スライムのよろず屋さん ~すごいけどすごくないお店に今日も遊びに行きます~

 よろず屋に歩いていくと、スライムさんがお店の前にいた。
 めずらしい。
 キョロキョロとまわりを見ていた。

「こんにちは。どうしたの?」
「なんだか、いそがしそうなひとが、はしっていったので」
「あ、お母さんが言ってたんだけど、もうすぐ町長選挙があるんだって。だからかな」
「せんきょですか?」
「ていっても、立候補する人が他にいないから、いままでと同じ町長さんになるみたいだけど」
「そうなんですか?」
「うん。もうずっと同じ人みたいだよ」
「……それはいけませんね」
 スライムさんは、ぼそり、と言った。

「どうして?」
「おなじちょうちょう……。ふはいです……。せいじの、ふはいです……」
「ふはい?」
 不敗、ということだろうか。
 負けない人、という意味なら、たしかに不敗かもしれないけど。

「けんりょくしゃが、ずっとおなじなのは、ふはいをまねきますよ……」
「不敗はいけないの?」
「いけません! ……きっと、うらでは、わるいことをしています……」
「そんなことないと思うけどなあ。町長さん、いい人そうだったよ」
 ちょっと太っているけれども、いつも笑顔で、私にもちゃんとあいさつをしてくれる。

「うらでわるいひとというのは、おもてでは、いいかおをするものですよ……」
「でも、いい人も表ではいい顔するんでしょ?」
「つまり、おとなは、いいかおをするんです……。そういういきものです……」
「えっと」
 嫌なことでもあったんだろうか。

「スライムさん、町長さんに頼んでこの町に来たんでしょ? そのとき、どんな人だった?」
「いいひとでしたよ! ぼくのことを、さべつ、しませんでしたし!」
「だったら」
「それは、おもてのかおです……。せいじかは、いつでも、うらのかおを、もっているんですよ……」
「でも、そんなこと言ってたら、どんな町長さんでも悪い人になっちゃうよ?」
「そうですね……。それこそ、ぼくがやるしか……」
 スライムさんは、はっとした。

「そうか! ぼくが、りっこうほするしか、ありませんね!」
「ええ!?」
「ぼくが、ちょうちょうになれば、まちのふはいは、とまります!」
 町の不敗?
 ふはいって、不敗じゃないのかな。

「スライムさんが町長になるの?」
「そうです」
「でも、町長さんになるのって、いろいろ大変みたいだよ」
「なにがですか?」
「えっと、たとえば、投票してもらうためにいろいろ説明をしないといけなかったり」
「とうひょう?」
 それは知らないのか。

「そう。みんなに、町長になったらこういうことをする、って説明をして、それならこの人にお願いしようって思ってもらうの。具体的には、一日みんな集まって、町長さんになってほしい人の名前を書いてもらって、一番、数が多い人が町長さんになるのかな。たくさんの人に、町長さんになってほしい、って思ってもらうようにがんばらないと」
「へえー! えいむさん、ものしりですね!」
「そうかな。えへへ」

 スライムさんは、遠くを見た。
「ということは、ぼくを、ちょうちょうさんにしてくれそうなひとに、おかねをくばれば、ぼくに、とうひょうしてもらえますね!」
「ちょっと!」
「なんですか?」
 スライムさんはきょとんとしていた。

「悪いことをしたらいけないって言ったの、スライムさんでしょ!」
「わるいことですか?」
「そうだよ! お金をくばって町長さんになれるなら、お金持ちしか町長さんになれなくなっちゃうでしょ!」
「おかねもちは、わるいことですか?」
「お金持ちが悪いんじゃなくて、お金持ちの悪い人が町長さんになりやすくなっちゃうでしょ!」
「でも、いいおかねもちが、ちょうちょうさんになれるなら、それでいいんですよね?」
「そうだけど……」
「だから、ぼくが、いいちょうちょうさんに、なります!」
 スライムさんはカウンターにのぼった。

「ぼくは、ちょうちょうさんに、なります!」
 もう一回言った。

 スライムさんがなれるのかな、と思ったけど、町に住んでいるということは、町長さんになる権利もあるような気がする。
 うーん?
 でも、スライムさんは、悪い人でもないし、スライムさんに教えてくれる人もいるだろうし、スライムさんも熱意を持ってるみたいだし、もしかして、そんなに悪い町長さんにはならない……?

「スライムさん、本気……?」
「ほんきです!」
「そっか……。じゃあ、私もおうえんしようかな」
 お金をくばらないように、見張っていないと。

「ありがとうございます! すらいむ、すらいむをよろしくおねがいします!」
「なにそれ」
「がんばります!」
「それにスライムさんが町長さんになったら、もしかしたら、よろず屋もきちんとしたお店になるかもしれないしね」
「どうしてですか?」
「ほら、町長さんって、毎日、朝から規則正しく仕事するでしょ?」
 多分。

「だから、よろず屋も、すこし規則正しくできるようになるかもしれないよね」
「えいむさん……。ちょっといいですか?」
「なに?」
「ちょうちょうさんって、しごとを、するんですか……?」
 スライムさんが信じられないことを言った。

「そうだよ。町のために、いろいろなことを」
「きそくただしく、ですか?」
「うん」
「おもてのしごとを、いそがしくやってから、うらのしごとも、いそがしくするんですか……?」
 裏の仕事をしたら悪い町長さんになっちゃうのでは?

「そうですか……」
 スライムさんは、ゆっくりカウンターをおりた。
「スライムさん?」

 スライムさんは、急に大きく目を開いた。
「……あ! あー、ちょっと、これから、いそがしくなるんだったなー! これから、ちょっといそがしくなるんだったなー! ちょうちょうさんを、やっているじかんは、ないんだったー! あーいそがしいいそがしい!」

 スライムさんは、お店の中を行ったり来たりし始めた。
「こんにちは」
 お店に入ると、奥からバケツが転がってきた。
 えっ、と思いながら、ちょっとさがって私は見ていた。
 バケツは、上と下で円の大きさがちがうので、まっすぐに転がらず、くるるる、とゆっくり向きが変わる。
 上がこっちを向いた。

 スライムさんが、中にすっぽり、はまっていた。
「こんにちは!」
「スライムさん! どうしたの」
「ちょっと、れんしゅうです」
 すぽんっ、とスライムさんがバケツから出てきた。

「ほんじつは、おあしもとがわるいなか、わざわざおこしくださいまして」
「雨、降ってないよ」
「おしかったですね」
「いまにも降りそうだけど」
「ふるなら、ふってほしいですよね」
「お母さんは降ってほしくないみたい」
「あめは、おきらいですか?」
「ほら、ずっと雨ばっかりで、洗たくものが、すっきりしないから」
 ここ数日、母が、家の中にかけた物干しざおを見て、よくため息をついている。

