僕は幸せだったんだ。あの時まで。

僕は普通の家族に生まれて、普通に学校にいって、普通に塾に行っていた普通の男子中学生だった。普通だった。何もかも普通だった。
顔も性格も成績も運動も全て普通だった。
普通であってほしかった。

普通に楽しく優しい家族と面白い仲間達に囲まれていた。

「ふあぁぁぁー」
犬のうるさいワンワンという鳴き声で目を覚ます。

「おはよぉ」
リビングへ向かうドアをガラガラと開け棒読みでいう。

あれ?2人ともいない。
「おはよぉぉ」
もう少し声を張り上げて言ってみる。
返事がない…
「またまたー、母ちゃんー?父ちゃんー?ドッキリとかやめてやー?」
また返事が返ってこない。
内心少し焦る。
家を一周ぐるぐる回って見てみた。いない。
どっか買い物でもいったのかな。
「とりあえず朝食の準備しよか」
僕はいつも通りトースターで食パンを焼き、コップに牛乳を注ぐ。
「いただきます」
テーブルの上にあるテレビのリモコンを探す。
「なんや?この手紙。」
宛先は自分だった。
たたまれている手紙をペラっと開ける

優斗へ
母さん達お仕事行っとるけんな

それだけだった。
安心した。行く前に行ってくれればよかったのにな。
でも何故かよく見ると、水が一滴垂れた痕がある。

時計をみる
「やばっ!学校行かなあかんやん!」
いつも通り学校に行く。

「こいつザコー。え、そこでボスキャラ出してくるー!?」
僕の家での時間はゲーム三昧だった。
時計を見ると1時間、2時間と刻々と時間は進む。

「もう、0時やん。」
ヤッベとか思いながら寝る準備をする。今気づいた。
「母ちゃん達は?」
ピロン♪ 僕のスマホの通知音が鳴る。
「あ、母ちゃんからや」
7月13日(火)
0:01
優斗へ
母ちゃん達は人生を賭けた鬼ごっこをしています。
1週間帰ってこんへんかもなー。
もしかしたら、空に飛んどるかもしれんなw
心配せんといてな。 

僕は理解が出来なかった。なにが言いたいのか。
今なにをしているのか。今どこにいるのか。
どういう状況なのか全くわからなかった。
画面に向かって指を走らす。
7月13日(火)
0:03
母ちゃん、言っとる意味わからへん。
人生を賭けた鬼ごっこてなんなん?なんで帰ってこんの?
今どこおるん?
心配せんわけなかろぉが。


7月13日(火)
0:05
優斗へ
無我夢中で走って逃げるからな。

僕が送った内容と噛み合ってない文章に僕は違和感を覚えた。

7月13日(火)
0:07
母ちゃん。俺の答えに答えくれ。

7月13日(火)
0:07
優斗へ
今起きとるんかいな?

この文で僕はわかった。この文はリアルタイムに書いた文じゃない。
送信予定にしていた文なんだ。
母ちゃんは今どうしてるのだろう。
明らかにおかしい事態に僕は鼓動がはやくなる。


「母ちゃん、父ちゃん帰ってきてや。
鬼ごっこせんでええけん。帰ってきて。」

僕はこの日から笑顔が消えた。
学校から母ちゃん達が帰ってきてるかもしれないという期待を持ち続けた。
もしかしたら帰ってきてるかもしれないから、
家に入る時も「ただいまー」っと元気な声を出す。
だが、誰もいない。僕は何か、悲しさと虚しさで感情が溢れ涙をこぼす。
母ちゃん、父ちゃん。どこ行ってしもたんや…

