作曲家になりたかったきみへ


五十嵐くんはまだ用事があると言っていたから学校には1人で向かった。

学校に着いて教科書を取りに行くと、ロッカーの中は空っぽだった。

座っている人たちを見渡すと、わたしをいじめてくる人たちがわたしを指さして笑っている。
この場から走って逃げたかった。

でも、さっき五十嵐くんと頑張ろうって約束したばかりだし。
ぐっと堪えて自分の席に戻る。

それが面白くなかったのか、いじめっ子の人たちがわたしの机を囲った。

「ねぇ、ちょっと来てよ」

怖くて動けずにいたら、髪の毛を引っ張って廊下に連れ出される。

通りすがった先生に助けを求めたけど、見て見ぬ振りをして早歩きでいなくなった。

「うけるんだけど!先生からも嫌われてんじゃん」
「まあそうだよね。お前何考えているか分からないし、嫌われても仕方ないよ」

見返してやりたい。
お腹の中がぐつぐつと燃えるのが分かる。 

「黙ってないで何か言えよ!」

その瞬間、お腹にどすっと鈍い痛みが全身を駆け巡る。

「…………っう。」

でも負けない。強くなりたい。

汚い上靴で蹴られて、容赦のない拳で殴られて意識を失いそうになる。
全身が痛い。

こんな痛みに耐えて五十嵐くんはわたしを助けてくれたなんて。

心にジンっと温かい水滴が落ちたような感覚がした。

「笹野さん!?」

ぼろぼろになりかけながら、見上げるとぼろぼろになった五十嵐くんが立っている。

「は?きも。五十嵐と笹野いじめられっ子同士仲良くして慰め合ったりしてんの?」

「そうだったらうけるんだけど。お前らお似合いだよ」

笑いながら、女子たちは教室に戻っていった。
やっと地獄の時間が終わった。

「笹野さん大丈夫?」

五十嵐くんはぼろぼろのわたしに寄り添ってくれる。

「君こそぼろぼろじゃん」

「まあね。こんな姿じゃ授業受ける気しないし、サボっちゃおうよ」

授業をサボったことなんて無かった。
でも、今は教室に戻りたくない。

頑張ろうって思ったのに逃げていいのかな。

「笹野さんも悪い人たちの仲間入りだね」

結局、悩んだ挙げ句にさぼってしまった。

「ここ、わたしの好きな場所なんだ」

屋上に出て風に当たると冷たい風が今は気持ちよく感じる。

「いい場所だね。悩みがちっぽけに感じてくるな」

「うん。君も悩んだときにはここに来るといいよ」

「今度からそうするよ。あとずっと気になっていたんだけど、どうして名前で読んでくれないの?」

五十嵐くんは少し寂しそうな目で訴えてくる。

「ごめん。何て呼べばいいか分からなくて」

「上の名前でも下の名前でもどっちでもいいから名前で読んでほしい」

「改めてよろしく。五十嵐くん」

手をどきどきしながら差し出す。

「よろしく、凛ちゃん」

その言葉と共に握手を交わした。

「ねぇ、凛ちゃんって何?」
「え、だめだった?」

「別にいいけど」

そう口では言ったけど、内心は心臓が飛び跳ねそうになるくらい嬉しかった。

そのあともくだらない話で笑い合っていたら、あっという間に1時間目が終わってしまった。

よいしょっと言って立ち上がるわたしを見て、五十嵐くんは驚いた顔をしている。

「凛ちゃん授業でるの?そんなぼろぼろの状態で?」

「出るよ。出ないとお父さんに怒られそうだし」

今はそれが1番怖い。先生に電話でもされていたらと考えるだけでひやっとする。

ぼさぼさの髪の毛をもう1度縛り直して、五十嵐くんの方を見る。

「汚い世の中でも生きていこう」

手を差し伸べると、

「それ僕が言った言葉なんだけど」

と言いながら手を掴んで五十嵐くんも立ち上がった。
唯一できた大切な友だちでもあり、好きな人だから失いたくない。


でも、失う日がすぐそこまで近づいていた。

教室に戻ると、わたしの机と五十嵐くんの机をくっつけてあり、その周りにはゴミが散らばっている。

わたしが片付けていると、あとから来た五十嵐くんも慣れたような手つきで片付けを始める。

気にしない、気にしない。
五十嵐くんがいれば怖くもない。

片付けて自分たちの元の席に机を移動させる。

それを見たいじめっ子は舌打ちをしたけど、今のわたしには雑音のように聞こえるだけ。

五十嵐くんのお陰で少し成長できたのかも。

でも特別な想いがあることはずっと秘密にしておこう。