「僕の小説は、いつも誰かが死ぬ」
しばらくして突然、北見が言った。再びシャーペンの音が止まる。ノートには新たに、よく知らない昔の思想家の名前が書き取られていた。
確かに、北見は自分で生を与えた登場人物の命を、よく自分で摘み取っていく。
でも、彼の小説にはいつも生きることへの葛藤が込められていて、誰かが命を落とすのは仕方のないことなのではないかと、一読者としては思う。
その危うさが、私は結構好きだったりするのだけれど。
「でも北見の小説は面白いよ」
「そう?御託を並べているだけだと思うけど」
北見はよく言う。
僕の小説は面白くない。
「私はその御託が、好きだけど」
「それは、氷川が書き手の僕のことを知ってるからじゃないかって、よく考えるんだ」
目立たない生徒の自分が何を考えているのか、それを覗いて氷川は楽しんでいるだけなんじゃなかろうか。
自分のことを何も知らない、赤の他人が僕の小説を読んでも、なにも楽しくないんじゃないだろうか。
何を、と鼻で笑ってしまいそうになる。
北見の小説が本屋に並ぶのは、間違いなくそれを面白いと評価した出版社の人間と、斜に構えた眼鏡で見る世界を楽しんでいる読者がいるからだというのに。
「僕が今世間に受けているのは、高校生だからかもしれない。思春期の子供が、捻くれた救いようのない、暗い世界を書くから興味深いと思われてるんじゃないか」
こうなってしまうと、北見はしばらく戻って来られない。そんな北見を慰める方法を、私は知らない。
いくら私が北見の小説が好きだと語っても、北見には届かない。アレテーとはなにかと考えるのと同じように、彼の中で堂々巡りしてしまって、帰り道が分からなくなる。
まるで小さな迷子のようなのだ。彼は。
そんなところが可哀想だと思いつつも、愛おしい。
北見には、私の見えない世界が見えている。
北見の世界は、私のそれよりもっと広い。
しばらくして突然、北見が言った。再びシャーペンの音が止まる。ノートには新たに、よく知らない昔の思想家の名前が書き取られていた。
確かに、北見は自分で生を与えた登場人物の命を、よく自分で摘み取っていく。
でも、彼の小説にはいつも生きることへの葛藤が込められていて、誰かが命を落とすのは仕方のないことなのではないかと、一読者としては思う。
その危うさが、私は結構好きだったりするのだけれど。
「でも北見の小説は面白いよ」
「そう?御託を並べているだけだと思うけど」
北見はよく言う。
僕の小説は面白くない。
「私はその御託が、好きだけど」
「それは、氷川が書き手の僕のことを知ってるからじゃないかって、よく考えるんだ」
目立たない生徒の自分が何を考えているのか、それを覗いて氷川は楽しんでいるだけなんじゃなかろうか。
自分のことを何も知らない、赤の他人が僕の小説を読んでも、なにも楽しくないんじゃないだろうか。
何を、と鼻で笑ってしまいそうになる。
北見の小説が本屋に並ぶのは、間違いなくそれを面白いと評価した出版社の人間と、斜に構えた眼鏡で見る世界を楽しんでいる読者がいるからだというのに。
「僕が今世間に受けているのは、高校生だからかもしれない。思春期の子供が、捻くれた救いようのない、暗い世界を書くから興味深いと思われてるんじゃないか」
こうなってしまうと、北見はしばらく戻って来られない。そんな北見を慰める方法を、私は知らない。
いくら私が北見の小説が好きだと語っても、北見には届かない。アレテーとはなにかと考えるのと同じように、彼の中で堂々巡りしてしまって、帰り道が分からなくなる。
まるで小さな迷子のようなのだ。彼は。
そんなところが可哀想だと思いつつも、愛おしい。
北見には、私の見えない世界が見えている。
北見の世界は、私のそれよりもっと広い。