神降臨

「文部科学省を通じて本校に通達がありました」
 職員朝会で、校長が連絡をした。
 高宮良治校長は、定年間近の58歳である。
 恰幅が良くて、声に張りがある。
 肌艶がいいので実年齢よりも若く見える。
 教員は若く見える先生が多い。
 若い生徒と接しているからである。
「文科省から、本校の教育活動を視察に来られたとのことです。先生方は、普段通りに授業をしていてください。私が対応します」
「おお。文部科学省…… 」
「何事だろう」
 職員室にどよめきが起こった。
 県の教育委員会が監査にくるこそはあるが、文部科学省から直接の通達があることはない。
 それに、うちみたいな中堅私立高校に視察にくるとは、意図がわからない。
 2学年からも、
「朝のショートホームルームで生徒に説明して、いつも通りにしていているように、と連絡してください」
 と念を押された。
「何かただ事じゃない気がするが…… 」
 海老原は唸った。
 そして、ショートホームルームの時間、出席を取った後、
「今日は、外部からお客さんがいらっしゃいます。きちんと挨拶するようにしてください。校長先生もみにいらっしゃいますが、いつも通り授業を受けてください」
 担任の海老原先生が、重々しくいった。
「ねえ。エマ。誰がくるんだろう。雰囲気がいつもと違うような…… 」
 エマは、考えごとをしているようで、ハッと我に返った。
「うん。多分大丈夫だと思うよ」
 何となく様子がおかしい。
 まあ、平静を装っていることにしよう。
 3時間目、国語の時間のことだった。
 廊下に、校長先生の姿が見えた。
「神田さん。こちらが本校の教室です。今、国語の授業をしています」
「ふむ…… 」
 神田と呼ばれた男は神田秀一という。40代に見えるが、高宮校長よりも威厳があって厳かな雰囲気を漂わせている。心なしか身体から光を放っているようにも見える。口ひげを蓄えて、スラッと背が高い紳士といった風体である。
「皆一生懸命に勉強していますわね」
 妻の神田智美も40代のようだ。知的な雰囲気を感じさせる。こちらも背が高い。
「ああ。校長先生。このクラスをしばらく見学したいと思っておる。校務もあるでしょうから、お構いなく」
「すみませんね。突然お邪魔して。校長先生は戻ってお仕事をなさっていてください」
「いえ。滅相もございませんが、たまっている仕事があるのも事実です。お言葉に甘えさせていただきます。ご用がありましたら校長室までお越しください」
 校長は恭しく一礼すると、校長室へと戻っていった。
「ふふふ…… エマ。すっかり馴染んでいるじゃあないか…… 」
「そうね。こうして見ていると、安心したわ。周りの友達からも慕われているようね。隣にいるのがナオヤさんね。いつもエマがお世話になってます。ありがとう…… 」
 ナオヤとエマには、廊下の2人の声が聞こえていた。
 脳に直接話しかけるように、テレパシーで意思疎通ができるようだ。
「ナオヤ。外で話しているのは、私のパパのゼノンと、ママのエリスよ。地球では神田秀一と神田智美と名乗っているの。よろしくね…… 」
 エマもテレパシーで話しかけてきた。
「ナオヤからも声を送れるようにしたから、念じてみて…… 」
「エマ。こんな感じ? 」
 直也は口から声が出ないように注意しながら、頭で念じた。
「そう。その調子よ。外の2人とも会話できるわ」
「エマ。地球の学校はどうかしら? 」
「ママ。とっても楽しいわ。直也はいつも私を守ってくれるの。こんなの初めてよ…… 」
「うむ。ムラマサから報告を受けておる。ナオヤ君…… 」
「はい…… 」
 直也はとても緊張した。
 神の威圧感を、言葉の端々から感じ取っていた。
「娘は…… エマは君に出会って本当に良かったと思っておる。地球に来てからとても明るくなった。父親として礼を言う…… 」
「ナオヤさん…… エマには、地球の人たちへ愛情を持って欲しいのです…… それが、宇宙の秩序を守るために不可欠な素養になるでしょう…… 」
「は、はい。僕には、重大な使命が与えられたと思っています。エマさんは、特別な一族に生まれ育っていることをムラマサさんからお聞きしました」
 話をしている間に、休み時間が来たようだ。
 キーン、コーン、カーン、コーン……
「きりーつ、礼」
「ありがとうございました」
「うむ。礼に始まり、礼に終わる。地球人の中でも、日本人は礼節を重んじると聞いた。そのとおりの民族であるな…… 」
「エマ。お前の溌溂とした様子が見られて、ママもパパも安心しました…… 」
