「へえ、そうなんだ」



「そうそう……」



 こんなとき、普通の人間ならば、ここから自然と話題を膨らませていくのだろう。思いつつ、けれどもボクには、それができなかった。



 つまらない奴、とでも思われただろうか。せっかく向こうから話しかけてくれたというのに、手を差し伸べてくれたというのに、ボクはその厚意をまったくの無駄にしてしまった。



 漁港に押し寄せる大波のような自己嫌悪が、このちっぽけな身体を呑み込むまで、そう時間はかからなかった。



 周囲のクラスメイトたちとは一転、二人の間に重く凝った沈黙が垂れ込め、いよいよこの場から逃げ出そうとした――そのときのことだ。



「春原さんって、いっつも読書してるから、なんとなく気になる存在だったの。わたしも読書が好きだから……実はずっと話しかけるタイミングをうかがってたんだ」



「え」



「おすすめの本があったら、今度紹介してね」



 くすみ一つない前歯を輝かせ、てらいのない笑みを浮かべた美少女。



「……了解」



 このとき、この瞬間だった。ボクが空っぽな胸の奥底に「ときめき」の四文字を自覚したのは。それは十五年の人生史上、最も強烈で、鮮烈で、どうにも自制しがたい感情だった。



 こうしてボクはあまりに唐突に、単純に、純粋に、あっという間に初恋の渦に呑み込まれてしまったのだった――。