よろず屋に向かって歩いていると、お店の前の道を進んでいるスライムさんが見えた。
ただ進んでいるのではなく、バケツを押しながら進んでいるようだ。
でもバケツを押すのに苦戦していて、本当にゆっくりとしか進めていない。
「スライムさん?」
私はかけ寄って、声をかけた。
「えいむさん。どうかしましたか?」
「えっと、スライムさんがどうかしたかな、と思って」
「いまから、みずを、くみにいくところです!」
「水?」
でも、お店の裏に水をくめる場所があるはず。
「それじゃだめなの?」
「そこのみずは、きのう、ちょっと、あれしてしまったので」
「あれ?」
「いま、あそこのみずにさわると、あれになってしまうので、だめなんです!」
「あれって?」
「それはちょっと、ぼくにはむずかしいのでやめましょう!」
「はあ」
「ですので、かわまでいってきます! びしっ!」
スライムさんは、びしっ、とポーズを決めた。
「ふうん。じゃあ、私が行ってこようか?」
「えいむさんが?」
「だってスライムさんは大変でしょ? バケツも持ちにくいだろうし」
「えいむさんだってたいへんですよ! かわで、みずをくむ……。さいあく、いのちをおとしますよ!」
たしかに、最悪の場合は命を落とすこともあるだろうけど、道を歩いていても、最悪、命を落とすこともある、というような話だと思う。
「スライムさんが川に落ちたらと思うと、そっちのほうが危ないと思う。私が行くよ」
「えいむさん……! わかりました、お願いします! おれいに、ぜんざいさんの、はんぶんをあげますから!」
「いらないから!」
私はスライムさんにバケツを受け取ると、手を振って別れた。
この前スライムさんと遊んだ川でいいだろう。
そう思って向かって見たけれど……。
「うーん」
昨日ちょっと多めに雨が降ったせいなのか、どこか、川の水が茶色っぽく、にごっているように見えた。
水の使いみちをきいてこなかったけれども、きれいな方がいいだろう。
私は、ちょっと上流へ行ってみることにした。
川をたどって歩いてくと、だんだんまわりに木の数が増えてきた。
ちょっとした森のように薄暗くなっていく。
道もだんだん、あるような、ないような、といったうっすらとしたものに変わっていった。
それでも川はまだ、どこかにごっているように見える。
どうしようか。
そのとき、川とは別方向。
木々の向こうに、光が反射したのが見えた。
気になって、そちらに行ってみる。
だんだん、キラキラと光る湖面が見えてきた。
そこは不思議な場所だった。
森の中なのにそこだけ太陽の光がすり抜けてきていて、湖を照らしていた。
湖、といってもそれほど大きくはない。
池よりは大きいかな、というくらいで、人によっては池と言うかもしれない。
水は澄んでいて、きれいだった。
これならいいだろう。
私はバケツを湖の中に入れる。
できるだけたくさん持って帰ったほうがいいかな。
そう思ったのがまちがいだった。
「あ」
つるり、とバケツの取っ手から手がすべって、バケツが湖に落ちてしまった。
いっぱいに入っていたせいなのか、バケツはどんどん沈んでいく。
水の中にのばした私の手よりもずっと早く、バケツは見えなくなってしまった。
どうしよう。
スライムさんのバケツ。
そのときだった。
湖が光った。
私がまぶしさに目をおおうと、もう一度目を開けたときには知らない女の人がいた。
白くて、キラキラした服を着ていて、笑顔がおだやかなきれいな人。
湖の上にふわふわと浮かんでいた。
女の人の手にはバケツが二つあった。
「あなたが落としたのは、この、金のバケツですか?」
「え? ……、いいえ」
私は急いで首を振った。
「では、この銀のバケツですか?」
「いいえ」
私は首を振った。
すると女の人はにっこり笑った。
「あなたはとても正直な人ですね。では、この金と銀のバケツをさしあげましょう」
女性は湖の上をすべるように近づいてきて、私に二つのバケツをさしだした。
「いりません」
私は首を振った。
「え?」
女の人は、おどろいたように私を見た。
「それ、私のじゃないので」
私が言うと、女の人は、またおだやかに笑った。
「そうじゃないのよ。これは、正直な人にあげるのよ」
「でも私のものじゃないので」
「あのね、これは、目先の欲にも正直でいられる人への、ごほうびみたいなものなのよ」
