ー12年前ー2010年ー

 ATMから引き出された金額を見て涼介は落胆の色を隠せなかった。
「はぁ〜また今月の給料これっぽっちか、、」
「家賃の支払いどうしよう、、」
 涼介はATMから現金を引き出すと一人公園で頭を抱えていた。

 「あれだけ、頑張ったのにたったこれだけか、、」
初夏の薫り漂う緑の木漏れ日に照らされて涼介はこれからのことを思案していた。

 相沢涼介は今年大学を卒業したが就職活動が上手く行かずフリーター生活を送っていた。
大学の文学部を卒業した涼介はアルバイトのライターとして小さな仕事を請け負っては何とか生活費を稼いでいた。

 「もう、今のバイト辞めよっかな、、」
涼介は携帯を取り出すと求人の検索を始めた。勤務地と職種を入力するだけで高時給のアルバイトがいくつも出てきた。

 工場、配送、飲食、介護。そこには魅力的な言葉が踊るアルバイトの求人が涼介のことを待っているようだった。
 
「どうしよっかな、、」
涼介はその中のいくつかの求人の「応募する」ボタンを押して空に浮かぶ白い雲を眺めていた。

すると、早速電話がかかってきた。
「こちら、××株式会社 採用担当です。この度はご応募ありがとうございます。つきましては早速面接日時を設定させて頂きたいのですが、、」
電話口の担当者はとても丁重でどこか事務的な口調で涼介へ面接の案内をした。

その時、涼介の脳裏に美月の言葉が蘇ってきた。

「ねぇねぇ、涼ちゃん、いつか涼ちゃんの書いた本が出るといいね。私、楽しみにしてるから、、」

「もしもし、お電話が遠いでしょうか?」
「面接の日時を決めさせて、、」
「あの、すみません、少し考えさせてください」涼介はそう伝えると衝動的に電話を切っていた。

「美月ごめん、、美月との約束があったよな、、」
涼介はスマホを閉じると自転車を押して公園を出た。
涼介の心に深い虚無感が襲って来た。
「俺、何やってるんだろう、、」

 「ただいま、、」

誰も居ない部屋に涼介は帰るとそこには書きかけの原稿や仕事の打ち合わせの資料が散乱していた。

原稿と資料をきれいにまとめて整理すると涼介はダンボールに入れて、押し入れの中に仕舞った。

「ピーンポーン!」
不意に家のチャイムがなった。
「宅急便でーす」
涼介は宅急便を受け取ると中を開けた。差出人は故郷の母だった。

「涼介へ

元気にしとるね?
たまには帰ってこんね。
体だけは大切にしないさいね。

母より

追伸
美月ちゃんも涼介に会いたがってるよ。母」

 涼介は手紙を仕舞うとベッドに横になった。
涼介は地方の大学を卒業後この東京に来ていた。
彼女の美月との約束を守るために日々の生活に追われながらもライターになる夢を追い続けていた。

◇◇◇◇

 「カランコロン!」
「いらっしゃいませ!」
「えーと、苺のショートケーキにチョコレートケーキをください」
「かしこまりました。少々お待ちくださいね」
美月は満面の笑みでショーケースの中から苺のショートケーキとチョコレートケーキを出してきれいに包装した。
「お待たせ致しました!900円になります」
「いつもありがとうね」ケーキを注文した客は笑顔で店を後にした。

「カランコロン!」
「いらっしゃい・・ませ」
「美月ちゃん、ごんめんねー遅くなって」
「あ、彩さんおかえりなさい」
「すぐ支度するからね。ちょっと待ってて!」

 美月は洋菓子店フォンテーヌの看板娘だった。
フォンテーヌはこの街の人気の洋菓子店でショートケーキが看板商品だった。
「美月ちゃん、休憩入って! 後は大丈夫よ」
「ありがとうございます」
美月は頷くとエプロンを外して店の奥の休憩室に向かった。

 休憩室に入り遅い昼食の後、美月は携帯を取り出した。

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「はぁ〜涼ちゃん元気にしてるのかなぁ〜」
美月は携帯を握りしめて窓の外を見た。
休憩室の小さなTVのスイッチを押そうとしてやめた。
「涼ちゃん、、」
木漏れ日が美月の横顔を照らしていた。