらないほうがいいの?」
「はい! えいむさんは、さっしがいいですね!」

 スライムさんが解説を始めた。
「まずこの、いちばん、ちいさいぱん。これは、どくぱんです。たべると、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
 やっぱりこれも同じだ。
「そしてこちら。ちょっとほそながいですね? これは、どくばりぱんです」
「食べたら三日三晩、苦しむの?」
「はい! やっぱり、さっしがいいですね! してこの、まるっこいぱん。これは、どくまほうぱんです」

 スライムさんは昨日と同じことばかり言っている。
 私も同じことを言ったほうがいいんだろうか。
 そういう遊びなんだろうか。

「食べられないパンばっかりだね」
「ふっふっふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「えいむさん、ひっかかりましたね?」
「え?」
「このぱんは、たべようとおもえば、たべられます! ということは、たべられないのは、ふらいぱんだけです! ひっかけなぞなぞでした!」
 スライムさんは、勝ちほこったような笑顔になった。

 それから私は、昨日と同じようにスライムさんと薬草を食べながら話をして、家に帰った。

 スライムさんに元気に見送られ、私は変な気持ちで帰宅した。
 どうしてしまったんだろう。
 昨日と同じことをする遊びだったんですよ! と言ってくれることを待っていたんだけれども、結局そうはならなかった。

 そしてさらに変な気持ちになったのはここからだった。
 母も、昨日と同じようなことを言っていたのだ。
 フライパンを受け取ったときの言葉とか、夕ごはんの内容とか。
 父もそうだ。
 話題だけでなく、行動の順番もそうだった。
 これだけ同じことを続けている、それに、同じことをしているのにわざとそうしていると思わせるものがない。
 私はすっかり変な気持ちでベッドに入った。


 それだけでは終わらなかった。


 次の日もよろず屋に行ってみた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は背筋がぞっとした。
 手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、フライパンだった。
 買い替えたはずの、壊れている方のフライパンが入っていた。
 今日は家を出るとき、手さげなんて持っていなかったはずなのに。

 スライムさんは、軽くて使いやすいフライパンを持ってきてくれる。

 そのあとなぞなぞの話になって、スライムさんはパンを取りにいった。
 どうなっているんだろう。

 もどってきたスライムさんが箱を開ける前に、私は言った。
「スライムさん。その箱、毒のパンが入ってるんでしょ?」
「ど、どうしてしってるんですか!」
 スライムさんは、体をびくん、とさせて立ち止まった。

 さすがにおかしい。
 演技とも思えない。

 私は、おとといと昨日が同じだったこと、そして今日も同じように一日が進んでいることを伝えた。

「つまり、えいむさんは、おなじひを、くりかえしてるんですね……?」
「食べられないパンの中に、そういうパン、ある?」
「あります」
「あるの!?」
 すごい。

「おそろしい、ぱんです……」
 スライムさんは目をふせた。

「ぼくはかつて、そのぱんをたべたことがあります……」
「なんでそんな」
「そのぱんをたべて、どうぐのつかいかたの、れんしゅうをすれば、こうりつよく、このおみせがもっと、はんじょうすると、おもったのです……」
「営業努力だね!」
「はい! ですがおもったのです。つらい、と」
「同じ毎日は、つらかったんだね」
「ふつかめで」
 ちょっと早いね。
「でも努力してたんだね! すごいよ!」

「じゃあ、私はこれからずっと、同じことをしないと終わらない日が続くの?」
「7にちくらいで、おわります」
「あと4日? けっこうあるね」
 とはいえ、ちゃんと終わることにほっとした。
「もうしわけない。ぼくが、ふがいないばっかりに」
 スライムさんが頭を下げるような動きをした。
「いいよいいよ」
「つまらないものですが、どうぞ」
 スライムさんは、薬草を持ってきてくれた。

「あ、悪いね。ありがとう」
 私は薬草を食べた。
 さわやかな味がする。
「ところでスライムさん」
「はい?」
「今日、私はたぶん、そのパンを食べないと思うんだけど。ううん、今日だけじゃなくて、一回も食べた覚えがないんだけど」
「それはおかしいですねえ……。ちょっとちがっても、たべるのは、かくじつですけれども……」
 スライムさんも、不思議そうだった。

 私はもうひとくち薬草を食べる。
 うん?

