今日は、母のいいつけで届けものをした帰り道、スライムさんのよろず屋に寄っていくところだった。
「あれ?」
私はいつもと反対側の道から来ていたので、木や草の間からよろず屋の裏手が見えていた。そこから誰か出てきたのだ。
頭から足まで黒ばかりの服を着ている人で、手には包みを持っていた。走り出すとものすごく速くて、動きがまっすぐではなく思わぬ方向に進むので、すぐに私は見失ってしまった。
私は胸さわぎを覚えていた。あのようにすばやく、そして姿を隠そうとしている服装をしている人は、なにか悪事を働こうとしていることが多いからだ。
私はよろず屋にかけこんだ。
「スライムさん!」
「おや、きょうはとてもげんきがいいですねえ!」
スライムさんがカウンターの上に飛び乗った。
いつもと変わらない様子に、私はなんだか気が抜けてしまった。
「スライムさん、だいじょうぶ?」
「なにがですか」
スライムさんはきょとんとしている。
私は店内を見わたした。いつもと同じように、カウンターの中、外を問わず、いろいろなものが置いてある。きれいにならんでいるとはいえないものの、誰かが荒らした、というほど乱れているわけでもない。
「おなかでもすいたんですか? よかったら、どらごんのしっぽというものがありますので、たべますか?」
「いらない」
「ふふふ。これをたべると、にんげんでもしっぽがはえるといわれています。さーびすですので、おかねはいりませんよ!」
スライムさんが得意げにする。
いつもと変わらない様子だ。
「ねえスライムさん、なにか変わったこと、なかった?」
「かわったことですか?」
「さっき、このお店の裏から、黒ずくめの人が出てきたように見えたんだけど」
「ん!」
そう言うと、スライムさんはカウンターから降りて、奥でごそごそと商品をいじり始めた。
「やられました!」
「どうしたの?」
「とうぞくです! しょうひんをもっていかれてしまいました!」
「ええ!」
私はカウンターの横の小さな木戸を開けて、スライムさんのところまで行った。
スライムさんの前には、細長い空箱があった。
「ここには、へれんほろんのつめ、が入っていたんです」
「へれんほろんのつめ」
たぶん、また名前はちがっているんだろう。
「とうぞくめー!」
スライムさんは、どこか遠くを見ながら体をブルブル震えさせていた。
「ん?」
よく見ると、細長い空箱のはしっこに、金色のものがあった。
手にとってみる。金貨だ。五枚もある。
「これは?」
「それは、へれんほろんのつめの、だいきんです!」
スライムさんは言った。
「代金? どういうこと?」
「とうぞくは、かってにおみせのものをもっていって、かってにおかねをおいてにげるんです。ひきょうものです!」
スライムさんはまた体を震わせた。
「ええと、そのお金はすくないの?」
「たりてます!」
「じゃあ、その人に売りたくなかったの?」
「へれんほろんのつめは、とうぞくさんのために、にゅうかしたものです!」
スライムさんは言うと、金貨の下にあった紙切れを私に見せた。
『次は狼の骨を三つください』
「狼の骨?」
「そういうものがあるんです! またにゅうかしないと!」
「ええと……、その人盗賊なの?」
お客さんが希望の商品を指定して、スライムさんが入荷して、買いに来て、というのはお店としてふつうのことのように思える。しかもこれまで何度もやりとりをしているようなのだ。
「だめです!」
スライムさんは言った。
「どうして?」
「とうぞくさんのやってることをみとめたら、どのおきゃくさんも、おかねさえはらえば、かってにおみせにはいって、かってにもっていっていいことになってしまいますよ!」
「……たしかに」
スライムさんの言うことはもっともだった。
「スライムさんの言うとおりだね」
「でしょう! そもそもどうしてぼくがおみせをやっているのか、しってますか?」
「知らない。どうして?」
「いまはいそがしいので、かんけいないはなしはしません!」
スライムさんはよっぽどあわてているのか、いつも以上によくわからないことを言いながらバタバタ動いていた。行ったり来たりしているだけで、特になにをしているというわけでもなさそうだ。
「ねえスライムさん」
「なんですか!」
「スライムさんは、その盗賊さんに、ちゃんと表から入ってきてって言ったことあるの?」
「ちゃんとはなしたことはありません!」
「だったら、スライムさんも、商品のところに手紙を置いておいたら、読んでくれて、わかってくれるかもしれないよ」
スライムさんが止まった。
「……なるほど! すぐかきます!」
スライムさんはカウンターの上に、紙とインクとペンをならべた。
そしてぷよぷよしている部分でなんとかペンをはさんだけれども、そこで止まった。
「スライムさん、どうしたの?」
「ぼく、てがみはかけません」