「中山さんのお宅で待っている。話の続きは後でしよう…… 」
「わかったわ…… 」
「では後ほど…… 」
 休み時間になると、堰を切ったように廊下に飛び出していったり、教室でおしゃべりを始めたり、スマホをいじったりしている。
「いやっほーうぃ! 」
「ねえ! 面白い芸人見つけたの。みてみて! 」
「どれどれ。うわはははは! 」
「うきゃあああぁ! 」
 2人の神の眼にはどう写ったのだろうか。
 直也は一抹の不安を感じた。
 50分間授業を受けて、抑圧された感情が休み時間に一気に爆発する。
 10分足らずの時間だが、その間に有り余るエネルギーを吐き出し、醜態を晒す者もいる。
 直也は50分間勉強をしてもさほどストレスをため込まないし、休み時間に叫びたい気持ちになったことはない。
 改めて考えると、自分は冷静だな、と思って少し安心した。
「うむ。元気があってよろしい…… 」
「あはは。すごい元気ね。私にも分けて欲しいわ…… 」
 2人は楽し気に、蜂の巣をつついたような光景を見守っていた。
「では。失礼するよ。ナオヤ君…… 」
「はい…… 」
 テレパシーで挨拶した。

「ただいま」
 家に帰ると、ゼノンとエリス、ムラマサがリビングにいた。
「おお。お帰りなさいませ」
 ムラマサは部屋の入口に立っていた。
 両親を間近でみると、神々しい光を放っているのがわかる。
 その光は、緑から青へと、色みを変化させている。
「この光、どこかで見たような…… 」
 直也は小さな声で呟いた。
「ナオヤ君。折り入って話があるのだ。長い話になる。荷物を置いて、着替えたら戻ってきて欲しい」
 ゼノンの口調から、ただ事ではない雰囲気を感じた。
 直也とエマはそれぞれの部屋に戻ると、リビングへと降りてきた。
「パパ。あの話をするの? 」
 エマは緊張した面持ちになっている。
「そうだ。ナオヤ君は、地球人の中でも屈指の才能を持っている。きっとうまくいくだろう」
「!? 才能? 」
 何かが自分の知らないところで始まろうとしている。大きな何かが……
 直也は直観的に、覚悟を決めた。
「まずは、エマを君に預けて良かった。余の予想以上に相性が良かったようだ。エマとナオヤ君はこれから一蓮托生の運命を辿ることになる」
 未来を知っているような言い方だ。
 神だからある程度は予見しているのだろう。
「…… 」
 しばらく沈黙があった。
 重い空気が流れた……
「ゴクリ…… 」
 直也は何が明かされるのか、固唾を飲んで待った。
「まずは、ナオヤ君。君には地球の命運を託すことになる…… だからすべてを明かそうと思う。覚悟はあるかな? 」
「はい」
 直也はなぜか迷わなかった。
 自分は神の一族と話している。
 そしてエマは家族だ。
 だからゼノン様が言うことは、家族の言葉だ。
 何でも受け入れてみせる、と思っていた。
「お母様もこちらへ来てください…… 」
 エリスがキッチンにいた母を促した。
 きょとんとしてこちらを一瞬みた。
 そして母はパタパタと直也の隣に座った。
 こんなとき、ちょっぴり場を和ませてくれる。
 母をみてそんなことを思った。
「まずは、君が拾ったボールだが…… 」
 そうだった。あのボールは机の片隅に置いたままだ。
 あれが一体……
「フィシキ・ディナミスという。『フィシキ』と呼んでいる。あれには神の一族の能力を込めてあるのだ」
「神の一族の能力…… 」
「地球人である君がフィシキを使えば、神の能力の一部を使うことができる」
「えっ? 僕がですか…… 」
「そうだ。君にあのボールを託す。エマと共に、ある使命を頼みたいのだ」
「使命…… 」
 少し沈黙があった。
「神の一族の中には、地球人を危険視する者たちがいる」
「パパ。アポロ一派に動きがあったのね」
「そうだ。エマとナオヤ君に、力を貸してほしいのだ…… 」
「地球人を危険視している、とおっしゃいましたね。神が地球に何かしようとしているとしたら、一大事です! 詳しく聞かせてください」
 直也は事の重大さを認識していた。
 自分はまだ神のことを良く知らない。
 せいぜい、エマが何でもできる秀才だということ。そしてやろうと思えば人間を遥かに超えたパフォーマンスを発揮できること。そして、どうやら瞬間移動ができること。これくらいである。
「神が本気で地球人を滅ぼそうと思えば、他愛ないのではありませんか!? 」
 つい語気が強くなり、不安が口を突いてでた。
 すると、ずっと黙っていたエリスが口を挟んだ。