「ところでこの薬草、いつもよりさわやかな味がする気がするんだけど」
「あじというのは、いろいろと、かわるものです……。たべるがわの、きもちひとつです」
「そっか」
「おや?」
 スライムさんは、私の食べかけの薬草に近づいてきた。

「これは……」
「どうしたの?」
「な、ななななんでもないです、きにしないでください!」
「そう? 本当はなにが気になるの?」
「いちにちをくりかえすぱんにつかわれている、くさに、にていますねえ……」
「スライムさん?」
「これをたべてしまったので、えいむさんは、おなじひをくりかえしているのかも……、というきも、しなくなくなくなくも、なくないですね」
「どっち?」

 でもそれなら納得だ。
 毒パンと紹介されたパンを食べることはないのに、どうして食べたのだろうという理由がやっとわかった。

「じゃ、これは薬草じゃないんだね?」
「うっかりしていました……。しょうひんの、かんりの、あまさです……」
「スライムさん。気をつけようね」
「はい。とても、はい!」
「返事はいいんだけどね……」
「すみません……」

 でもスライムさんも陰で努力をしていたみたいだし、許してあげようと思う。
 そう言ったら調子にのりそうなので黙っておくけど。
 今日のスライムさんは、私がお店に入ったときにはもう、いそがしそうに品物とあちらこちらへと運んでいた。

「こんにちは」
「えいむさん、いらっしゃいませ!」
 あいさつのとき一回立ち止まったけれども、またスライムさんはせかせかと動いている。

「いそがしそうだね」
「ぼくもたまには、これくらいのしごとをしますよ! だれがたまにはですか!」
「私、なにも言ってないよ!」
 絶好調みたいだ。

「私も手伝う?」
「えいむさんがさわると、あぶないものもあるので、やめたほうがいいですよ!」
「スライムさんは平気なの?」
「ぼくは、すごいので!」
 大ざっぱな話だと思うけど、実際、スライムさんはすごいところもあるので、なんともいえない。

「そっか。じゃあ、帰ろうかな」
「帰らなくても!」
「でも、じゃまでしょ?」
「そんなことはありません! どうかごゆっくり!」
「そう?」
「どうぞ!」
 と、スライムさんが引きずってきた小さな椅子に私は座った。

 でも、せかせか動いているスライムさんを見ていると、なんだか居心地の悪さを感じる。
 そんな私に気づいたように、スライムさんが言った。
「そうだ、おひまなら、しりとりでも、しましょうか! ぼくも、かたづけながらでも、できますし!」

「しりとり……?」
「ことばの、おしりをとるあそびです」
「言葉のお尻……?」
 私は、命が吹き込まれた文字が動き出して、自分のお尻を取り外している様子を想像した。

「じゅんばんに、ことばを、いいあいます! すらいむ、だったら、つぎのひとは、む、からはじまる、ことばをいいます!」
「ふうん……?」
「だから、よろずやだったら、や、からはじまることばです!」
「屋根、とか?」
「そうです! そしたらぼくは、ねずみ、ですね!」
「なるほど、そういうことね。おもしろそうかも」
 新感覚の遊びだった。

「やりましょう! さいしょは、しりとりの、り、からです」
「り? 私から?」
「はい」
「えーっと……。りんご」
「じゃあぼくは、ごりら、です」
「ごりらって、なに?」
「そういういきものが、いるんです! きょだいかした、にんげんみたいないきものです!」
「そう。じゃあ……、ラッパ」
「ぱ、ですね? それなら、ぱんだ、です!」
「ぱんだ?」
「ぱんだっていういきものが、いるんです! しろとくろの、くまです!」
「白黒のクマ?」

 私は、白と黒でシマ模様になっているクマを思い浮かべた。
「なんか、ぶきみだね」
「かわいいですよ!」
「かわいいの?」
 まあ、かわいいというのは、人それぞれだから……。

「じゃあ私は、だ……? だ、ってなんだろう。だ、だ、だ……。台ふきん、とか」
「あ、いけませんよえいむさん!」
「え?」
「さいごが、ん、だとまけなんです!」
「どうして? あ、そうか」
 ん、から始まる言葉がないんだ、きっと。