そういえば、表の看板もふらつきながらやっと書いたような字だった。あの大きさでぎりぎりなのかもしれない。
「じゃあ私が書こうか?」
「いいんですか!」
「うん。なんて書くか決めた?」
「はい!」
「なんて書くの?」
「ええと、『とうぞくさんへ』」
「盗賊なのかな」
「とうぞくです!」
私は、スライムさんと相談しながら一緒に手紙を書いた。
お昼。
母が、用事をすませてからお昼ごはんを用意するからちょっと遅くなるよ、といって近所まで出かけていった。
テーブルには、これでも食べておいて、とパンが入っているバスケットを置いていってくれた。でもバスケットの上にかかっていた布を取ったら、なにも入っていなかった。母はこういう、うっかりしたところがある。
待っていたけれど、食べられないと思ったらよけいにお腹がすいてきたので、私は近所まで出かけることにした。
スライムさんのよろず屋だ。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ!」
スライムさんがカウンターの上に現れた。
「きょうはなにをおもとめですか!」
スライムさんがいつもにも増してやる気に満ちた目をしていたので、ちょっとうしろめたくなった。
「あ、ええと、ちょっとひまつぶしに来たんだけど……」
「ひまつぶしですか……」
スライムさんのピンと張っていた体が、ちょっと力が抜けるようにやわらかくなった。
「ごめんね、だめなら」
「いいでしょう!」
スライムさんが大きくうなずいた。
「ごめんね。ついでになにか買えるといいんだけど、おこづかいもあんまりなくて」
「いいですよ! ぼくとてれーさんは、しらないなかでは、ないのですから!」
「ありがとう。あとエイムです」
そのとき私のお腹が鳴った。
ちょうど会話の間が空いていたので、はっきりとした音がした。
「いまのおとはなんですか?」
「……えっと、聞こえた?」
私は笑ってみたけれど、スライムさんが妙に真剣な顔をしていたので私も笑顔を保てなくなっていった。
「いまのはなんですか?」
スライムさんがもう一回言った。
「ええと、お腹の音」
私はこのまま帰ろうかどうか迷いつつ、結局言った。
「お腹がすいていると、音がするんですか?」
「うん」
「どうしてですか」
スライムさんは言った。
そうか、スライムさんにはそういう経験がないのか。
それと、言われてみるとたしかにふしぎだった。
お腹がすいたらお腹が鳴る?
どういうことだろう。
体が、音で私に空腹を知らせてくれている?
でも音が鳴らなくたってお腹がすいているかどうかくらいはわかる。お腹がすいているときだけ教えてくれるというの変だ。眠いときのあくびみたいに、そっ、と教えてくれればいいのに。
「おとがするものは、おなかがすいてるんですか?」
スライムさんは言った。
「おとがするもの?」
「がっきです! ふえはおとがします!」
「笛かあ。笛が鳴るのは、空気が通るから」
「では、えいむさんのおなかにも、くうきがとおってたんですね!」
「えっと」
そういうことなんだろうか。
声を出すときはたしかにのどを空気を通っているのを感じる。
もしそうだとして、さっきお腹が鳴ったとき、口は閉じていたような。
でも、鼻もあるし、耳もあるし、どこかから空気がもれていたのかもしれない。もしかして、穴をふさぐと鳴らなくなるのだろうか。
そう思って、右腕で右耳をふさぎながら手で鼻と口をおさえて、左手で左耳をおさえてみる。
もしこれが正しいとしたら大発見だ。
お腹がすいても、誰にも気づかれないのだ。
誰かがいたとしても、お腹すき放題だ!
「なにをしてるんですか?」
スライムさんは言った。
受付のカウンターのガラスはちょっと斜めになっているので、私が口や鼻や耳をおさえている様子が、うっすらと反射していた。
変な格好だった。
お腹が鳴るよりよっぽど。
そう思っていたら、お腹が鳴った。
耳と鼻と口をふさいでも、全然関係なかった。
「えいむさん? どうしたんですか? かおがあかいですよ。みみもまっかです。えいむさん、えいむさん?」
「おなかがすいているというのは、おなかのなかに、くうどうがあるということなんですね」
スライムさんは言った。
まだスライムさんは、お腹がすく、ということに興味津々だった。
「そうだね」
「なるほど。わかりました! まっててください」
スライムさんはぴょん、とカウンターからおりると、私から見えないところで、ゴソゴソという音だけが聞こえてくる。
「なにしてるの?」
「ごくん。……おなかをすかせてるんです」
「ふうん?」
「ちょっとまっててください」
そう言われたら、待ってるしかない。
スライムさんの姿が見えないまま、しばらくカウンターの前に立っていた。
ふと、なにか視界の端を動いたような気がした。
そちらを見ると、特になにもない。カウンターの端に、植物の、つるがあるだけだった。
「ん?」
つるなんてあったっけ?
