「ふっふっふー、ふっふっふー」
よろず屋の外まで、スライムさんの歌うような声が聞こえてきていた。
そっと中をのぞいてみると、スライムさんがいた。
いやスライムさんのようなものがあった。
カウンターの前に、銀色に光る、金属の像のようなものが置いてある。
大きさ、おおよその形は、スライムさんに似ていた。
声はそれから聞こえてくるようだった。
「ふっふっふー、ふっふっふー」
やはり声はそこから聞こえてくる。
こもった声だった。
「……こんにちは」
おそるおそる言うと、声が止まった。
「えいむさんですか?」
スライムさんの声だ。
「スライムさんなの?」
「そうですよ! ちょっとこっちにきてください!」
私は銀色のそれに近づく。
まわりこんでみると、それにはスライムさんの顔があった。
表面の凹凸で、目と口が表現されている。
目の部分は透明なものでできているようで、中のスライムさんと目が合った。
「スライムさんが入ってるんだよね?」
「そうです!」
表面の口は動かず、中からの声だ。
「なにしてるの?」
「みずぎです!」
「水着?」
「これでみずのなかに、はいれます!」
「私にはその話、難しいかもしれない」
こほん、とスライムさんが仕切り直す。
「みずにはいるとき、みずぎを、きますね?」
「うん」
「しかし、ぼくはみずぎをきても、みずをすって、おおきくなってしまいます」
「そうだね」
「かわに、はいってあそぼうとしても、たいへんです」
「ものすごく大きくなっちゃうもんね」
私は、川が全部スライムさんになってしまうのを想像した。
それはそれでおもしろいかもしれない。
「そこで、ぼくはかんがえました! あんぜんに、みずにはいるほうほうを!」
「これ、金属?」
さわってみるとひんやりしていた。
「そうです!」
「えっと……」
「さいきん、あついですよね? あついときには、みずのなかにはいりますよね? そういうことです!」
「なるほど」
言いたいことはわかるけれども。
「では、かわにつれていってもらえますか?」
「え?」
「これではうごけませんので。そこに、だいしゃがあります」
「え、でも、川に行くの?」
「そうですよ。はやくいきましょう! おねがいします!」
「連れていくのはいいけど、これで水に入ってもだめなんじゃないかな……」
「みずは、かんぜんに、しゃだんできます!」
「そうじゃなくて、金属だから重くて沈んじゃうんじゃない?」
「ふっふっふ。あまいですね。はこんでいただければ、わかりますよ……」
スライムさんが不敵な笑みを浮かべている、気がする。
日差しが強い中、私はスライムさんを押して近くの川まで移動した。
近くの川は、水の深さが私のひざくらいまでしかなくて、流れもおだやかなところだ。
私は、はだしになって、ひざまで服をめくりあげて川に入る。
川の水はひんやりしていて、体の芯にある熱のかたまりのようなものがゆっくり冷めていく気がした。
「いくよ?」
「はい!」
「本当にいくよ?」
「どうぞ!」
私は、川原に置いてあったスライムさんを、川の中に入れた。
「あれ」
沈むと思ったスライムさんは、水面にプカプカと浮かんだ。
「金属だから沈むと思ったのに」
「えいむさん。きんぞくだからしずむ、とかんがえてしまうのは、いっぱんじんですよ」
「私、一般人だから」
「ふっふっふー」
見えていないけれども、得意げになっているスライムさんの顔が目に浮かぶ。
そしてゆっくり、流されていく。
私は川の中を歩いてついていく。
足の裏が石をふむので、ちょっと痛い。
「流されてるよ」
「そうですね。えいむさん、ながれていかないよう、たすけてください」
「私が?」
そう言ったとき、足下がつるっとすべった。
水の中で思い切り尻もちをついてしまった。
ケガはないみたいだけれども、全身ずぶぬれ。
立ち上がると服が体にはりついてきて、ちょっと嫌だった。
「えいむさん? だいじょうぶですかー?」
そう言いながら、プカプカと楽しげに流れていくスライムさんに、なんだかちょっと、むっとしてしまう。
「だいじょうぶ」
