「こんにちは」
お店に入ると、奥からバケツが転がってきた。
えっ、と思いながら、ちょっとさがって私は見ていた。
バケツは、上と下で円の大きさがちがうので、まっすぐに転がらず、くるるる、とゆっくり向きが変わる。
上がこっちを向いた。
スライムさんが、中にすっぽり、はまっていた。
「こんにちは!」
「スライムさん! どうしたの」
「ちょっと、れんしゅうです」
すぽんっ、とスライムさんがバケツから出てきた。
「ほんじつは、おあしもとがわるいなか、わざわざおこしくださいまして」
「雨、降ってないよ」
「おしかったですね」
「いまにも降りそうだけど」
「ふるなら、ふってほしいですよね」
「お母さんは降ってほしくないみたい」
「あめは、おきらいですか?」
「ほら、ずっと雨ばっかりで、洗たくものが、すっきりしないから」
ここ数日、母が、家の中にかけた物干しざおを見て、よくため息をついている。
「家の中で干すと、洗たくものが、ちょっと変なにおいになったりするでしょ?」
「はあ……」
スライムさんは、あまりぴんときていないようだった。
「……そうか、スライムさん、服、着ないもんね」
つい、誰でも実感を持ってくれることだと思っていたけれども、スライムさんはそういう生活をしていないんだ。
「服を着ないならわからないか」
「む! あなどらないでください! ぼくだって、ふくくらい、きますよ!」
「着るの?」
「このまえ、みずぎを、きたじゃないですか!」
「ああ」
よろいのような、金属の。
「もっとこういう、布のやつの話だよ」
私は自分の服をつまんでみせた。
「よわそうなので、ぼくのしゅみではないですね!」
「弱そうかな」
私は自分の服を見た。
いや弱そうってなに?
「えいむさんも、ふくが、へんなにおいだったら、いやですか?」
「それはそうだよ」
「だったら、どうして、ふくをきてるんですか?」
「え?」
「きなかったら、せんたくで、こまることはなくなりますよ!」
そんなこと言われるなんて思わなかった。
言われてみると、そうだけど、でも。
「えっと、でも、服を着ないと……」
「だめですか?」
「寒いときとか……」
「きょうはさむいですか?」
「そんなことはないけど」
この数日は、寒い日、暑い日が混ざり合ってやってきていた。
今日は、じめじめとして、どちらかといえば暑い。
「それなら、きなくてもへいきですね!」
「えっと、あと、恥ずかしいかな……」
「はずかしい?」
「服を着ないと全部見えちゃうし……」
「ふくをきないのは、はずかしいことなんですか?」
スライムさんは、ささっ、とバケツの後ろに隠れた。
「あ、スライムさんはいいんだよ。見えてても」
「む! えいむさん! すらいむを、さべつしましたね! すらいむなんて、ふくをきることもできない、つまらないまものだと、おもいましたね!」
「そんなこと言ってないでしょ。差別っていうか、スライムさん、恥ずかしくないんでしょ?」
「はい」
「無理に恥ずかしがらなくていいんだよ」
「そうなんですか? まったくもう、えいむさんがいろいろいうから、いそがしいですねえ」
スライムさんは出てきた。
スライムさんは、はだかというか、体も透けているので、またちょっとちがうと思う。
「なんかごめんね」
「ゆるしましょう!」
「私たちは、もう、服を着てるのがあたりまえになってるから、寒くなくても服を着るの」
「なるほど……」
スライムさんが動きを止めて、じっとしていた。
「どうかした?」
「……つまり、はずかしくなければ、えいむさんも、ふくをきなくてもいいのですか……?」
「まあ、そうかな?」
「なるほど……。なるほど……」
スライムさんは、ぴょこぴょこと、カウンターの後ろへ消えた。
「スライムさん?」
ごそごそという音だけが聞こえている。
それから、スライムさんが小箱を頭にのせてもどってきた。
「これをつかってください!」
「なにこれ」
私の手のひらにのるくらいの、木の箱だった。
中には、石かなにか入っているような、ちょっと重みを感じる。
「あけたら、びっくりしますよ!」
「開けていいの?」
「どうぞ!」
箱を開けてみる。
「わっ!」
とたんに、まぶしい光がよろず屋いっぱいに広がった。
見ていられずに目を閉じるけれども、まだまぶしい。
「まぶしい! どうなってるのこれ!」
「これは、ものすごくまぶしい、いしです!」
「まぶしいよ!」
「これで、からだがみえなくなります! ふくをきなくても、はずかしくないですよ!」
「そんなことよりまぶしいよ! なんとかして!」
うっかり箱から手を離して、背中を向けてしまったので箱がどこにあるかわからない。
それでもまぶしい。
「ぼくもまぶしくて、まわりがみえません!」
「ちょっとスライムさん!」
「いしは、いしはどこですか!」
「たしかこのへんに……」
私が手をのばすと、なにかがぶつかった。
倒れるような音と、ころころ、と床の上を球体が転がっていくような音がした。
「どっかいっちゃったよスライムさん!」
「えいむさん、しっかりしてください!」
「ごめん!」
「あ!」
スライムさんの声のあとに、もっと勢いよく転がっていく音が聞こえた。
「うっかりぶつかってしまいました!」
「スライムさん!」
「たいへんもうしわけないきもちで、いっぱいです」
「あーもう、どこ!」
「わっ、えいむさん、ぼくをふまないでください!」
「ごめん!」
「わあっ!」
「きゃっ!」
よろず屋のあちこちをバタバタとやっていたら、やっと見つけたころには、私の服が洗たくものになってしまった。