すると、つるはするするとのびて、つるの先がカウンターの上からゆっくりと床に近づいていく。私の前で、成長をしていた。
「スライムさん、なんだか変な植物があるよ」
「……」
声のような、風が通り抜ける音のようなものが聞こえた。
「スライムさん?」
返事がない。
そうしている間にも、するするとのびていくつる。
私は気味が悪かったので、つるにさわらないようにカウンターの横から入って、スライムさんに呼びかける。
「スライムさん? そこにいるの?」
荷物がたくさんあってよくわからない。
そこで気になったのは、つるも、カウンターの奥から出ていたことだ。
「スライムさん……?」
私は気になって、つるがどこから出てきているのか、追いかけてみた。
荷物の間を、一歩、一歩と進んでいく。
そして柱のかげをのぞいたときだった。
「わ」
スライムさんがいた。
スライムさんの体から、つるが生えていたのだ。
「……えいむさん……」
と言ったような、言っていないような小さな声だった。
「スライムさん、どうしたの」
私はしゃがんで顔を近づけた。
なんだかさっきより小さくなっている気がする。
「おなかが……」
「お腹?」
「おなかが、すいたら、どういうきもちかとおもって……、たねを、のんだら、きがはえて……、おなかが、すく……」
「え? なに言ってるの?」
「みずが、なくなって、おなかが、すく……」
私はスライムさんが言っていることを頭の中で整理した。
スライムさんはお腹がすいた気持ちになってみたい。
お腹がすくとはどういうことか。スライムさんにとっては、水分が減ることだ。
だったら、植物の種を飲み込んだら、おなかの中の水分が減って、おなかがすいた気持ちになれるのではないか。
「ってこと?」
私が考えたことを説明すると、スライムさんは小さな声で、そうです、と言った。
「そんなことしてどうするの! スライムさん、小さくなっちゃってるよ!」
「おなかが、すくと、きれいなおとがでて、がっき、みたいなんですよね……?」
「それはスライムさんが勝手に言ってただけで、変な音がするだけだよ」
「え……?」
「それにお腹がすいても苦しいだけで、いいことなんてないよ」
「ええ……??」
スライムさんが目を見開いた。
「きいてないです……、くにに、だまされた……」
「国に騙されたってなに!」
「たしかに、つらいです……」
「もうお腹がすいてるのとは別のやつだよ!」
植物のつるに乗っ取られてしまって、ますます縮んでいるように見える。
「スライムさん、どうしたらいいのこれ!」
「みず、みずを……」
「水をあげればいい?」
私はスライムさんを持って、つるを引きずって外に出た。
お店の裏手にある水場でバケツに水をくんで、その中にスライムさんを入れる。
ちょっと乱暴に入れてしまったので水がはねた。
縮んでいたスライムさんがみるみる大きくなった。
「やった!」
「えいむさん!」
「なに!」
「このたねは、みずをたくさんあげると、そだちすぎてあぶないです!」
「ええ!?」
スライムさんの大きさがもどったけれども、つるがどんどん水分を吸っていく。
バケツの中の水が足りなくなるとまたスライムさんが縮み始めたので、私は急いで水を足す。
減る。足す。
減る。足す。
元気になるのはつるだけ。
どんどんつるがのびていって、よろず屋に巻きついて、つるがのぼりはじめた。
「おみせが、つるに、しはいされてしまいます!」
「切ればいいの!?」
「すぐはえてきます!」
「どうすればいいの!」
「みずをあげるのをやめればいいです!」
「でもそれじゃ、スライムさんの水分がなくなっちゃうよ!」
「なくなってもだいじょうぶですよ!」
「え?」
「まえに、だいじょうぶでしたよね?」
言われてみればそうだった。
乾きの石だったか。
乾いて、スライムさんの水分がすっかりなくなってからも、水につけたら元通りだった。
「でも、スライムさん死んじゃったりしない?」
「いきるか、しぬかのたたかいが、おとこをかがやかせるんですよ!」
「なに言ってるかわかんないよ!」
「やってください!」
「……できない!」
この前は無事だったけれども、今回も無事だとは限らない。
「スライムさんが死んじゃうかもしれないくらいだったら、ここで水をあげてたほうがいい!」
「えいむさん……、すっかりおとなになって……」
「スライムさんはもっと真剣に考えてよ!」
「でも、おとこには、やらなきゃいけないことと、やらなくてもいいことと、どっちでもないことがあるんです!」
「どれなの!」
そんなことを言っていて、ふと、バケツの中の種に目が向いた。
スライムさんの体から、種が落ちて出ていて、そこからつるがのびている。
もうスライムさんの中にない。
「スライムさん、それ」
私が指さすと、スライムさんもぱちぱちまばたきをして、種を見た。
「そうそう、ぼくは、みずがたくさんあると、さかいめが、あいまいになるんです」
「あ」
思い出した。
雨の日、私はスライムさんの中に入れて、そこで遊んでいた。
だったら、種を出せば……。
つるの種を空っぽのバケツの中においておいたら、つるはすぐにしぼんでいって、細くなって茶色く枯れてしまった。
「いやあ、おなかがすくってたいへんなんですね。ぼくはもう、おなかがすかないようにします!」
「うん……」
私はすっかり疲れてしまって、あんまり聞いてなかった。
昨日の夜からずっと雨が降っていた。
雨の音はうるさいくらいで、このまま雨がやまなかったら、このあたりの道は川になってしまうのだろうか。そういう心配をしてしまうくらいの量だった。
夕方になってもまだ降っていて、私は部屋の窓から外を見ていたけれど、ふとスライムさんのことを思い出した。雨の日は水分補給をすると言っていた。
