「よし、完了」



 午後四時。ボクは学級日誌の項目をすべて書き終えた。もっとも、こんなものは本来、ものの五分もあれば書き終えることができる。でもあえてそれをしないのは、一分一秒でも長く真夏ちゃんと一緒の空気を吸っていたいからだった。もちろん。



「真夏ちゃん、帰ろっか」



「うん、帰ろ帰ろー」



 直後、隙間なくくっつけていた机を定位置に戻す。他愛もない話に花を咲かせながら教室を出る。誰もいない廊下を直進、一階へと続く階段を下る。第一音楽室から漏れ響くピアノの旋律、トロイメライ。



 ややあって職員室入口すぐの担任のデスクに学級日誌を届けたボクたちは、そろって校舎をあとにした。



「小秋ちゃん、これからちょっと時間ある?」



 真夏ちゃんがそんな言葉を投げかけてきたのは、校舎を抜け出てから数分、A駅に入ってすぐのことだった。



 人々が交錯する東口の階段を一歩一歩と下りながら、ボクはあまり深く考えずに答える。



「うん、大丈夫だよ」



 このまま直帰したところで、夕飯の買い出しに駆り出されるのが目に見えている。それに、明日は土曜日。なんなら朝までつき合ったっていい。



「ちょっと紹介したい人がいるんだよね」



「え、誰?」



「それは……会ってからのお楽しみ」



 えへへ、と上機嫌に、そしてどこかしおらしく笑う真夏ちゃん。



 何をもったいぶっているのだろうか、このコは。思いつつも、ボクがそれ以上の詮索をすることはなかった。紹介される相手が男だろうが女だろうが、宇宙人だろうが異世界人だろうが、もはや誰だってよかったのだ。このまま真夏ちゃんと一緒にいられるのならば、誰だってよかった。本気でそう思っていた。