「ナオヤ君。私はエマが鍵を握っていると思っています。アポロも話せばわかるはずです。本気で地球を侵略しようとはしないと思います。ただ、私たちと考え方が違うのです。どうか、あなたにもエマにお力添えを願いたいのです…… 」
「エマは神ですが、僕はただの人間です。何ができるのでしょうか」
「いや。君は素質を持っている。ただの人間ではないようだ」
「先ほどのフィシキを使えば何かできるという意味ですか? 」
「それだけではない。人間的な魅力があるのだ。地球人は排他的な者が多い。中山家のように、知らない女の子を受け入れたりはしないものだ。だがナオヤ君も、ご両親も瞬時に決断した。そしてこんなにエマが心を許している…… この愛情深さが鍵になるのだ…… 」
「ナオヤ君。もし危険があるようなら、私たちが必ずあなたを守ります。アポロと話をしていただけないでしょうか…… 」
 このゼノン様と、エリス様は宇宙神である。恐らく自分は地球人代表として、地球を守るために何かをすることになる。
 ことの深刻さは理解した。だが、自分は他愛ない日常を享受して生きてきた凡人だ。
 これからも宇宙神とは関わらずに、生きていくこともできるかもしれない。
 こんな弱い自分も心の中にいた。
 直也はこんなとき、無関心を決め込むような人間ではない。
 だが、これから起こることに不安を感じていた。
「お母さんはどう思う? 」
 傍らでぼんやり見守っていた母に、聞いてみたくなった。
「直也が決めなさい」
 短く端的に、決然といった。
 母は覚悟を決めていると悟った。
「では、エマと一緒に参ります。アポロ様と話をするのですね」
 エマはじっと直也を見つめていた。
「ナオヤ。ありがとう。私は地球人を必ず守るからね」
「では、余とエリスは先に行っている。詳しいことはムラマサに説明してもらおう…… 」
「はい。かしこまりました」
「ナオヤさん。フィシキを持って来てください」
 自分の部屋に戻り、持って来た。
 いつも緑や青に輝いていた玉が、黄色に輝いている。
「これは…… アポロの影響を受けているのかもしれません。このフィシキは、神の意志の力を敏感に受け取ってさまざまな効果を表します。全能の最高神であられるゼノン様は緑、知恵の神であられるエリス様は青で表されます」
「じゃあ、今まで青や緑に輝いていたのは、お二人の意志の力だったのですか」
「概ねそうだと思います。神はたくさんいますから、他の神の影響もあるはずですが…… 」
「改めて見ると、さまざまな色を含んでいるようだ。そして今は緑になっている」
「これからは肌身離さず持っていて。もしかしたらフィシキを通じて力を使うかもしれないから」
「では、説明いたしますので、心してお聞きください。まず、太陽神アポロ様と、月の神ルナ様は地球にとても近しい立場にあられます。お子様のマルス様も含めて、地球人に対する期待が高いのです」
「なるほど。地球は太陽の恵みで成り立っているし、月は最も近い衛星だからですね。マルスは軍神なので、好戦的なのでしょうか」
「概ねお察しの通りです。ですが、地球人の方々は、宇宙へ進出するようになりました。最近は火星探査も本格化してきています。恐らく、有人で火星へ行く日はそう遠くありません」
「ニュースで見ました。宇宙エレベーター計画、一般企業の宇宙開発への進出などこれから宇宙へ地球人が出ていって、科学が発展すると思います」
「そうです。それは素晴らしい進歩である反面、地球に収まりきらなくなった地球人が、宇宙に住みかを探しに行く、と見ることもできます」
「なるほど。人口増加は歯止めが効かなくなっています。そして環境汚染も…… 」
「地球人を危険視するアポロ様は、宇宙を汚染されることを危惧しておられます」
「僕は科学の専門家ではないし、一般的な知識しかないですが、大丈夫でしょうか…… 」
「ゼノン様と、エリス様が決断されたのですから…… 私もナオヤさんを信じていますよ」
「マルス様というお子さんがいいるということですが、どんな方ですか」
「マルス様は、軍神ですので気性が激しくて好戦的です。ですが危害を加えるようなことはないと思います。それに、エマ様もいらっしゃいますので…… 」
 何か意味ありげにムラマサがニヤリとした。
「では、我々のコロニー『エデン』へ参りましょう」
「はっ。はい…… 」
 一抹の不安を抱えながら、直也とエマの地球の命運をかけた旅が始まったのである。


理想郷エデン

