最初に熊谷くんと出会ったのは、満員電車の中だった。

 痴漢の被害に遭っていた私を助けてくれたのが熊谷くんで、元ヤンの空気を隠しきれない睨みで痴漢を撃退した時には、被害者の私ですらびっくりするくらいだった。

 そんな熊谷くんを前にした時、突然抑えきれないくらいに私の心臓が急に激しく高鳴っていた。

 こんなこと、心臓移植を受けて以来初めてのことだからびっくりしたけど、痴漢を撃退してくれたお礼もかねて、思い切って熊谷くんを食事に誘うことにした。

 最初はどことなく近寄りがたい雰囲気だったけど、心臓移植の話をした途端、熊谷くんの目の色が変わるのがわかった。

 いつ頃、どの病院で手術を受けたのかを物凄い勢いで聞いてきたけど、その目にはうっすらと涙が光っているのがわかった。

 なぜそんなに心臓移植のことが気になるのか知りたかったけど、熊谷くんは色々苦労して医者になったと言っていたから、何か過去に関係ありそうでそれ以上は追及しなかった。

 そして今日、私は熊谷くんと初デートで海に来ている。熊谷くんに海を見に行こうと誘われた時、私が返事をするより先に、心臓が激しく高鳴っていた。

 柔らかい日差しの中、潮風の心地よさを頬に感じながら浜辺を歩く。海に着くまでの間に、私は熊谷くんの過去をある程度聞くことができた。おかげで、なぜ私の心臓がこんなに制御不能になっているのかがわかった。

 砂浜に腰を下ろし、銀色の水平線を二人で眺めるうちに、私は気になっていたことをようやく口にした。


「それで、その女の子の初恋は実っていたの?」


 熊谷くんの話から、心臓を提供してくれた命の恩人が熊谷くんを好きだったことはわかる。それに、この心臓の高鳴りを考えたら、きっと初恋だったんだろうなっても思えてきた。

ただ、熊谷くんがどうだったのかはわからない。そのあたりを当たり障りのないように聞こうとしたけど、私の心臓が暴走したせいで思いっきり声が裏返ってしまった。


「そうだな――」


 潮風に黒髪を揺らしながらずっと目を細めていた熊谷くんが、太陽にも負けないくらいの明るく柔らかい笑みを浮かべた。


「俺も、好きだった。その子は、俺が初めて好きになった初恋の人だったよ」


~了~