私はぷかぷか浮かぶスライムさんをつかまえた。
「ぬれてしまいましたかね?」
「いいよもう。帰ろう」
「じゃあ、ちょうどよかったです」
「なにが?」
私はまたむっとしてしまった。
人がずぶぬれになるのがそんなに楽しいのだろうか。
いけない。
なんだかすぐに、むっとしてしまう。
暑さのせいだろうか。
私のせいだろうか。
「ぼくを、こう、かかえてみてください」
「ん?」
「みずのなかで、かかえてみてください」
「はいはい」
もうなんでもいいから早く終わらせよう、という気持ちになっていた。
「わ」
やってみると、私は水に浮かんだ。
抱えているスライムさんの浮力が強く、私がつかまっているのに沈まない。
浅いので気をつけなければならないけど、体が水面と平行になるようにすると、スライムさんと一緒にプカプカ浮かぶ。
川の流れによって、ゆっくり流れていく。
「せいこうです!」
「どういうこと?」
「ぼくが、えいむさんとみずのなかであそぶためには、どうしたらいいかと、かんがえました。そしておもいついたのが、これです」
「これなら、ぼくがみずのなかでうごけなくても、えいむさんといっしょに、みずのなかでうかべます。えいむさん、あしをばたばた、してみてください」
私は言われたように足をばたつかせる。
すいーっ、と浮かんだ体が進む。
「どうですか! しずまないで、あんぜんにおよげますよ!」
「うん……」
「あれ、いまいちですか……? がっかりですか……?」
スライムさんの声が小さくなる。
「ううん、そんなことないよ」
「そうですか?」
「なんか、ごめんね」
「え?」
「ごめん」
スライムさんは私のことを考えていてくれたのに、私は私のことしか考えていなかった。
「なにかありましたか?」
「なにもないんだけど、いちおう」
「へんなえいむさんですね」
そう言われて、私は思わず笑ってしまった。
それから、スライムさんにつかまって、思い切り泳いだ。
「それそれー!」
「は、はやすぎますよ! ふりょうですよ!」
「私は不良だぞー!」
「えいむさーん!」
よろず屋の外まで、スライムさんの歌うような声が聞こえてきていた。
そっと中をのぞいてみると、スライムさんがいた。
いやスライムさんのようなものがあった。
カウンターの前に、銀色に光る、金属の像のようなものが置いてある。
大きさ、おおよその形は、スライムさんに似ていた。
声はそれから聞こえてくるようだった。
「ふっふっふー、ふっふっふー」
やはり声はそこから聞こえてくる。
こもった声だった。
「……こんにちは」
おそるおそる言うと、声が止まった。
「えいむさんですか?」
スライムさんの声だ。
「スライムさんなの?」
「そうですよ! ちょっとこっちにきてください!」
私は銀色のそれに近づく。
まわりこんでみると、それにはスライムさんの顔があった。
表面の凹凸で、目と口が表現されている。
目の部分は透明なものでできているようで、中のスライムさんと目が合った。
「スライムさんが入ってるんだよね?」
「そうです!」
表面の口は動かず、中からの声だ。
「なにしてるの?」
「みずぎです!」
「水着?」
「これでみずのなかに、はいれます!」
「私にはその話、難しいかもしれない」
こほん、とスライムさんが仕切り直す。
「みずにはいるとき、みずぎを、きますね?」
「うん」
「しかし、ぼくはみずぎをきても、みずをすって、おおきくなってしまいます」
「そうだね」
「かわに、はいってあそぼうとしても、たいへんです」
「ものすごく大きくなっちゃうもんね」
私は、川が全部スライムさんになってしまうのを想像した。
それはそれでおもしろいかもしれない。
「そこで、ぼくはかんがえました! あんぜんに、みずにはいるほうほうを!」
「これ、金属?」
さわってみるとひんやりしていた。
「そうです!」
「えっと……」
「さいきん、あついですよね? あついときには、みずのなかにはいりますよね? そういうことです!」
「なるほど」
言いたいことはわかるけれども。
「では、かわにつれていってもらえますか?」
「え?」