「じゃあ、えーと私の負け?」
「それなら、だ、から、あたらしくはじめますか?」
「じゃあそうする」
「だ、ですね? だちょう、です!」
「だちょう?」
「とりのなまえです! とべないんですけどね!」
「えっと、スライムさん。飛べない鳥ってなに?」
「すごくあしがはやいんですけど、とべないんです」
「それは鳥なの?」
「はい! せなかにのったら、おちてしまいましたけど」
「乗れるの?」
「えいむさんでも、のれるとおもいますよ!」
「ふうん……。ねえスライムさん」
「なんですか?」
「しりとりより、動物の話が聞きたい。いい?」
「いいですよ!」

 私は片付けをしているスライムさんを見ながら、スライムさんが知っているいろいろな動物の話を聞いた。

「いろんな動物がいるんだね」
「そうなんです!」
「でも、本当は、キリンていうのはいないんだよね?」
「いますよ! くびが、からだよりもずっとながいんです!」
「そっかー」
「しんじてませんね!」
「信じてるー」
「えいむさん!」
「今日はそろそろ帰るね」

 私がよろず屋の外に出ると、スライムさんも見送りに出てきてくれた。
「ゆうひが、しずみましたね」
 太陽はもう姿を隠して、空は、オレンジや紫や青や、いろいろな色が見えた。

「ぼくは、あのむらさきがすきですね」
「きれいだね」
「じつは、このじかんのけしきは、とくべつななまえがついてるんです」
「なんていうの?」
「……なんとか、かんとかー、です!」
 スライムさんは、はっきりと言った。

「そういえばえいむさん。むらさきといえば、むらさきのないふ、ってしってますか?」
「紫のナイフ? 知らない」
「そうですか。ゆうめいだと、おもったのですけれども」
「どういうナイフ?」

 私は刃が紫色のナイフを想像した。
 透き通っていて、反対側が見えるくらいだったらきれいだと思う。

「どういうないふかは、しりませんが、とくべつなおはなしがあるのです」
「ふうん?」
「むらさきのないふ、ということばを、20さいまでおぼえていると、たんじょうびに、しんでしまう、というおはなしがあるんです」
「え?」
「もし、きいてしまったら、20さいまでにわすれないと、たいへんなことになるんですよ」
「……スライムさん?」
「なんですか」
「なんで言ったの?」
「……?」
「私が20歳まで覚えてたら、死んじゃうんでしょ」

 そこまで言ってようやく、スライムさんは、はっとした顔をした。
 それからみるみる顔を青く……、もともと青いけれども、青い顔をしているような顔をした。

「え、え、えいむさん! すみませんでした! ぼくは、ぼくはそういうつもりでは……!」
「まだ20歳までは時間があるけど」
「すみませんでした!」
 スライムさんは床にうつぶせに寝っ転がった。
 極限まで頭を下げている、最大級の謝罪なのかもしれない。

「いいよ」
「よくないですよ!」
「それを忘れたらいいんでしょ?」
「そうですけど、そういうものほど、わすれられないんですよねえ……。ついつい、いつも、かんがえてしまうんですよねえ……」
 うんうん、とスライムさんが言う。

「……スライムさん?」
「はっ! す、すみません! ぼくは、なんということを……!」
「まあ、いいから。がんばって忘れるよ」
「じゃあ、がんばってください! むらさきのないふですよ! むらさきのないふですからね!」
「ちょっとスライムさん?」
「ああ、ぼくはまた……!」

 私は床に寝っ転がっているスライムさんに見送られ、その日は帰った。
 考えなければいいだけだからね。


 そう思っていると考えてしまうものだ。

 私はよろず屋を出てから、紫のナイフのことを考えなかったことは、なかったといってもいいくらいだった。
 見たこともない紫のナイフと、それにまつわる話。
『そういうものほど、わすれられないんですよねえ……』
 スライムさんの声が聞こえてくるかのようだった。


 翌日、私はよろず屋に向かった。
「こんにちは」
「あ、いらっしゃいませえいむさん!」
「どうも……」
 私が紫のナイフについて話そうか迷っていたら、スライムさんから話を始めた。
「えいむさん、むらさきのないふ、のこと、おぼえてますか?」

「ちょっとスライムさん?」
「いえいえ、いいんですよ! じつは、むらさきのないふ、はなにも、かんけいなかったんです!」
「どういうこと?」
「ぼくのおもいちがいでした! ほんとうは、むらさきのけん、でした!」
「紫の剣。でもそれ、私に言ったら、また同じなんじゃないの?」
 私が抗議したけれど、スライムさんは余裕たっぷりだった。