お店に入ると、奥からバケツが転がってきた。
えっ、と思いながら、ちょっとさがって私は見ていた。
バケツは、上と下で円の大きさがちがうので、まっすぐに転がらず、くるるる、とゆっくり向きが変わる。
上がこっちを向いた。
スライムさんが、中にすっぽり、はまっていた。
「こんにちは!」
「スライムさん! どうしたの」
「ちょっと、れんしゅうです」
すぽんっ、とスライムさんがバケツから出てきた。
「ほんじつは、おあしもとがわるいなか、わざわざおこしくださいまして」
「雨、降ってないよ」
「おしかったですね」
「いまにも降りそうだけど」
「ふるなら、ふってほしいですよね」
「お母さんは降ってほしくないみたい」
「あめは、おきらいですか?」
「ほら、ずっと雨ばっかりで、洗たくものが、すっきりしないから」
ここ数日、母が、家の中にかけた物干しざおを見て、よくため息をついている。
「家の中で干すと、洗たくものが、ちょっと変なにおいになったりするでしょ?」
「はあ……」
スライムさんは、あまりぴんときていないようだった。
「……そうか、スライムさん、服、着ないもんね」
つい、誰でも実感を持ってくれることだと思っていたけれども、スライムさんはそういう生活をしていないんだ。
「服を着ないならわからないか」
「む! あなどらないでください! ぼくだって、ふくくらい、きますよ!」
「着るの?」
「このまえ、みずぎを、きたじゃないですか!」
「ああ」
よろいのような、金属の。
「もっとこういう、布のやつの話だよ」
私は自分の服をつまんでみせた。
「よわそうなので、ぼくのしゅみではないですね!」
「弱そうかな」
私は自分の服を見た。
いや弱そうってなに?
「えいむさんも、ふくが、へんなにおいだったら、いやですか?」
「それはそうだよ」
「だったら、どうして、ふくをきてるんですか?」
「え?」
「きなかったら、せんたくで、こまることはなくなりますよ!」
そんなこと言われるなんて思わなかった。
言われてみると、そうだけど、でも。
「えっと、でも、服を着ないと……」
「だめですか?」
「寒いときとか……」
「きょうはさむいですか?」
「そんなことはないけど」
この数日は、寒い日、暑い日が混ざり合ってやってきていた。
今日は、じめじめとして、どちらかといえば暑い。
「それなら、きなくてもへいきですね!」
「えっと、あと、恥ずかしいかな……」
「はずかしい?」
「服を着ないと全部見えちゃうし……」
「ふくをきないのは、はずかしいことなんですか?」
スライムさんは、ささっ、とバケツの後ろに隠れた。
「あ、スライムさんはいいんだよ。見えてても」
「む! えいむさん! すらいむを、さべつしましたね! すらいむなんて、ふくをきることもできない、つまらないまものだと、おもいましたね!」
「そんなこと言ってないでしょ。差別っていうか、スライムさん、恥ずかしくないんでしょ?」
「はい」
「無理に恥ずかしがらなくていいんだよ」
「そうなんですか? まったくもう、えいむさんがいろいろいうから、いそがしいですねえ」
スライムさんは出てきた。
スライムさんは、はだかというか、体も透けているので、またちょっとちがうと思う。
「なんかごめんね」
「ゆるしましょう!」
「私たちは、もう、服を着てるのがあたりまえになってるから、寒くなくても服を着るの」
「なるほど……」
スライムさんが動きを止めて、じっとしていた。
「どうかした?」
「……つまり、はずかしくなければ、えいむさんも、ふくをきなくてもいいのですか……?」
「まあ、そうかな?」
「なるほど……。なるほど……」
スライムさんは、ぴょこぴょこと、カウンターの後ろへ消えた。
「スライムさん?」
ごそごそという音だけが聞こえている。
それから、スライムさんが小箱を頭にのせてもどってきた。
「これをつかってください!」
「なにこれ」
私の手のひらにのるくらいの、木の箱だった。
中には、石かなにか入っているような、ちょっと重みを感じる。
「あけたら、びっくりしますよ!」
「開けていいの?」
「どうぞ!」
箱を開けてみる。
「わっ!」
とたんに、まぶしい光がよろず屋いっぱいに広がった。
見ていられずに目を閉じるけれども、まだまぶしい。
「まぶしい! どうなってるのこれ!」
「これは、ものすごくまぶしい、いしです!」
「まぶしいよ!」
「これで、からだがみえなくなります! ふくをきなくても、はずかしくないですよ!」
「そんなことよりまぶしいよ! なんとかして!」
うっかり箱から手を離して、背中を向けてしまったので箱がどこにあるかわからない。
それでもまぶしい。
「ぼくもまぶしくて、まわりがみえません!」
「ちょっとスライムさん!」
「いしは、いしはどこですか!」
「たしかこのへんに……」
私が手をのばすと、なにかがぶつかった。
倒れるような音と、ころころ、と床の上を球体が転がっていくような音がした。
「どっかいっちゃったよスライムさん!」
「えいむさん、しっかりしてください!」
「ごめん!」
「あ!」
スライムさんの声のあとに、もっと勢いよく転がっていく音が聞こえた。
「うっかりぶつかってしまいました!」
「スライムさん!」
「たいへんもうしわけないきもちで、いっぱいです」
「あーもう、どこ!」
「わっ、えいむさん、ぼくをふまないでください!」
「ごめん!」
「わあっ!」
「きゃっ!」
よろず屋のあちこちをバタバタとやっていたら、やっと見つけたころには、私の服が洗たくものになってしまった。