思えば、ボクの一人称が「ボク」になったのは、今から遡ること十二年前の、まだ幼稚園児だった頃。当時推していた大所帯アイドルグループでセンターを務めていた、のちにLGBTをカミングアウトすることになるボーイッシュな少女が、自分自身を「ボク」と呼んでいたのだが、そんな彼女にまんまと影響されてしまったのだ。



 言うまでもなく、両親には「わたし」と呼びなさい、と口酸っぱく、何度も何度も注意された。でも、いくら注意されたところで、ボクの一人称が「わたし」になることはなかった。子どもながらに世間体を気にしたのか、さすがに外では「わたし」を名乗り、それは今でも変わらないのだけれど。



 ボクが堂々と「ボク」と名乗ることができるのは、両親と年の離れた弟、幼なじみ、そして真夏ちゃんの前だけだ。



「はああ……」



 またしてもため息。しかも、今回は特大。超特大。



 性格上、いったん気持ちが塞ぎ込んでしまうともう駄目だった。どこまでもマイナス思考に陥ってしまう。こんなときは気分転換に限る。そう思い立ってからは早かった。



 ボクは部屋着のTシャツにショートパンツ、素足にクロックスといった女子力皆無な格好のまま財布だけを片手に自宅を出ると、徒歩圏内のコンビニへと向かった。マカロンにショコラロールにマリトッツォに……なんだかどうしようもなく、甘ったるいスイーツが食べたい気分だった。



 深夜二十二時。一応、県庁所在地ではあるものの、所詮は片田舎の中核市である。死んだように静まり返った住宅地には、人一人として歩いていない。時折、野良猫がアーモンドアイをぎらりと光らせながら、目の前をふてぶてしく素通りしていく程度だ。



「おい」



 と、そんな低音がお腹の辺りに響いたのは、ちょうどコンビニ前の駐車場に足を踏み入れたときだった。