「ふっふっふ。それがですね。もんだいを、なしにするほうほうが、あるんです!」
「そんな都合のいい方法が?」
「あるんです!」
「でも、お高いんでしょう?」
 スライムさんの解決策はたいてい高額だ。

「むりょうです! あることばを、いっしょにおぼえるだけでいいんです! そうするだけで、むらさきのけん、のこうかは、げきげんします! なくなるといってもいいくらいです!」
「なくなりはしないの?」
「じゃあ、なくなります!」
 なくなるのか。

「スライムさん、それで?」
「なんですか?」
「なんていう言葉?」
「はい、それは……」
 スライムさんは動きを止めた。
 まさか、と思いつつ、私はスライムさんをじっと見た。

 私は心で念じる。
 まさか、忘れたわけじゃないよね?

 スライムさんが心で念じた気がする。
 まさか! おぼえてますよ!

 私は念じる。
 じゃあ、なんていう言葉?

 スライムさんが念じた気がする。
 ………………………………やくそうでも、たべますか?

 私はじっとだまって、スライムさんに念を送っていた。
 私はよろず屋に入ってすぐドアを閉めた。

「いらっしゃいませ!」
 スライムさんがカウンターの上に乗る。
「寒いね」
「そうですね。なかなかです」
「息が白くなってたもん」

 私は息をはいてみた。
 店内でも、息が白くなる。

「スライムさんは寒くないの?」
「あんまりさむいと、こおってしまうので、ふべんですね!」
「あ、そう……」
 さすがスライムさん。

「私なんて、寒いとなかなかベッドから出られなくて。ついつい二度寝しちゃう」
「さむいと、おきられませんか?」
「うん。ちゃんと、すぐ起きたいんだけどね」
「さむくて、おきられない……。それなら、いいものがありますよ!」
「あるの?」
「はい!」

 スライムさんは奥に行くと、箱を引きずってもどってきた。
「これです!」
 開けてみると、中にはふわふわのふとんが入っていた。
 と思って広げてみたら、なんだかちがう。
 全体は四角いけれども、穴が空いていたり、開けるところがあったり。

「これは?」
「きる、ふとんです」
「着るふとん?」
「そうです。それをきれば、べっとにいながらにして、おきられるのです! りょうりつです!」
「おお……」
 発想の転換だ。

「きてみますか!」
「うん」
 私は、服の上から着るふとんを着てみた。

「うわー、ふわふわであったかい!」
 足首くらいまでの丈があるので、ぽかぽかだ。
「でしょう!」
 ふわふわで、とってもあったかいのに、全然重くない。
 ちょっと厚手の上着を着ているくらいの感覚だった。

「それは、こどもようで、おとなようもありますよ!」
「これ売れてるの?」
「まだ買った人はいませんね」
「そうなの? これを売ってるって、みんな知らないんじゃない? 宣伝した?」
「えいむさん、しりませんか? いいものというのは、うれるものなんですよ! すぐうれます!」
「うーん……」
 私は腕組みをした。

「スライムさん。いいものは売れると思うけど、全然知られてないのは、売れないと思うよ」
「そんなばかな!」
「だって、売れてないんでしょ?」
「たしかに!」
「うーん。でも、どうしたら……、そうだ」
「なんですか?」
「そうだ。私がそれを着て、町を歩いてみようか。宣伝になるよ」

 そうすれば、みんなこの着るふとんに興味を持ってくれるかもしれない。
「なるほど! さっそくやりましょう!」
「そうしよう!」


 私はスライムさんと、ちょっと大きな通りを歩いていた。
「スライムさん……」
 私は小声で言った。
「えいむさん! もっとはりきってください!」
「えっと、スライムさん……」

 人通りのある方へ行ってみて、気づいたことがあった。
 みんな、じろじろ私を見てくる。
 それはそうだ。
 ふとんを着て歩いている人がいるんだから。
 うっかりしていた……!

