晴天率100パーセントの「晴れ男」、ビーチ無双から伝説へ

リゾート地として徐々に観光客が増えているマイヨルカの町。
ヨウイチは町長からお祭りの企画について相談を受け、ミスコンを提案する。

ミスコン案は採用され、メルやディアナも嫌々ながら候補者として参加が決まる。
ヨウイチは審査委員長をすることになる。
町一番のホテル「ビルトン」のオーナーは、これを機にホテルの知名度をあげようと思い、娘のリヨンを参加させる。

スタイルや容姿はいいが性格に難があるタイプのリヨンは、票集めのためにヨウイチに近づいてくる。
露骨な誘惑にデレてしまうヨウイチ。メル・テリー・ロッソから反感を買う。

祭りの前日、リヨンがミスコンのためにサクラの観客を雇っていることをテリーが気づくが、そのことでヨウイチと喧嘩になりテリーは拘束される。
(※テルテル坊主を縛るとテリーは動けなくなる)

いよいよミスコンがスタート。
ミスコンは2部制で、1部の一芸審査は審査員が評価することになっている。
それぞれが一芸を行い、この時点で票集めを行っていたリヨンが圧倒的なリードを得る。
2部は”観客が票をいれる”水着審査だが、メルとディアナは水着を嫌がってTシャツでの参加を決めており、サクラを雇っているリヨンの勝利はほぼ決まった状態に。

2部の水着審査がスタートしたところで、テリーが拘束から脱出。リヨンに雇われたサクラの観客たちを追い払おうと会場内で暴れはじめる。
ヨウイチやロッソがそれを止めに入るが、そのゴタゴタでテルテル坊主が破損。晴れ男の効果が一時的になくなり、にわか雨が降る。
雨によってメルとディアナのTシャツが透ける(ウェットルックになる)。
サクラの観客がいなくなったことと、ウェットルックで大票を獲得したディアナが1位、メルが2位になる。

テリーの存在はバレずに済むが、会場で暴れたことで町長たちから怒られ、落ち込むヨウイチ。だが、ミス・マイヨルカビーチに選ばれたディアナのおかげで翌日から「さんきんぐ」には、さらに沢山のお客さんが訪れるようになる。
晴天が続くマイヨルカの町は、国中の噂となりつつある。
ヨウイチはバレないかと心配になり、たまに雨を降らせる(店を休みにする)ことを決める。
時を同じくして「太陽王」を自称する怪しげな予言者が町に現れ、天気予報をするようになったので、その預言に合わせて天気を操作することにする。

しばらく後、王都からアリという召喚士直属の監察官が、快晴が続く原因を調べるためにやってくる。
ヨウイチの店「さんきんぐ」にも調査にやってきたアリだが、とても親切な態度で、警戒していたヨウイチも安心し、王国に対してもっていた不信感や敵対心が和らぐ。

天気予報が立て続けに当たる自称「太陽王」は、調子に乗って町の有力者などにも取り入るようになり、次第に横柄な態度をとるようになる。
町長も扱いに困っているとメルから聞いたヨウイチも責任を感じ始める。

ある日、店に訪れた自称太陽王は、エルフであるディアナに対してセクハラ・人種差別のような行動をとる。客とはいえあまりにひどい態度に怒るヨウイチとロッソ。
だが、二人を制して、居合わせたアリが自称太陽王に言い返し、口論の末に追い払ってくれる。感謝するヨウイチ達。

数日後、曇りが何日か続いた後に、自称太陽王は“晴れの儀式”を行うといって町の人を集める。
ヨウイチは、逆に天気を豪雨にして自称太陽王のメンツをつぶす。
その後、町の人たちの反感を買っていた自称太陽王は、追われるように町を出ていく。
ざまぁ成功でスッキリするヨウイチ達。
偽物でとはっきりしたので、アリも調査を終えて王都に帰っていく。

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町から離れた森の中、独り歩いている自称太陽王の前に、アリが現れる。
悪態をつく自称太陽王に向かって、冷たい目で呪詛の言葉を返すアリ。
すると、ニセ太陽王は苦しみながらその場で悶え死ぬ。
アリは「太陽王を名乗った貴方が悪いんです」と言って、蛇のような舌を見せて笑いながら消える。

