「どうしてですか? 先輩! 昔からだなんて、あの日キスしたことも、あの日の告白も、あの日したエッチも、全部嘘だったんですか!?」
 「そうだよ」
 「……なんで、なんで」
 
 「だからさ、翔子ちゃん。
  僕の前に二度と顔を出さないで」

 ―――二度と顔を出さないで

 翔子ちゃんとの思い出は、もう僕の記憶にはないけれど、僕の大切な人だってわかる。だから、だから。
 僕は翔子ちゃんのことが好きで、翔子ちゃんには僕を好きにならないでほしい。
 
 彼女の人生はもっと先まで、ずっと先まであるのだから。僕になんて構わないで、前だけ向いて進んでほしい。後ろなんか振り返らないで。
 どの僕に聞いたってそういうだろう。
 だって僕だ。どの僕も翔子ちゃんのことが好きなんだよ。
 誰よりも翔子ちゃんが好きで、誰よりも翔子ちゃんを想っている僕なのだから。
 僕は翔子ちゃんが好きで、それはどの僕だって変わらない。
 本当に、大好きだ。
 
 「―――っ」
 
 翔子ちゃんは僕から逃げるように、その場を立ち去る。
 涙がキラリ、空を舞う。
 街の光が涙を照らす。
 
 ああ、行ってしまった。本当にごめんね。本当にごめん。本当に。
 
 「あ……」
 
 僕の目に入ったのは、翔子ちゃんが持っていたカバン、に付いていたクマのストラップ。
 それでまた僕は思い出す。すぐに消えてしまう記憶を。
 
 
 それは高校生の頃。
 
 「はい、先輩これ好きでしょ?」
 「え、いいの?」
 
 記憶が反芻する。
 翔子ちゃんが渡してくれたのは、大きなクマ。テディベアだ。それは僕の家にあるテディベアで、ずっと僕といたテディベア。
 
 「ああ、あぁぁぁぁぁ」
 
 そうか、そうだった。
 一緒に遊びに行ったとき、ペアで買ったクマのストラップ。ペアのストラップ……。
 そして『ペディさん』、
 ペアのテディベアさん、
 略して『ペディさん』
 ああ、どうして、こんなことも気づかなかったのだろう。
 
 彼女は初めから僕のことを想っていたのに、僕は彼女にとって毎日初対面なんだ。
 それなのに、それなのに。僕に毎日会いに来てくれて。
 ありがとう。ありがとう。
 僕は翔子ちゃんが大好きだ。
 涙が溢れる。
 涙が溢れて、溢れて。
 どうしてそんな大変な事を、辛いことを。僕のために、なんでそんなことを。