何事もなかったかのように入っていこうと思ったら、先輩が私の手記を読んでいた。だから仕方なく、寝るまで待つことにした。
 明日、仕事なのになぁ。

 部屋の電気が消えてから、時間を空けて、部屋に入る。
 先輩はどうして鍵を掛けないのかな。まあそれも先輩らしくはあるけどね。抜けてるというか、アホというか。

 部屋に入った。
 ベッドでは布団にくるまるように先輩が寝ている。何かにおびえているみたいだ。

 慣れない暗闇を、手探りで探す。
 あった。
 数分探しているうちに、眼も暗闇に慣れた。

 そっと、先輩のもとへ近づいてみる。
 汗びっしょりかいて、何かにおびえている。ああ可哀そうに。私のせいで。過去が私を襲う。でも、私は向き合うって決めたから。逃げたりはしない。

 ああ、先輩。大丈夫ですよ。翔子ちゃんですよー。

 唇を重ねる。
 唇を重ねて、感覚を繋げるように。どうか私の心よ、伝われと。どうか苦しみを分け与えてくださいと。
 そう祈って、唇の感触を唇で感じる。
 愛も、悲しみも、喜びも、全てを分かち合うように。

 時間が戻ればいいのに。思わなかった日は、一度もない。
 あの日あの時に、私が戻れたのなら。せめて少し隣に動くだけで、変わったかもしれない。いや、もっと前に。それ以前に、私たちは出会わなければよかった。
 翔子を潰す、後悔の念。

 どうか時よ、戻ってください―――


◇◇◇

 
僕は最近、頭から離れない言葉がある。

 『ペディさん』

 そんな言葉、聞いたことあるだろうか。少なくとも、僕は知らない。
さんを付けた呼び方。人間だろうか。いや、人間以外にだって、さん付けはする。仮に人間だとして、ペディという名前。
 これは聞いたことが無い。男性なのか、女性なのか。はたまた未知の性別なのだろうか。
 いや、そもそも人ですらない可能性がある。
 けれどなんだか馴染みのあるその響きに、不思議な感覚を覚えていた。


 「ん、んー」

 目を覚ますと、光が家の中に入り込んできていた。その光から、ああ、もう昼頃だなと、察する。
 ベッドから転がるように体を起こす。ミシミシと音を立てる。自分に絡まった布団を投げ捨てて、気持ちのいい起床をする。

 「ああ、今日も太陽がまぶしいな」

 部屋の中を、空気を味わうかのようにぐるりとまわる。