「そうだ! えいむさん、ちょっと、そとにいってくるので、まっててもらってもいいですか?」

 よろず屋さんでスライムさんと話をしていたら、スライムさんが急にそう言った。

「いいけど、どこいくの?」
「うらに、おもしろいあじのやくそうがはえたので、えいむさんにも、たべてもらおうとおもいまして!」
「ふうん。どんな?」
「ひみつですよ! ……ひんとは、おとなのあじ、です」
「大人の味?」
「そうです! あれがおいしくたべられたら、おとなですねー!」
「スライムさんはおいしかった?」
「ぼくはあんまり……、いえ! とってもおいしかったです!」
 スライムさんは急いで訂正した。

「おさけといっしょにたべると、とてもあいそうですね!」
「スライムさん、またお酒飲んでるの?」
「はい! いえ! のんでません!」
 どっちだ。

「それじゃ、てはじめに、これをたべて、おまちください」
 スライムさんは、カウンターの上に、青い草、黄色い草、緑の草がのったお皿を用意して、バタバタと外に出ていった。

 私はあらためてカウンターの上にある草を見た。
 大人の味ってどんな味だろう。

 私はわりと、おいしいとか、おいしくないとか、いろいろな味が混ざっているものを、大人の味、でごまかしているのではないかと疑っている。
 でも大人になったらわかるのかもしれない。

 そんなことを考えながら、緑色の草を食べてみた。

「ん?」
 緑の草は、見た目は薬草にそっくりだったけれども、ほとんどなんの味もしなかった。
 雑草のようなクセもない。
 食べにくくもないし、でもなんの後味もなかった。
 ある意味ふしぎな味だった。

 黄色い草も食べてみる。
「ん」
 食べたときは、これも味がしないのかと思ったけれども、だんだん、口の中がピリピリとしてくる。

「水」
 と思ったけど、なにもない。
 思わずさっきの緑の草を食べたら、辛味がすっかりなくなった。
 これはこういうときのための草だったのか。

 だったらこれはなんだろう、と青い草も食べてみる。
 最初は、これもなにも感じなかったけれど。
「ん……」
 辛い、気がしたけれどちょっとちがう。
 口の中が熱い。
 その暑さが、口の中だけでなく、だんだん全身に広がっていった。

「う、う……」

 立っていられなくなって、カウンターにもたれたけれども、それもうまくいかなくなって、ずるずると下がっていって、床に倒れてしまった。
 頭がぼんやりとして、だんだん目も開けていられなくなって……。


 はっとした。
 目が覚めたように意識がはっきりしていた。
 さっきまでのはなんだったんだろう。

 体を起こす。
 どこか体が重い気がするけれども、痛みなどはどこにもない。

 そのまま立ち上がろうとして。
「え」
 はいていたサンダルが、なんだか小さい。
 ちがう。

 私はサンダルを脱いで立ち上がった。
 いつもより、視点が高い。
 カウンターを見ると、そこに映っていたのは、大人のような女の人だった。
 でも私と似ている。
 後ろを見ても、誰もいない。

 私……?
 そんなばかな……。

 思ったけど、スライムさんの草を食べたことを思い出した。
 ……そんなこともあるのかもしれない。

 でもどうしよう。
 スライムさん!

 私はお店の外に出た。
 裏にまわって、スライムさんをさがす。

 いない。
 よろず屋の裏、薬草が生えているところにスライムさんの姿はなかった。
 どこにいったんだろう。

 裏を歩いて、そこからお店の前の道まで出ていって、左右を見た。
 いまにもスライムさんが出てきてくれないか、と思ったけれども、そうはならなかった。

 どうしよう。
 このままおばあちゃんになっちゃうんだろうか。

 そのとき、道をおじさんが歩いてきた。
 たしか近所に住んでいる人で、奥さんが、私の母の知り合いだったと思う。
 ちゃんとした話をした記憶はないけれど、おたがい、なんとなくあいさつをしたことは何度もある。
 スライムさんのことを知ってるだろうか。

 そのおじさんは、近づく前から、私のことをじろじろと見ていた。
 私のことに気づいてくれたんだろうか。
「あの」
 話しかけてみる。
「あ?」
「このあたりで、スライムさんを見ませんでしたか? よろず屋の」
「いや、知らないが……。あんた、どこの人だ?」
「え? えっと……」
 わかってない……?

「どこから来たのが知らないが、そんな、露出の多い格好でうろうろされると困るんだよ」
 おじさんは、私の体を見ながら言った。
「はあ……」
 たしかに、私の体が大きくなった関係で、服の面積は減ってしまったように見える。
 でも、それほど気にしなければならないものだろうか。

「なに食ったらそんな体になるんだか……」
「はあ」
「この町で、変な商売始めないでくれよ? あんたみたいなのが声かけたら、この町の男なんて子どもみたいなもんだ。すっかりおかしなことになっちまう」
「はあ。わかりました」
 いまいちなにを言っているのかよくわからないけれど、私はうなずいた。

「別にあんたみたいなのが嫌いなわけじゃねえが、俺は、そういうことを取り締まる立場にあるもんでな。悪く思わないでくれ。ああ、こんなことしてる場合じゃねえ。いいか、ちゃんとした格好をするか、とっとと別の町に行ってくれよ!」
 おじさんは言うと、小走りで行ってしまった。

 なんだったんだろう。
 結局、スライムさんの手がかりも見つからなかった。
 でも、いま話しかけても、私を私だとわかってくれないということはわかった。
 それに、どちらかというと、嫌われていたみたいだった。
 外にいるのは、あまりよくないかもしれない。

「いたっ」
 よろず屋にもどろうとして、なにかをふんで、転んでしまった。

 転がっていた枝だった。
 変に大きくなってしまった胸がじゃまで、足下が見えにくくなっている。
 私は体を斜めにしながら歩くことにした。

「あ」
 お店の中に入ったときだった。
 また、体が熱くなるような感じがして、立っていられなくなった。



「えいむさん? えいむさん?」
 目を開けると、すぐ近くにスライムさんがいた。
「あ、スライムさん」
「よかった! びっくりしました!」

 体を起こすと、私は、よろず屋の床に寝ていたようだった。

「あたまとか、いたいですか?」
「ううん。頭も、体も、どこも痛くない」
「よかった! ちょっと、よりみちしてました!」

 スライムさんは言って、カウンターの上にのぼった。
「うっかりしてました! ぼく、まちがって、へんなやくそうをおいていってしまったんです!」
「変な薬草?」
「あおいくさ、ありましたよね! それをたべると、とくべつなこうかがあるんです!」
「特別って?」
「それは、ひとによって、いろいろちがうみたいです!」
「スライムさんは?」
「ぼくは、みっつにぶんれつします」
「ええ!」
「えいむさんは、どうでしたか?」
「私? 私は……」

 どうだったっけ。
 なにかあったような気がするけど。

 カウンターに反射した自分の姿を見る。
 なにか、とても驚いた気がするけど、覚えていない。

「黄色い草が、辛かったのは覚えてるんだけどなあ……」
「そのときは、みどりのくさをたべると、からくなくなります!」
「うん。それも覚えてるけど……」
「……もういっかい、たべますか?」
「やめとく」
 なんだか大変なことになったような、気がする。
 なんだったかな。