毎日

なぁ、母ちゃん母ちゃん

と、メールを送り続ける。

約1ヶ月ほど経った8月19日だった

プルルルル プルルルル プルルルル
約1ヶ月ぶりに電話が家中に鳴り響く
1ヶ月ぶりの電話で少し不審に思ったがガチャっと受話器を手に取る
「夜桜です」
「優斗…」
僕の目がハッと見開く。
「母ちゃん…母ちゃん!?」
「母ちゃんはもうすぐ鬼にタッチされちまいそうだ」
「え?」
「だから早口で言うよ、優斗。ごめんよ。」
「いいよ。母ちゃん達が帰ってきてくれたら、それでええよ」
「母ちゃん達は帰ってこないよ」
「え…」
「母ちゃん達は悪魔になっちまった。ハハハ。こんな母さんでごめんよ。」
「どういうこと…」
「鬼が来た。あと30分後のテレビをつけたらわかると思うよ」
いたぞ!ここにいたぞ!
男の人たちの声がする。サイレン!?パトカーの音だ。
「じゃあね優斗」
ドタタタという走る音の後にブチッと切られた。
「え…」
僕の頭が真っ白に凍った。
う、嘘だろ。母ちゃん、父ちゃん。
優しい優しい母ちゃん、元気な元気な父ちゃん
もしかして母ちゃん達が言ってた悪って。犯人ってことなのか。
なにしちゃったんだ。母ちゃん父ちゃん。
僕の人生どーなるんだよ。
僕の人生はここで終了か?
「うわぁぁぁぁぁあ」

僕は顔がクシャクシャになりながらテレビをつける。

速報です。先月大阪府池田市内で起こった、泉ビル殺人事件の犯人、
夜桜 優奈容疑者(37)とその夫である夜桜 蓮容疑者(38)が逮捕されました。
警察によりますと夜桜夫婦は先月泉ビルの住居者4人を殺人した容疑で指名手配されたものの、警察がプリントミスのため名前が違っており、1ヶ月捜索できない状況となっていました。
約1ヶ月の間、逃走していたということです。

カシャカシャカシャカシャ
今夜桜夫婦が出てきました。えー、カメラに少し視線を向けながら目には涙を浮かべている様子です。

母ちゃん!父ちゃん!顔をじっと見つめる。
僕は絶望を超えて無になった気がした。
母ちゃんと父ちゃんの姿は見窄らしくなっていて、今までの笑顔とは全く違う姿になっていた。

あ、そうだ今日は僕の誕生日だ。

優斗ー、お誕生日おめでとうーー!
優斗はもう13歳かー。大きくなったなー。
へへっ
じゃあ、ケーキにしましょっか!
よっしゃー!うん!
わー!めっちゃ美味そーやー!
優斗ー、3等分にしてくれー
りょーかい父ちゃん
ほい
ちょっとー、優斗ー、これどう見ても3等分じゃないじゃなーい。
独り占め禁止よー。
母ちゃん目大丈夫ですかぁ?w
優斗の方が頭おかしいんじゃなーい?w
ふぁーい。3当分にしまぁす。

3人とも笑顔だ。笑いが飛んでいた。
1年前は。

祝ってくれる母ちゃんと父ちゃんはいない。
優斗ーと言ってくれる母ちゃんと父ちゃんはいない。
人生はこんなに一瞬にして、壊れ崩れてしまうのか…


「え?」
僕は目を疑った
えー、夜桜夫婦のTシャツにはペンでhappy birthdayと書かれてあります。
だれかの誕生日なのでしょうか。 ただいま夜桜夫婦はパトカーに乗りました。
この後夜桜夫婦は警察に取り調べられる予定です。

happy birthday この文字が僕の目に焼き付く。
ペンのインクは掠れていてほとんどインクがない状態だろうと思った。
最後の力を振り絞って書いたようなそんな字だった。