「これよりも、私が落としたバケツの方がいいんです。借り物だし、ちゃんと持って帰らないと」
「それなら」
そう言って女性は湖の中に消えると、あらためてまた出てきた。
服が少しもぬれていなくて、不思議だった。
「これでいいかしら?」
女性は、両手と、右肘にかけたバケツの三つを私にさしだした。
「あ、そうじゃなくて、私が落としたバケツだけでいいです」
「でもね」
「知らない人に、そんなに高価な物、もらえません。それに、こうして拾ってもらったなら、私の方こそお礼を言わないと」
「そう……」
女性はおだやかに笑った。
それから女性は、勝手に、金と銀とスライムさんのバケツを湖岸に置くと、湖の中に沈んでいった。
「元気でね」
「え、え、え?」
女性は湖の中に行ってしまった。
でも、こんなに高価そうなもの、もらうわけにはいかない。
どうしよう。
しばらく考えてから、私は金と銀のバケツを持った。
それから、どちらにも水をたっぷりと入れてから、湖の水の中で手を離した。
さっきと同じように、みるみる沈んでいく。
「こらこらー、ごほうびなのよー」
そう言いながらさっきの女性が浮かび上がってきたけれども、私はスライムさんのバケツを持って、走って帰った。
よろず屋にたどりついたときには、すっかり汗をかいてしまっていた。
「おかえりなさいえいむさん!」
「ただいま……」
「おそかったですね。おや? おつかれですか?」
「ちょっとね……」
「ありがとうございました! おや? おみずは?」
「あ」
私は、からっぽのバケツを見た。
「忘れた」
「わすれたんですか?」
「あ、川の水がよごれてたから、くめなかった。昨日雨が降ってたから」
「そうだったんですか」
「それと、変な人がいて。なんか、正直者には金のバケツをあげるって、急にくれて」
「それはあやしいひとですね!」
「だから逃げてきたの」
「せいかいですよ! きっと、さぎですよ!」
「サギ?」
「ばけつばけつさぎです!」
「ふーん……」
「じゃあ、みずはあしたにしましょう! きょうは、べつのあそびをしますね!」
「なにするの?」
「ふっふっふ」
スライムさんは意味深に笑っていた。
ただ進んでいるのではなく、バケツを押しながら進んでいるようだ。
でもバケツを押すのに苦戦していて、本当にゆっくりとしか進めていない。
「スライムさん?」
私はかけ寄って、声をかけた。
「えいむさん。どうかしましたか?」
「えっと、スライムさんがどうかしたかな、と思って」
「いまから、みずを、くみにいくところです!」
「水?」
でも、お店の裏に水をくめる場所があるはず。
「それじゃだめなの?」
「そこのみずは、きのう、ちょっと、あれしてしまったので」
「あれ?」
「いま、あそこのみずにさわると、あれになってしまうので、だめなんです!」
「あれって?」
「それはちょっと、ぼくにはむずかしいのでやめましょう!」
「はあ」
「ですので、かわまでいってきます! びしっ!」
スライムさんは、びしっ、とポーズを決めた。
「ふうん。じゃあ、私が行ってこようか?」
「えいむさんが?」
「だってスライムさんは大変でしょ? バケツも持ちにくいだろうし」
「えいむさんだってたいへんですよ! かわで、みずをくむ……。さいあく、いのちをおとしますよ!」
たしかに、最悪の場合は命を落とすこともあるだろうけど、道を歩いていても、最悪、命を落とすこともある、というような話だと思う。
「スライムさんが川に落ちたらと思うと、そっちのほうが危ないと思う。私が行くよ」
「えいむさん……! わかりました、お願いします! おれいに、ぜんざいさんの、はんぶんをあげますから!」
「いらないから!」
私はスライムさんにバケツを受け取ると、手を振って別れた。
この前スライムさんと遊んだ川でいいだろう。
そう思って向かって見たけれど……。
「うーん」
昨日ちょっと多めに雨が降ったせいなのか、どこか、川の水が茶色っぽく、にごっているように見えた。
水の使いみちをきいてこなかったけれども、きれいな方がいいだろう。
私は、ちょっと上流へ行ってみることにした。
川をたどって歩いてくと、だんだんまわりに木の数が増えてきた。
ちょっとした森のように薄暗くなっていく。
