「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、古いフライパンだった。
 あれ?

 昨日、いままで使っていたフライパンをスライムさんに見せたあと、新しく買って、でもここに忘れて帰ったら母に笑われて、それから取りに来て、スライムさんにも笑われた。
 古いフライパンは捨てることになったはず。
 どうして私の手さげに入っているんだろう。

「あー、いけませんねー。いけませんねー」
 スライムさんがいろいろな角度から古いフライパンを見ている。
「え?」
「とってが、こわれてますねー。いけませんねー」
 取っ手が壊れてる。
「えっと……?」
 昨日もそんなことを言われたような。
「いいものが、ありますよ!」

 スライムさんはぴょん、とカウンターを降りて奥に行くと、すぐに、小さな台車を押してもどってきた。
 フライパンがひとつ、のっている。
 私は手にとってみた。

 昨日私が買ったフライパンだ。
「どうですか!」
「え?」
「いままでのと、ちがいませんか?」
「えっと、ちょっと軽くて持ちやすいけど」
「でしょう! ちょっと、いいきんぞくでできてますので!」

 なんだかスライムさんが昨日と同じようなことばかり言っている。
 でも昨日フライパンを買ったから、今日はいらないんだけど。
 そう言おうと思ったら。
「ところでえいむさん、なぞなぞをしましょう!」
 スライムさんはぴょんぴょんとびはねながら、言った。
「なぞなぞ?」
「はい! いいなぞなぞを、おもいだしました!」
「……」
 どういうことだろう。
「いきますよ。こほん」

 スライムさんは、じっと私を見た。
「ぱんは、ぱんでも、たべられないぱんは、なんでしょうか!」
「……フライパン」
「せいかいです! あとはなんですか!」
 スライムさんは言った。

 やっぱり。
 どうなっているんだろう。
 スライムさんは昨日のことを忘れてしまったんだろうか。

「他にもパンがあるの?」
「はい! ちょっとまっててください! こんなぱんが、あるのです!」

 スライムさんはまた奥に行くと、台車に箱をのせてもどってきた。
「こちらです!」

 やっぱり、箱の中にはパンがいくつか入っていた。
「さわらないほうがいいの?」
「はい! えいむさんは、さっしがいいですね!」

 スライムさんが解説を始めた。
「まずこの、いちばん、ちいさいぱん。これは、どくぱんです。たべると、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
 やっぱりこれも同じだ。
「そしてこちら。ちょっとほそながいですね? これは、どくばりぱんです」
「食べたら三日三晩、苦しむの?」
「はい! やっぱり、さっしがいいですね! してこの、まるっこいぱん。これは、どくまほうぱんです」

 スライムさんは昨日と同じことばかり言っている。
 私も同じことを言ったほうがいいんだろうか。
 そういう遊びなんだろうか。

「食べられないパンばっかりだね」
「ふっふっふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「えいむさん、ひっかかりましたね?」
「え?」
「このぱんは、たべようとおもえば、たべられます! ということは、たべられないのは、ふらいぱんだけです! ひっかけなぞなぞでした!」
 スライムさんは、勝ちほこったような笑顔になった。

 それから私は、昨日と同じようにスライムさんと薬草を食べながら話をして、家に帰った。

 スライムさんに元気に見送られ、私は変な気持ちで帰宅した。
 どうしてしまったんだろう。
 昨日と同じことをする遊びだったんですよ! と言ってくれることを待っていたんだけれども、結局そうはならなかった。

 そしてさらに変な気持ちになったのはここからだった。
 母も、昨日と同じようなことを言っていたのだ。
 フライパンを受け取ったときの言葉とか、夕ごはんの内容とか。
 父もそうだ。
 話題だけでなく、行動の順番もそうだった。
 これだけ同じことを続けている、それに、同じことをしているのにわざとそうしていると思わせるものがない。
 私はすっかり変な気持ちでベッドに入った。


 それだけでは終わらなかった。


 次の日もよろず屋に行ってみた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は背筋がぞっとした。
 手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、フライパンだった。
 買い替えたはずの、壊れている方のフライパンが入っていた。
 今日は家を出るとき、手さげなんて持っていなかったはずなのに。

 スライムさんは、軽くて使いやすいフライパンを持ってきてくれる。

 そのあとなぞなぞの話になって、スライムさんはパンを取りにいった。
 どうなっているんだろう。

 もどってきたスライムさんが箱を開ける前に、私は言った。
「スライムさん。その箱、毒のパンが入ってるんでしょ?」
「ど、どうしてしってるんですか!」
 スライムさんは、体をびくん、とさせて立ち止まった。

 さすがにおかしい。
 演技とも思えない。

 私は、おとといと昨日が同じだったこと、そして今日も同じように一日が進んでいることを伝えた。

「つまり、えいむさんは、おなじひを、くりかえしてるんですね……?」
「食べられないパンの中に、そういうパン、ある?」
「あります」
「あるの!?」
 すごい。

「おそろしい、ぱんです……」
 スライムさんは目をふせた。

「ぼくはかつて、そのぱんをたべたことがあります……」
「なんでそんな」
「そのぱんをたべて、どうぐのつかいかたの、れんしゅうをすれば、こうりつよく、このおみせがもっと、はんじょうすると、おもったのです……」
「営業努力だね!」
「はい! ですがおもったのです。つらい、と」
「同じ毎日は、つらかったんだね」
「ふつかめで」
 ちょっと早いね。
「でも努力してたんだね! すごいよ!」

「じゃあ、私はこれからずっと、同じことをしないと終わらない日が続くの?」
「7にちくらいで、おわります」
「あと4日? けっこうあるね」
 とはいえ、ちゃんと終わることにほっとした。
「もうしわけない。ぼくが、ふがいないばっかりに」
 スライムさんが頭を下げるような動きをした。
「いいよいいよ」
「つまらないものですが、どうぞ」
 スライムさんは、薬草を持ってきてくれた。

「あ、悪いね。ありがとう」
 私は薬草を食べた。
 さわやかな味がする。
「ところでスライムさん」
「はい?」
「今日、私はたぶん、そのパンを食べないと思うんだけど。ううん、今日だけじゃなくて、一回も食べた覚えがないんだけど」
「それはおかしいですねえ……。ちょっとちがっても、たべるのは、かくじつですけれども……」
 スライムさんも、不思議そうだった。

 私はもうひとくち薬草を食べる。
 うん?

「ところでこの薬草、いつもよりさわやかな味がする気がするんだけど」
「あじというのは、いろいろと、かわるものです……。たべるがわの、きもちひとつです」
「そっか」
「おや?」
 スライムさんは、私の食べかけの薬草に近づいてきた。

「これは……」
「どうしたの?」
「な、ななななんでもないです、きにしないでください!」
「そう? 本当はなにが気になるの?」
「いちにちをくりかえすぱんにつかわれている、くさに、にていますねえ……」
「スライムさん?」
「これをたべてしまったので、えいむさんは、おなじひをくりかえしているのかも……、というきも、しなくなくなくなくも、なくないですね」
「どっち?」

 でもそれなら納得だ。
 毒パンと紹介されたパンを食べることはないのに、どうして食べたのだろうという理由がやっとわかった。

「じゃ、これは薬草じゃないんだね?」
「うっかりしていました……。しょうひんの、かんりの、あまさです……」
「スライムさん。気をつけようね」
「はい。とても、はい!」
「返事はいいんだけどね……」
「すみません……」

 でもスライムさんも陰で努力をしていたみたいだし、許してあげようと思う。
 そう言ったら調子にのりそうなので黙っておくけど。