もしこの雨で外に出ていたとしたら。
いてもたってもいられなくなって、私はレインコートを着て外に出た。
こういう日こそ、スライムさんは外で雨を浴びて大変なことになっている気がする。
レインコートのフードを雨が強くたたいてくる。耳元がさわがしい。
道は川みたいにはなっておらず、でも水たまりだらけだった。私はわざと長靴で水たまりの中に入ったりしながら先に進んだ。
よろず屋が見えてきたとき、ちょっとほっとした。
いつもと同じ。背後に巨大なものがあったりはしない。
もしかしたら、大量に雨を浴びたスライムさんが、よろず屋をつぶしてしまうほど巨大になってしまっているのではないかと思っていたのだ。
入り口の戸が閉まっているけれども、看板は、よろずや、と書いてあるほうが表になっていたので営業中だ。
私はひさしの下に入って私はレインコートを脱いだ。頭のすぐ上で鳴っていた雨の音がやんで、屋根を打つ雨音に変わる。
レインコートは雨を払ったけれど、まだ水滴がぽたりぽたりと落ちている。
近くにちょうどいい木の出っ張りがあったので、引っかけておいた。お店の中がぬれてしまってはいけない。
「こんにちは、うわっ」
私は思わず一歩さがった。
最初はなんだかわからなかった。
カウンターの後ろに、青みがかった透明なものが天井にのびていた。
なんというか、水でできた柱のようだった。
天井を支えている柱のように、堂々と立っていた。
上の方を見ていくと、閉じている目のようなもの、口のようなものが見える。
もしかして。
「スライムさん?」
話しかけると、目のようなものがぱちぱちと開いたり閉じたりした。
そして私を見る。
「あ、こんくりーとさん、こんにちは」
「どうもエイムです」
コンクリートとはなんだろう。
「えいむさん、ちょっとみないあいだに、ずいぶんちいさくなりましたね!」
「スライムさんが大きくなったんだよ」
これは大きくなった、でいいんだろうか。
「む? む? む?」
スライムさんが体を動かそうとする。
すると、上で引っかかっていた部分が外れて、縦に長いスライムさんがカウンターの上に倒れてきた。
「わ!」
カウンターが壊れてしまう、と思ったら、カウンターの形に従うように倒れた。
やわらかいとても長い太い棒をカウンターの上に置いた、ような形。
「ああ、えいむさん」
先端にある顔が言った。
「スライムさん、どうなってるの?」
「それは、ぼくのせりふですよ!」
「私のだよ!」
どっちのセリフでもいいけれど。
「あれ?」
なにかが落ちてきた?
私はカウンターの反対側に行ってみる。
カウンターの裏、柱スライムさんが最初いたあたりに、水がポタポタ落ちてきていた。
見ているとどんどん落ちてくる。
「雨もりだ」
「あまもりですか?」
スライムさんが、こう、ヘビが顔をゆっくり持ち上げるように、カウンターの反対側から顔を見せた。
「うん。もしかしてスライムさん、ここで寝てた?」
「ねるこはそだつ!」
「スライムさんが寝てるところに、雨もりがきて、スライムさんが上のようにのびていった……?」
寒い日のつららができる原理の逆のように、寝ていたスライムさんが上の方に長くなっていった、のだろうか。
それで縦にのびきったおかげで、スライムさんの体で穴がふさがった……?
やわらかい体だけど、寝ていたことが関係しているのだろうか。
「それはありえますねえ」
スライムさんが、ヘビみたいな体で大きくうなずく。
「ありえるの?」
「くわしくはいえませんがね」
なんだかえらそうな言い方だったけれども、知っているかどうかあやしい。
「ま、とにかく雨もり、ふさがないと」
「てんじょう、とどきますか?」
「いまのスライムさんなら届くでしょ?」
「なるほど、そうですね!」
「私も手伝うからやっちゃおうよ」
「ええ、そうですね……」
スライムさんはゆっくりとよろず屋の外を見る。
「スライムさん?」
「ちょっと」
そう言うと、スライムさんはヘビのように体をうねらせながら、外へと動き出す。
「スライムさん? まさか外で遊ぶんじゃないでしょうね」
「ちがいますよ」
スライムさんが外に動いていく。
「じゃあなに?」
私はスライムさんの、しっぽみたいになってるところをつかんだ。
「えいむさん、つかまないでくださいよ」
「スライムさん! まず雨もり直さないと!」
「そうですねえ」
他人事みたいに言う。
「スライムさん!」
大雨に気づいてなかっただけで、やっぱりスライムさんは外で遊ぶ気満々だった。
私はスライムさんを店内引っ張り込んで、雨もりの修理をさせつつ、ここまでの大雨は危ないからやめたほうがいいよ、と何度も言った。スライムさんは、何度もうんうん言っていた。返事だけは良かった。
一日中強く降っていた雨がやんだ。
朝になると、雨がウソのように青空がまぶしくて、おだやかな天気になっていた。
ほっとして外に出た。あちこちに大きな水たまりがある。
長靴は、今日は干しているのではいていない。
私は、水たまりに足を入れたい気持ちをおさえながら、よろず屋への道を歩いた。
雨水が残っている木々が太陽の光でキラキラ光っていた。
「あれ?」
おかしいな、と思ったのは、よろず屋が見えてきたときだ。
最初は建物の色をペンキかなにかで変えたのかと思った。よろず屋が、なんだか変な形に見えたからだ。
しかも白っぽい。
近づいていくとわかった。
どうやら、よろず屋は凍っている。
壁も、屋根も白っぽくなっている。
おまけに、雨が降っている最中に凍ったのか、屋根の上や壁に氷の層ができていた。
なにが起きたんだろう。
入り口は開いていた。
入ってみる。