「スライムさん、そろそろ、終わりに……」
「えいむさん、むねをはって、げんきに!」
「あの……、これは室内用だったよ……」
「このまま、まちを2しゅうくらいは、しましょうね!」
「!! ……スライムさん……!」

 私はそれからすこし歩いたけれども、がまんできなくなって、スライムさんを抱えてよろず屋まで走ってもどった。
「ゆきだるまを、つくります!」
 スライムさんは言った。
「へ?」

 私は思わずよろず屋の外を見てしまった。
 空気は冷たいけれども、ここ数日、雲がほとんどない晴れの日が続いている。

「雪、降ってないよ?」
「ふっふっふ、えいむさん。ぼくを、だれだとおもってるんですか?」
「スライムさん」
「ちがいますね。すごい、すらいむですよ!」
 スライムさんは、カウンターの上にあった箱を、ぽんぽん、とやった。

「えいむさん。ゆきだるまというのは、なにでできていますか?」
「雪」
「では、ゆきは、なにでできてますか?」
「えっと、水、かな」
「そうです! つまり!」
「つまり?」
「こおらせればいいんです!」
 スライムさんはまた、カウンターの上にある箱を、ぽんぽん、とやった。

「その箱はなんなの?」
「こおりのませきが、はいっています!」
 スライムさんはにっこり笑った。
「え? それはまた、大変なことに……」
 私はスライムさんが氷づけになってしまった一件を思い出していた。

「だいじょうぶです。こんどはあんぜんです」
 そう言ってスライムさんが用意したのは、バケツに入った水だった。
 魔石を、金属のお皿に置き、それをひもでつるして水につけ、すぐ引き上げる。
 スライムさんがやると大変なことになりそうだったので、私がやってあげた。

 魔石はちゃんと、凍る前に引き上げられた。
「これでできあがりです!」
「これで?」
 まだふつうの氷に見える。

「これを、けずります」
「削る?」
「そうです。ゆきをつくるのはむずかしい。ですがぼくのみたてでは、こおりをきちんとけずればゆきになる」
「みたて、ってなに?」
「えいむさん、よろしく!」

 私はバケツから出した氷を、スライムさんが用意した謎の装置に入れた。
「ゆきつくりきです!」
「雪作り機?」

 氷を置く場所は、上から押しつけるようになっていて、横についている取っ手を動かすと、氷もぐるぐる回るようになっている。
 氷の下側になっている部分には刃がついていて、削れるようになっているみたいだ。

 回してみると、シャリシャリ音を立てながら氷のかたまりが回る。
 氷の下の穴から、削れた氷が出てくる。
 置いておいた器に、削れた氷が山盛りになっていった。

「どんどん削れてるよスライムさん!」
「そうですね!」
「でも、雪っていうより、削れた氷だね」
「そうですね……」

 器にたっぷりとたまった氷。
 手にとって固めてみると、いちおう、雪だるまっぽいものができあがるけれども。

「なんかちがうよね」
「そうですねえ。ちょっと、かたいですね」
 雪だるまというより、氷だるまという感じだった。
「でもこれはこれで、きれいだね」

 雪より、すこし透き通ったところがあるので、きらきら光って見えた。

「うまくいきましたね! ゆきつくりきのおかげです!」
「雪作り機って、雪を作るものなんだよね」
「そうですよ」
「なにに使うの?」
 私には、雪だるまをつくるくらいしか思いつかなかった。
「それは、ゆきをつくるんですよ! そりとか、あそびますよね!」
「ソリ?」

 私は、小高い丘に雪が積もってできた道を思い浮かべた。
 ソリで一気に滑り降りるととても気持ちがいい。

「でも、これでそんなにたくさん作るのは大変じゃない?」
「たいへんでも、やる。それがしごとです……」
「それが仕事なんだ……」
「そうです……」
 スライムさんはうつむいた。
 ずらりとこれをならべ、たくさんの人たちがぐるぐると回し、大量の雪を作る。
 大変だ……。

 私はできあがった氷をさわってみた。
 とても細かくて、すぐ溶けてしまう。
 なんだか食べたらおいしそう……。
 と思ったけれども、味がないだろう。
 やめておこう。


「こんな形かな?」
「いいですね!」
 それから私は、スライムさんといろいろな雪だるまをつくって遊んだ。
 よろず屋に行く途中、お店の外になにか置いてあるのが見えた。
 近くで見ると、それはソリだった。

 大きなソリで、大人がならんで座れるくらいの座席があった。
 そしてそのソリには、馬車を先導する馬のように、馬よりも小さな動物がつながれていた。
 頭には変わった角がある。
 まっすぐではなくて、枝がのびるように複雑な形だった。

 新しく入荷したのだろうか。

「こんにちはー!」
 私は、寒さを吹き飛ばすように大きい声であいさつして入ってみた。
 すると、カウンターの前にいた、知らないおじいさんが振り返って私を見た。
 白くて長い、ふわふわと大きなひげを生やしている人だった。