「これではうごけませんので。そこに、だいしゃがあります」
「え、でも、川に行くの?」
「そうですよ。はやくいきましょう! おねがいします!」
「連れていくのはいいけど、これで水に入ってもだめなんじゃないかな……」
「みずは、かんぜんに、しゃだんできます!」
「そうじゃなくて、金属だから重くて沈んじゃうんじゃない?」
「ふっふっふ。あまいですね。はこんでいただければ、わかりますよ……」
スライムさんが不敵な笑みを浮かべている、気がする。
日差しが強い中、私はスライムさんを押して近くの川まで移動した。
近くの川は、水の深さが私のひざくらいまでしかなくて、流れもおだやかなところだ。
私は、はだしになって、ひざまで服をめくりあげて川に入る。
川の水はひんやりしていて、体の芯にある熱のかたまりのようなものがゆっくり冷めていく気がした。
「いくよ?」
「はい!」
「本当にいくよ?」
「どうぞ!」
私は、川原に置いてあったスライムさんを、川の中に入れた。
「あれ」
沈むと思ったスライムさんは、水面にプカプカと浮かんだ。
「金属だから沈むと思ったのに」
「えいむさん。きんぞくだからしずむ、とかんがえてしまうのは、いっぱんじんですよ」
「私、一般人だから」
「ふっふっふー」
見えていないけれども、得意げになっているスライムさんの顔が目に浮かぶ。
そしてゆっくり、流されていく。
私は川の中を歩いてついていく。
足の裏が石をふむので、ちょっと痛い。
「流されてるよ」
「そうですね。えいむさん、ながれていかないよう、たすけてください」
「私が?」
そう言ったとき、足下がつるっとすべった。
水の中で思い切り尻もちをついてしまった。
ケガはないみたいだけれども、全身ずぶぬれ。
立ち上がると服が体にはりついてきて、ちょっと嫌だった。
「えいむさん? だいじょうぶですかー?」
そう言いながら、プカプカと楽しげに流れていくスライムさんに、なんだかちょっと、むっとしてしまう。
「だいじょうぶ」
私はぷかぷか浮かぶスライムさんをつかまえた。
「ぬれてしまいましたかね?」
「いいよもう。帰ろう」
「じゃあ、ちょうどよかったです」
「なにが?」
私はまたむっとしてしまった。
人がずぶぬれになるのがそんなに楽しいのだろうか。
いけない。
なんだかすぐに、むっとしてしまう。
暑さのせいだろうか。
私のせいだろうか。
「ぼくを、こう、かかえてみてください」
「ん?」
「みずのなかで、かかえてみてください」
「はいはい」
もうなんでもいいから早く終わらせよう、という気持ちになっていた。
「わ」
やってみると、私は水に浮かんだ。
抱えているスライムさんの浮力が強く、私がつかまっているのに沈まない。
浅いので気をつけなければならないけど、体が水面と平行になるようにすると、スライムさんと一緒にプカプカ浮かぶ。
川の流れによって、ゆっくり流れていく。
「せいこうです!」
「どういうこと?」
「ぼくが、えいむさんとみずのなかであそぶためには、どうしたらいいかと、かんがえました。そしておもいついたのが、これです」
「これなら、ぼくがみずのなかでうごけなくても、えいむさんといっしょに、みずのなかでうかべます。えいむさん、あしをばたばた、してみてください」
私は言われたように足をばたつかせる。
すいーっ、と浮かんだ体が進む。
「どうですか! しずまないで、あんぜんにおよげますよ!」
「うん……」
「あれ、いまいちですか……? がっかりですか……?」
スライムさんの声が小さくなる。
「ううん、そんなことないよ」
「そうですか?」
「なんか、ごめんね」
「え?」
「ごめん」
スライムさんは私のことを考えていてくれたのに、私は私のことしか考えていなかった。
「なにかありましたか?」
「なにもないんだけど、いちおう」
「へんなえいむさんですね」
そう言われて、私は思わず笑ってしまった。
それから、スライムさんにつかまって、思い切り泳いだ。
「それそれー!」
「は、はやすぎますよ! ふりょうですよ!」
「私は不良だぞー!」
「えいむさーん!」