門の内側のあきれ果てるほどの豪奢さに、隼はだらしなく開きそうになった口を慌てて閉じた。庭に立ち並ぶ金色の木々は作りもののように見えるが、風にしなる枝の動きは妙にリアルだ。

 もの珍しさについ目を奪われそうになるが、あまりきょろきょろしては舐められる気がして、隼は斜め前を先導するツクヨミの背中を見続ける。

 金の木立を抜け、池にかかる橋を渡って辿り着いた屋敷の建物は、都の家々と違って人に合った大きさがあった。ツクヨミが人の姿をしているのだから当然といえば当然だ。ただ、そうして見たとしても、丹塗りの柱が目を引く屋敷は、隼の生家である月乃浦神社の社殿よりずっと広大であることは、歴然としていた。

 寝殿(おもや)には、すでに食事の支度がされていた。板の間に敷かれた緋色の敷物の上に、お膳が二客置かれている。朱塗りの椀はまだすべて蓋がされていたが、できたての料理独特の温かな香りが立ちのぼっていた。


「さあ、そちらへ」


 ツクヨミがお膳の一方を示した。隼はそれには従わず、立ったままツクヨミをにらみ据えた。隼の強固な姿勢を見てとって、ツクヨミは息を漏らすように笑い、たいそう婉麗(えんれい)な動作でお膳の前に胡坐をかいた。

 誘うような流し目を向けられ、その雅やかさが妙に癇に触る。芽生えた対抗心から、隼は持ちうる最大限の上品さで、ツクヨミの向かいの膳についた。

 肩からはずしたスポーツバッグを隼が横に置くと、二人の着席を待ち構えていたように、奥の(ふすま)から数羽のウサギが出てきた。静々と進み出てきたウサギたちはお膳に乗った椀の蓋を丁寧に開いていく。餅の入った汁ものに、色鮮やかな香のもの。里芋の煮っころがしには胡麻入りの味噌がかかっている。


「召し上がれ。飲み交わしながらゆっくり話そう」


 ツクヨミが親しげに言い、そばにやってきたウサギが隼に盃を差し出した。一足先にツクヨミは盃を傾け、唇を湿らせている。隼はここまでくるまでにかなり喉が乾いていたが、出されたものを口にするわけにもいかず盃を断った。そうでなくても、高校生の身で酒類と思しきものを飲むわけにはいかない。

 隼はつばを飲み込んで喉の渇きと空腹を誤魔化しながら、膝の上で拳を握った。一方でツクヨミはウサギに脇息を持ってこさせ、体を斜めにしてごくくつろいだ様子で盃を空ける。


「それで、なんの用だったかな。(なれ)は、わたしに会いにきたのだろう」


 やおら、ツクヨミから切り出した。隼は握った手の平が汗ばむのを意識しながら、一語ずつはっきりと声にした。


「有理沙がここにいるって聞いた」


 ツクヨミの涼しい目元が素早く細まった。


「なるほど。それで?」

「有理沙を返してくれ」


 力を込めたあまり、隼の声は震えた。ツクヨミが、ほのかに笑った。けれどそれ以上の反応はせず、二杯目の盃を空け、なにごともないように里芋へと箸を伸ばす。


(なれ)も、冷めない内に食べなさい。とてもよい味だ」


 品よく、それでいて幸福そうにツクヨミは里芋を頬張り、隼は眼差しと声をさらに尖らせた。


「いい大人がはぐらかすな。有理沙を返せ」


 いら立ちを隠さない隼に、ツクヨミはため息のようなものをついた。


「落ち着きなさい。有理沙は確かにここにいる。だからこそ焦らずともよい。餅の数は足りるか。(なれ)のような育ち盛りの若者ならば、さぞたくさん食べるだろう」


 だんっ、と。隼は拳で床を叩いた。


「ここのものは食べない。そっちの作戦は知ってるんだ。早く有理沙を返せ。有理沙はどこにいるんだ」


 咀嚼したものを飲み込んだツクヨミは、なお余裕ありげに脇息に頬杖をついた。


「わたしを知っていたことといい、どうやら(なれ)になにか吹き込んだ者がいるらしい。人の世に知り合いはもういないと思っていたが、果たして――」

「ぼくが教えた」


 ツクヨミの言葉にかぶせて言う声があった。声の近さに驚いて隼が真横を見れば、並ぶ位置に有毅が正座していた。着ている制服の折り目が、姿を消した時よりも整っている気がする。


「出てくるならもっと早く出てこいよ」

「ごめん、ごめん。心の準備に時間がかかって」


 有毅はあっさりした声音で返し、隼は怪しんで目をすがめた。こうして軽口を交わしながらも、有毅は視線を正面からそらしはしなかった。声振りはともかく、緊張しているのは確かなのかもしれない。

 隼も改めて正面へ目線を戻すと、ツクヨミは相変わらずゆったりと脇息に身を預けていた。だがその眼差しは、推し量るような色で有毅へと注がれていた。

 ツクヨミが声を発する前に、有毅が先手を打った。


「お久しぶりです。今度は姉がお世話になっているようで」

「……なるほど」


 ツクヨミは呟く声量で言って、口の端を上げた。


「これは面白い。よく戻ってくる気になったものだ」

「戻ってきたわけではないです。姉を返して貰いにきました」


 有毅の声はあくまで平静だった。ツクヨミはくつくつと喉を鳴らし、やがて声をあげて笑った。


「どちらも姉への思いが強くて感心する。言っておくが、有理沙をここへ呼ぶことを望んだのは――ユウキだ」