彼女は残っていたご飯とスープを掻き込むと、食器を洗面台に持って行って、それからそそくさと家から出ていった。随分と律儀だ。

 なんだったんだ……

 自分も食事を食べきって、それから洗面台に食器を運んだ。重ねてある食器の山を見て、絶対に洗いたくない。そう思ってしまった。
 明日まで洗わないやつ。絶対。
 そうしてから、僕はベッドに行こうとした。

 ん?
 見つけたのは、ペディさんのカバン。忘れていったようだ。持って行ってあげようか。でも……
 見てみたい。
 レディのバッグを漁るのは、紳士としてはどうかと思う。だが、気になるものは仕方ない。仕方ないのだ。本当に仕方ない。ゴブリン突撃部隊、突撃だ!

 ガサゴソと漁る。
 ポケットティッシュに、ポケットティッシュに、ポケットティッシュからのBOXティッシュ。どんだけティッシュ持ってるんだ。何に使うんだ。まさかナニか。

 そして見つけた。
 『私の手記』
 そして知ってしまったのだ。僕の秘密を。

 
◇◇◇


 序文
 これは手帳なんかじゃありません。誰にも見せるつもりもありません。これはただ、自分のために書きづづるノートです。
記 相川翔子
 
 相川翔子? 誰だろう。お友達だろうか。いや、ペディさんの本名だろうか。彼女はどう見ても日本の顔立ちだし。日本語も堪能だったし。
 
 『山田先輩が病院に運ばれてから、数日。やっと目を覚ましました。けれど脳に欠損があるみたいで、記憶がどんどん少なくなっていくそうです。
 だれも悪くない、とはいうけれど、あそこで先輩を無理やり連れだしさえしなかったら。そもそも一緒にいなかったら。後悔の念は増えるばかりです。
 お医者さん曰く、基本の情報は覚えていても、最後には名前も覚えられなくなるのだそ―――』

 僕は手記を閉じた。
 怖くなって閉じてしまった。恐ろしくて、恐ろしい手記。核心の手記。……見なかったことに、そうだ。見なかったことにしよう。
 見なかったことにすれば。僕は何も知らない。知らないんだ。まったく関係ない。そう、僕には一切関係ないし、何も知らな……

 ―――あれ、そもそも僕の名前って何だっけ?


◇◇◇


 忘れ物を、取りに来た。
 うそ、ずっとそこにいたのだ。離れたくなくて、ずっとそこにいたのだ。