「フィシキをしっかりと両手で握ってください」
 ムラマサが緊張した面持ちでいった。
「ナオヤはこれから空を飛ぶのよ。私とムラマサが引っ張っていくから、心配しないでね」
 エマがにこやかに、いってくれた。
 正直不安以外になにもない。
 これから神の本拠地へ向かうのだ。
「ははは。ナオヤさん。宇宙旅行ですよ。楽しんでください」
 ムラマサが笑った。
「ではっ。お母様、地球ではあっという間の時間です。夕飯までに帰りますのでご用意をお願いします」
「いってらっしゃーい。宇宙旅行かぁ。お土産よろしくね! 」
 母はいつも和やかだ。
「ふははは。もう開き直るぞ。いってきまーす」
「じゃあ。足から重力が抜けていくから、できるだけ動かないようにね」
 というと、ふわっと浮き上がった。
「うわっ。天井にぶつかる! 」
 と思ったら、突き抜けて空に出ていた。
 今の季節は初夏である。すでに夜6時をまわっていたので、辺りは薄暗かった。
「うひゃあ! 家が小さくなってく」
「直也は初めてだから、ゆっくり行くね」
「では、あとはエマ様にお願いします。私は一足先に失礼いたします」
「うん。ありがとう。ムラマサ」
 すると、ムラマサの身体が一瞬虹色に輝いた!
 フシュン!
 後には静寂が残った。
 下には日本列島が見える。
 どんどん小さくなっていく……
「少し寒くなってきたな」
「そうね。空気のバリヤーを張ってるけど、外はマイナス10℃以下だからね。成層圏に入るとマイナス30度以下になるから、そろそろ温めるわ」
 というと、暖房がついたように暖かくなった。
「あったかくなった…… 」
「24℃くらいに保つわ。空気は地球の空気と入れ替えながら行くわ。エデンの空気も地球と組成はほとんど同じだけど、少しずつそっちへ近づけて慣らすわね」
「エマ。宇宙の温度は何度なの? 」
「宇宙には空気がないから、空間の温度は3ケルビン。つまりマイナス270℃なの。太陽の赤外線で温められるから、物質の温度は日なたで120℃。日陰でマイナス150℃になるわ」
「げっ。俺は生きて帰れるのかな」
「私を信じて。これから太陽光線を直に浴びないように、熱線反射シールドを張るわ。そうそう。もしかしたら、ナオヤが1人で移動する状況になるかもしれないから、そのときは空気のバリヤーと熱線反射シールドを張ると覚えておいて」
「どうやるの? 」
「フィシキに向かってイメージして、頭の中で念じれば大丈夫よ」
 これだけでも神の力の凄さがわかった。
「うわっ。太平洋だ! すごいぞ。本当に地球は青かったんだ」
「うふふ。せっかくだから、楽しんでね」
「中国の万里の長城が見える! Gogglesマップよりくっきり見える! ああ。写真撮りたい! スマホ持ってくればよかった」
「これから200,000km先にあるコロニーへ向かうわ。月までが384,400kmだから、その半分くらいよ」
「うわあ。すごい! 」
「ナオヤ。宇宙の方を見て」
「ん? うん…… 星がたくさん見えるね。大気がないから、地球よりずっとたくさん見える…… 」
「私たち、神の一族は、この広い宇宙を旅しているの。こんなに広いのに、文明を持っている星は地球と私たちが住む『オフィール』以外にはないのよ」
「そう考えると、奇跡のようなことだね。生命が生まれて、進化を遂げてここまで発達したんだね…… 」
「ロマンチックな気分になったかしら…… 」
「エマ。僕らが出会ったのは、奇跡なのかな…… 」
「そうね。ナオヤのような人に出会えたことは幸運だったわ…… 」
「星は超新星爆発や、星間雲の衝突で生まれる。そして最後は赤く巨大化し、超新星爆発で砕け散る…… ほら、あそこに赤色巨星が見える。もうすぐ一生を終えるんだ…… 」
「私たちは、限られた時間を生きている…… だから生きる意味を考えるのよ…… 」
 エマは、直也を見つめている。
 直也も見つめ返した。
「エマ…… 」
 お互いに手を握りあった。
 そして、唇を重ねた……


理想郷エデン

「見えてきたわ。あれがエデンよ」
 エマが指さす方向に大きな銀の球体が見えた。
「まるで、でかいフィシキだね」
 コロニー自体が7色に輝きを放っている。
 そして、周囲の宇宙を反射して映し出す。
「この中に神がいるのか…… 」
「地球では神話や伝承でエデンを空想しているけど、エデンは科学と叡智の結晶なのよ」
 エマと直也はそのまま速度を落とさずに向かって行く。
「ちょっ。ぶつかるんじゃあ…… 」
「大丈夫。このまま中に入るわ」
 カッ!
