「笹野さん!来てくれたんだね!」
「昨日半ば強引に君が約束してきたじゃん」

「そうだっけ?まぁ、いいから早くこっちに来なよ」

手招きされる方へ体は引き込まれるかのように、すぅーと移動する。
ピアノ少年の隣に座ったけど、沈黙が続いて気まずい。

「笹野さんはこの世の中好き?」

急に口を開いたと思えば、重すぎる話しをしてきた。

「どうだろうね。君は?」

「僕は好きじゃない。どうして名前だけで、どうしてピアノを弾いているだけで女の子みたいって言われないといけないの。ぼくがやりたいことをしているだけなのに」

「わたしもこの世の中好きじゃないよ。お母さんは事故で亡くなっちゃったし、お父さんは国公立の大学に行けってうるさい。学校に行けば、いじめられる。苦しいよ」

初めてだった。こんなに素直に打ち明けることができるなんて。

「僕たちは似ているのかもね」
「ううん。それは似たようにみえるだけだよ」

そう言うと、ピアノ少年は首を傾げる。

「君はピアノという強みがある。わたしなんか何もない。勉強だって本当はしたくないし、自由に生きたい」

わたしの願いだった。
もう自由になりたかった。

「そっかぁ。そう言われるとあまり似てないかもね。でも笹野さんは魅力的だよ」

その言葉で涙が出そうになる。
久しぶりに自分自身を肯定してくれる人に出会えた。

「そういえば笹野さん、ぼくの名前知らないでしょ?」

ばれた。
わたしは同じクラスメイトだとしても、どうせこの先会わないだろうと思って覚える気が全く無かった。

だから誰一人として名前が分からない。
黙っていると、はぁっと深いため息をつかれてしまった。

「やっぱりね。僕は五十嵐 響姫《いがらし ひびき》って言うんだ」

「ピアノが好きな君にぴったりだね」

「でも、響くに姫でひびきって言うんだよ。本当に母さんはどうしてこんな名前をぼくにつけたんだろ」

「自分の名前なんだから大切にしなよ。まだ君はお母さんがいるんだから羨ましいな。わたしにはお父さんらしくないお父さんしかいないし」

そのあともずっと音楽室で他愛もない話に花を咲かせていた。

すると、どこからか男子数人の声がする。
隣から音がして五十嵐くんの方を見ると、がたがた音をたてて震えていた。

「ど、どうしたの…?」
「あ、ううん。気にしないで」

にっこり笑っているけど、はっきり分かる。
いじめてくる人たちが確実に近づいていることを。

ガラガラガラ。