よろず屋に入ってみると、なんだかいつもと様子がちがっていて、私は息をひそめてしまった。
「これは……」
お店の中は、0、と書かれた小さな紙がたくさんあった。
カウンターの中の品物がない場所や、壁にそってならんでいる品物がないところなど、物がない場所には、これでもかと紙がある。
0、0、0。
ゼロばかりだ。
そのとき、お店の隅で、紙が雑に積み上げられてできた山が、がさ……、がさ……、とゆれた。
「なに……?」
「えいむさん、ですか……」
中から声がした。
「スライムさん?」
「はい……」
紙が持ち上がると、さらさらと山がくずれて、中からスライムさんが現れた。
でもすぐにスライムさんは紙の山の上に倒れてしまった。
「スライムさん? どうしたの? なにかあったの?」
「ぜろ……。がくっ」
スライムさんは目を閉じた。
「ゼロ?」
「えいむさん……、もしかしたら、ぼくは、つかれすぎて、しんだかもしれません……」
「スライムさん、たぶんだけど、ちゃんと生きてるから安心して」
「そうですか?」
スライムさんは、おそるおそる目を開けた。
「ところで、どうしてこんなにゼロが?」
「えいむさん。きのう、7のはんぶんは、3か、4かわからない、そんなじだいはまちがっている! そういうはなしを、ふたりでしましたよね?」
「うん」
時代の話はしていないけれども。
「そこでぼくはかんがえました。すうじについて」
「数字」
「すうじは、0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、がありますね?」
「うん」
「だからぼくは、0、1、2、3、4と、5、6、7、8、9のふたつにわけてみました。ちょうど、5こづつですし。ここになにか、はんぶんもんだいの、かいけつのてがかりが、あるのではないかとおもいまして」
「なるほど。そうだスライムさん、お母さんにきいたら、四捨五入っていうのがあるんだって」
「いま、しんだひとのはなしはしてません!」
「いや、死者じゃなくて四捨……、えっと、それで?」
「はい」
「ぜろってなんだろう、とおもいました」
「ゼロ?」
「ぜろって、なにもないんですよね?」
「そうだね」
「だったら、ふたつにわけたとき、1、2、3、4と、5、6、7、8、9のふたつになってしまって、ふこうへいですよね?」
「でも、ゼロがあれば、五つずつになるよ」
「ぜろがあるって、なんですか!」
「え……。うーんと」
ゼロがある。
たしかによくわからない。
「ないがある、ということですか! なんなんですか!」
「えっと……」
「でもえいむさん。えいむさんが、ただしいです……。ぼくは、きづきました……。ぜろを、うけいれなければ、ならないと……」
スライムさんは、あきらめたように、目をふせた。
「スライムさん?」
「すでに、よのなかは、ぜろだらけだったんです……。ぜろが、せかいをつくっているといっても、かごんではないんです……!」
「スライムさん?」
「でも、このおみせには、ぜろがなかった……」
スライムさんは、ぐるりとまわりを見た。
「ぼくはおもいました。ぜろをつくらなくては! そうしてずっと、しなものがないところには、ぜろ、とかいて、かいて、かきまくりました。ぜろを、おいておかないと、みんなぜろだとわからないでしょう? ここに、なにか、あるのかと、おもいこんでしまいます! だから、いそがしくて、いそがしくて……」
「書かなくてもわかるんじゃない?」
私が言うと、スライムさんが、きっ、と私を見た。
「むせきにんですよ! じゃあ、10はどうなるんですか!」
「10?」
「10は、ぜろがなかったら、1になってしまいますよ! あるのか、ないのか、ちゃんとかかないとわかりませんよ!」
「うーんと……」
「ぜろはたいせつなんです! ぜろがなかったら、せかいはめちゃくちゃになってしまうんです! せかいは、ぜろでできているんです!」
「せかいは、ぜろ……」
世界がなくなってしまった。
「こうしてはいられない! ないところにはぜろ! ないところにはぜろ!」
スライムさんは、ないところには0! と言いながら、小さい紙に、0、0、0、と書き始めた。
たしかに、0は大切なものだと思うけど、でも、なんというか……。
「あの、スライムさん。そんなにがんばらなくても……」
「がんばってるひとに、がんばらなくてもいい、っていうのは、ぼくはきらいです! ぼくは、せかいをすくうんです!」
どうしよう。
このままでは、スライムさんが、ゼロスライムさんになってしまう。
……ちょっとかっこいい名前かもしれない。
「ぼくがやらないと、よのなかのぜろが、わからなくなってしまう……!」
「スライムさん、ひと休みしない?」
「ぼくがぜろを、ぼくがぜろを……!」
でもやっぱり心配だ。
どうしたらいいんだろう。
私は店内を見回した。
それから……。
ん?