 周囲が光に包まれた。
 そして光が晴れていく……
 一瞬の出来事だった。
 直也は、草原に立っていた。
「お帰りなさいませ。エマ様。そして、ナオヤさん。ようこそエデンへ」
 ムラマサと、もう一人少女が立っている。
「フーちゃん! 」
 エマが駆け寄って、抱きしめた。
「ふふふ。エマお姉ちゃん。会いたかったよう」
「ナオヤに自己紹介して」
「私はアフロディテといいます。エマの妹です」
 アフロディテはエマと背格好はほぼ一緒で、同じ年のようだ。
 美の女神だが、美形というよりも愛嬌があって可愛らしい。
「では早速ですが、アポロの居城へ向かいましょう」
「ナオヤさん。フィシキをご覧ください」
 ウエストポーチにしまっていた球体を取り出した。
「んっ? 赤い…… 赤1色になってますね」
「これはね。ナオヤの力を示した色だよ」
「やはり。ナオヤさん。宇宙に来られてから、力が覚醒しつつあります。実は、これから会うアポロ様とルナ様は、元地球人なのです」
「ちょっと待ってください。ゼノン様もおっしゃいましたが、僕の『力』とか『才能』と言われているものは何なのですか? 」
 ムラマサはエマに意味ありげに目くばせをした。
「ナオヤ。心を落ち着けて、宇宙を想像して」
 目を閉じて、さっき見た大宇宙を頭に描く。
「こうかな…… 」
「そう。もっと心を宇宙に開いて。できるだけ広く…… 」
 ビビビッ…… キイイイイィン……
 フィシキが共鳴するように鳴りだした。
 赤い光がナオヤの身体を包み、全身から炎が立つように見える。
「おお。ナオヤさん。あなたはやはり…… 」
「熱い! 何だか身体の奥からマグマが湧き出るような…… 」
「ナオヤ。私を見て」
 エマの体も赤い炎に包まれていた。
「私は炎の神。そして、ナオヤにも私の力を分けたのよ」
「ナオヤさんの才能があればこそです。そして、エマ様のすべてを無条件に受け入れた心の器量がこの共鳴を起こさせたのですよ」
「お姉ちゃん。ナオヤさんと…… 」
「フーちゃん。それ以上言っちゃだめよ」
「では、参りましょう」


太陽と月、そして戦いの神

 お城といっていたが、こじんまりとした建物だった。
 神の家、というと聖書では質素な家をイメージしている気がする。
 中世の教会などは華麗で荘厳な装飾をした巨大な建物だ。
 そしてお城、というと戦争で守りの要となる要塞である。
「ムラマサさん。ここでは神同士で争いごとが起きることもあるのですか? 」
 素朴な疑問を投げかけた。
「そうですね。考え方の違いから、対立することはあります。ですが神は誇り高い精神と、強大な力をお持ちですから、表立って争うことは少ないです」
「アポロ様は地球を危険視している、とゼノン様からお聞きしました。何か不安を感じます…… 」
「ナオヤ様。ゼノン様がおっしゃることにも、判断されたことにも間違いはないですよ」
 城というよりは小さな古民家といった建物から、少年が出てきた。
「やあ。エマ。地球に行ってたんだって? 地球の汚染された空気で病気にならなかったか? 」
 親し気に話しかけてきた。
「マルス。地球の空気は汚染されてなんかいないわ! 」