「家の中で干すと、洗たくものが、ちょっと変なにおいになったりするでしょ?」
「はあ……」
 スライムさんは、あまりぴんときていないようだった。
「……そうか、スライムさん、服、着ないもんね」
 つい、誰でも実感を持ってくれることだと思っていたけれども、スライムさんはそういう生活をしていないんだ。

「服を着ないならわからないか」
「む! あなどらないでください! ぼくだって、ふくくらい、きますよ!」
「着るの?」
「このまえ、みずぎを、きたじゃないですか!」
「ああ」
 よろいのような、金属の。

「もっとこういう、布のやつの話だよ」
 私は自分の服をつまんでみせた。
「よわそうなので、ぼくのしゅみではないですね!」
「弱そうかな」
 私は自分の服を見た。
 いや弱そうってなに?

「えいむさんも、ふくが、へんなにおいだったら、いやですか?」
「それはそうだよ」
「だったら、どうして、ふくをきてるんですか?」
「え?」
「きなかったら、せんたくで、こまることはなくなりますよ!」
 そんなこと言われるなんて思わなかった。
 言われてみると、そうだけど、でも。

「えっと、でも、服を着ないと……」
「だめですか?」
「寒いときとか……」
「きょうはさむいですか?」
「そんなことはないけど」
 この数日は、寒い日、暑い日が混ざり合ってやってきていた。
 今日は、じめじめとして、どちらかといえば暑い。

「それなら、きなくてもへいきですね!」
「えっと、あと、恥ずかしいかな……」
「はずかしい?」
「服を着ないと全部見えちゃうし……」
「ふくをきないのは、はずかしいことなんですか?」
 スライムさんは、ささっ、とバケツの後ろに隠れた。

「あ、スライムさんはいいんだよ。見えてても」
「む! えいむさん! すらいむを、さべつしましたね! すらいむなんて、ふくをきることもできない、つまらないまものだと、おもいましたね!」
「そんなこと言ってないでしょ。差別っていうか、スライムさん、恥ずかしくないんでしょ?」
「はい」
「無理に恥ずかしがらなくていいんだよ」
「そうなんですか? まったくもう、えいむさんがいろいろいうから、いそがしいですねえ」
 スライムさんは出てきた。
 スライムさんは、はだかというか、体も透けているので、またちょっとちがうと思う。

「なんかごめんね」
「ゆるしましょう!」
「私たちは、もう、服を着てるのがあたりまえになってるから、寒くなくても服を着るの」
「なるほど……」
 スライムさんが動きを止めて、じっとしていた。

「どうかした?」
「……つまり、はずかしくなければ、えいむさんも、ふくをきなくてもいいのですか……?」
「まあ、そうかな?」
「なるほど……。なるほど……」
 スライムさんは、ぴょこぴょこと、カウンターの後ろへ消えた。

「スライムさん?」
 ごそごそという音だけが聞こえている。

 それから、スライムさんが小箱を頭にのせてもどってきた。
「これをつかってください!」
「なにこれ」
 私の手のひらにのるくらいの、木の箱だった。
 中には、石かなにか入っているような、ちょっと重みを感じる。

「あけたら、びっくりしますよ!」
「開けていいの?」
「どうぞ!」
 箱を開けてみる。

「わっ!」
 とたんに、まぶしい光がよろず屋いっぱいに広がった。
 見ていられずに目を閉じるけれども、まだまぶしい。

「まぶしい! どうなってるのこれ!」
「これは、ものすごくまぶしい、いしです!」
「まぶしいよ!」
「これで、からだがみえなくなります! ふくをきなくても、はずかしくないですよ!」
「そんなことよりまぶしいよ! なんとかして!」
 うっかり箱から手を離して、背中を向けてしまったので箱がどこにあるかわからない。
 それでもまぶしい。
 
「ぼくもまぶしくて、まわりがみえません!」
「ちょっとスライムさん!」
「いしは、いしはどこですか!」
「たしかこのへんに……」
 私が手をのばすと、なにかがぶつかった。
 倒れるような音と、ころころ、と床の上を球体が転がっていくような音がした。

「どっかいっちゃったよスライムさん!」
「えいむさん、しっかりしてください!」
「ごめん!」
「あ!」
 スライムさんの声のあとに、もっと勢いよく転がっていく音が聞こえた。

「うっかりぶつかってしまいました!」
「スライムさん!」
「たいへんもうしわけないきもちで、いっぱいです」
「あーもう、どこ!」
「わっ、えいむさん、ぼくをふまないでください!」
「ごめん!」
「わあっ!」
「きゃっ!」

 よろず屋のあちこちをバタバタとやっていたら、やっと見つけたころには、私の服が洗たくものになってしまった。
 どんよりとした、くもり空のある日、私はあることを考えながら、よろず屋にでかけた。

 めずらしくスライムさんはお店の前にいて、キョロキョロしながら歩いている。

「こんにちは、スライムさん」
 私が言うと、スライムさんは動きを止め、こっちを見た。

「どうもどうも! おさんぽですか!」
「ちょっと気になったことがあってお店に来たの。スライムさんはなにしてたの?」
「みずたまりが、ありましてねえ……」
「ああ」
 最近は雨が多いこともあって、お店の前や、近くの道に水たまりができていた。

「水たまりがどうしたの?」
「ぼくのばあい、うっかりはいってしまうと、みずをすって、やや、おおきくなってしまうので」
「そっか。じゃまだよね」
「つちでうめるのも、めんどうですし……。ところで、えいむさん! きになったことって、なんですか!」

「あ、うん。ほら、昨日洗たくものがかわかない、っていう話、したでしょ?」
「はい! にんげんは、はだがかいちばん! というおはなしですね?」
「はだかはあきらめよう、っていう話だよ。えっと、それで、この前、かわきのいし、っていうの、あったでしょ?」

 スライムさんの水分がすっかり抜けてしまったり、私の指まで大変なことになった事件の原因となった石だ。
「あれはあぶないですよ! くせになりましたか?」
「あれじゃなくて、あれより力が弱い、ちょっとかわく石、ってない?」
「よわいものですか?」
「いろいろな効果の石あるんでしょ?」
「はい!」
「効果の強さの差も、あるかなと思って」
「ははあ、たしかありますね。なんどもつかえる、というわけではないですけど、そのぶん、おやすいです」
「そうなの?」
「ひとつ、10ごーるどです!」
 めずらしく、本当に安い。

