「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
お店に入ると、スライムさんがカウンターの上、ではなく横からひょっこり現れた。
「ふふ、えいむさん。うえだとおもったでしょう。よこですよ!」
「すこしびっくりした」
「それではまた」
スライムさんはカウンターの向こうに去っていこうとする。
「ちょっと待ってよ。今日は買い物したいんだけど」
「おっと、すっかりわすれていました。やくそうたべほうだい、のもうしこみですか?」
「ちがうよ、ふつうの買い物」
薬草食べ放題?
「えっとね。薬草を十個、毒消し草を五個ください」
「おや? きょうは、ずいぶんたくさん、かってくれますね」
「うん。いつもお世話になってるから、スライムさんのよろず屋で買ってきてもらおうかなって、お母さんが」
「そうですか。でも、そのせいで、えいむさんのせいかつが、くるしいものになってしまうのでは……」
「薬草で破産はしないから」
「ところでえいむさん。きょうは、ぜっこうのきかいですよ」
「絶好の機会って?」
「ふっふっふ」
スライムさんは、カウンターの端にあった筒を、するすると私の前まで押してきた。
筒は、コップくらいの大きさで、上がコップのように空いていなくて、指が通るかどうか、といった大きさの穴があいている。
その穴に、細い棒が三本入れられていた。
棒は筒の倍くらいの長さがあって、半分くらい外に出ている。
「これは?」
「どれかひとつだけ、ひいていいですよ! ぼうのさきが、あかくぬってあったら、はんがくです!」
「半額? そんなに安くなるの?」
すごくお得だ。
しかも、お客さんを喜ばせるためには無料であげてしまえばいい、という考え方だったスライムさんとしては、安売りというのは、かなり進歩した考え方なのではないだろうか。
「ひきますか?」
「うん。でも、えっと、なんにもしてないのに、引いていいの?」
「はいどうぞ!」
「じゃあ」
私は、一本棒を抜いてみた。
「あ」
先が赤くぬられていた。
「おめでとうございます! はんがくです!」
「やった!」
と私が喜んだとき、うっかり筒を倒してしまった。
すると倒れた筒から残った棒が二本、抜けて出てきた。
どちらも先が赤くぬられていた。
「スライムさん。全部、先が赤いよ」
「はい」
「はいって、これじゃ意味がないよ」
「ふっふっふ。そんなことないんですよ」
「どういうこと?」
「こほん」
「このぼうをひくひとは、ぜんぶがあかいとは、しりませんね?」
「そうだね」
「ということは、ひけたひとは、とってもうれしいですね?」
「うん」
「でも、ぜんぶが、あたりということは、しらないのです」
「うん」
「つまり、ひけたひとはみんな、じぶんだけが、うんがいい、とおもうんですよ!」
「おお……」
たしかに、私は筒を倒してしまったから知っているけど、ふつうに引いたら、たまたま当たりを引いたのだと、いい気持ちになるだろう。
お店としても、最初から半額で売るつもりならみんなが当たりを引いても問題がない。
お客さんは気分が良くなって、また来てくれるかもしれない。
「すごいよスライムさん!」
「ふっふっふ」
「全部当たりを入れてお客さんの気分を良くするなんて、思いつかなかった!」
「ふっふっふ!」
「いつ思いついたの?」
「ききたいですか?」
「うん!」
「ふっふっふ」
スライムさんは、カウンターの上をゆっくり歩き始めた。
「あれはそう、きのうのよるでした。ぼくは、じゅんびをするため、ぼうをあかくぬっていたのです」
「ふむふむ」
「そのときでした! めのまえをみると、なんと……!」
「なんと?」
「さんぼんとも、あかくぬってしまったのです……!」
「ん?」
「ぼくはひっしにかんがえました。どうすれば、やりなおさなくてすむのかを。そしてきづいたのです……。ぜんぶあたりだと、おきゃくさんはうれしいのではないかと……!」
「スライムさん?」