「あ、ごめんなさい」
 私が言うと、おじいさんはにっこり笑う。
「ほっほっほ。こどもは元気が一番。ほっほっほ」
 おだやかな人みたいだ。

 カウンターのまわりを見ると、スライムさんの姿がない。
「スライムさんに会いに来たのかい?」
 おじいさんは言った。
「あ、はい」
「ごめんね。おじいさんが終わってからでいいかい?」
「はい、もちろんです」
 私が言うと、おじいさんはまたにっこり笑った。

 見覚えがない人だけれども、どこか別の町から買い物に来たのだろうか。

「ありましたよー! ありましたありましたー!」
 お店の奥の方から声がした。

 私の頭くらいの大きさの白い球体にしがみついたスライムさんが、ごろごろと転がってきておじいさんにぶつかった。
 さいわい、おじいさんはすばやくスライムさんを受け止めていたのでケガの心配はなさそうだけれども。
 スライムさんは、白い球体から、よっこいしょ、と離れた。

「スライムさん、そんなことしてたら危ないよ!」
「あれ? えいむさん? じごくのおにぎり、のちゅうもんを、うけたんでしたっけ?」
「いま来たところだよ!」
 地獄のおにぎりってなに!

「スライムさん、ちゃんとまわりを見ないと」
「いそいでいたので、たしょうのひがいは、やむをえないかと」
「だめでしょ」
 スライムさんに慣れていないおじいさんが、けがをしてしまうかもしれない。

「それはともかく、ごよういしましたよ!」
 スライムさんは、しがみついていた球体をぽんぽん、とやった。

「まふゆのおにぎりです!」
 真冬?
「おお。では、これで」
 おじいさんは、袋をカウンターに置いた。
 チャリ、と中に入っている金属がこすれる音がした。

「だいきん、ちょうどいただきました!」
「まだ見てないでしょ!」
 まだおじいさんがいるのに私はつい、大きな声で、スライムさんのいいかげんな返事を指摘してしまった。

「えいむさんは、きびしいですねえ……」
 スライムさんは、しぶしぶ、カウンターの上に乗って代金を確認していた。
 私たちを見ているおじいさんが笑っていて、ちょっと恥ずかしい。
「では、たしかに」
 スライムさんが言うと、おじいさんは、どこからか出した大きな白い袋に、球体を入れた。

「がんばってくださいね!」
「はいはい。では、また」
 おじいさんは私ににっこり笑うと、お店を出ていった。

「スライムさん、あのおじいさんが買っていったものってなに?」
「まふゆのおにぎりですか?」
「そう」
「あれは、こなぱいのえさです」
「こなぱい?」
「そりをひくんです」
「外の? え、あれに乗って帰るの?」
「そうですよ! あれで、いろんなひとに、いろんなものをあげるしごとを、はじめるそうです」
「なにそれ?」
「おかねもちだそうで、こどもに、おくりものをするそうです」
「ふうん?」
 どういう仕事だろう。

「でも、ソリでしょ? あんまり運べないんじゃない?」
「だいじょうぶです! ぽなぱいは、ちからもちですから!」
「でもソリだから、下が削れちゃうし。あ、雪の日だけ使うってこと?」
「ちがいますよ! もう! じゃあ、みてみたらわかりますよ! まだいるとおもいますから!」

 私は、スライムさんに押されてお店の外に出た。
 さっきまで外にいたのに、あらためて外に出ると空気の冷たさに顔が緊張する。

「え!?」

 ソリが浮かんでいた。

 ちょうど走り出すところで、ぽなぱいに引かれて、おじいさんの乗ったソリが空を走っていた。
 ちょっと離れたところでおじいさんが私たちに気づいて手を振る。
 私も手を振った。
「ぼくも!」
 と言うので、私はスライムさんを頭の上に掲げて、見せてあげた。

「あれなら、おじいさんでもたくさん配れそうだね」
「あのひとは、ぽなぱいを、そだてるかかりのひとですよ!」
「そうなんだ」
 でも私はなんとなく、あの人が贈り物を配ったほうが似合うような気がした。
「あれ?」

