僕は翔子ちゃんを高級レストランに連れて行った。
 あの紙には、こう書いてあった。
 『どうせ金はあるんだ。意味もなくアルバイトなんかしているのだから』
 そう、金はあるのだ。あったのだ。
 けれど過去の僕はどうしてかアルバイトを始めたらしい。その理由は今となっては知ることができないが。

 たんまりあるお金を使って、ファミリーなレストランに行った。ファストなフード。僕たちは食事を楽しんだ。

 「昔の僕って、どんな人だったの?」
 「そうですねー。可愛かった、かな?」
 「それ、本当に僕? ふはは」
 「あとはー、すごく優しかったかな」
 「へぇ、それで、僕はなんて言って告白したの?」
 
 「それは……ええと、ええとですね」
 「ん?」

 「『世界一可愛い君と、一緒に時間を過ごしたい』……」

 「なんか僕らしい言い回しだね」
 「だって、先輩は先輩ですから」

 そんな楽しい時間はあっという間。
 歓談して、昔の自分のことを聞いて、覚えてもいられないのに。そんな優しい彼女は、僕の彼女だったのだと、そう思えた。

 そして決断の時は来る。
 帰り道。

 「今日は楽しかったです、先輩」
 
 悲しそうな表情をして、でも笑顔で楽しかったと語る。その顔に僕の心は締め付けられる。
 ああ、辛いな。

 「翔子ちゃん。少し聞いてほしいんだ」
 
 僕の真剣な顔に、翔子ちゃんの笑顔は消え去った。消え去って、神妙な面持ちに変わった。僕の心も引き締まる。

 「実は今、僕は記憶が戻っているんだ」

 嘘。でも、そうすることで、翔子ちゃんに少しでも聞いてもらおうと思って。

 「これから消えてしまうかもしれない、今だけかもしれない。だから聞いてほしい」
 「………うそ」
 
 翔子ちゃんは驚いている。
 何かを期待するというわけでもなく、ただ、僕が記憶を保持しているということに驚いているようだ。

 「―――僕は翔子ちゃんが嫌いだ。昔から大嫌いだった」
 「え……」
 「大嫌いだったんだよ」

 翔子ちゃんの表情は、受け入れられないという顔をしている。受け入れられなくて、口を手で押さえている。
 そんな顔を見ると、僕の決断も鈍ってしまう。けれど、僕が愛したという彼女のためなんだ。やるしかないじゃないか。