俺の活動時間は主に夜が中心だ。昼間は家でニートになり、仲間からの連絡でいつものたまり場に顔を出す。別に何かをやるわけでも、何かが得られるわけでもない。ただ流れる水に浮かんだ葉っぱのように、俺は意味のない時間をだらだらと過ごしていた。

 そんな日々に変化があったのは、新田との出会いだった。相変わらず顔を会わせることはなかったが、俺は何度か新田のもとを訪れるようになっていた。

 新田のもとに行ってやることはメモ用紙の交換だけだったが、他愛のない世間話から互いのことまで、いつの間にか美優と呼ぶことに抵抗がなくなるくらい、どうでもいい話をやりとりしていた。

 そんな新田とのやりとりでわかったことに、新田は外に出て誰かと遊んだ経験がないことだった。そのせいか、一度でいいから外に出て自由に活動してみたいとよく書いていた。

 その気持ちに、俺はまたしても軽はずみでやりたかったらやればいいと書いてしまった。返事は、外に出ることもままならない状況だと冷たく突き返され、俺は自分の馬鹿さ加減に呆れることもあった。


「鷹広くん、なんか浮かない顔してるね」


 駅裏の駐輪場にたむろしていた俺に、他所の中学の奴が話しかけてきた。たむろしている連中の大半は学校も違うし年齢も違う。そのため、名前もよく知らないような奴もいたりするが、それでも何となく集まってはどうでもいい話をだらだら続けていた。


「別に、ただダルいだけ」


 先日盗んだブランド物のキャップを団扇代わりにしながら、俺は繁華街の喧騒を飲み込む空を見上げた。

 ダルいといったことは間違いないが、その理由はこうした集まりのくだらなさに対してではなかった。なぜか知らないが、俺はずっと新田を傷つけたことばかりをぼんやりと考えていた。


「そうなんだ。でもさ、今日は長谷川先輩が来るらしいよ」


 話しかけるなオーラを出しているはずなのに、こいつはお構いなしに話を続け始めた。俺と同じように盗品のジャージで身を固めたこいつは、見た目からしたら俺と同じ年に見える。金髪の俺に対して、赤髪をモヒカンにした姿は、一般人なら土下座されても関わりたくないだろう。


「どうせ、また窃盗の指示だろ。くそ、マジで自分でやれっつうの」


 長谷川先輩の名前に嫌気がさした俺は、一気に気分が重くなった。

 田舎町で不良をしていれば、先輩との関係は切っても切れないものがある。普段は上下関係などあまり口にしない先輩たちも、犯罪の話になると急に先輩風を吹かせて偉そうにするのが常だった。

 とはいえ、先輩に逆らうことはできない。逆らえば、プライドと面子だけで生きてる先輩たちの報復は容赦ないからだ。実際に、先輩におしゃかにされた奴も少なくないし、やり過ぎて年少に入った先輩もいる。そんないびつな関係ゆえに、逆らうよりかは適当に従っていた方がマシだというのが、ここにいる連中の大半の考えだった。


「別にいいじゃん。成功報酬ももらえるし、ヒヨってる連中よりデカイ顔できるしさ」


 これみよがしに煙草を吸いだしたモヒカンが、近くにいた奴に空のパッケージを投げつける。投げつけられた奴は、愛想笑いを浮かべるだけで何もしてこなかった。

 そう、これが俺のいる世界だった。不良を気取っている連中も、実際は安全な世界に片足を残している。ロータリーでバイクを乗り回す先輩たちも、大半は免許を持っているし、バイクも親に買ってもらっている者ばかりだ。さらに言えば、普段はちゃんと学校に通っている奴が大半であり、ほとんどの奴らが見せかけばかりだった。

 だから、実際にヤバいことには手を出すことはない。群れていきがるだけで、一人になると途端に羊のように大人しくなるのがここに集まる連中の正体だ。

 そのおかげか、無免許で盗難バイクを乗り回す俺は、勝手に一目置かれていた。同じ境遇の先輩からも可愛がられることもあり、無茶苦茶なことをしない限りは、誰からも文句を言われることはなかった。


「けどよ、そのおかげで犯罪の使いっぱしりじゃ報われないよな?」


「何? どうしたの急に。まさか真面目になろうとか思ってない?」


「馬鹿、そんなんじゃねえよ。ただ、俺たちはさ、何のために生きてるんだろうなって思っただけ」


 興味津々に食いついてきたモヒカンの頭を叩きながら、俺は自分でもらしくない発言をもらした。


「何のためにって、そんなの考える必要なくない? 俺はこうして馬鹿やってるだけで十分楽しいけどね」


 頭を叩かれたモヒカンが反抗的な目で睨んできた。その態度に頭にきた俺は、続けて拳をお見舞いしてやった。


「馬鹿やりたくてもやれない奴は、どうしたらいいんだろうな」


 俺がキレたことに気づいたモヒカンが、早々に戦意を失って謝ってくる。そのくだらないやりとりに辟易した俺は、またしてもらしくない言葉を呟いてため息をついた。


「来たよ、長谷川先輩」


 改造バイクに女を乗せた長谷川先輩が、ロータリーにいた連中をからかった後、真っ直ぐに俺たちのもとにやってきた。


「いつものとこで、これをよろしくな」


 俺たちの盗品であるブランド品で固めた長谷川先輩が、煙草に火をつけながらメモ用紙を渡してきた。メモにはスポーツ用品店を中心に、ターゲットとなる盗品のお品書きが記されていた。

 モヒカンがメモを受け取り、犬のように長谷川先輩にすり寄っていく。ただのクズでしかないモヒカンにとったら、同じく無職で少年院出の長谷川先輩はヒーローのような憧れの存在だろう。


「鷹広、今度女紹介してやるからな」


 今日は機嫌がいいのか、珍しく長谷川先輩が常套句を口にする。今まで女性を紹介してもらったためしはないが、別に長谷川先輩の為にやるつもりはなかったからどうでもよかった。


「じゃ、行こうか」


 スクーターにハサミを刺してエンジンをかけたモヒカンが、後ろに乗れと促してきた。僅かな罪悪感を胸に抱きながらも、俺はリュックを背負ってモヒカンの背に体を預けた。

 仲間に手を振られ、夜が始まり出した町並みへ向かっていく。風に揺れる風景を眺めながら、運転しているモヒカンの名前は何だったか思いだそうとしたが、結局面倒くさくなってやめた。