 マルスは直也と同い年に見える。グラディエイターのコスプレのように兜と籠手、具足を身に着けて、いかにも軍神らしい出で立ちである。
「おっと。失礼。軽はずみな批判は自分の品位を落としますね」
「私たちは月の神と、太陽の神とお話しに来たのだけど」
「そうだな。ゼノン様からお話は伺っている。俺が案内しよう…… 」
「ありがとう」
 門の中に入ると、庭に様々な植物が植えられていて、綺麗に整えられていた。
「そちらのお客さんが、地球人かな」
「そうよ。あなたがいきなり変な言いがかりをつけるから、紹介し損ねたわ。中山直也さんよ」
「地球人の文明は、神が導いたものだ。断って置くが、すべてこちらが元祖で地球人が真似ているのだよ」
 庭を抜けると衛兵に声をかけ、眩しい白壁の建物に入った。
 石造りの神殿といった感じの建物で、入口から奥へ向かって廊下が続いている。
 突き当りに、大きな両開きの扉があった。ここにも衛兵が左右に直立不動で立っている。
「この中だ。俺はここで待っている」
「いよいよね…… 」
「緊張してきた…… 」
 コンコン……
 マルスが扉をノックした。
「エマ様とナオヤ様が来ました。入ります」
 ギギイイイィ……
 木製の荘厳な扉が開かれていく。
 中は薄暗かった。
「では、私は外におります」
 アポロ様は子どもの躾には、厳しいようだ。
 さっきの不遜な態度は消えていた。
 バタン……
 扉が閉まると、だんだん目が慣れてきた。
 奥に明かりがあって、2人椅子に腰かけてこちらを見つめている……
 微動だにしない……
 物凄い威圧感が漂っていた。
「エマです。お久しぶりです。こちらは地球から来た中山直也さんです」
「……」
 沈黙が怖い。
 闇の中に神の上半身が、不気味に照らし出されていた……
 光源が下にあるので、余計に大きく、神秘的に見える。
「もしかしたら、ここで殺されるのかも…… 」
 こんな弱気が芽生えてきた。
 どれくらいたっただろうか。
 数分かもしれないし、小一時間かもしれない。
 地球の命運をかけた謁見だというプレッシャーばかりが膨らんでいった。
「もし…… ナオヤ……さん…… 」
「ハッ! はい! 」
 声が裏返りそうになった。
 ルナの声は優しく穏やかだった。
「エマは地球で何をしていましたか…… 」
 質問の意味を、頭を高速回転して考え抜いた。
 地球人に不信感を持っているのであれば、何か被害を受けたと思ったのだろうか。
 いや。ただ単に身内が元気に過ごしていたか、軽く聞いたのかもしれない。
 待てよ…… 相手は神だ。
 元々知っていることを、ナオヤの口から聞こうとしているのだろう。
 何を答えるかによって印象ががらりと変わる。
 初めからこちらが、警戒心を持っていることが伝わると話しにくくなるだろう。
 月並みだが普通は「元気に過ごしていました」くらいでいい。
 しかし、具体的な方がいいのではないか。
 そうだ。
 「元気にしていましたか」とか、神らしく「息災でしたか」みたいに聞くのが自然だ。
 「何をしていましたか」には地球への不安がにじみ出ている気がする。
 それなら、安心させるべきだ。
 どう言えばいい?