アリは、”誰か”の前で事の次第を報告している。
太陽王のことだけでなく、クラーケンや死霊使いのことも話題に上る。
その“誰か”の胸には、王国の召喚士のエンブレムが飾られていた。
ストーリーの途中ですが、大賞応募用なので、ひとまずここまで。

えっと、このあとも「モンスターや能力者とのバトル」や「ビーチでのスローライフ」などのエピソードを交互に織り交ぜつつ、太陽王の謎や、敵の組織や黒幕との対決を大軸として物語は進みます。

ヨウイチのスキルが晴れ男なので、薄々お気づきと思いますが、この世界にはスキル「雨男」を持つ人物もいます。あ、アリのスキルは「毒舌」です。

しょうもない話を読んで頂き、ありがとうございました。それでは、続きをお楽しみに。

2021.8.31
砂者小路 胸熱
実際に書いてみた
 【転生】・

 松山陽一は、子供の頃から奇妙なほどに「天気に恵まれる」体質だった。
 遠足の日には必ず晴れ、運動会の日に台風が接近しているとニュースで報じられても、なぜか当日は暑いほどの快晴になった。大人になってからもその傾向は続き、出勤時に雨が降っていても玄関を出るとスッと雨が上がることもたびたびあった。

 周囲には冗談半分で「晴れ男」「太陽神」などと囃し立てられたが、本人はまるでピンときていなかった。
 確かに自分が外出するときは雨が止む。旅行もアウトドアも雨で中止になったことがない。けれども、それは単なる偶然の連続であって、陽一自身にとっては「得をしたな」と思う程度のささやかな現象に過ぎなかった。

 やがて大学を卒業し、某メーカーに就職した陽一だったが、生活はごく平凡。朝は満員電車に揺られ、会社に着いたらパソコンに向かってひたすら数字の処理をする。たまにある出張先では天候に恵まれ、先方から「本当に晴れ男なんですね」などと笑われる。
 「晴れ男」は、陽一にとってのささやかなアイデンティティ――そんなふうに思っていた。

 しかし、人生の転機とは往々にして突然訪れる。
 ある雨の月曜日、陽一はいつものように駅まで歩いていく途中だった。天気予報では豪雨と報じられていたが、玄関を出た時には小康状態に。とはいえ路面は濡れて滑りやすく、足早に歩いていた彼は、角を曲がったところで自転車と接触し、その衝撃で道路に倒れ込んだ。頭を強く打ったようで、視界が揺れて、まるで寝起きのように意識が曖昧になる。そのまま救急車で運ばれた記憶が薄らぼんやりとあるような、ないような……。

 そして、陽一が次に目を覚ましたとき、自分が見知らぬ場所にいることを理解するのに数秒を要した。

 薄暗い石造りの部屋。壁際には燭台がいくつか置かれ、ゆらゆらとオレンジ色の火を揺らめかせている。まるで中世ヨーロッパの城の一室のようにも感じられた。傍らに立つ年配の男が、驚いたような眼差しでこちらを見ている。黒いローブに身を包んだ数人の男女。彼らは口々に何かを喋っていたが、初めのうちはどの言葉も陽一には理解できなかった。

 すると突然、年配の男が高らかに何かを唱える。部屋の中央に描かれた魔方陣が怪しく揺らぎ、陽一の周囲に金色の光が立ち昇る。あっという間だったが、その光が収まった後には、なぜか彼らの言葉が耳に馴染むようになった。

 「――わかりますか? 我らはカルタヘーナ王国に仕える召喚士団の者です」

 ローブの男が、まるで儀式のように朗々と言う。その声は確かに日本語ではないのに、なぜか陽一には意味が理解できた。

 「しょ……しょうかんし……?」

 「ああ、あなたは別世界の客人。我々が行使した『異界召喚術』によって、こちらの世界にお呼びしたのです」

 何が何だかわからない。ただ、その表情は陽一を睨むでもなく、かといって優しく迎え入れるでもない、どこか複雑な様子だった。

 「ようこそ、カルタヘーナ王国へ。あなたが……“太陽王”の再来であることを願いますが……まあ、それはこれからの判定次第ですがね」

 “太陽王”という単語が不思議に耳に残った。そして、もはや混乱の極みの中にいた陽一は、この言葉をただ受け止めるだけだった。

 【雨の世界】

 陽一がカルタヘーナ王国の城に案内されるまでに、さらにいくつかの説明が行われた。
 彼らの話によれば、この世界は十年前から“異常気象”に見舞われているという。始まりは突然だった。しとしとと小雨が降り続いたかと思えば、それがいつまで経っても止まない。しかも年月を重ねるごとに雨は激しくなり、今では一年三百六十五日、まるで恨みを晴らすように空が泣きじゃくっている有様だという。