「わ」
店内の空気は、すごくひんやりとしていた。
季節が変わってしまったみたいだ。
「……こんにちは」
呼びかける声が小声になってしまった。
カウンターの上にスライムさんが現れない。
「こんにちは。こんにちはー!」
ちょっと大きめの声で呼びかけた。
けれども、返事はなかった。
「スライムさん?」
いないのだろうか。
お店を開けっぱなしで出かけた? スライムさんはそういう人ではない……、と思うけど。
店内を見まわす。お店の中も、外と同じように凍っていて、壁や、商品の表面が白っぽく見える。凍っていていいのかな、と思うようなものもあって……。
「うわっ!」
びっくりした。
壁に沿って立っていた、透明なもの。
柱にも見えるけれどもそんなところに柱はなかったな、とぼんやり見ていて気づいた。
青みがかった細長い柱の上の方に、目と口が。
これはスライムさんだ。
昨日、太いヘビのような形になったスライムさんが、凍ったまま立っていた。
「……スライムさん……?」
返事はない。
表面が白っぽくなっていて、すっかり凍ってしまっているようだ。
いったい、なにが起きているのだろう。
よく見ると、スライムさんは口になにかくわえていた。
正方形で作られた立体物のようだった。
透明で、見ていると、表面がキラキラと光っていた。じっと見ると、表面のキラキラはゆっくり動いているように見えた。
これが原因なのだろうか。
私は壁にあった長い棒を持って、先を、スライムさんの口元に近づけていった。
つん、つん、と四角いものをつっつく。
五回くらい棒の先があたったとき、四角いそれがスライムさんの口から落ちた。
床に落ちた。割れたり、弾んだりすることなく、べた、と床に落ちて止まった。
落ちてつぶれた泥だんごのようだ、と思ったけれど、四角い形はすみずみまで保たれていて、どこもつぶれていない。
すると、落ちた床のまわりがだんだん白く、凍りついていく。
これがよろず屋とスライムさんを凍らせたらしい。
なら、これを外に出せばいいんだろうか。
外が凍ってしまうんだろうか。
「わ」
足が上がらない。
力を入れると、やっと動いた。靴の裏が凍ってきていた。
私は立ち止まらないよう、足ぶみをしながら考える。
「……おや?」
見上げると、スライムさんが目をぱちぱちさせていた。
体の下の方はまだ凍っているけれども、上の、顔のあたりはぷよぷよのやわらかさを取りもどしたのだろうか。
「スライムさん!」
「おや? これは……」
スライムさんは目だけ動かしてこっちを見る。
「スライムさん、なにがあったの? この氷はなに?」
「ああ、へこらさん。こんにちは」
この際名前まちがいはどうでもいい。
「これ、どうしたの!」
私はさっきの棒で、落ちた四角い氷のようなものをつっついた。
「それはあまもりをしゅうりするのにつかったんですよ!」
スライムさんによれば、あまもりの修理は、私がいるときには一度うまくいったものの、形が変わった体で、はしゃいでいたら、また別のところから雨もりがあったのだという。
そのとき、氷の魔石、というものを使って修理することを考えた。雨なら、凍ればもう通らなくなる。
その結果、スライムさんも一緒に凍ってしまったという。
「めいあんだったんですけど」
「大失敗だよ!」
「でも、ひのませき、よういしてますよ!」
「火の魔石?」
「ここにあります!」
スライムさんが口に白い宝石をくわえていた。ほんのすこし、赤く光っている。
「それは?」
「これはひのませきです! こおりのませきといっしょにもっていれば、どちらもこうかをださなくてあんしんになります!」
「でも凍ってたんでしょ?」
「ふっふっふ。とうぜんです! こおりのませきのほうが、おおきかったので!」
「大失敗だよ! なんで同じ大きさじゃないの!」
「おなじおおきさだったら、こおらせられないので!」
「その結果が大変なことに!」
とにかく、スライムさんに、氷の魔石と同じ大きさの火の魔石を用意してもらえばいいらしい。
「あちち、あちち」
スライムさんが上の方で言っている。
どうやら、火の魔石のおかげで溶け始めたけど、もてあましているみたいだ。
でもまだスライムさんの長い体はほとんど凍っている。
「あ」
スライムさんが、上の方だけでバタバタしていたら、ぐらっ、と。
柱のようになったスライムさんが、傾いて。
「スライムさん!」
どうすることもできず、倒れてしまった。
走っていくと、凍っていない部分と、凍っている部分の境目が割れていた。
ちょうど、いつものサイズのスライムさんになっていた。
「スライムさん! 割れちゃったよ!」
「だいじょうぶです」
「だいじょうぶじゃないでしょ!」
「すらいむというのは、ほとんど、すいぶんでできているので、へってもへいきですよ」
まあたしかに言われてみれば、折れてなくなったのはそもそも水で増えた部分だ。
「だいたい、にんげんもおなじです」
「え?」
「にんげんのだいぶぶんは、なにでできているかしっていますか?」
「なに?」
「そんなはなしより、はやく、こおりのませきをかたづけないと!」
氷の魔石がどんどんまわりを凍らせていた。
「スライムさんが始めた話でしょ!」
私たちは大急ぎで、スライムさんが持ってきた特別な箱に、氷の魔石と、すこし小さな火の魔石をいくつか入れてフタをした。
だんだんによろず屋の氷も溶けていった。
私は気づいた。
スライムさんはいつも私の名前をまちがえる。
ならどうすればいいか。
これだ。
「こんにちは」
私はいつものようによろず屋に入っていった。
「いらっしゃいませ!」
スライムさんがカウンターの上に現れる。
そして、呼ぶ。
「こんにちは、えいむさん」