「それ見たい」
「わかりました! さがしてみます!」
 スライムさんはお店の中に入っていった。


 それから私は、お店の裏の、薬草の様子を見に行ったり、スライムさんが新入荷した果実薬草をもらって食べたりしながらしばらく待った。
 まだ時間がかかるというので、いったん帰って、洗たくものから、ぬれたタオルを持ってもどってきたところで、スライムさんが出てきた。

「いやー、ありましたありました!」
 スライムさんが、頭に箱をのせてお店から出てきた。
 かわいている地面に置いた。
「おつかれさま」
「どうぞ!」
 スライムさんくらいの大きさがある、しっかりした紙の箱だった。

 箱を開けると、直径が硬貨くらいの大きさの小石がたくさん入っていた。
 どれも、球に近い、まんまるの形だった。
「こんなにたくさん、運ぶの大変だったでしょ?」
「ぜんぜんです! もってみてください!」
「うん。……なにこれ」

 中に入っていた茶色っぽい石は、手に取ると、とても軽い。
 綿を持っているみたいだ。
「かるいでしょう!」
「うん!」
「たおるを、ぽんぽん、してみてください!」
「うん。あ」
 さっそく、とタオルに近づけたら、石は粉々にくだけて地面に落ちてしまった。

「くずれちゃった」
「そうなんです! これは、とってもこわれやすいんです! そうっと、やってみてください!」
「うん」
 今度は、そうっと、そうっと。

「おっ」
 タオルにつけると見るからに、石の周囲の色が薄くなる。
 石を持っている手の、甲でさわってみると、そこだけすっかりかわいていた。
「スライムさん! かわいたよ、あ」
 ちょっと力が入ったら、石はくだけて、タオルの間にちらばってしまった。
 しかもとても細かくて、タオルの布のすき間のようなところに入り込んでしまっていた。

 パタパタやっても、とれない。

「洗わないとだめかな」
「しっぱいですか……。すみません」
「スライムさんは悪くないよ! それより、こんなにくだいちゃって、代金を払わないと。ふたつで20ゴールドだっけ?」
 ちょっとおこづかいが減るけれども、しょうがない。
「いいんですよ! ぼくとえいむさんのなかじゃないですか!」
「親しき仲にも、えーと……。友だちでもお金はちゃんとしないとだめなんだよ」
「そうですか? きがひけますねえ……」
「商売なんだから!」

 私は言いながら、粉のようになった石を、片付けようと下を見た。
「あれ?」
 こぼれたところの土が、すっかりかわいていた。

「かわいてるよ」
「そうですね! そういう、いしですので!」
「ねえ、これって、使えるんじゃない?」
「なんですか?」
「えっと、スコップある?」


「すごいです!」
 スライムさんは、ぴょんぴょんはねて、喜んでいた。
「うまくいったね」
 私は、スコップですくった石の粉を、お店の前にあった水たまりに入れてみた。
 すると思ったとおり、水はすぐにかわいて、水たまりはなくなったのだ。

「えいむさんは、いつか、おおきなことをやってくれるとおもってましたよ」
「そんなに大きくないけど」
 よく見ると、水を吸ったはずの細かくなった石は、さっきまでと変わらずかわいたままだった。

「スライムさん、これ、石が水を吸ってるわけじゃないの?」
「よくわかりませんけど、かわかす、てつだいをするみたいです」
「ふうん。何回か使ったら、終わりなんだよね?」
「そうです! 5かいくらいです!」
「よかった」

 石が永遠に効果を発揮するのだとしたら、風でどこかに飛んでいってしまったとき、池が干上がってしまったり、なにか大変なことにつながるかもしれない。
 でもそのうち効果がなくなるなら、平気だろう。

「じゃあ、たまにここに石を砕いて置いておけば、水たまりはできなくなるよ」
「あんしんしました! ぼくは、あんしんしました! そう……、あんしんです!」
「……ねえスライムさん、これ、お店のカウンターで売ってみれば?」
「どうしてですか?」
「水たまりとか、そういうものに使いたい人がいるかもしれないでしょ?」
「なるほど! ならべます!」

 次の日から、よろず屋にならべるようになったら、ついでに買っていってくれる人が、少しずつ現れているという話だった。
「そうだ! えいむさん、ちょっと、そとにいってくるので、まっててもらってもいいですか?」

 よろず屋さんでスライムさんと話をしていたら、スライムさんが急にそう言った。

「いいけど、どこいくの?」
「うらに、おもしろいあじのやくそうがはえたので、えいむさんにも、たべてもらおうとおもいまして!」
「ふうん。どんな?」
「ひみつですよ! ……ひんとは、おとなのあじ、です」
「大人の味?」
「そうです! あれがおいしくたべられたら、おとなですねー!」
「スライムさんはおいしかった?」
「ぼくはあんまり……、いえ! とってもおいしかったです!」
 スライムさんは急いで訂正した。

「おさけといっしょにたべると、とてもあいそうですね!」
「スライムさん、またお酒飲んでるの?」
「はい! いえ! のんでません!」
 どっちだ。

「それじゃ、てはじめに、これをたべて、おまちください」
 スライムさんは、カウンターの上に、青い草、黄色い草、緑の草がのったお皿を用意して、バタバタと外に出ていった。

 私はあらためてカウンターの上にある草を見た。
 大人の味ってどんな味だろう。

 私はわりと、おいしいとか、おいしくないとか、いろいろな味が混ざっているものを、大人の味、でごまかしているのではないかと疑っている。
 でも大人になったらわかるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、緑色の草を食べてみた。

「ん?」
 緑の草は、見た目は薬草にそっくりだったけれども、ほとんどなんの味もしなかった。
 雑草のようなクセもない。
 食べにくくもないし、でもなんの後味もなかった。
 ある意味ふしぎな味だった。

 黄色い草も食べてみる。
「ん」
 食べたときは、これも味がしないのかと思ったけれども、だんだん、口の中がピリピリとしてくる。

「水」
 と思ったけど、なにもない。
 思わずさっきの緑の草を食べたら、辛味がすっかりなくなった。
 これはこういうときのための草だったのか。

 だったらこれはなんだろう、と青い草も食べてみる。
 最初は、これもなにも感じなかったけれど。
「ん……」
 辛い、気がしたけれどちょっとちがう。
 口の中が熱い。
 その暑さが、口の中だけでなく、だんだん全身に広がっていった。

「う、う……」

 立っていられなくなって、カウンターにもたれたけれども、それもうまくいかなくなって、ずるずると下がっていって、床に倒れてしまった。
 頭がぼんやりとして、だんだん目も開けていられなくなって……。


 はっとした。
 目が覚めたように意識がはっきりしていた。
 さっきまでのはなんだったんだろう。

 体を起こす。
 どこか体が重い気がするけれども、痛みなどはどこにもない。

 そのまま立ち上がろうとして。
「え」
 はいていたサンダルが、なんだか小さい。
 ちがう。

 私はサンダルを脱いで立ち上がった。
 いつもより、視点が高い。
 カウンターを見ると、そこに映っていたのは、大人のような女の人だった。
 でも私と似ている。
 後ろを見ても、誰もいない。

 私……?
 そんなばかな……。

 思ったけど、スライムさんの草を食べたことを思い出した。
 ……そんなこともあるのかもしれない。

 でもどうしよう。
 スライムさん!