 大地は常に水気を帯び、作物はうまく育たない。穀物は腐り、果樹は実らず、人々は飢えや病に苦しんでいた。しかも、雨が続くことでモンスターの勢力が増しているらしい。深い沼地や水場が彼らの棲み処となり、多種多様なモンスターが人々の居住区へと迫りつつあった。
 その対策として、カルタヘーナ王国では「冒険者」と呼ばれる戦士たちを組織し、モンスター討伐にあたらせているという。

 「……あなたには“魔力”を感じます。いや、感じられたのです、最初は」

 陽一を案内した召喚士の男が眉をひそめて言う。
 陽一にとっては、魔力と言われてもピンとこない。ファンタジー小説の中の概念でしかなかったからだ。けれど、その世界では当たり前のように通用する“力”なのだという。

 「本来、この世界にも魔力を持つ人間は十万人に一人の割合で存在します。だが、モンスターの被害が年々拡大する今、その数は全く足りない。さらに、魔力を持つ者の中から優れた冒険者が生まれるとは限りません。そこで王国は、別世界から“才能のある人物”を探すことを思いついたのです」

 その計画の要こそが、召喚士たちが行使する「異界召喚術」。儀式を行い、魔力の反応がある世界の人間を引き寄せる。そして、この世界で冒険者として活躍してもらう――それが国の方針だった。

 「太陽王の再来……というのは?」

 「ふむ、太陽王というのは伝説の英雄で、千年前に現れた魔人を倒した存在です。災厄を振り払ったその力は、勇者や聖者を超え、まさしく“太陽をも操る”ほどのチカラだったと伝わります。詳しくは王にご説明を受けるかもしれませんが……いずれにしろ、あなたには我々が確認した限り、何らかの強大な魔力が潜んでいるはず。その力こそ、雨を止められる光明になると期待されたのです」

 陽一はそれを聞いても半信半疑だった。しかし、とにかく元の世界に帰る方法がわからない以上、この世界でしばらく暮らさなければならないのだろうか。複雑な心境になりながらも、どうにか前を向き、話を受け止める。

 城内に通されると、豪奢な広間で、恐らく王族の一部なのだろう豪華なドレスを纏った女性や、将軍らしき甲冑姿の男たちが陽一を値踏みするように見つめてくる。あまりいい気分ではなかったが、無視できるような状況でもない。

 「彼が新たに召喚された者ですか? また随分と線が細そうですが……」

  「まあ、魔力特性の判定をしてからでしょう。彼がどんなスキルを発現するか……ね」

 どこか嘲笑の混じった視線。陽一の心には、まるで会社で上司に品定めされているときの嫌な感覚がよみがえった。だが、彼らにしてみれば、それだけ余裕がないのだろう。すでに何人も召喚を繰り返しているが、成功事例は数少ないとも言っていた。

 ほどなくして、部屋の奥へと案内された陽一の目の前に、さまざまな武器類が並べられた。
 剣、槍、弓、ロッド、杖……多種多様な装備がずらりと並ぶ。その一つを手にすると、それに応じて各人の特性スキルが発現するという仕組みだと説明を受けた。

 「たとえば“炎+魔法”の特性を持つ者がロッドを取れば火炎魔法を使える、“雷+剣術”の特性を持つ者が剣を持てば雷の剣技を発動できる、という具合です」

 「なるほど。でも、もし何も起きなかったら……?」

 「その場合、何の才能もないということになる」

 この瞬間、陽一は不安と期待が混ざった複雑な感情を覚えた。
 もしかしたら、これまでの“晴れ男”が活かせる特性があるかもしれない。晴天を呼ぶ剣士とか、空を操る魔法使いとか――現実味があるかはわからないが、せめて自分の不思議な運命を肯定できる活路になるならば。