 よろず屋に行く途中、また、お店の外にソリがとめられているのが見えた。
 もしかして。
「こんにちは」

 お店に入ってみると、やっぱりこの前のおじいさんがいた。
「いらっしゃいませ!」
「おや、この前の子だね」
 おじいさんはにっこり笑った。

 カウンターにはカップが二つあった。
「えいむさんも、のみますか?」
 スライムさんが言った。
「なに飲んでるの?」
「おさけのあじの、おさけではないのみものです」
「なにそれ」
「ぼくは、やけざけに、つきあっているのです」
「やけ酒?」
「でもおじいさんは、そりにのってきているので、いんしゅうんてんになります。おさけはいけません」
 聞けば聞くほどよくわからない。

「おじいさんは、失敗してしまったんだ」
 おじいさんが言った。

「子どもたちにプレゼントを持っていってあげたんだけどねえ。断られてしまったんだ」
「断られたんですか?」
 よっぽど変なものを持っていったんだろうか。

「窓から家の中に入っていこうとしたら、ご両親に止められてしまってね。渡せなかったんだ」
「勝手に入ろうとしたんですか?」
「そうだね。驚かせようと思って」
「それはいけませんよ!」
 私はつい、大きな声になってしまった。

「ごめんなさい。でも、他人の家に勝手に入ったら、止められるのは当然だと思います」
「プレゼントを持っていても、かい?」
「はい」
「そうか。実はおじいさんも、薄々は気づいていたんだ」
 おじいさんはカップのなにかを飲んだ。

「でもね。いきなり持っていって、びっくりさせたいんだ。だって先に、これを持っていきます、と連絡してからでは、特別なプレゼントにならないだろう?」
「それはそうですけど」
「でも、いいものを持っていってあげているんだよ?」
「でも、だめです」
「そうなんだよね……」
「だから、やけざけです! おさけでは、ないですが!」
 スライムさんはぴょんぴょん、はねた。

「それは、なんとなくだが……、ソリにのって、プレゼントを持っていく人は、だいじょうぶなんじゃないかと思ったんだ……。なぜかはわからないが、許されるような……」
 おじいさんは、ひとりごとのように言った。

 そう言われると、なんとなくおじいさんの言い分を理解できるような気がして不思議だった。
 勝手に人の家に入ったらいけないのに。

 それに、いけないことだけど、気持ちだけはわかる。
 親への説明があると、ちょっと緊張感がなくなってしまうような気がするというか。
 子どもに秘密にしてと頼んでも、親の考え方によっては、子どもに話してしまうかもしれない。

「そうだえいむさん。きょうは、どんなごようですか?」
「え?」
「むずかしいはなしはあとにして、さきにすませましょう!」
「そうそう。靴下を買いに来たんだけど、ある?」
「あります! むそうのくつした、なんてどうですか!」
「どういうの?」
「はくだけで、そのへんのちからじまんにはまけないような、すごいちからがでますよ!」
「それはいらない」
「いらない!?」
 スライムさんは、目を大きく開いた。

 そのとき、私はひらめいた。

「靴下に入れるというのはどうですか?」
「靴下かい?」
「はい。いらなくなった靴下を、窓の外に飾ってもらって、朝になったらそこになにか入ってたら、うれしいですよね」
「なるほど! そうすれば、家の中に入らなくても平気だね!」
「はい」

 ふだん、靴下に穴が空くことというのはそれなりにある。
 穴の空いた靴下は、はかない。
 すると捨てることになる。
 だからといって、捨てるほどだろうか、とはいつも考えていた。
 それを有効利用できるのは、いいことじゃないだろうか。

「じゃあ、まいにち、くつしたをかざっておくんですね!」
 スライムさんは言った。
「毎日は、ちがうような……」
「ちょうどいい、プレゼントがもらえる日、というのがあったらいいわけだね?」
 おじいさんは言った。
「そうですね」
「なるほど。その日に靴下を飾るといい、という、うわさを流しておくと、いいかもしれない」
「それなら、びっくりするし、直接説明に行かなくてもいいですね!」
「やってみるよ。ありがとう」

 おじいさんは何度も私にお礼を言って、帰っていった。

「さすがえいむさんですね!」
「スライムさんは、靴下をたくさん仕入れるところを見つけておくといいね」
「どうしてですか?」
「おじいさんの行事が定着したら、たくさん売れるよ」
「そうですね! ゆうしゃのくつした、をたくさんしいれます!」
「たぶん、それじゃないやつがいいと思う」
「それじゃないやつ!?」
 スライムさんは目を大きく開いた。