「そうだ。スライムさん、この薬草っていくつ?」
私はカウンターの中を示してきいた。
「やくそうですか? そんなの、なかをみればわかります!」
スライムさんはちらっともこっちを見ずに言った。
「そうだよ、そうなんだよスライムさん! 見ればわかるし、きけばいいんだよ!
「え?」
スライムさんは、やっとこっちを見た。
「薬草がひとつ、ふたつ、みっつって、いくつあるかわからないときは、確認すればいいでしょ? ゼロのときも同じだよ。ゼロだって、見れば、だいたいわかるでしょ? わからないときはきいて、わかるときは、それでいいんだよ。だからみんな、そんなにゼロばっかりじゃないんだよ!」
スライムさんが書くのを止めた。
「もっと、おおざっぱでいいんだよ!」
「おおざっぱで、いい……?」
「そうだよ! もうちょっと、いいかげんにやればいいんだよ!」
「いいかげんでいい……」
「うん!」
スライムさんの目が、いきいきしてきた。
「いくつあるか、てきとうでも、いい……!」
「うん! うん?」
「だいきんも、てきとうで、いい!」
「えっと、スライムさん?」
「そうだ。ぼくは、もっといいかげんだった! ぼくは、いいかげんに、おみせを、やります! わーい!」
スライムさんはぴょんぴょんお店の中を走りまわっていた。
私は、今日だけは、と注意したい気持ちをぐっとこらえた。
「スライムさん、いいかげんはだめだよ!」
こらえられなかった。
「これは……」
お店の中は、0、と書かれた小さな紙がたくさんあった。
カウンターの中の品物がない場所や、壁にそってならんでいる品物がないところなど、物がない場所には、これでもかと紙がある。
0、0、0。
ゼロばかりだ。
そのとき、お店の隅で、紙が雑に積み上げられてできた山が、がさ……、がさ……、とゆれた。
「なに……?」
「えいむさん、ですか……」
中から声がした。
「スライムさん?」
「はい……」
紙が持ち上がると、さらさらと山がくずれて、中からスライムさんが現れた。
でもすぐにスライムさんは紙の山の上に倒れてしまった。
「スライムさん? どうしたの? なにかあったの?」
「ぜろ……。がくっ」
スライムさんは目を閉じた。
「ゼロ?」
「えいむさん……、もしかしたら、ぼくは、つかれすぎて、しんだかもしれません……」
「スライムさん、たぶんだけど、ちゃんと生きてるから安心して」
「そうですか?」
スライムさんは、おそるおそる目を開けた。
「ところで、どうしてこんなにゼロが?」
「えいむさん。きのう、7のはんぶんは、3か、4かわからない、そんなじだいはまちがっている! そういうはなしを、ふたりでしましたよね?」
「うん」
時代の話はしていないけれども。
「そこでぼくはかんがえました。すうじについて」
「数字」
「すうじは、0、1、2、3、4、5、6、7、8、9、がありますね?」
「うん」
「だからぼくは、0、1、2、3、4と、5、6、7、8、9のふたつにわけてみました。ちょうど、5こづつですし。ここになにか、はんぶんもんだいの、かいけつのてがかりが、あるのではないかとおもいまして」
「なるほど。そうだスライムさん、お母さんにきいたら、四捨五入っていうのがあるんだって」
「いま、しんだひとのはなしはしてません!」
「いや、死者じゃなくて四捨……、えっと、それで?」
「はい」
「ぜろってなんだろう、とおもいました」
「ゼロ?」
「ぜろって、なにもないんですよね?」
「そうだね」
「だったら、ふたつにわけたとき、1、2、3、4と、5、6、7、8、9のふたつになってしまって、ふこうへいですよね?」
「でも、ゼロがあれば、五つずつになるよ」
「ぜろがあるって、なんですか!」
「え……。うーんと」
ゼロがある。
たしかによくわからない。