「ふふふ。正しい名前を言ったね?」
「はっ」
スライムさんが、はっとした。
そうなのだ。
私はこれまで、スライムさんが私の名前をまちがえ続けていたとしても、責めずに、そのときそのときで訂正していた。怒ったりするようなことでもないし、スライムさんはそういうスライムだ。
でも、これを使えば解決すると思いついた。
「というわけで、名札をつけてきました」
私は胸をはって、名札をしっかりスライムさんに見せた。
小さな白い布に黄色い糸でぐるりと、かんたんなししゅうをして、その中に、エイム、と書いた。
「これならスライムさんはまちがえないでしょ」
「すごいです!」
スライムさんは興奮してカウンターから降りてくると、私の前でぴょんぴょんはねた。
「名札だよ」
「それは、えいむさんがかんがえたんですか?」
「え、まあ」
「すごい! このしすてむを、えいむさんが……!」
「システム?」
「そとのひとにも、おしえてきましょう!」
スライムさんが店を飛び出していった。
前の道でキョロキョロしている。
「どうしたの、スライムさん」
「とおりすがりのひとに、えいむさんという、はっそうりょくが、とてつもないおんなのこがいる、とおしえてあげるんです!」
「やめて!」
私はスライムさんを捕まえて、よろず屋にもどった。
「どうしたんですか」
「私は名札を開発したわけじゃなくて、名札を使おうって考えただけ! 発想力はふつう!」
「そうなんですか。おしいことをしましたね」
どういうことかな。
「そうだ。このお店って、名札は売ってないの?」
「ないです。にてるのはあります」
「どんなの?」
「ええと」
スライムさんが持ってきたのは、ガラスの箱のようなものだった。
透き通っていて、向こうがよく見える。
面の大きさは、私がめいっぱい広げた手のひらくらい。
「これは?」
「ぼくをみてください」
「うん」
箱の向こうにいるスライムさんを見る。
すると、スライムさんの顔に、スライム、と見えた。
「どうですか」
「スライム、って書いてある」
「そうです! なまえがみえるんです! えいむさんは、えいむ、ってかいてあります!」
「なにそれ!」
そしてスライムさんは名前がスライムなのか!
「名前がわかる箱なの?」
「そうです。なふだとにてますね!」
「名札よりすごいと思うけど。使わないの?」
「おちたら、われてしまうので。でも、いちいちだすのはめんどうですし」
「なるほど」
「えいむさんの、なふだのほうがすごいです!」
「そうかな……、へへ」
すごいアイテムよりも、さりげないものの方が効果的なこともあるのか。
そう思うと、なんだかほこらしかった。
「じゃあ、また明日も名札つけてくるね」
「はい!」
「……ちなみに、その箱が割れないようにするアイテムっていうのはないんだよね?」
「なかのものをわれなくする、とうめいなはこ、はあります」
「あるの!?」
私がおどろくと、スライムさんは深刻そうな顔で続ける。
「でもそれにはもんだいがあるんです……」
「なに……?」
「……どこにしまったのか、わすれたんです!」
「お店のものはちゃんと管理しておかなきゃだめでしょ!」
「ふんふんふーん」
よろず屋に入ろうとしたら、中から鼻歌が聞こえてきた。
カウンターの上の帽子から聞こえてくる。
「こんにちは」
帽子がくるっと回ってこっちを向いた。
「おや? えいむさん、こんにちは!」
帽子の中に、ヤドカリのように入っているスライムさんがいた。
「なにしてるの?」
「みだしなみ、ですよ」
スライムさんは、ふっ……、と変な笑い方をした。
かぶっている帽子も、日よけ目的で使うようなものではなく、かっこつけている大人がかぶっている帽子、というものだ。
「身だしなみって、どこか行くの?」
「どこにいかなくても、つねに、ととのえておく。こどもには、わからないかもしれませんね……」
またスライムさんは、ふっ……、と笑った。
あまり気にしなくてよさそうだ。
「きれいな鏡だね」
スライムさんが自分の姿を確認していた鏡は、私の顔よりも小さい。
鏡の面のまわりには、植物を金色の金属で形作ったような装飾がしてあった。
「そうでしょう!」
スライムさんがほこらしげに言う。
私はスライムさんの横から鏡をのぞいた。
鏡は、私とスライムさんと、その後ろにある出入り口を見せてくれていたが……。
私は後ろを見た。
誰もいない。
もう一度鏡を見ると、鏡の中には、スライムさんと、私と、その後ろに知らない人がいる。
よく見るとそれは、人に見えるけれども、目が真っ赤だ。
白目に網目のように細い血管が広がる充血状態の真っ赤、ではなく、赤い絵の具で描いたような、本当の赤だった。
私はぞっとして振り返ったけれど、誰もいない。
「ちょっと別の帽子を持ってきますね」
「え?」
スライムさんは、ぴょん、とカウンターを降りると奥へと行ってしまった。
気づかなかったのだろうか。
見る。
鏡の中の赤い目の人は、一歩、また一歩、と近づいてくる。
私は鏡をカウンターの上に倒した。
はあ、はあ、はあ、という音が聞こえた。
それは私の呼吸だった。
自分の呼吸音がおさまってから、私はゆっくり鏡を立たせた。
人影は、私の真後ろにいた。
口が笑っていた。真っ赤な口の中が見えていた。
目も、口も、ただただ真っ赤に塗りつぶされているような色だった。
あまりに真っ赤で、目が痛いほどだ。
私は身動きがとれなかった。
いざとなると、悲鳴も出ないのだと知った。
人生が終わるかもしれない。
そういう予感がした。
ひやりとするような冷たい感覚だった。
私はただ、黙って鏡の中を見ていた。
黙って鏡の中を見ていた。
……黙って鏡の中を見ていた。
……あれ?