 普通に高校生活を送っていたとか、クラスの人気者でしたとか、勉強も運動も成績優秀ですというのがいいのか。
 神なのだから、人気者でも成績優秀でも当たり前だ。
 直也は目が回ってきた。
「はい。僕と一緒に高校へ通いました」
 沈黙に耐えられず、言葉を口走った。
 緊張して、物凄く早口になっていた。
「ふふ…… そう。それは良かった。ゼノンは地球の生活を味わってほしいと言ってたから。地球人はよそ者を嫌う傾向があるのです。宇宙人にさまざまな実験をして、なぶり殺された事件もありました」
「すっ。すみませんでした! 」
 直也は涙ぐんでいた。
「ふっ。そういじめるでないぞ。ルナ…… 」
「いえ。僕は地球人代表としてここに来たと思っています。ルナ様がおっしゃることは、ごもっともです」
 エマが苛立ちを露わにした。
「ナオヤは私にとても良くしてくれています。ルナ様。誤解とはいえ、言いすぎです。謝ってください」
「あら。ごめんなさいね。あなたはとても責任感が強い好男子ですよ…… エマ。いいお友達ができたわね」
 エマは声を張り上げる。
「多くの地球人は、宇宙人を警戒しているのです。私たちが地球人に対して持っている気持ちと一緒です! 」
 珍しく感情的になっている。
「ルナよ…… ちょっと失敗しているぞ…… 話しにくくなったではないか…… 」
「エマ。あなたがナオヤとそのご両親に守られて、とても有意義に過ごしていることは聞いています…… 」
「炎の神に火をつけるとはな…… 仕切り直そう。本来我々が出向くべきだった。一度ゼノンの所へ帰りたまえ」
 このやりとりで、神が人間味あるものに思えてきた。
 部屋を出ると、マルスが待っていた。
「エマ…… 」
 マルスも呆然としている。
「うっ。ごめんなさい。私…… 悔しくなって。ごめんなさい。一人で感情が昂っちゃって…… 」
 目からポロポロと涙が落ちた。
「地球人のために泣いてくれる神がいる。エマがいれば、きっとうまくやっていけると思うよ」
 直也は心からそう思った。


神の暴走

 ゼノンの神殿は丘の上にある。
 最高神という立場からか、中央の、周囲を見渡せる場所だった。
 外観はこちらも簡素だった。
 石造りの柱をあしらっていて、入口から廊下が奥に続いている。
 入口でムラマサが待っていた。
「おお。エマ様。おかえりなさいませ。お優しいエマ様ですから、地球人を思ってこのように…… 」
 エマの目が泣きはらして赤くなっていた。
「ただいま」
 普通に言うと、重いドアを開けた。
 ギイイィィ……
 アポロが中にいた。
「ああ。ありがたや。ゼノンに殺されるところだったぞ」
「誰がお前を殺せるのだ。ユーモアのつもりか」
「おい。最高神にも嫌われたぞ。もう生きていけないな…… 」
 眉をㇵの字にして困った顔をして見せた。
 少し心が落ち着いた。
 アポロは懐が深い人物のようだ。
「アポロよ。ここは、余から話そう。どうも話がこじれたようだ」
「そうだな。内心困っていたのだ。では。あの件はくれぐれもよろしく頼むぞ」
 エマに声をかけようとしたが、ためらって何も言わずに出ていった。
「うむ。ナオヤ君。フィシキと共鳴したようであるな」
「はい。先ほど赤い光を帯びて、エマ様と同じ光が体から出ました」
「そして、エマは地球人を愛するようになった…… 」
 エマがドキッとした顔をした。
 そして直也を見た。
 直也は照れくさくなって俯いていた。
「余もあまり器用な方ではなくてな…… こんなとき娘にどう言葉をかければいいのか…… 」
「アポロ様は、地球人に害をなす方のようには見えませんでした」
「うむ。だがな。アポロの配下の神がいるのだが…… 」
「ウラノスね。何を企んでるの? 」
「エマよ。落ち着くのだ。順を追って話そうではないか」
「私は落ち着いているわ」
「6600万年前、地球上に栄えていた恐竜たちが、鳥類を除いてすべて絶滅した。そのとき、宇宙から病気を起こす細菌が持ち込まれたのだ」
「まさか…… 」
「ウラノスはどこにいるのですか? 」
「地球へ行った」
「エマ! 地球へ戻ろう」
「待ちたまえ! アポロの話はまだ続きがある…… 」
「ウラノスは中山家の近くに向かったのだ」
「地球での名前は天野翔という。その細菌はとても感染力が強い。下手をすると、神も感染する」
「わかったわ。天野翔とテロリストを探すわ」
「待ってくれ。俺も行く」
 振り返ると、マルスがいた。
「母を、悪く思わないでくれ。俺も地球へ向かうよう命令したのは母だ…… 」
「ウラノスは、地球に細菌をばらまく気なのか? 」
「ナオヤ。ウラノスも神だ。だが、残念ながら地球のテロリストと繋がっているという噂がある…… 」
「何てことだ…… 」
「埼玉県さいたま市で世界環境サミットが開かれる。そこをテロリストが乗っ取る計画がある! 」
「うむ。エマ。ナオヤ。マルスよ。直ちに地球へ向かい、ウラノスとテロリストを止めるのだ! 」
「御意! 」
 3人は地球へと向かった……
 マルスは地球では剛田武と名乗っている。
 背はナオヤよりも一回り大きい。
 精悍な顔つきで、気性は穏やかだが、激しい闘志を内に秘めている。
 目立たないように、地球人の普段着に着替えていた。
「さいたま市では、世界環境サミットに備えて厳戒態勢が敷かれている。どうやってテロリストを見つけたらいいだろう…… 」
「私とマルスに任せて。ウラノスの色は白よ。フィシキも変化するはず」
 世界環境サミットの会場である、庁舎のが見える公園にやってきた。
 道路を警察が封鎖して、検問をしているようだ。
「ナオヤはここで待っていて。私とマルスで取り押さえるから」
 というと、2人は姿を消した。
「そろそろサミットが始まる時間だ」
 直也はスマホを取り出すと、ライブ中継を再生した。
 ギギッ……キイイイィィン!
