あれから数日が経って、テストの返却日がきた。

翌日のテストも五十嵐くんの怪我が心配で本領発揮ができなかった。
でも、これは言い訳でしかない。

「笹野」

先生に呼ばれて前に取りに行くと心配そうな顔で見られる。

「何かあったのか?」
「いえ、何もありません。今回は実力不足です」

みんなの前でこんな恥ずかしい姿を晒さないでほしい。

どきどきしながら答案用紙を見ると、目を疑うような点数だった。

こんな点数、お父さんに見せたら絶対怒られる。
どうしよう。帰りたくない。

席に戻ろうと思ったら、視界がぐらっと歪む。
そこでわたしの意識は途絶えた。

目を開けると、見覚えのない部屋だった。
もぞもぞ動いたら、奥から影が近づいてくる。
シャっとカーテンが開けられた。

「体調はどう?あなた教室で倒れたのよ。五十嵐くんがここまで運んで来てくれてね」

「体調は大丈夫です。ありがとうございました」

今すぐにでも五十嵐くんに会いたい。

「ちょっと、そんな急に走ったら危ないわよ。何か悩みごとでもあるんじゃない?」

「大丈夫です」

腕を振り払って廊下を走る。
会いたい、こんな感情をお母さん以外に持つ日が来るなんて。

音楽室を開けるとやっぱりいた。

「笹野さん!体調大丈夫?」

「うん、大丈夫だよ。保健室まで運んでくれてありがとう」

「ぼく意外と力持ちなんだよ」

五十嵐くんはあまりない力こぶを見せながら笑っている。
またわたしの涙がツゥーっと頬を濡らす。

「笹野さんどうしたの?」
「ううん、何でもないよ。ごめん」

わたしは多分、五十嵐くんに恋をした。

一生懸命なところ
自分を犠牲にしてまで守ってくれるところ
わたしを魅力的だと言ってくれたところ

その全てを好きになったんだと思う。

でも、言えない。
そんな勇気なんかわたしにない。

そして、そんな簡単なものでわたしたちは繋がっているような感じではないと思う。
もっと特別な何かで繋がっているんじゃないかな。

だけど五十嵐くん。
黙っているから好きでいさせてくれないかな?

一段と寒くなった10月の寒い放課後、わたしは五十嵐くんに恋をした。

家に帰ると、お父さんが珍しくリビングの椅子に座っていた。

「ただいま」

それだけ言って自分の部屋に行こうと階段を1段登ったところで、

「こっちに来い」

ぶっきらぼうな冷たい低い声で部屋に戻るのを阻止された。
どうせテストのことだろう。

「テストを見せろ」

ほら、やっぱり。
どうせ怒られるし、諦めて全ての教科を机の上に並べる。

お父さんは1つずつ見て顔をしかめる。

「おい、なんだこの点数は」
「ごめんなさい」

「1番上が90点で1番下は74点って…。勉強してないのがテストで出るんだよ」

その答案用紙をわたしに投げつける。
もう家にいるのが辛すぎて涙も出てこない。

「ごめんなさい」
「謝って点数が上がるならいくらでも謝ってろ」

お父さんは自分の分だけカップラーメンを出してお湯を注ぎ始める。

この家にいるとおかしくなりそうだ。

財布と携帯だけ持ってまた外に飛び出した。

外は小雨がぱらぱらと降っている。
もうお父さんと住むのはやめよう。
そして、また人生をやり直そう。

わたしの心は降り続く雨と共に、冷たくなっていく。
ふらっとコンビニに入ってカミソリだけ買って、街灯のない公園のベンチに座る。

買ったカミソリを開けて自分の手首に傷をつけた。
初めてやったけど、何だか開放感で冷たかった心が満たされていく。

手首を見ると、血が流れ落ちていく。

このままお母さんの元にいける。
やっと大好きなお母さんに会える。

嬉しくって、でもどこか寂しさもあって涙が止まらない。

いつからわたしはこんなに涙が出るようになったんだろう。

意識も朦朧としてきて、ゆっくりまぶたを閉じる。

さようなら。