 私はお店の外に出た。
 裏にまわって、スライムさんをさがす。

 いない。
 よろず屋の裏、薬草が生えているところにスライムさんの姿はなかった。
 どこにいったんだろう。

 裏を歩いて、そこからお店の前の道まで出ていって、左右を見た。
 いまにもスライムさんが出てきてくれないか、と思ったけれども、そうはならなかった。

 どうしよう。
 このままおばあちゃんになっちゃうんだろうか。

 そのとき、道をおじさんが歩いてきた。
 たしか近所に住んでいる人で、奥さんが、私の母の知り合いだったと思う。
 ちゃんとした話をした記憶はないけれど、おたがい、なんとなくあいさつをしたことは何度もある。
 スライムさんのことを知ってるだろうか。

 そのおじさんは、近づく前から、私のことをじろじろと見ていた。
 私のことに気づいてくれたんだろうか。
「あの」
 話しかけてみる。
「あ?」
「このあたりで、スライムさんを見ませんでしたか? よろず屋の」
「いや、知らないが……。あんた、どこの人だ?」
「え? えっと……」
 わかってない……?

「どこから来たのが知らないが、そんな、露出の多い格好でうろうろされると困るんだよ」
 おじさんは、私の体を見ながら言った。
「はあ……」
 たしかに、私の体が大きくなった関係で、服の面積は減ってしまったように見える。
 でも、それほど気にしなければならないものだろうか。

「なに食ったらそんな体になるんだか……」
「はあ」
「この町で、変な商売始めないでくれよ? あんたみたいなのが声かけたら、この町の男なんて子どもみたいなもんだ。すっかりおかしなことになっちまう」
「はあ。わかりました」
 いまいちなにを言っているのかよくわからないけれど、私はうなずいた。

「別にあんたみたいなのが嫌いなわけじゃねえが、俺は、そういうことを取り締まる立場にあるもんでな。悪く思わないでくれ。ああ、こんなことしてる場合じゃねえ。いいか、ちゃんとした格好をするか、とっとと別の町に行ってくれよ!」
 おじさんは言うと、小走りで行ってしまった。

 なんだったんだろう。
 結局、スライムさんの手がかりも見つからなかった。
 でも、いま話しかけても、私を私だとわかってくれないということはわかった。
 それに、どちらかというと、嫌われていたみたいだった。
 外にいるのは、あまりよくないかもしれない。

「いたっ」
 よろず屋にもどろうとして、なにかをふんで、転んでしまった。

 転がっていた枝だった。
 変に大きくなってしまった胸がじゃまで、足下が見えにくくなっている。
 私は体を斜めにしながら歩くことにした。

「あ」
 お店の中に入ったときだった。
 また、体が熱くなるような感じがして、立っていられなくなった。



「えいむさん? えいむさん?」
 目を開けると、すぐ近くにスライムさんがいた。
「あ、スライムさん」
「よかった! びっくりしました!」

 体を起こすと、私は、よろず屋の床に寝ていたようだった。

「あたまとか、いたいですか?」
「ううん。頭も、体も、どこも痛くない」
「よかった! ちょっと、よりみちしてました!」

 スライムさんは言って、カウンターの上にのぼった。
「うっかりしてました! ぼく、まちがって、へんなやくそうをおいていってしまったんです!」
「変な薬草?」
「あおいくさ、ありましたよね! それをたべると、とくべつなこうかがあるんです!」
「特別って?」
「それは、ひとによって、いろいろちがうみたいです!」
「スライムさんは?」
「ぼくは、みっつにぶんれつします」
「ええ!」
「えいむさんは、どうでしたか?」
「私? 私は……」

 どうだったっけ。
 なにかあったような気がするけど。

 カウンターに反射した自分の姿を見る。
 なにか、とても驚いた気がするけど、覚えていない。

「黄色い草が、辛かったのは覚えてるんだけどなあ……」
「そのときは、みどりのくさをたべると、からくなくなります!」
「うん。それも覚えてるけど……」
「……もういっかい、たべますか?」
「やめとく」
 なんだか大変なことになったような、気がする。
 なんだったかな。
 すっきりと晴れた日だった。
「あれ?」
 いつものようによろず屋に入ろうとしたら、おやすみ、となっていた。
 出入り口の前で昨日のことを考えたけれども、スライムさんがなにか言っていたような覚えはない。

 軽くノックして呼びかけてみたけれども、返事はなかった。
 しょうがない。

 帰ろうと、後ろを向きかけたとき、お店の裏のほうから、ぱしゃん、という水音が聞こえた。
「あっ」
 声もした。

 裏にまわってみると、倒れたバケツと、スライムさんがいた。
 スライムさんは草が生えているところにいて、目をつぶって顔? を上に向けていた。
 バケツはすぐ横に倒れている。

 横になっている、のだろうか。

「スライムさん?」
「……」

 返事がなかったので、私は倒れたバケツを起こして、水場に持っていって片づけた。

「むにゃむにゃありがとうございますむにゃむにゃ」

 声に振り返ると、スライムさんはさっきまでと同じように目をつぶっていた。

「起きてるの?」
「おきてはいないのですがむにゃむにゃ、ばけつを、かたづけてもらってありがむにゃむにゃ」
「バケツはどうして倒れたの?」
「すいぶんを、ほきゅうしてから、ひるねをしようとしたら、ばけつにはいったとき、たおれてしまったんです。じめんにころがったので、そのまま、ひるねをしようと。あ、むにゃむにゃ!」
 元気のいい、むにゃむにゃだった。

「起こして片づければよかったのに」
「えいむさんなら、こっちにきて、このようすをみたら、しょうがないなあ、とかたづけてくれると、かくしんしておりました。むにゃ」
「そんなこと確信しなくていいのに。どうして寝てるの?」
「たまには、ゆっくりやすんでも、いいかとおもいまして」
「え?」
「ああわかってますよ、ぼくがまいにちやすまずはたらいているから、やすんだほうがいい、ということですよね? わかってますわかってます。むにゃ」
「えっと……」
「では、むにゃ!」