「フィシキが白く光っている! ウラノスがいるんだ」
 すると、中継番組の議長の席に、見知らぬ男が現れた。
 男が手を上げると、会場の人々が金縛りにあったように動きを止めた。
 そして別の男が語り始めた……
「このカプセルには、人類を滅亡させる細菌が入っている。今地球上にある薬では治療できない…… 」
「仲間を解放しろ…… さもないとこのカプセルを……」
 子どもじみた要求だ。
「馬鹿じゃないのか…… こんなカプセルを見せて、細菌が入っていると言っても…… 」
 次の瞬間、カプセルが弾け飛んだ!
「狙撃されたんだ! まずい! あのカプセルは本物なのに! 」
 ギッ…… キイイイイィン……
 赤い! エマの色だ!
 マルスが目の前に現れた。
 呆然として、顔色が真っ青だ……
「ナオヤ…… エマは…… 」
「エマがどうした! 」
「カプセルと細菌を回収して宇宙へ出た…… 」
 マルスは呆然とした顔のままで言った……
 頭が真っ白になったナオヤは、フィシキに向かって念じた。
「俺を! エマの元に連れて行ってくれ! 」
 ギギッ! キイイイイイィィン……
「エマっ! どこだ! 」
 宇宙にでた。星が物凄いスピードで後ろへ流れている。
「ナオヤ……!? 」
 エマが前方に見えた。
 バリヤー越しに声が聞こえた。
「エマ…… こんなこと…… 」
「私のことはいいのよ。地球人の皆さんが無事ならね。これも神の務めですから」
 きっぱりと言った。
「高校の体育祭。リレーで走ったとき、最高だったなぁ…… うふふ」
 バリヤ―の中に座り込んで、こちらを眺めて笑った。
「エマ! エデンに行こう! ゼノン様なら何とかできるかもしれない! 」
 エマは宇宙をぼんやりと眺めていった。
「さっき聞いてみたのよ。無理みたい…… 」
「そんな! 全能の神なんだ! ウソだ! 何かの間違いだ! 」
「いいのよ…… 私は満足してるわ…… 」
 直也は知恵をふり絞って、解決策を考え続けた。
 体中が熱くなり、血が沸騰しそうになった。
「ねえ。ナオヤ。人間も、神も…… 限られた時間を生きているでしょう…… 」
「えっ!? 」
 ハッとした。
 神も人間もいつか死ぬ。
 エマも自分も……
「でも、でも! 何とかするんだ! 」
「一生分の感動を、数か月で味わうことだってあると思うの」
「何を言ってるんだ! エマ…… 」
「きっと地球へ行って、ナオヤに出会うまで、私は死んでいたのよ…… 」
「何とか治して戻る方法を考えよう! 」
 必死で考え続ける。
「ありがとう。ナオヤ…… 」
 エマは立ち上がり、ナオヤに向かって手をかざした。
 その双眸は薄く開かれている。
 真っ直ぐに身体を向けると、穏やかな笑みを浮かべた。
 だが、頬は涙がはらはらと伝っている……
「エマ!どうする気だ」
「私は太陽の中心に向かうわ。そうすれば太陽の核融合で…… すべてが…… 分解される…… 」
「いやだ! やめろ! やめてくれ! 」
 両眼がしっかりと開かれ、直也の顔を見つめている。
 直也はエマの眼を見つめ返した。
 これが最期なのだと直観した……
 神の力が放たれる刹那、2人は笑い合った……
 頭の中を高校生活の思い出が駆け巡った……
「さようなら…… ナオヤは私の命。肉体は滅んでも、あなたの記憶の中で生き続けるわ…… 」