 だが、その願いはあっさりと裏切られることになる。

 まずは剣を握ってみるが、何の変化もない。光が走る、風が吹き上がるなどの分かりやすい兆しがあるはずなのに、まるで無反応。
 次に槍、弓、斧、短剣、ハンマー……と一つずつ試すが、同じく不発。最後には金色に輝く王家の宝剣や、細身の魔法杖なども握らせてもらったが、何も起こらない。

 何十種類、いや百種類に近い武器や装備を手に取ったが、どれも陽一とはまるで縁がないらしい。
 神殿の奥に保管されていた骨董品のような武器まで試させられ、召喚士たちも必死の形相になったが、結局はすべて無反応に終わった。

 結果は「役立たず」。――それが王城にいる面々の率直な評価だった。

 「何ということだ……魔力があると感じて召喚したはずが、まったく発現しないとは……」

 「ただの異世界人か。これでは何の戦力にもならぬ……」

 冷たい囁きが部屋を満たす。
 実際、いくら希望を抱いたところで、才能が発揮できないのだから仕方がない。陽一としても傷つきはしたが、周囲から浴びせられる失望の眼差しの前では何も言い返せなかった。

 そのまま陽一は、城の奥から放り出されるように外へ出された。ひと月分ほどの生活費だけ支給されて、追放に近い扱いとだった。
 唐突に召喚され、混乱の中で無能扱いされた陽一は、苛立ちと哀しみに打ちひしがれていた。
 人生の中でこれほどまでに惨めに扱われたのは初めてかもしれない。少なくとも会社員時代は晴れ男という強み(?)もあったし、周囲はそれなりに優しかった。けれども今は「使えない」と言わんばかりに、さっさと消えろという空気を突きつけられている。

 「勝手に呼んでおいて、そりゃないだろ……」

 腹立たしさを噛みしめながら、陽一は王都の町はずれに取り残された。
 夕刻にもかかわらず相変わらずの雨は降り続き、土の道はぬかるんでいた。傘もないし、まともな宿も当てがない。このまま途方に暮れていると、モンスターに襲われる危険すらあるという。

 こうして陽一のこの世界での生活が、最悪の形で始まったのだった。
 【海辺の町へ】

 王都での扱いに嫌気が差した陽一は、そこから逃げるようにして旅立つことを決めた。行くあてもなく、少ない所持金をやりくりして、とにかく遠くへ。
 出来るだけ穏やかな場所で、ひっそりと暮らすしかない――そう考えた末に辿り着いたのが、南方の海辺の町“マイヨルカ”だった。
 地図によれば、港町としてそれなりに発展しており、魚介類の貿易などで生計を立てる人々が集まる地域らしい。ただ、この長雨のせいで海運もままならず、町は活気を失いつつあるという噂もあった。

 王都からマイヨルカへ向かう馬車は、ぼろぼろの木造車両に数人の乗客がいるだけだった。狭い車内は湿気に満ち、床には雨水が溜まり、座っていても衣服がじっとりと濡れて気持ち悪い。そんな状態で半日以上揺られるのはかなり苦痛だったが、他に選択肢はない。

 陽一の隣に座った初老の男性が、揺れる馬車の中で話しかけてきた。

 「随分と気の滅入る天気だろう? だが、もうこの世界ではずっとこんなもんだ」

 「……やっぱり、そうなんですか。十年も雨続きって、信じられないですね」

 「まったくだ。わしも若い頃は、夏の浜辺で泳いだもんだよ。今は雨と嵐で海は荒れる一方。この先どうなることやら……」

 ぎこちなく会話を続ける中で、その男性はふと口をつぐんだ後、陽一の方に顔を寄せるように声を潜めてきた。

 「ところで、あんた……ただの旅人ってわけでもなさそうだ。ひょっとして冒険者か?」

 「え? いや、まあ、そんなところ……」

 陽一は少し言葉に詰まる。王都では冒険者として正式な認定をもらっていないので、本来は“冒険者”ではない。
 しかし、似たような状況の者だと誤解されても無理はない。男性は陽一の戸惑いを感じ取ったのか、一人で得心したように頷いた。