 スライムさんは口を閉じた。
 本格的に昼寝をしようとしているようだ。

「そういえば、スライムって、寝るんだね」
「…………」
「スライムさん?」
「…………」

 むにゃとも言わなくなってしまった。

 まだ寝たふりをしているのかと、しゃがんで、つんつん、とつっついてみる。
「…………」
 無反応だった。

 私はとなりに座って、いっそうつんつんしてみる。
 それでもスライムさんは反応なしだった。
 ずいぶんがまんしているみたいだ。

 今度は、ぷに、ぷに、と強めに押してみる。
 手が、ぐぐぐ、とスライムさんの体を押していき、スライムさんの体がのびる。
 それでもスライムさんは目を開けない。

 本当に寝てるのかな、と思ったけれども、ここまでやっているのに起きないというのは、逆に不自然だ。
「スライムさん?」
 寝たふりをしているにちがいない。

 そう思ってもっとぎゅうぎゅう押したり、引っぱってのばしたりしてみる。
 やりすぎにも思えたけれども、私も止まらなくなってしまった。

 ぎゅうぎゅう。
 ぐいぐい。

「…………」
 まだ目を開けない。

「よーし」
 そこまで耐えるなら、と私は最後の手段に出た。

 スライムさんの上に乗ってみた。
 ひざで乗ってみた。
 ひんやりとした体が、私の体重に押されてのびていく。
 のびるけれども、雨の日とちがって充分な弾力があって、ベッドの上にいるのとはまた別の感触だった。
 
 ひざ、すね、と乗ってもスライムさんは目を開けない。
 そのまま、私は体を丸めるようにして横になる。
 すると、すっかり全身がスライムさんの上に乗ることができた。
 バケツの水で水分をたくわえていたと言っていたから、いつもより大きいのかもしれない。

 平べったくなったスライムさんは、それでも目を開けない。
 ほんのちょっと体をゆらしてみると、スライムさんの弾力が感じられる。
 水でできたベッドの上にいるみたいだった。
 ちょっときゅうくつだけど、特別な気持ちよさがあった。



「……むさん、えいむさん、えいむさん!」
 すぐ近くから聞こえてきた声に、はっとして体を起こそうとしたら、地面がくるっと回って私は草原に落ちた。

「いたた」
「えいむさん、だいじょうぶですか?」
 スライムさんが横にいた。

「えっと……」
「ぼくのうえでねてたんですよ」
「あ」
 スライムさんの上に乗って、そのまま……?

「びっくりしましたよ!」
「私も。寝ちゃうなんて」
「きもちよかったですか?」
「え? あ、うん、まあまあ、かな」
「まあまあですか?」
「うん。ついうとうとしちゃったけど、やっぱり本物のベッドのほうがいいかな」
「そうですか……。なんだか、おねがいをするまえに、ことわられたような、ふくざつなきもちです」
「ふふふ」

 本当はとっても気持ちよかった。
 これで手足をのばして眠れたらどんなに気持ちいだろう、今晩からでもスライムさんのベッドで眠りたい、と思ったけれど、それを言ったら本当にそうしてくれそうで、とても迷惑になってしまうから秘密にしておいた。
 よろず屋に入ったとたん、頭の上になにか落ちてきた。
 それは、ぽふ、と頭にのって、床に落ちた。

 手にとってみると、板の片面に、分厚い布がはりつけてある。
 板よりも布のほうが厚いくらいだ。

「ふっふっふ。ひっかかりましたね、えいむさん!」
 カウンターの上に現れたスライムさんが言った。
「スライムさん、なにこれ」
「これは、こくばんけし、といわれるものに、ひじょうにちかいものです」
「黒板? を消すもの? に近いもの?」
 黒板もわからないのに、それを消すもので、さらに近いものと言われても。

「こくばんけし、しりませんか?」
「知らない」
「それは、いりぐちにしかける、わなのことです」
「ワナなの?」
「はい。いえのなかに、こっそりはいってくるひとに、きづかれないようにしかけて、げきたい、するものです」
「ワナのわりには、痛くもなんともなかったよ」

 ぽふ、だった。

「そのぬの、のぶぶんには、いろいろな、こなを、しかけられるのです!」
「粉」
「しびれぐすりのこな、ねむりぐすりのこな。もしかしたら、どくやくのこな、もつかわれていたかもしれませんね!」
「おそろしい」
「ぼくもそうおもいます。とおい、やばんなことをかんがえるくにでは、こういうどうぐも、あるのです……。ですが、こっそり、たにんのいえにはいるひとも、いけないのですが……」
 スライムさんは、深くうなずくような動きをした。

「ぼくは、えいむさんをころしたくはないので、なにもつけずに、ちょっとどっきりさせるだけに、にしてみました! どっきりしましたか!」
「うん」
「やりました! どっきり、だいせいこう!」
 スライムさんはぴょんぴょんはねた。

「それはいいんだけど、どうして侵入者を追い払うのに、黒板消し、って言うの?」
「わかりません」
「わからないの?」
「えいむさん……。もののなまえというのは、あんがい、りゆうなんて、ないものなのです……」
 スライムさんは遠くを見ながら言った。

 私はカウンターの中の薬草を見た。
「薬の草だから、薬草……。わかりやすい……」
「えいむさん! いみがあるものだって、ありますよ! わかりやすいものだって、それは、ありますよ!」
 私はカウンターの中の毒消し草を見た。
「毒を消す草だから、毒消し草……」
「えいむさん! いますぐ、くさから、はなれてください!」

 私は三歩進んだ。
「鋼でできている剣だから、鋼の剣……」
「えいむさん! ぶきは、ぶきはあぶないです!」
「革でできているから、革の鎧……」
「えいむさん!」
「羽根の飾りだから、羽飾り……。わかりやすい……」
「……えいむさん? もしかして、おこってますか?」

 私はゆっくり振り返って、スライムさんを見た。
「どうしてそう思うの?」
「ぼくが、こくばんけしをぶつけてしまって……。いたかったですか?」
「別にー」
「えいむさん、なんだかいつもとちがいますよ! おこってますよね?」
「べっつにー」
「えいむさん! ゆるしてください!」

 私は、スライムさんに、にやりと笑った。
「どっきりした?」
「え?」
「おこったふり。どっきりの、おかえしー」
 えへへ、と笑ったら、スライムさんがはっとしたようになって、それから私をにらんだ。

