よろず屋に歩いていくと、スライムさんがお店の前にいた。
 めずらしい。
 キョロキョロとまわりを見ていた。

「こんにちは。どうしたの?」
「なんだか、いそがしそうなひとが、はしっていったので」
「あ、お母さんが言ってたんだけど、もうすぐ町長選挙があるんだって。だからかな」
「せんきょですか?」
「ていっても、立候補する人が他にいないから、いままでと同じ町長さんになるみたいだけど」
「そうなんですか?」
「うん。もうずっと同じ人みたいだよ」
「……それはいけませんね」
 スライムさんは、ぼそり、と言った。

「どうして?」
「おなじちょうちょう……。ふはいです……。せいじの、ふはいです……」
「ふはい?」
 不敗、ということだろうか。
 負けない人、という意味なら、たしかに不敗かもしれないけど。

「けんりょくしゃが、ずっとおなじなのは、ふはいをまねきますよ……」
「不敗はいけないの?」
「いけません! ……きっと、うらでは、わるいことをしています……」
「そんなことないと思うけどなあ。町長さん、いい人そうだったよ」
 ちょっと太っているけれども、いつも笑顔で、私にもちゃんとあいさつをしてくれる。

「うらでわるいひとというのは、おもてでは、いいかおをするものですよ……」
「でも、いい人も表ではいい顔するんでしょ?」
「つまり、おとなは、いいかおをするんです……。そういういきものです……」
「えっと」
 嫌なことでもあったんだろうか。

「スライムさん、町長さんに頼んでこの町に来たんでしょ? そのとき、どんな人だった?」
「いいひとでしたよ! ぼくのことを、さべつ、しませんでしたし!」
「だったら」
「それは、おもてのかおです……。せいじかは、いつでも、うらのかおを、もっているんですよ……」
「でも、そんなこと言ってたら、どんな町長さんでも悪い人になっちゃうよ?」
「そうですね……。それこそ、ぼくがやるしか……」
 スライムさんは、はっとした。

「そうか! ぼくが、りっこうほするしか、ありませんね!」
「ええ!?」
「ぼくが、ちょうちょうになれば、まちのふはいは、とまります!」
 町の不敗?
 ふはいって、不敗じゃないのかな。

「スライムさんが町長になるの?」
「そうです」
「でも、町長さんになるのって、いろいろ大変みたいだよ」
「なにがですか?」
「えっと、たとえば、投票してもらうためにいろいろ説明をしないといけなかったり」
「とうひょう?」
 それは知らないのか。

「そう。みんなに、町長になったらこういうことをする、って説明をして、それならこの人にお願いしようって思ってもらうの。具体的には、一日みんな集まって、町長さんになってほしい人の名前を書いてもらって、一番、数が多い人が町長さんになるのかな。たくさんの人に、町長さんになってほしい、って思ってもらうようにがんばらないと」
「へえー! えいむさん、ものしりですね!」
「そうかな。えへへ」

 スライムさんは、遠くを見た。
「ということは、ぼくを、ちょうちょうさんにしてくれそうなひとに、おかねをくばれば、ぼくに、とうひょうしてもらえますね!」
「ちょっと!」
「なんですか?」
 スライムさんはきょとんとしていた。

「悪いことをしたらいけないって言ったの、スライムさんでしょ!」
「わるいことですか?」
「そうだよ! お金をくばって町長さんになれるなら、お金持ちしか町長さんになれなくなっちゃうでしょ!」
「おかねもちは、わるいことですか?」
「お金持ちが悪いんじゃなくて、お金持ちの悪い人が町長さんになりやすくなっちゃうでしょ!」
「でも、いいおかねもちが、ちょうちょうさんになれるなら、それでいいんですよね?」
「そうだけど……」
「だから、ぼくが、いいちょうちょうさんに、なります!」
 スライムさんはカウンターにのぼった。

「ぼくは、ちょうちょうさんに、なります!」
 もう一回言った。

 スライムさんがなれるのかな、と思ったけど、町に住んでいるということは、町長さんになる権利もあるような気がする。
 うーん?
 でも、スライムさんは、悪い人でもないし、スライムさんに教えてくれる人もいるだろうし、スライムさんも熱意を持ってるみたいだし、もしかして、そんなに悪い町長さんにはならない……?

「スライムさん、本気……?」
「ほんきです!」
「そっか……。じゃあ、私もおうえんしようかな」
 お金をくばらないように、見張っていないと。

「ありがとうございます! すらいむ、すらいむをよろしくおねがいします!」
「なにそれ」
「がんばります!」
「それにスライムさんが町長さんになったら、もしかしたら、よろず屋もきちんとしたお店になるかもしれないしね」
「どうしてですか?」
「ほら、町長さんって、毎日、朝から規則正しく仕事するでしょ?」
 多分。

「だから、よろず屋も、すこし規則正しくできるようになるかもしれないよね」
「えいむさん……。ちょっといいですか?」
「なに?」
「ちょうちょうさんって、しごとを、するんですか……?」
 スライムさんが信じられないことを言った。

「そうだよ。町のために、いろいろなことを」
「きそくただしく、ですか?」
「うん」
「おもてのしごとを、いそがしくやってから、うらのしごとも、いそがしくするんですか……?」
 裏の仕事をしたら悪い町長さんになっちゃうのでは?

「そうですか……」
 スライムさんは、ゆっくりカウンターをおりた。
「スライムさん?」

 スライムさんは、急に大きく目を開いた。
「……あ! あー、ちょっと、これから、いそがしくなるんだったなー! これから、ちょっといそがしくなるんだったなー! ちょうちょうさんを、やっているじかんは、ないんだったー! あーいそがしいいそがしい!」

 スライムさんは、お店の中を行ったり来たりし始めた。