道もだんだん、あるような、ないような、といったうっすらとしたものに変わっていった。
それでも川はまだ、どこかにごっているように見える。
どうしようか。
そのとき、川とは別方向。
木々の向こうに、光が反射したのが見えた。
気になって、そちらに行ってみる。
だんだん、キラキラと光る湖面が見えてきた。
そこは不思議な場所だった。
森の中なのにそこだけ太陽の光がすり抜けてきていて、湖を照らしていた。
湖、といってもそれほど大きくはない。
池よりは大きいかな、というくらいで、人によっては池と言うかもしれない。
水は澄んでいて、きれいだった。
これならいいだろう。
私はバケツを湖の中に入れる。
できるだけたくさん持って帰ったほうがいいかな。
そう思ったのがまちがいだった。
「あ」
つるり、とバケツの取っ手から手がすべって、バケツが湖に落ちてしまった。
いっぱいに入っていたせいなのか、バケツはどんどん沈んでいく。
水の中にのばした私の手よりもずっと早く、バケツは見えなくなってしまった。
どうしよう。
スライムさんのバケツ。
そのときだった。
湖が光った。
私がまぶしさに目をおおうと、もう一度目を開けたときには知らない女の人がいた。
白くて、キラキラした服を着ていて、笑顔がおだやかなきれいな人。
湖の上にふわふわと浮かんでいた。
女の人の手にはバケツが二つあった。
「あなたが落としたのは、この、金のバケツですか?」
「え? ……、いいえ」
私は急いで首を振った。
「では、この銀のバケツですか?」
「いいえ」
私は首を振った。
すると女の人はにっこり笑った。
「あなたはとても正直な人ですね。では、この金と銀のバケツをさしあげましょう」
女性は湖の上をすべるように近づいてきて、私に二つのバケツをさしだした。
「いりません」
私は首を振った。
「え?」
女の人は、おどろいたように私を見た。
「それ、私のじゃないので」
私が言うと、女の人は、またおだやかに笑った。
「そうじゃないのよ。これは、正直な人にあげるのよ」
「でも私のものじゃないので」
「あのね、これは、目先の欲にも正直でいられる人への、ごほうびみたいなものなのよ」
「これよりも、私が落としたバケツの方がいいんです。借り物だし、ちゃんと持って帰らないと」
「それなら」
そう言って女性は湖の中に消えると、あらためてまた出てきた。
服が少しもぬれていなくて、不思議だった。
「これでいいかしら?」
女性は、両手と、右肘にかけたバケツの三つを私にさしだした。
「あ、そうじゃなくて、私が落としたバケツだけでいいです」
「でもね」
「知らない人に、そんなに高価な物、もらえません。それに、こうして拾ってもらったなら、私の方こそお礼を言わないと」
「そう……」
女性はおだやかに笑った。
それから女性は、勝手に、金と銀とスライムさんのバケツを湖岸に置くと、湖の中に沈んでいった。
「元気でね」
「え、え、え?」
女性は湖の中に行ってしまった。
でも、こんなに高価そうなもの、もらうわけにはいかない。
どうしよう。
しばらく考えてから、私は金と銀のバケツを持った。
それから、どちらにも水をたっぷりと入れてから、湖の水の中で手を離した。
さっきと同じように、みるみる沈んでいく。
「こらこらー、ごほうびなのよー」
そう言いながらさっきの女性が浮かび上がってきたけれども、私はスライムさんのバケツを持って、走って帰った。
よろず屋にたどりついたときには、すっかり汗をかいてしまっていた。
「おかえりなさいえいむさん!」
「ただいま……」
「おそかったですね。おや? おつかれですか?」
「ちょっとね……」
「ありがとうございました! おや? おみずは?」
「あ」
私は、からっぽのバケツを見た。
「忘れた」
「わすれたんですか?」
「あ、川の水がよごれてたから、くめなかった。昨日雨が降ってたから」
「そうだったんですか」
「それと、変な人がいて。なんか、正直者には金のバケツをあげるって、急にくれて」
「それはあやしいひとですね!」
「だから逃げてきたの」
「せいかいですよ! きっと、さぎですよ!」
「サギ?」
「ばけつばけつさぎです!」
「ふーん……」
「じゃあ、みずはあしたにしましょう! きょうは、べつのあそびをしますね!」
「なにするの?」
「ふっふっふ」
スライムさんは意味深に笑っていた。