「……え、えいむさん! どっきりさせるなんて、いけませんよ!」
「スライムさんが先にやったよ」
「ぼ、ぼくはいいんです!」
「なにそれずるい」
「……どっきりしましたか?」
「え?」
「ぼくだけはいい、ってきいて、どっきりしましたよね!」
 スライムさんは、どうだ、という顔をした。

「どっきりはしないけど」
「なんでですか! ぼくだけどっきりして、ずるいです!」
「あ、あれ? 黒板消しをぶつけられたところが、たんこぶになっちゃったかもしれないなー」
「え……? ご、ごめんなさい!」
「どっきりした?」
「……!! えいむさん! またどっきりさせましたね!」
「これでおあいこでしょ」
「ぼくのほうが、おおくどっきりしてます! えいむさん! ずるいですよ!」

 スライムさんはカウンターからおりて、私のまわりをぴょんぴょんとびはねた。
「どうですか! どっきりしましたか! どうですか!」
「ははは、ははは、どっきりしたー」
「ほんとですか? うそじゃないですか?」
「どっちかなー」
「えいむさん!」
「はははー」
「こんにちはー」
 私はよろず屋に入ると、すぐ戸を閉めた。

「こんにちは、えいむさん! どうかしましたか?」
「ちょっと風が冷たくて」
 急にこの数日、空気が冷たくなってきていた。
 昨日の夜は、急いで毛布を出さないと眠れなかった。

「そうですねえ。ちょっと、ひえますねえ」
「あったかい日もあるから、困るよね」
 寒いなら寒い日ばかりになってくれれば楽なのに。
 なんて思いながらも、本当に寒い日ばっかりになったら嫌なんだけど。

「じつは、えいむさんがよろこぶとおもって、こんなものをよういしました!」
 スライムさんは、カウンターの上に置いてある箱を、ぽんぽん、と押した。
「これは?」
「あけてみてください!」
「うん」
 箱を開けると、中にはお札のお金がぎっしり入っていた。

「わっ、ん?」
 でもよく見ると、一般的に使われているお札と、ちがう絵柄だ。
 スライムさんが描いてある。

「あ、それじゃなかったです」
 スライムさんはカウンターを降りると、ずるずると、別の箱を押してきた。

「そっちは、しゅみです」
「趣味?」
 いったいなにをしようとしているのだろうか。
「これです」
 スライムさんは自分でフタをくわえて開けた。

 中には、いも、がぎっしり入っていた。

「いも?」
「ほくほくになります!」
「ほくほく?」
「やきいもです!」
「ああ!」


 私たちはお店を飛び出すと、裏の木の下に落ちている葉っぱを集めた。
 おうどいろの葉っぱは、ほうきで集めると、カサカサ音がして、すっかりかわいている。
 庭の土の部分に集めると、こんもりと山になった。

「集まったね」
「はい! もやしましょう!」
「うん。あ、でも、私たちだけで火を使ってもいいのかな」
 私は急に気になった。
 子どもたちだけで火を使うのは、家で禁じられていたことだからだ。

「えいむさん? ぼくをなんだとおもっているんですか?」
「え?」
「ぼくは、こどもではないです!」
「スライムさんって、大人なの?」
「えいむさん。ぼくはすらいむですよ? こどもとか、おとなとか、そういうちいさなことは、どうでもいいと、おもいませんか?」
「たしかに」

 あらためてそう言われてみると、スライムさんなら、人間の小さなきまりに縛られる方がおかしいような気がしてきた。
「ひは、これでつけます」
 スライムさんが用意したのは、火の魔法石が埋め込まれたという杖だった。

 私たちは芋を葉っぱの下の方に入れた。
 それから、スライムさんの前で杖を支えて立たせていると、スライムさんがまとわりつくようにして持った。

「つえをもって、ねんじるだけで、ひがつきます!」
「わかった」
「では、いきます!」
「うん」
「はっ!」

 スライムさんが杖をちょっと動かしながら、気合の入った声をあげた。

 すると。

「わっ!」
「わわっ!」

 こんもりと積み上げた葉っぱの山が、爆発した。


 私は尻もちをついてしまった。
 スライムさんは後ろ向きにころころ転がって、よろず屋の建物にあたって止まった。

「スライムさん、だいじょうぶ!」

 スライムさんを抱き起こす。
 目を回していたけれども、はっとして、私を見た。
「び、びっくりしましたね……!」
「スライムさんだいじょうぶ?」
「ぼくはへいきです! えいむさんは?」
「私も平気」
「よかったです!」

 スライムさんは、ぴょんっ、とはねてみせた。
 どうやら本当に平気そうだ。

「なにがあったの?」
「つえを、まちがえたみたいです」

 どうやら、火の杖ではなく、爆発の杖だったらしい。
「危ないでしょ!」
「もうしわけない……」
 スライムさんが、ころり、と前に倒れ、顔を地面につけた。
 土下座のつもりかもしれない。

「今回はケガもなかったからいいけど、これからは気をつけてね」
「はい! さいあくのばあい、えいむさんだけでも、ふっかつさせます!」
「スライムさんも復活して!」

「あれ?」
 私はふと、茶色い、こげたようなものが草の上に落ちているのが目に入った。

 近づいて、拾ってみる。
「あちち」
 これ、いもだ。
 焼けてる?
 二つに割ってみると、中は金色みたいな黄色で、ほくほくだった。

「スライムさん! 焼けてる!」
「ええ!?」
 ぴょんぴょんとやってきたスライムさんは、半分に割ったいもを受け取った。

「すごい! やけてます!」
「ね」
「たべてみましょうよ!」
「うん。じゃ、いっしょにね。せーの」
 ぱくり。

 おいしい。
 あつあつで、たくさんは口に入れられないけれども、ほくほくしてあまい。
 はふはふと食べているだけで、おいしいし、なんだか楽しい。
 それに、いもを持っていると手があったかい。

「あー、あったかくてきもちいですね、えいむさん!」
「うん。うん?」
 気持ちいい?