なにかされるのかと思ったけれども、人影は、私の後ろにいたままだった。
笑っていた口元も、無表情になってしまって、それから、ちょっと困ったような表情に変わった。
目の赤さはまだ気になるものの、それ以外は、ふつうの知らない人だった。
「ぎゃくに、どうですかね!」
とつぜんスライムさんがカウンターの上にぴょん、と飛び乗ってきたので、私は叫びそうになった。
スライムさんは、黄色と赤と緑の羽根がところせましと刺さっている、派手な帽子をかぶっていた。
「えいむさん、どうでしょう! はでですかね?」
「あの、スライムさん、これ……」
私は鏡の中を指さした。
スライムさんはまわりこんで、のぞきこむ。
「あ、こんにちは! きょうはなんですか!」
「え?」
スライムさんの言葉に、鏡の中人は、パクパクと口を動かす。
「ふむふむ。すぐもってきましょう!」
スライムさんが持ってきたのは、青い葉っぱだった。
「これを、いつものように、3まいですね? はい、わかりました」
スライムさんが言うと、人影は、ちょっと頭を下げて、店を出ていった。
私はすっかり人影が見えなくなってから、スライムさんに言った。
「いまのは?」
「おきゃくさんですよ!」
「お客さんって……、鏡の中に……」
「かがみのなかにしか、いられないたいぷです」
そんなタイプがあったのか。
「だいじょうぶなの……?」
「なにがですか?」
「だって、こわくない? 誰かかわからないんでしょ?」
スライムさんは不思議そうに私を見た。
「だれだかわからないひとも、おきゃくさんですよ?」
「え、まあ、それは、そうだけど」
「おきゃくさんのことなんて、だいたいしりませんよ!」
言われてみれば、だいたいはそうなのかもしれない。
「かがみのなかにすんでたら、いけないんですか?」
「それは、ええと……」
鏡の中に住んでいるなんてふつうじゃない。姿も、私には恐怖しかなかった。
そう思うのだけれども、ちょっと困った顔や、頭を下げて帰っていく様子を思い出すと、ちょっと変な気分になった。
笑っていた顔も、私を見つけて、子どもがいたから、笑ってくれていただけなのかもしれない。
「うーん。いけなくはないけど、でも、ちょっとこわいし……」
「こわいですか?」
「うん」
「でも、かがみのなかのひとは、ずっとかがみのなかですから、こわいことはされませんよ。このかがみでしか、みえませんし!」
「そうなんだ」
「はい! あんしんしましたか!」
「うん」
「よかったです!」
本当のことをいえば、あんまり安心はしてないけれども、スライムさんを見てると、そういうものなのかもしれないな、と思った。
鏡から出てこないなら、まあ、いいかな、というくらい。
それに、あの人にとっては、私たちが鏡の中人、なのかもしれないし。
それがふつうで、私たちがおかしいのかも。
私はつい笑っていた。
スライムさんの方がよっぽど変かも。
「? どうしてわらってるんですか?」
「なんでもない!」
朝起きると、やけに暑く感じた。
そのせいかなんだか息苦しくて、体が重い。
母にそう言うと、そんなことはなくて、今日はとても涼しくて気持ちのいい日だと言う。
おかしいな、と思いながらパンを食べようとしたけれど、ちょっと口に入れただけで胸がいっぱいになってしまう。
母は私の様子を見て、おでこに手をあてた。
熱がある。
寝ているよう言われ、私はベッドにもどった。
せっかくの朝ごはんは、薬草のスープに変わってしまった。
母は、私がスープをすっかり飲むまで、ベッドの横で監視をしていた。監視というには優しい顔をしていたけれども、許さないという意味では同じことだ。
スプーンで一口。
苦い。
母は、体にいいから飲みなさい、とすぐに言う。
言われる前から言われているみたいなものだから、いっそ言わなくてもいいのにと思う。
スープの一滴一滴にまで染みわたった苦味を飲みほして、私はまたベッドに寝た。
母は食器を片づけて部屋を出ていった。
たいくつだった。
頭はぼうっとするけれど、もう苦しさはない。
のども痛くない。
せきも出ない。
だいじょうぶなのではないか。
そうっとベッドから降りてみる。
「おっと」
足元が揺れているみたいに、ふわふわしていた。
苦しさも痛みもないだけに、ちょっと怖い気がした。
体がこわれてしまったのではないか、そんな気持ちだ。
ベッドにもどらざるをえなかった。
窓の外はとてもいい天気だった。
スライムさんはなにをして遊んでいるだろう。
私はといえば、お昼になったらまた薬草のスープを飲まなければならない。
寝たふりをしてやりすごそうか。
でも、熱がひどくなったら困る。
そうだ。
私は思いついて、母を呼んだ。
しばらくして、帰ってきた母が持ってきたのは、葉っぱが赤い薬草だった。
私が、スライムさんのよろず屋に行って、かぜが治る薬草を買ってきて、と頼んだのだ。
母はどこか半信半疑だったけれど、スライムさんの良い評判も聞いたことがあるそうで、その薬草を使ってスープを作ってくれた。
スープに、すこし赤みが出ていた。
飲んでみる。
「う」
辛い。
