まず僕は、記憶のメモリが圧倒的に少ない。基本情報以外、全てざるのように落ちていくんだ。だから昨日のことを覚えていない。

 そして僕は僕の名前を知らない。
 
 そして『ペディさん』。彼女は、本当は翔子ちゃんと言って、僕の大切な人だ。彼女を忘れるくらい、記憶の欠損は進んでいる。もうすぐ、僕は廃人になってしまうかもしれないらしい。

 だから、最後のお願いだ――――――』

 なんだこれ、意味わからない。彼女? ペディさんが誰だって? そこにいる女の人か? 聞いてみて損はない。

 「すみません!」
 「どうしたんです?」
 「名前、名前教えてもらっていいですか?」
 「ええと、ペディです」
 「ペディさんは翔子ちゃんですか?」
 「え………」

 沈黙が流れる。外で鳴く虫の声が頭に響く。

 「もし、もしですよ。もし、そうだと言ったら、どうします?」

 ああ、そうなんだと。
 僕は確信した。
 そして決意した。

 「行きますよ、翔子ちゃん!」
 「ええ!? 何? 何!?」

 僕は財布をポケットに入れて、ペディ、いや翔子ちゃんの腕を引っ張って無理やり外に連れ出す。
 僕には今の状況なんて分からないけど、やらなきゃいけない気がした。
 そうでないと、あまりにも翔子ちゃんが可哀そうだから。前に進めないから。
 さあ、行くよ。

 午後8時。
 おんぼろアパートを、ミシミシ言わせながら走る二人。
 笑顔で、笑いながら。風を、風景を、建物を置き去りにして、
 二人は街へと駆け出して行った―――


◇◇◇


 街はキラキラして見えた。
 僕は普段こんな街中の方には来ないので、新鮮に感じる。最も、記憶が無いだけでよく来ていたかもしれないが。

 「翔子ちゃん、どこ行きたいですか?」
 「待って。敬語はナシで行きましょ?」
 「分かりました」
 「分かった、でしょー?」
 「えっと、……分かった」
 「よくできました」

 僕たちはこんなやりとりをする。実はこのやりとりも初めてではないのかもしれない。そんなことを想いつつ、僕は翔子ちゃんにどこへ行きたいか聞いてみた。

 「決めて下さい。私を連れて行ってください」

 そう言って彼女は手をつなぐように僕に促す。
 ああ、そうなんだと。
 あの紙に書いてあったことは本当だった。僕は改めて決意をする。やらなければいけない。