 見ると、スライムさんは、いもを体の中に取り込んでいた。
 スライムさんの、青みがかった透明な体の中に、いもが浮かんでいる。

「いやー、やきいもって、いいですねー!」
「う、うん」
「またやりましょうね!」
「うん。あ、爆発はだめだよ?」
「わかってます! おもいっきり、もやします!」
「そんなに燃やすのもだめ! やっぱり、子どもだけで火を使ったらだめだね」
「えいむさん、ぼくをなんだと」
「スライムさん?」
 私はスライムさんをじっと見た。
「……きをつけます」
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「これと同じ大きさのフライパン、ないかな、と思って」
 私は手さげからフライパンを出してカウンターに置いた。

「ちょっと、取っ手のところが壊れてきてて」
「あー、いけませんねー。いけませんねー」
 スライムさんがいろいろな角度からフライパンを見ている。
「お母さんが気に入ってる大きさなんだけど、不便だって」
「いけませんねー」
「ある?」
「あります!」

 スライムさんはぴょん、とカウンターを降りて奥に行くと、すぐに、小さな台車を押してもどってきた。
 フライパンがひとつ、のっている。
 私は手にとってみた。

「どうですか!」
「うん! ちょうどいい。それに前のものよりもちょっと軽くて持ちやすい」
「ちょっと、いいきんぞくでできてますので!」
「ちょっといい金属?」
「なのに、おねだんすえおき! おどろきです!」
「そうなんだ。じゃあこれ買って帰ろうかな」
「もう帰っちゃうんですか?」
「え? そんなことないけど」
「じゃあ、じゃあ、なぞなぞをしましょう!」

 スライムさんはぴょんぴょんとびはねながら言った。
「なぞなぞ?」
「はい! いいなぞなぞを、おもいだしました!」
「どんなの?」
「いきますよ。こほん」

 スライムさんは、じっと私を見た。
「ぱんは、ぱんでも、たべられないぱんは、なんでしょうか!」
「……言っちゃっていいの?」
 私はフライパンを見た。
「はい!」

 スライムさんがそういうつもりなら、私も一発で答えよう!
「フライパン!」
「せいかいです! あとはなんですか!」
「え……?」
 あと?

「フライパンじゃないの?」
「ほかにも、ありますよ?」
「どんな?」
「じゃあ、ちょっとまっててください! こんなぱんが、あるのです!」

 スライムさんはまた奥に行くと、台車に箱をのせてもどってきた。
「こちらです!」

 箱の中にはパンがいくつか入っていた。
 だいたい手のひらくらいの大きさの、丸いパンだ。
「パンだね」
 私が手にとってみようかと思ったらスライムさんがぶつかってきた。
「あぶないですよ! たべられませんよ!」
「え? え?」

 私がぽかんとしていると、スライムさんが解説を始めた。
「まずこの、いちばん、ちいさいぱん。これは、どくぱんです」
「毒パン」
「たべると、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこちら。ちょっとほそながいですね? これは、どくばりぱんです」
「毒針パン」
「たべると、なかの、こまかいはりがくちのなかにささって、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこの、まるっこいぱん。これは、どくまほうぱんです」
「毒魔法パン」
「たべると、どくまほうがかかって、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
「そしてこちらの、ちょっとしかくいぱん」
「ちょっとスライムさん」
「なんですか?」

 スライムさんが不思議そうに私を見た。
「食べられないパンばっかりで、答えきれないよ」
「ふっふっふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「えいむさん、ひっかかりましたね?」
「え?」
「このぱんは、たべようとおもえば、たべられます! ということは、たべられないのは、ふらいぱんだけです! ひっかけなぞなぞでした!」
 スライムさんは、勝ちほこったような笑顔になった。

「そう……」
「あれ? なっとくいきませんか?」
「うーん。病気になったりするんでしょ? それって、食べられないものなんじゃないの?」
「たべようとおもえば、たべられますよ!」
「うーん。でも、食べるのって、おいしいから食べるとか、体にいいから食べるんじゃない?」
「からだにわるいものは、たべませんか?」

 そう言われると私も、あまいものを食べすぎてしまったりすることもある。
 途中からは体に悪いと思っていても、食べているかもしれない。

「体に悪くても、おいしければ食べるかもしれない……。そっか……。じゃあ、スライムさんが正しいのかもしれない……」
「えいむさん……?」

 口に入れて、飲み込めるなら、食べることだと思っていながら、毒を、毒だとわかっているなら、食べるではないと思っていた。
 でも食べられる。

 口に入れるだけでいいなら、フライパンを細かく、粉のようにして飲み込んだら、食べていることになるのだろうか。
 とすると、フライパンも食べられる。

 口に入れたものが、自分の体をつくる、ということならどうだろう。
 なら、毒なら?
 毒針は吸収しないから、食べるはちがう?
 でも、毒針の毒の成分を食べている、ということなら、食べているような気もする。
 魔法は?

 食べる?
 何度も考えていたら、食べる、という言葉も変な言葉に思えてきた。
 たべる?
 たべる。

 たべる、たべる、たべる。
 変な言葉だ。

「えいむさん?」
「たべるって、なんだろう……」
「えいむさん? どうしました?」
「たべる……」

「えいむさん、これをどうぞ!」
 スライムさんが持ってきてくれたのは、薬草だった。
「うん?」
「たべてください! おいしいですよ!」
「うん」

 私は薬草を口に入れた。
 さわやかな味がして、一回かむごとに、心が落ち着くような気がした。

「薬草はおいしいね」
「そうでしょう!」
「たべるって、おいしいってことなのかな……」
 たべるって、そういうことなのか……。

「おいしくないものも、たべられますよ!」
「……そうだね」
 またわからなくなってしまった。

 たべるって、なんだろう……。


 考えながら帰ったら、よろず屋にフライパンを忘れた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、古いフライパンだった。
 あれ?

 昨日、いままで使っていたフライパンをスライムさんに見せたあと、新しく買って、でもここに忘れて帰ったら母に笑われて、それから取りに来て、スライムさんにも笑われた。
 古いフライパンは捨てることになったはず。
 どうして私の手さげに入っているんだろう。

「あー、いけませんねー。いけませんねー」
 スライムさんがいろいろな角度から古いフライパンを見ている。
「え?」
「とってが、こわれてますねー。いけませんねー」
 取っ手が壊れてる。
「えっと……?」
 昨日もそんなことを言われたような。
「いいものが、ありますよ!」

 スライムさんはぴょん、とカウンターを降りて奥に行くと、すぐに、小さな台車を押してもどってきた。
 フライパンがひとつ、のっている。
 私は手にとってみた。

 昨日私が買ったフライパンだ。
「どうですか!」
「え?」
「いままでのと、ちがいませんか?」
「えっと、ちょっと軽くて持ちやすいけど」
「でしょう! ちょっと、いいきんぞくでできてますので!」

 なんだかスライムさんが昨日と同じようなことばかり言っている。
 でも昨日フライパンを買ったから、今日はいらないんだけど。
 そう言おうと思ったら。
「ところでえいむさん、なぞなぞをしましょう!」
 スライムさんはぴょんぴょんとびはねながら、言った。
「なぞなぞ?」
「はい! いいなぞなぞを、おもいだしました!」
「……」
 どういうことだろう。
「いきますよ。こほん」