それから、体がぽっぽと熱くなってきた。
「これを飲んだら治るって?」
母にきいた。
スライムさんによればこの薬草は、病気に対抗する力を強くする力があるものだという。
治る力を手に入れるので、病気が終わったらいままでよりも元気になれるということだった。
そう聞くと、熱くなってくるのも、体が治ってきている証拠のように思えた。
もう一口飲むと、最初よりも辛くない。
もう一口、もう一口と飲んでいって、すっかり、全部飲んでしまった。
ぽかぽかした体で、横になる。
ちょっと寝苦しく感じたけれども、しばらくしたら眠気がおそってきた。
翌朝、すっかり元気になった私はスライムさんのよろず屋に出かけた。
「こんにちは」
「おや! げんきになったんですね!」
「うんありがとう」
一日見なかっただけなのに、スライムさんの姿をなつかしく感じた。
「スライムさんの薬草のおかげだよ」
「そうでしょう。あのやくそうは、すごいやくそうですからね」
「高かったのかな」
ふと、値段が気になった。
「そんなことはありません。あれは、うらでそだてているやくそうのなかで、たまにできるやくそうなので、むりょうです」
「スライムさん、無料はだめだって言ったでしょ」
「あれは、つんだらすぐくさるやくそうなので、どっちみち、どっちみちなのですよ!」
「どっちみち、どっちみち」
よくわからないけれど、今日のところは、そういうことにしておこう。
スライムさんは、カウンターの上に、ひとつ草を置いた。
緑の草に、穴があいていた。
虫食いというよりも、人の手が入ったような、等間隔の穴だった。
「ほしふりそう、っていうんですよ! きれいでしょう!」
「へえ……」
スライムさんによると、これは偶然こういう穴になるらしい。
私は、大きな月が出ている夜を思い浮かべた。
月の光が草の穴を通り抜けて、地面にできた影に、ぽつ、ぽつ、と光が見える。
それが星降り草の名前の由来ではないか。
「きれいだね」
「でも、あなのせいで、くさってしまうんです」
「ふうん? すぐ腐るのは、昨日の薬草でしょ?」
「そうですよ。これです!」
「え? 昨日のは……、あれでしょ」
私はカウンターに赤い草を見つけた。
「いやですね! あれは、とってもからいだけのくさですよ! たべてもからいだけです!」
「え?」
「からだはあったまるかもしれませんね!」
「え? スライムさん?」
「どうかしましたか?」
スライムさんは不思議そうに私を見る。
「……ちょっとお話があります」
私はしばらく、スライムさんと、薬草の取り扱いについての、大事なお話をした。
「スライムさん! 薬草をまちがえたら危ないんです! ちゃんと聞いてますか!」
「はい!」
返事は良い。
おやすみ。
よろず屋に言ったら、お店の前に看板が出ていた。
今日はちゃんと、薬草を買いに来たんだけど。
まあでも、スライムさんも休みたいときもあるだろう。
しょうがないので、道具屋さんまで行くことにした。
翌日来てみると、また、おやすみ、という看板が出ていた。
めずらしいこともあるものだ。
おやすみなら仕方がない。
私は帰ることにした。
さらに次の日、来てみると、また、おやすみ、という看板が出ていた。
さすがになんだか変だ。
病気になったりしたのだろうか。
それとも、もうお店をやめてしまう?
遠くへ商品を買いに行ったりしているのだろうか。
私がよろず屋の前で考えていたら、急に入り口の戸が開いた。
スライムさんだ。
「いつになったら、はいってくるんですか!」
おこっている。
「いつって、おやすみっていう看板が出てたから。ひっくり返すの忘れたの?」
「なにをいってるんですか! よくみてください!」
スライムさんが力説する。
そう言われても、と看板の文字をよく見てみる。
「あれ?」
おやすみ。
たしかに、不安定な字でそう書いてある。
けれども、その字をよく見てみると……。
「よろずや、って書いてある」
私が言うと、スライムさんは満足そうにした。
小さな、よろずや、という文字を大量に書くことで、離れて見ると、おやすみ、となっているようにしているのだ。
「どうです! すごいでしょう!」
「スライムさんが書いたの?」
「いらい、しました。500ごーるどもしましたよ!」
料金として高いのか安いのかはわからないけれども、500ゴールドかけるほどのものかな、とは思ってしまった。言いはしないけど。
「でもこれ、おやすみ、っていう意味なのか、よろずやが営業中っていう意味なのか、わからないような……」
「しんのいみが、どちらなのか、わからないですか?」
真の意味?
「うん。それに、離れて見る人のためにあるんだから、お客さんにはわからないかも」
「ぼくはわかりますよ」
「スライムさんは看板がなくてもわかるからね」
「へへへ」
なんだかうれしそうにしている。
「まあどうぞ、はいってください。つまらないおみせですが」
スライムさんがお店の中に入っていこうとする。
「スライムさん、看板」
「かんばんは、ちゃんとでてますよ?」
「もー!」
私はもう一度スライムさんに説明をした。