 「噂じゃ、王国は“太陽王”を探して別世界から人を召喚してるそうじゃないか。まさかあんたも……いや、まさかな」

 「……“太陽王”っていうのはどんな人だったんですか?」

 「あんたが知らないとは……いや、そうか。外国から来たのか。太陽王っていうのは千年前の伝説の勇者だよ。世界を覆った『魔人』を倒し、大陸に光を取り戻した偉大なる英雄だ。そりゃもう、神話みたいなもんさ」

 ここで話を止めればいいものを、陽一は何気なく興味を惹かれてしまった。せっかく教えてくれるならばと続きの言葉を促してしまう。

 「でも、なんで今になって太陽王なんです?」

 「その伝説によれば、太陽王は“雨を払う光の力”を持っていたと言われてるんだ。もしかしたら、その力を再び得られれば、この世界を救えるんじゃないかって期待もあるんだろうよ。もちろん伝説だがな」

 もし本当に“太陽を操る”ような力が自分に備わっていたら、こんな悲惨な思いはしていないだろう―――だが、剣や槍を手にしても何のスキルも発現しなかったのだから、それ以前の問題……陽一は改めて暗い気分になった。
 それでも気になったのは、その伝説の名――“太陽王”――が、彼自身のあだ名「晴れ男」とどこか重なって聞こえたからだろうか。

 馬車の旅は砂利道を抜け、さらにぬかるんだ道を進み、やがて高低差のある地帯を越えていく。道中で行き交う旅人の姿はまばらだったが、武装した集団もちらほら見かけた。彼らはきっと本物の冒険者なのだろう。胸当てを光らせ、腰には剣や斧を帯び、見るからに屈強そうだ。その姿は王都で見た冒険者候補たちと被り、陽一は劣等感を感じながらその姿を見つめた。



 ―――そうして数日間の道中を経て、ようやくマイヨルカの町へ到着したのは、生憎の大雨が降りしきる朝だった。
 馬車から降りると、粘度の高い雨水が町の通りを流れている。建物の屋根もレンガ造りの壁も、長雨に苛まれた傷跡で暗く湿っていた。

 「ここが……マイヨルカ、か」

 港町という言葉から想像していたのは、海辺の開放感と活気ある市場だった。
 しかし、現実は殺風景で、空気がよどんだ小さな町だった。早朝とはいえ、外にいる人影はほとんどなく、港に向かう坂道の奥に波止場らしき施設が朧気に見えるだけ。そこからは磯の香りというより、海藻や魚の腐ったような臭いが漂ってくる。きっと、漁がまともにできず、流通も麻痺して廃棄される魚介ばかりが増えているのだろう。

 観光地どころか、想像以上に荒んだ雰囲気が漂うマイヨルカの町。その雨の町並みを見つめながら、陽一は思わず深いため息をついた。
 【出会い】

 マイヨルカの町でひっそりと暮らそう―――陽一はそう決心してはいたが、当面の問題としては宿探しと資金調達が必要だった。
 だが、王都で追放される際に渡されたのはほんのわずかな小銭。まともな旅館に泊まれるほどの金額ではない。仕方なく、町はずれの安宿に数日だけ滞在し、仕事を探すことにする。

 「すみません、ここらで雇い口はありませんか?」

 「あるわけないでしょ。こんな町、雨ばっかで仕事なんかないわよ」

 宿の女将の冷たい言葉が突き刺さる。少なくとも、港の漁師たちは暗い顔ばかりだし、貿易商たちも船を出せず苦境に立たされていると聞く。観光業も壊滅的。町全体が停滞しているようだ。苦しい状況はどこも同じなのだろうと思うと、気が滅入るばかりだ。

 とはいえ、動かなければ始まらない。とにかく外に出て情報を仕入れようと考えた陽一は、その日の昼過ぎ、町の外れにある小さな雑貨屋に寄った。その帰り道――遠くの路地から、かすかに甲高い悲鳴が聞こえてきた。わずかに聞き取れる言葉は「……助け……」だった。

 陽一は思わず息を呑んで耳を澄ます。
 周囲の雨音にかき消されそうだが、確かに誰かが助けを求めている。居ても立ってもいられなくなった彼は、傘代わりにしていたボロ布を放り出し、声のする方向へ走り出した。