お誕生日おめでとう優斗

そんな声が聞こえた気がした。
「ありがとう、母ちゃん父ちゃん」

涙を流しながらコクリコクリと頭を上下に動かしながら僕の誕生日は終わった。


僕は学校にいけなくなった。学校なんて嫌いだ。
誰も僕の近くにいようとはしない。喋りかけてもスルーだ。
廊下に行くと「昨日のあの犯人の息子じゃね?」「殺人者の息子じゃん。」という声が聞こえてくる。
僕は嫌がらせのターゲットになっちまった。
そりゃそーか。殺人者の息子に誰が近づこうとするんだろうな。
怖い。僕は初めてそう思った。
僕が教室に入ると笑っていたクラスメイトの人の声がピタッと止み、
ぼくを睨みつける。
教科書は 殺人者やら人殺し、何人、人を殺したら気が済むんや?やら
いろいろな言葉が書かれてあった。
授業には全く身に入らない。
部活なんてもっと嫌だ。
先輩に呼び出しをくらって、殺された人の気持ちを考えろ、お前も同じ体験してみろと殴られる。
少しは助けてくれる人がいると微かな期待があったが、味方は誰もいなかった。

終礼後のチャイムがなるとこの空気から逃れようと真っ先に家へ向かう。
「怖い。心が潰されそうだ。」
世間は鬼ばかりだ。

プルルルプルルル 電話が鳴る。
「夜桜で…」
「人殺し」
「え…」
「殺人者」
バンっと受話器をおく。
怖い。助けてだれか。

僕は1人家に引きこもっていた。
ボーッと1日を過ごす。

今日は9月8日かとカレンダーを眺めていた。
ピンポーン 約2ヶ月ぶりのインターホンが鳴る。
外の様子を見てみる。女性だしかも若い。青い帽子に青の服。け、警察!?
僕まで逮捕されてしまうのかと思った。
再びピンポーンとなる。
僕は咄嗟に言葉が出る。
「はい。な、なんですか。僕悪いこと…」
「違うよ、助けに来たんだよ。優斗くんを」
「え?」
「悪いけど家の中に入らせてくれる?」
「は、はい」

僕はドアの鍵を開け女性の警察官を家へ入れる。
お互い無言になった。何秒間も。
女性の警察官が口を開ける。
「辛いよね」
「…」
「気持ちわかるよ」
「え…?」
「私も殺人者の娘だからね。辛い気持ちわかるの。
私自身は悪いことしてないのに、みんなに避けられて。心が押しつぶされそうになる。そういう気持ちわかる」
「そうですか…」
「あ、ごめんなんかしんみりさせちゃって」
「あ、いえ。」
不意に涙が溢れる
「どうしたの?」
涙が止まらなくなって嗚咽する。
「なんか、久しぶりに味方が現れて。なんか、なんか嬉しくなちゃって。」
「そう…」
僕の背中をさすってくれた。
「言い遅れたけど私の名前は小鳥遊結月 何歳かは秘密ー。
あ、私のことゆずって呼んで」
「よろしくです」
「学校は?」
「行ってません」
「なんで?」
「嫌いだからです」
「みんなに嫌なことされるから?」
僕は顔を縦に振る
「そっか…」
数秒の間が空きまたゆずさん…は喋り出す
「優斗くんが悪いわけじゃないから。両親も悪いことしたけど、悪人じゃないから。

「はい…」

「あの…母ちゃん達どうなるんですか?」
「どうなるって?」
「懲役10年とか無期懲役とか死刑とかあるじゃないですか」
「…」
「教えてください」
「正直 死刑…かと」
「やっぱり。そーなんだ。ハハ母ちゃん達 死んじゃうのか。」
「でも…まだ死ぬとは限らない…よ。最近死刑廃止論が政府の間で議論されていて。1週間後にはなくなるかもしれないって言っていたよ。あと裁判見ないとさ。今日あるらしいよ」
テレビを即座につけた。
裁判だ。僕は祈った。どうか死刑じゃないように。

