あ、今日バイトか。
 壁に貼られてあったアルバイト表で、日時を照らし合わせてバイトの有無を確認する。
 僕、全然バイト入れてなかったんだな……
 行かなきゃ。でも眠い。眠いしサボっていいか。いや、いっそのこと辞めてしまおうか。

 そんなことを思いながらキッチンへと向かう。キッチンにはそれがあった。
 なんだこれ。
 そこには皿が大量に詰んである。しかも使用済み。ギトギトの油が付着した、水のたまったお皿。なんか床に餃子落ちてるし。
 はあ、洗うかぁ。
 
 洗剤を付けたスポンジで、頑固な汚れを落とす。油が時間をかけて皿にこべり付いたようだ。ゴシゴシと、力を入れてこする。
 そうして洗った皿をタオルで拭く。
 拭き終わったお皿は、脇にある食器棚にしまう。

 ―――なんでこんなにいっぱいお皿、あるんだろう。一人暮らしなのに。
  僕って本当に一人暮らしだっけ。なんで。あれ、そもそも夜ご飯ってどうしたっけ? あれ、あれ?
  
 僕は怖かった。
 自分の知らない間に、勝手に体が動いている気がして、昨日の僕は僕じゃない。じゃあ今の僕は? 明日には僕は消えてしまうの。
 そんな恐怖が僕の動きを止める。
 
 そして思い出す―――
 
 ああ、ペディさん。昨日突然来た女の人。あ、あ……
 唇の感触が。
 
 そして思い出していく―――
 
 僕は記憶を失っていくんだ……
 この記憶も、明日には、いや、少ししたら消えてしまうかもしれない。そんな自分が怖くて、怖くて、怖くてたまらない。
 そうか、僕は名前すら知らない……
 けれど、明日の自分が何も知らないことの方が、ずっと怖い。
 
 だから、僕はメモをする。
 明日の僕へのメッセージ。
 
 僕は、気づいてしまった―――

 彼女はいつも僕の家に来てくれていたのだ。
 そもそもずっと前から、彼女は。それ以前にずっと、ずっと前から何年も、家に来てくれていたんだ。
 あ、ああ……
 涙が頬を伝う。
 涙が溢れて、流れる涙をそのままに。記憶をこじ開ける度に、涙が、涙が止まらない。

 それは桜舞う日のこと。
 1994年。
 当時僕は高校2年生。彼女は一年生。
 道に迷っていた翔子ちゃんに、僕が道を教えてあげたのが全ての始まりだったんだ。