「ないがある、ということですか! なんなんですか!」
「えっと……」
「でもえいむさん。えいむさんが、ただしいです……。ぼくは、きづきました……。ぜろを、うけいれなければ、ならないと……」
スライムさんは、あきらめたように、目をふせた。
「スライムさん?」
「すでに、よのなかは、ぜろだらけだったんです……。ぜろが、せかいをつくっているといっても、かごんではないんです……!」
「スライムさん?」
「でも、このおみせには、ぜろがなかった……」
スライムさんは、ぐるりとまわりを見た。
「ぼくはおもいました。ぜろをつくらなくては! そうしてずっと、しなものがないところには、ぜろ、とかいて、かいて、かきまくりました。ぜろを、おいておかないと、みんなぜろだとわからないでしょう? ここに、なにか、あるのかと、おもいこんでしまいます! だから、いそがしくて、いそがしくて……」
「書かなくてもわかるんじゃない?」
私が言うと、スライムさんが、きっ、と私を見た。
「むせきにんですよ! じゃあ、10はどうなるんですか!」
「10?」
「10は、ぜろがなかったら、1になってしまいますよ! あるのか、ないのか、ちゃんとかかないとわかりませんよ!」
「うーんと……」
「ぜろはたいせつなんです! ぜろがなかったら、せかいはめちゃくちゃになってしまうんです! せかいは、ぜろでできているんです!」
「せかいは、ぜろ……」
世界がなくなってしまった。
「こうしてはいられない! ないところにはぜろ! ないところにはぜろ!」
スライムさんは、ないところには0! と言いながら、小さい紙に、0、0、0、と書き始めた。
たしかに、0は大切なものだと思うけど、でも、なんというか……。
「あの、スライムさん。そんなにがんばらなくても……」
「がんばってるひとに、がんばらなくてもいい、っていうのは、ぼくはきらいです! ぼくは、せかいをすくうんです!」
どうしよう。
このままでは、スライムさんが、ゼロスライムさんになってしまう。
……ちょっとかっこいい名前かもしれない。
「ぼくがやらないと、よのなかのぜろが、わからなくなってしまう……!」
「スライムさん、ひと休みしない?」
「ぼくがぜろを、ぼくがぜろを……!」
でもやっぱり心配だ。
どうしたらいいんだろう。
私は店内を見回した。
それから……。
ん?
「そうだ。スライムさん、この薬草っていくつ?」
私はカウンターの中を示してきいた。
「やくそうですか? そんなの、なかをみればわかります!」
スライムさんはちらっともこっちを見ずに言った。
「そうだよ、そうなんだよスライムさん! 見ればわかるし、きけばいいんだよ!
「え?」
スライムさんは、やっとこっちを見た。
「薬草がひとつ、ふたつ、みっつって、いくつあるかわからないときは、確認すればいいでしょ? ゼロのときも同じだよ。ゼロだって、見れば、だいたいわかるでしょ? わからないときはきいて、わかるときは、それでいいんだよ。だからみんな、そんなにゼロばっかりじゃないんだよ!」
スライムさんが書くのを止めた。
「もっと、おおざっぱでいいんだよ!」
「おおざっぱで、いい……?」
「そうだよ! もうちょっと、いいかげんにやればいいんだよ!」
「いいかげんでいい……」
「うん!」
スライムさんの目が、いきいきしてきた。
「いくつあるか、てきとうでも、いい……!」
「うん! うん?」
「だいきんも、てきとうで、いい!」
「えっと、スライムさん?」
「そうだ。ぼくは、もっといいかげんだった! ぼくは、いいかげんに、おみせを、やります! わーい!」
スライムさんはぴょんぴょんお店の中を走りまわっていた。
私は、今日だけは、と注意したい気持ちをぐっとこらえた。
「スライムさん、いいかげんはだめだよ!」
こらえられなかった。