その願いは儚く消えた。

夜桜夫婦に死刑を言い渡す

裁判長の声が響き渡る。

そんな…。
最後に母ちゃんと父ちゃんを生で見たのは7月12日だ。
「おやすみ」僕に向かって微笑みながら手を振るこの姿が最後だった。

僕は体内の水が全てなくなるかの勢いで泣いた。
ゆずさんはただ涙を流しながら僕を慰めてくれるだけだった。

死刑執行日は9月17日だった。
母ちゃんの誕生日だった。

僕はあることをしに行くと決意した。

死刑執行の日
全速力で執行場所である。刑務所へ向かった。
門には警備員が立っていた。が、僕は走った。
走って走って走った。
侵入者を防ぐ警報が鳴り響く。構わず走った。
執行する部屋に母ちゃん達が見えた。扉をバンッと開き
「母ちゃん父ちゃん!」と叫ぶ
ハッとした声で2人がこっちを向く。
警備員達が僕を押さえつける
「聞いてくれ!僕のことを!」
「そんなこと知るものか」警備員の鋭い声がする。
「ここにいる人いや、全国の人に聞いてほしい」
「何をするんだ!」
「母ちゃんと父ちゃんは優しいんだ!」
「何を言っている!」
「母ちゃんと父ちゃんは僕のために人を殺してまでお金をとろうとした。
母ちゃんと父ちゃんは僕のために…」
涙が止まらなくなった。周りの人たちも何故か涙している。
「だから悪いのは僕だ!母ちゃん達は悪くない!いい人を死刑にするなんておかしいだろ!」
「静かにしろ!」
父ちゃんの声がした。
「優斗は黙っておれ」
「父ちゃん!僕は母ちゃん達のために…!」
「悪いことのしたのは私たちだ!」
「優斗は何も悪くないだろ、私たちはあと10分ほどで死ぬ。
優斗がこんなにいい子に育ってくれて父ちゃん嬉しい」
父ちゃんが笑った。
「優斗、こんな可愛い優斗を残していくのは辛いけど。見守っとくよ。」
「母ちゃん!」
「あと、ごめんな。優斗お前の人生をめちゃくちゃにしてしまって。つらかったやろ。ごめんよ。母ちゃん達は優斗のこと思うてやったが、頭を冷やせば、優斗にとって悪くなっちまった。こんな…こんな母ちゃんでごめんよ」
「母ちゃん…父ちゃん…」
死刑執行1分前となりました。
カウントダウンが始まる60、59…

20、19…

15…14…

10…9…

速報です速報です
アナウンスがなりはじめた。
死刑廃止が国会で認められました
「え…」
「ななんと」みんなが慌て出した。
今すぐ死刑執行を中止してください。
「あ、あ、母ちゃん!父ちゃん!よかったなぁ!」
僕は2人のとこへ駆け出した。
2人のとこへ飛び込んだ
「うわぁぁん」
約2ヶ月ぶりに抱きしめた。
温かい。安心する。安堵の気持ちと嬉しさがドバッと体内を巡る。

周りからは自然と拍手が起こった

この様子は全国で話題になった。

特別ルールにより母ちゃんと父ちゃんは家へ戻れることとなった

家のドアをガチャっと開ける
僕は上に着ていたカーディガンをを脱いだ。
「happy birthday 母ちゃん!」
僕を見た途端母ちゃんは大声で泣き始めた
「まあ…。優斗……ありがとう」
「母ちゃんの顔めちゃくちゃだぞー」
「失礼ねぇー!」
それにつられて父ちゃんまで泣き始めた。
「優斗…」
「父ちゃんまで泣いちゃうと僕も…泣いちゃうじゃないか」
3人とも泣いた。3人とも笑った。
また一歩家族の絆が深まった気がした。

ゆずさんはどこに行ったのだろう。僕はゆずさんから元気をもらった。
両親が人殺しであろうと。何であろうと。自分は自分。
苦しくても必ずいいことがある。
希望はあるということを感じた。
この2ヶ月人生のどん底で正直生きていたくなかったという過去の自分にさよならをした。
僕はどんなことがあろうとこれからも歩き続ける。
強い自分でありたい。
そう強く願った。