朝起きると、やけに暑く感じた。
 そのせいかなんだか息苦しくて、体が重い。
 母にそう言うと、そんなことはなくて、今日はとても涼しくて気持ちのいい日だと言う。

 おかしいな、と思いながらパンを食べようとしたけれど、ちょっと口に入れただけで胸がいっぱいになってしまう。
 母は私の様子を見て、おでこに手をあてた。

 熱がある。
 寝ているよう言われ、私はベッドにもどった。
 
 せっかくの朝ごはんは、薬草のスープに変わってしまった。
 母は、私がスープをすっかり飲むまで、ベッドの横で監視をしていた。監視というには優しい顔をしていたけれども、許さないという意味では同じことだ。
 スプーンで一口。
 苦い。

 母は、体にいいから飲みなさい、とすぐに言う。
 言われる前から言われているみたいなものだから、いっそ言わなくてもいいのにと思う。

 スープの一滴一滴にまで染みわたった苦味を飲みほして、私はまたベッドに寝た。

 母は食器を片づけて部屋を出ていった。

 たいくつだった。
 頭はぼうっとするけれど、もう苦しさはない。
 のども痛くない。
 せきも出ない。
 だいじょうぶなのではないか。

 そうっとベッドから降りてみる。
「おっと」
 足元が揺れているみたいに、ふわふわしていた。
 苦しさも痛みもないだけに、ちょっと怖い気がした。
 体がこわれてしまったのではないか、そんな気持ちだ。
 ベッドにもどらざるをえなかった。

 窓の外はとてもいい天気だった。
 スライムさんはなにをして遊んでいるだろう。
 私はといえば、お昼になったらまた薬草のスープを飲まなければならない。
 寝たふりをしてやりすごそうか。
 でも、熱がひどくなったら困る。

 そうだ。

 私は思いついて、母を呼んだ。

 しばらくして、帰ってきた母が持ってきたのは、葉っぱが赤い薬草だった。
 私が、スライムさんのよろず屋に行って、かぜが治る薬草を買ってきて、と頼んだのだ。

 母はどこか半信半疑だったけれど、スライムさんの良い評判も聞いたことがあるそうで、その薬草を使ってスープを作ってくれた。
 スープに、すこし赤みが出ていた。

 飲んでみる。

「う」

 辛い。
 それから、体がぽっぽと熱くなってきた。
「これを飲んだら治るって?」
 母にきいた。

 スライムさんによればこの薬草は、病気に対抗する力を強くする力があるものだという。
 治る力を手に入れるので、病気が終わったらいままでよりも元気になれるということだった。
 そう聞くと、熱くなってくるのも、体が治ってきている証拠のように思えた。

 もう一口飲むと、最初よりも辛くない。
 もう一口、もう一口と飲んでいって、すっかり、全部飲んでしまった。
 ぽかぽかした体で、横になる。
 ちょっと寝苦しく感じたけれども、しばらくしたら眠気がおそってきた。


 翌朝、すっかり元気になった私はスライムさんのよろず屋に出かけた。
「こんにちは」
「おや! げんきになったんですね!」
「うんありがとう」
 一日見なかっただけなのに、スライムさんの姿をなつかしく感じた。

「スライムさんの薬草のおかげだよ」
「そうでしょう。あのやくそうは、すごいやくそうですからね」
「高かったのかな」
 ふと、値段が気になった。

「そんなことはありません。あれは、うらでそだてているやくそうのなかで、たまにできるやくそうなので、むりょうです」
「スライムさん、無料はだめだって言ったでしょ」
「あれは、つんだらすぐくさるやくそうなので、どっちみち、どっちみちなのですよ!」
「どっちみち、どっちみち」
 よくわからないけれど、今日のところは、そういうことにしておこう。

 スライムさんは、カウンターの上に、ひとつ草を置いた。
 緑の草に、穴があいていた。
 虫食いというよりも、人の手が入ったような、等間隔の穴だった。
「ほしふりそう、っていうんですよ! きれいでしょう!」
「へえ……」
 スライムさんによると、これは偶然こういう穴になるらしい。

 私は、大きな月が出ている夜を思い浮かべた。
 月の光が草の穴を通り抜けて、地面にできた影に、ぽつ、ぽつ、と光が見える。
 それが星降り草の名前の由来ではないか。

「きれいだね」
「でも、あなのせいで、くさってしまうんです」
「ふうん? すぐ腐るのは、昨日の薬草でしょ?」
「そうですよ。これです!」
「え? 昨日のは……、あれでしょ」
 私はカウンターに赤い草を見つけた。

「いやですね! あれは、とってもからいだけのくさですよ! たべてもからいだけです!」
「え?」
「からだはあったまるかもしれませんね!」
「え? スライムさん?」
「どうかしましたか?」
 スライムさんは不思議そうに私を見る。

「……ちょっとお話があります」
 私はしばらく、スライムさんと、薬草の取り扱いについての、大事なお話をした。


「スライムさん! 薬草をまちがえたら危ないんです! ちゃんと聞いてますか!」
「はい!」

 返事は良い。