 スライムさんは、じっと私を見た。
「ぱんは、ぱんでも、たべられないぱんは、なんでしょうか!」
「……フライパン」
「せいかいです! あとはなんですか!」
 スライムさんは言った。

 やっぱり。
 どうなっているんだろう。
 スライムさんは昨日のことを忘れてしまったんだろうか。

「他にもパンがあるの?」
「はい! ちょっとまっててください! こんなぱんが、あるのです!」

 スライムさんはまた奥に行くと、台車に箱をのせてもどってきた。
「こちらです!」

 やっぱり、箱の中にはパンがいくつか入っていた。
「さわらないほうがいいの?」
「はい! えいむさんは、さっしがいいですね!」

 スライムさんが解説を始めた。
「まずこの、いちばん、ちいさいぱん。これは、どくぱんです。たべると、みっかみばん、くるしみます」
「三日三晩、苦しむ」
 やっぱりこれも同じだ。
「そしてこちら。ちょっとほそながいですね? これは、どくばりぱんです」
「食べたら三日三晩、苦しむの?」
「はい! やっぱり、さっしがいいですね! してこの、まるっこいぱん。これは、どくまほうぱんです」

 スライムさんは昨日と同じことばかり言っている。
 私も同じことを言ったほうがいいんだろうか。
 そういう遊びなんだろうか。

「食べられないパンばっかりだね」
「ふっふっふ」
 スライムさんが不敵に笑う。

「えいむさん、ひっかかりましたね?」
「え?」
「このぱんは、たべようとおもえば、たべられます! ということは、たべられないのは、ふらいぱんだけです! ひっかけなぞなぞでした!」
 スライムさんは、勝ちほこったような笑顔になった。

 それから私は、昨日と同じようにスライムさんと薬草を食べながら話をして、家に帰った。

 スライムさんに元気に見送られ、私は変な気持ちで帰宅した。
 どうしてしまったんだろう。
 昨日と同じことをする遊びだったんですよ! と言ってくれることを待っていたんだけれども、結局そうはならなかった。

 そしてさらに変な気持ちになったのはここからだった。
 母も、昨日と同じようなことを言っていたのだ。
 フライパンを受け取ったときの言葉とか、夕ごはんの内容とか。
 父もそうだ。
 話題だけでなく、行動の順番もそうだった。
 これだけ同じことを続けている、それに、同じことをしているのにわざとそうしていると思わせるものがない。
 私はすっかり変な気持ちでベッドに入った。


 それだけでは終わらなかった。


 次の日もよろず屋に行ってみた。
「こんにちはー」
「いらっしゃいませ!」
 よろず屋さんに入ると、いつものようにスライムさんがカウンターの上に現れた。

「おや、えいむさん。なにを、おもちですか?」
「え?」
 私は背筋がぞっとした。
 手さげを持っていた。
 中身をカウンターの上に出してみると、フライパンだった。
 買い替えたはずの、壊れている方のフライパンが入っていた。
 今日は家を出るとき、手さげなんて持っていなかったはずなのに。

 スライムさんは、軽くて使いやすいフライパンを持ってきてくれる。

 そのあとなぞなぞの話になって、スライムさんはパンを取りにいった。
 どうなっているんだろう。

 もどってきたスライムさんが箱を開ける前に、私は言った。
「スライムさん。その箱、毒のパンが入ってるんでしょ?」
「ど、どうしてしってるんですか!」
 スライムさんは、体をびくん、とさせて立ち止まった。

 さすがにおかしい。
 演技とも思えない。

 私は、おとといと昨日が同じだったこと、そして今日も同じように一日が進んでいることを伝えた。

「つまり、えいむさんは、おなじひを、くりかえしてるんですね……?」
「食べられないパンの中に、そういうパン、ある?」
「あります」
「あるの!?」
 すごい。

「おそろしい、ぱんです……」
 スライムさんは目をふせた。

「ぼくはかつて、そのぱんをたべたことがあります……」
「なんでそんな」
「そのぱんをたべて、どうぐのつかいかたの、れんしゅうをすれば、こうりつよく、このおみせがもっと、はんじょうすると、おもったのです……」
「営業努力だね!」
「はい! ですがおもったのです。つらい、と」
「同じ毎日は、つらかったんだね」
「ふつかめで」
 ちょっと早いね。
「でも努力してたんだね! すごいよ!」

「じゃあ、私はこれからずっと、同じことをしないと終わらない日が続くの?」
「7にちくらいで、おわります」
「あと4日? けっこうあるね」
 とはいえ、ちゃんと終わることにほっとした。
「もうしわけない。ぼくが、ふがいないばっかりに」
 スライムさんが頭を下げるような動きをした。
「いいよいいよ」
「つまらないものですが、どうぞ」
 スライムさんは、薬草を持ってきてくれた。

「あ、悪いね。ありがとう」
 私は薬草を食べた。
 さわやかな味がする。
「ところでスライムさん」
「はい?」
「今日、私はたぶん、そのパンを食べないと思うんだけど。ううん、今日だけじゃなくて、一回も食べた覚えがないんだけど」
「それはおかしいですねえ……。ちょっとちがっても、たべるのは、かくじつですけれども……」
 スライムさんも、不思議そうだった。

 私はもうひとくち薬草を食べる。
 うん?

「ところでこの薬草、いつもよりさわやかな味がする気がするんだけど」
「あじというのは、いろいろと、かわるものです……。たべるがわの、きもちひとつです」
「そっか」
「おや?」
 スライムさんは、私の食べかけの薬草に近づいてきた。

「これは……」
「どうしたの?」
「な、ななななんでもないです、きにしないでください!」
「そう? 本当はなにが気になるの?」
「いちにちをくりかえすぱんにつかわれている、くさに、にていますねえ……」
「スライムさん?」
「これをたべてしまったので、えいむさんは、おなじひをくりかえしているのかも……、というきも、しなくなくなくなくも、なくないですね」
「どっち?」

 でもそれなら納得だ。
 毒パンと紹介されたパンを食べることはないのに、どうして食べたのだろうという理由がやっとわかった。

「じゃ、これは薬草じゃないんだね?」
「うっかりしていました……。しょうひんの、かんりの、あまさです……」
「スライムさん。気をつけようね」
「はい。とても、はい!」
「返事はいいんだけどね……」
「すみません……」

 でもスライムさんも陰で努力をしていたみたいだし、許してあげようと思う。
 そう言ったら調子にのりそうなので黙っておくけど。