「さっきいったような、かんがえかたをすれば、かんぺきではないかと……!」
「スライムさん」
「なんですか」
「えっと、結果的には良かったと思うけど、そういうときは……」
と言いながら、私は考え直す。
せっかくスライムさんが、ちゃんとしたことを思いついて、やっているんだから、それを注意するのはどうなのか。
結果的に良くて、大きな問題がないのなら、それでいいのではないだろうか。
「えいむさん、どうしましたか?」
「……ううん、なんでもない。これからもがんばろうね!」
「はい!」
「じゃ、今日は、私の代金はいくらかな」
「はい、ええと」
スライムさんは、自分の前にある薬草十個と毒消し草五個を見て、止まった。
「スライムさん?」
「ええと……」
「もしかして、半額がわからないの?」
「わからないかときかれたら、こうこたえましょう。わからないと!」
スライムさんは堂々と言った。
「もしかして、他の品物の値段が半分になったらいくらかも、わからない?」
「……きいてください。えいむさん」
スライムさんは真剣な顔をした。
「うちでは、やくそうはいくらですか?」
「7ゴールド」
「はい。7をはんぶんにしたら、いくつですか?」
「3・5だから、3ゴールドか、4ゴールドじゃない?」
「……7をはんぶんにしたら、3でも、4でもいい。そんなげんじつ、まちがってると、おもいませんか!?」
「……でも、薬草は十個買うから、35ゴールドでちょうどいいんじゃない?」
「それはちがいますよえいむさん!」
スライムさんはカウンターを降りて、私にせまってきた。
「それは、ちがいますよ!」
スライムさんはそれだけ言った。
たぶん、一個3ゴールドで十個買ったときと、4ゴールドで十個買ったときで値段がちがってしまうのが、まずいのだといいたいんだろう。
「そうだよね?」
「そのとおりです! そのとおりです!」
「じゃあ今日は、薬草の半額はいくらか考えようか」
「そうしましょう!」
でも、考えてみると、どっちでもいいというのはとても難しくて、眠くなった。
「いらっしゃいませ!」
お店に入ると、スライムさんがカウンターの上、ではなく横からひょっこり現れた。
「ふふ、えいむさん。うえだとおもったでしょう。よこですよ!」
「すこしびっくりした」
「それではまた」
スライムさんはカウンターの向こうに去っていこうとする。
「ちょっと待ってよ。今日は買い物したいんだけど」
「おっと、すっかりわすれていました。やくそうたべほうだい、のもうしこみですか?」
「ちがうよ、ふつうの買い物」
薬草食べ放題?
「えっとね。薬草を十個、毒消し草を五個ください」
「おや? きょうは、ずいぶんたくさん、かってくれますね」
「うん。いつもお世話になってるから、スライムさんのよろず屋で買ってきてもらおうかなって、お母さんが」
「そうですか。でも、そのせいで、えいむさんのせいかつが、くるしいものになってしまうのでは……」
「薬草で破産はしないから」
「ところでえいむさん。きょうは、ぜっこうのきかいですよ」
「絶好の機会って?」
「ふっふっふ」
スライムさんは、カウンターの端にあった筒を、するすると私の前まで押してきた。
筒は、コップくらいの大きさで、上がコップのように空いていなくて、指が通るかどうか、といった大きさの穴があいている。
その穴に、細い棒が三本入れられていた。
棒は筒の倍くらいの長さがあって、半分くらい外に出ている。
「これは?」
「どれかひとつだけ、ひいていいですよ! ぼうのさきが、あかくぬってあったら、はんがくです!」
「半額? そんなに安くなるの?」
すごくお得だ。
しかも、お客さんを喜ばせるためには無料であげてしまえばいい、という考え方だったスライムさんとしては、安売りというのは、かなり進歩した考え方なのではないだろうか。
「ひきますか?」
「うん。でも、えっと、なんにもしてないのに、引いていいの?」
「はいどうぞ!」
「じゃあ」
私は、一本棒を抜いてみた。
「あ」
