「あー、どこかへでかけたいですねー」
 カウンターの上で、平べったくなっているスライムさんが、そんなことを言っているのが外から見えた。

「こんにちは」
 私はお店に入っていった。
「いらっしゃいませー」
 スライムさんは平べったいまま、だらだらしていた。

「お客さんが来たときにそんな態度だと、買い物してくれないよ」
「じゃあ、ぎゃくに、うりません!」
「どういうこと!」

 私はカウンターに近づいて、スライムさんをよく見た。
 だらだらしている。

「あー、どこかへでかけたいですねー」
「山登り?」
「やまは、もういいです」

 結局、山登りは計画しかしてなかったけど。

「ぼくは、やまと、こどくとむきあっていくには、まだみじゅくすぎました……」
「なんの話?」
「やまは、のぼりたいというきもちと、いのちをまもるというきもち。そのふたつとたたかいながら、いどむものなのです……」
「よくわからないけど、すごい山に行かなければいいんじゃないの?」
「そんなことでは、せいちょうがありません……」
「裏山じゃだめってこと?」

 私が言うと、平べったいスライムさんが、やや丸みを取りもどした。
「うらやま……?」
「うん。この裏に、ちょっと行ったら山があるでしょ? 行ったことない?」
「しりませんね」
「私も何回か登ったことあるよ」

 六歳のころ、両親と登った。
 登ったというより、散歩の延長みたいなものだったけれども。
 だから全然つらさはなかった。

「えいむさんは、やまとたたかったことが、ある……?」
「山は戦うものじゃないよ」
「! たたかうものではない……! ……えいむさん」
「なに?」
「ひじょうに、べんきょうになりました。やまは、てきであり、みかたでもあるのですね……」
 スライムさんは静かに言った。

「では、いきましょうか……。うらやまへ!」
「おみせはいいの?」
「おみせ……。おみせをすてて、やまにいくしかない……」
「捨てなくていいよ。看板を、おやすみ、にするだけで」
「やまが、よんでいる……。よういを、しなければ……」
 スライムさんはいつもどおりの丸い形にもどると、カウンターを降りて準備を始めた。


「えっと、こんなに?」

 スライムさんは、布袋にたくさんの荷物を用意していた。
「やまを、あまくみないほうがいい!!」
「でも、裏山だよ?」

 荷物の中に、剣があった。
「やまはやまです! まものだってひそんでいるでしょう」
「まものはいないよ」
「ふっふっふ。よくかんがえてください。ぼくがやまにいく、ということは、すらいむがいる……。まものがいるということですよ!」
「なに言ってるの!?」
 
「それと、きゅうなてんきのへんかにも、たいおうしなければ」
 スライムさんは、レインコートと、袋を用意していた。
「これは?」
「あめがふってきたら、ぼくがはいります。ぬれたら、おおきくなってしまうので」
 スライムさんは水分を吸収して大きくなる。
 雨の日は大きくなっておもしろい。

「もしかして、私が持つの?」
「そうなってしまいますね。ぼくがぼくをもつ、というのは、どういうじょうたいか、わかりませんので」
「もしかして、荷物も全部?」
 他にも、ビスケットなどの食料や、よくわからない魔法石、ロープなどがぎっしり入っている。
 試しに背負ってみると、とても遠くまで歩けそうにない。

「これ、持っていけないよ」
「やまをあまくみてはいけません!」
「じゃあ、今日は裏山の前まで、散歩する?」
「しかたありませんね。そうしましょう」

 私たちは荷物をあきらめ、お店の戸締まりをしてから、看板をひっくり返して出発した。



 裏山はすぐだ。お店を出たところからもう見えているし、町の敷地内にある。
 木がたくさんあって、その中を、ロープが張った道が通っているのだ。

「これが裏山だよ」
「これが……? ちいさいですね」
「うん。じゃあ、帰ろうか」
 私が後ろを向くと、スライムさんが、ちょっとまってください、と言った。

「えいむさん。すこしのぼりませんか?」
「え? 荷物は持ってきてないよ」
「そうなんですけど、のぼれそうなので」
「山をあまく見たらいけないんでしょ?」
 私がちょっといじわるを言うと、スライムさんはしゅんとしてしまった。

「そうですね……」
「じゃ、ちょっとだけ登ってみる?」
 スライムさんがぴょん、とはねた。
「はい! のぼります!」
「じゃ、ちょっとだけね」

 私は結局、スライムさんと一緒に裏山の頂上まで歩いていった。