一日中強く降っていた雨がやんだ。
 朝になると、雨がウソのように青空がまぶしくて、おだやかな天気になっていた。
 ほっとして外に出た。あちこちに大きな水たまりがある。

 長靴は、今日は干しているのではいていない。
 私は、水たまりに足を入れたい気持ちをおさえながら、よろず屋への道を歩いた。
 雨水が残っている木々が太陽の光でキラキラ光っていた。

「あれ?」
 おかしいな、と思ったのは、よろず屋が見えてきたときだ。
 最初は建物の色をペンキかなにかで変えたのかと思った。よろず屋が、なんだか変な形に見えたからだ。
 しかも白っぽい。

 近づいていくとわかった。
 どうやら、よろず屋は凍っている。

 壁も、屋根も白っぽくなっている。
 おまけに、雨が降っている最中に凍ったのか、屋根の上や壁に氷の層ができていた。
 なにが起きたんだろう。

 入り口は開いていた。
 入ってみる。
「わ」
 店内の空気は、すごくひんやりとしていた。
 季節が変わってしまったみたいだ。

「……こんにちは」
 呼びかける声が小声になってしまった。
 カウンターの上にスライムさんが現れない。

「こんにちは。こんにちはー!」
 ちょっと大きめの声で呼びかけた。
 けれども、返事はなかった。

「スライムさん?」
 いないのだろうか。
 お店を開けっぱなしで出かけた? スライムさんはそういう人ではない……、と思うけど。

 店内を見まわす。お店の中も、外と同じように凍っていて、壁や、商品の表面が白っぽく見える。凍っていていいのかな、と思うようなものもあって……。

「うわっ!」
 びっくりした。

 壁に沿って立っていた、透明なもの。
 柱にも見えるけれどもそんなところに柱はなかったな、とぼんやり見ていて気づいた。
 青みがかった細長い柱の上の方に、目と口が。

 これはスライムさんだ。

 昨日、太いヘビのような形になったスライムさんが、凍ったまま立っていた。
「……スライムさん……?」

 返事はない。
 表面が白っぽくなっていて、すっかり凍ってしまっているようだ。
 いったい、なにが起きているのだろう。

 よく見ると、スライムさんは口になにかくわえていた。
 正方形で作られた立体物のようだった。
 透明で、見ていると、表面がキラキラと光っていた。じっと見ると、表面のキラキラはゆっくり動いているように見えた。
 これが原因なのだろうか。

 私は壁にあった長い棒を持って、先を、スライムさんの口元に近づけていった。
 つん、つん、と四角いものをつっつく。
 五回くらい棒の先があたったとき、四角いそれがスライムさんの口から落ちた。

 床に落ちた。割れたり、弾んだりすることなく、べた、と床に落ちて止まった。
 落ちてつぶれた泥だんごのようだ、と思ったけれど、四角い形はすみずみまで保たれていて、どこもつぶれていない。

 すると、落ちた床のまわりがだんだん白く、凍りついていく。
 これがよろず屋とスライムさんを凍らせたらしい。

 なら、これを外に出せばいいんだろうか。
 外が凍ってしまうんだろうか。

「わ」
 足が上がらない。
 力を入れると、やっと動いた。靴の裏が凍ってきていた。

 私は立ち止まらないよう、足ぶみをしながら考える。

「……おや?」
 見上げると、スライムさんが目をぱちぱちさせていた。
 体の下の方はまだ凍っているけれども、上の、顔のあたりはぷよぷよのやわらかさを取りもどしたのだろうか。

「スライムさん!」
「おや? これは……」
 スライムさんは目だけ動かしてこっちを見る。
「スライムさん、なにがあったの? この氷はなに?」
「ああ、へこらさん。こんにちは」

 この際名前まちがいはどうでもいい。
「これ、どうしたの!」
 私はさっきの棒で、落ちた四角い氷のようなものをつっついた。
「それはあまもりをしゅうりするのにつかったんですよ!」

 スライムさんによれば、あまもりの修理は、私がいるときには一度うまくいったものの、形が変わった体で、はしゃいでいたら、また別のところから雨もりがあったのだという。
 そのとき、氷の魔石、というものを使って修理することを考えた。雨なら、凍ればもう通らなくなる。
 その結果、スライムさんも一緒に凍ってしまったという。

「めいあんだったんですけど」
「大失敗だよ!」
「でも、ひのませき、よういしてますよ!」
「火の魔石?」
「ここにあります!」

 スライムさんが口に白い宝石をくわえていた。ほんのすこし、赤く光っている。

「それは?」
「これはひのませきです! こおりのませきといっしょにもっていれば、どちらもこうかをださなくてあんしんになります!」
「でも凍ってたんでしょ?」
「ふっふっふ。とうぜんです! こおりのませきのほうが、おおきかったので!」
「大失敗だよ! なんで同じ大きさじゃないの!」
「おなじおおきさだったら、こおらせられないので!」
「その結果が大変なことに!」

 とにかく、スライムさんに、氷の魔石と同じ大きさの火の魔石を用意してもらえばいいらしい。

「あちち、あちち」
 スライムさんが上の方で言っている。

 どうやら、火の魔石のおかげで溶け始めたけど、もてあましているみたいだ。

 でもまだスライムさんの長い体はほとんど凍っている。

「あ」

 スライムさんが、上の方だけでバタバタしていたら、ぐらっ、と。
 柱のようになったスライムさんが、傾いて。

「スライムさん!」

 どうすることもできず、倒れてしまった。

 走っていくと、凍っていない部分と、凍っている部分の境目が割れていた。

 ちょうど、いつものサイズのスライムさんになっていた。

「スライムさん! 割れちゃったよ!」
「だいじょうぶです」
「だいじょうぶじゃないでしょ!」
「すらいむというのは、ほとんど、すいぶんでできているので、へってもへいきですよ」

 まあたしかに言われてみれば、折れてなくなったのはそもそも水で増えた部分だ。
「だいたい、にんげんもおなじです」
「え?」
「にんげんのだいぶぶんは、なにでできているかしっていますか?」
「なに?」
「そんなはなしより、はやく、こおりのませきをかたづけないと!」

 氷の魔石がどんどんまわりを凍らせていた。
「スライムさんが始めた話でしょ!」

 私たちは大急ぎで、スライムさんが持ってきた特別な箱に、氷の魔石と、すこし小さな火の魔石をいくつか入れてフタをした。

だんだんによろず屋の氷も溶けていった。