先が赤くぬられていた。
「おめでとうございます! はんがくです!」
「やった!」
と私が喜んだとき、うっかり筒を倒してしまった。
すると倒れた筒から残った棒が二本、抜けて出てきた。
どちらも先が赤くぬられていた。
「スライムさん。全部、先が赤いよ」
「はい」
「はいって、これじゃ意味がないよ」
「ふっふっふ。そんなことないんですよ」
「どういうこと?」
「こほん」
「このぼうをひくひとは、ぜんぶがあかいとは、しりませんね?」
「そうだね」
「ということは、ひけたひとは、とってもうれしいですね?」
「うん」
「でも、ぜんぶが、あたりということは、しらないのです」
「うん」
「つまり、ひけたひとはみんな、じぶんだけが、うんがいい、とおもうんですよ!」
「おお……」
たしかに、私は筒を倒してしまったから知っているけど、ふつうに引いたら、たまたま当たりを引いたのだと、いい気持ちになるだろう。
お店としても、最初から半額で売るつもりならみんなが当たりを引いても問題がない。
お客さんは気分が良くなって、また来てくれるかもしれない。
「すごいよスライムさん!」
「ふっふっふ」
「全部当たりを入れてお客さんの気分を良くするなんて、思いつかなかった!」
「ふっふっふ!」
「いつ思いついたの?」
「ききたいですか?」
「うん!」
「ふっふっふ」
スライムさんは、カウンターの上をゆっくり歩き始めた。
「あれはそう、きのうのよるでした。ぼくは、じゅんびをするため、ぼうをあかくぬっていたのです」
「ふむふむ」
「そのときでした! めのまえをみると、なんと……!」
「なんと?」
「さんぼんとも、あかくぬってしまったのです……!」
「ん?」
「ぼくはひっしにかんがえました。どうすれば、やりなおさなくてすむのかを。そしてきづいたのです……。ぜんぶあたりだと、おきゃくさんはうれしいのではないかと……!」
「スライムさん?」
「さっきいったような、かんがえかたをすれば、かんぺきではないかと……!」
「スライムさん」
「なんですか」
「えっと、結果的には良かったと思うけど、そういうときは……」
と言いながら、私は考え直す。
せっかくスライムさんが、ちゃんとしたことを思いついて、やっているんだから、それを注意するのはどうなのか。
結果的に良くて、大きな問題がないのなら、それでいいのではないだろうか。
「えいむさん、どうしましたか?」
「……ううん、なんでもない。これからもがんばろうね!」
「はい!」
「じゃ、今日は、私の代金はいくらかな」
「はい、ええと」
スライムさんは、自分の前にある薬草十個と毒消し草五個を見て、止まった。
「スライムさん?」
「ええと……」
「もしかして、半額がわからないの?」
「わからないかときかれたら、こうこたえましょう。わからないと!」
スライムさんは堂々と言った。
「もしかして、他の品物の値段が半分になったらいくらかも、わからない?」
「……きいてください。えいむさん」
スライムさんは真剣な顔をした。
「うちでは、やくそうはいくらですか?」
「7ゴールド」
「はい。7をはんぶんにしたら、いくつですか?」
「3・5だから、3ゴールドか、4ゴールドじゃない?」
「……7をはんぶんにしたら、3でも、4でもいい。そんなげんじつ、まちがってると、おもいませんか!?」
「……でも、薬草は十個買うから、35ゴールドでちょうどいいんじゃない?」
「それはちがいますよえいむさん!」
スライムさんはカウンターを降りて、私にせまってきた。
「それは、ちがいますよ!」
スライムさんはそれだけ言った。
たぶん、一個3ゴールドで十個買ったときと、4ゴールドで十個買ったときで値段がちがってしまうのが、まずいのだといいたいんだろう。
「そうだよね?」
「そのとおりです! そのとおりです!」
「じゃあ今日は、薬草の半額はいくらか考えようか」
「そうしましょう!」
でも、考えてみると、どっちでもいいというのはとても難しくて、眠くなった。