 細い路地を抜け、町の郊外へと続く小道へ出ると、そこには黒装束の男たち数名が馬車を取り囲んでいる姿があった。道の真ん中で立ち尽くす若い女性が、彼らに脅されている。

 「あんた、それ以上声を出すんじゃねえ!」

 「きゃあ!助けて!」

 女性は片腕を掴まれ、今にも無理やり馬車に押し込まれそうだった。黒装束の男たちのうち一人が小型のナイフを持ち上げ、彼女を脅している。明らかに盗賊、あるいは人攫いの類だろう。
 陽一は驚きつつも、放っておくわけにもいかないと、勇気を振り絞った。

 「や、やめろ! 何をしてるんだ!」

 突然背後から叫び声を浴びせられた男たちは、一斉にこちらを振り向いた。確かに数は多いが、武器を見る限り寄せ集めの盗賊で、統率も取れていないようだ。
 陽一は恐怖を感じながらも、臆病風に吹かれる自分を懸命に叱咤した。見殺しにするわけにはいかない。

 「てめえ、なんだあ? 冒険者か?」

 「ち、違う! でも、関係ないだろ!」

 その言葉を聞いた盗賊たちは、陽一を嘲笑うように顔を見合わせる。

 「なんだそりゃ? ただの町人かよ? いい度胸だなぁ」 「金もなさそうだし、こいつも攫っちまうか?」

 そう言って二人の男がナイフを構えながら陽一に近づいてくる。陽一の頭は真っ白だ。格闘経験など一切ない。会社員時代にせいぜいやったケンカといえば、学生時代にクラスメイトと軽く揉めた程度。
 だが、逃げるわけにもいかない。女性は恐怖に震えている。彼女を放置して逃げ出したら、一生の後悔になる――。

 そう思った矢先、何かが閃いたように頭をよぎった。そうだ、奇跡的に晴れを呼ぶ“運の良さ”が、自分を助けてくれるかもしれない。根拠のない考えだったが、他にすがるものは何もない。

 「う、うおおおおっ!」

 陽一は気合を入れて飛び出し、無謀にも男に体当たりした。
 予想外の反撃に盗賊の一人がバランスを崩し、その隙に陽一はもう一人を蹴り飛ばした。無我夢中で身体を動かす。思い切り腕を振り回すうちに、ナイフを握った手を叩き落とすことに成功。すると地面に落ちたナイフが泥に埋まり、男たちは慌てて拾おうとするが、なかなか見つからない。

 「くそ、こいつ、意外とやるな!」 「おい、魔法をぶっ放してやれ!」

 盗賊の一人が呪文らしきものを唱え始める。陽一は激しく動揺した。
 魔法なんて使われたらひとたまりもない。ところが、意外なことに、呪文の出だしは不発に終わったようだ。何かがうまくいかなかったのか、その男は「あれ?」と戸惑った声を出している。

 「あ、あれ? なんだ、魔力が乱れてる?」

 「なにやってんだよ!」

 盗賊の仲間が焦りだし、その間隙を突くように陽一は女性の手を取り、急いで逆方向に逃げ出した。相手たちは魔法が使えない混乱から立ち直るのに手間取っている。何とか距離を取ることができそうだ。

 「逃げるぞ、こっち!」

 陽一は町の方へと戻る道を選んだ。幸い盗賊たちは呪文を使おうとしても上手く発動できないようで、追っては来るものの距離が大きくは詰まらない。雨で足場が悪いのもお互いさまだからだ。

 全力疾走でしばらく走った後、陽一と女性は町の方へ隠れるようにして逃げ込んだ。人通りのある場所にたどり着けば、さすがに盗賊たちもこれ以上追ってこなかった。陽一は息を切らしながら、ようやく立ち止まる。

 「だ、大丈夫ですか……!?」

 「は、はい……ありがとうございます……」

 女性はまだ恐怖に捕らわれた様子で肩を震わせている。年の頃は二十歳前後か。明るい茶髪を雨に濡らし、大きな瞳が涙に潤んでいた。
 ドレスというよりは軽装だったが、その生地は上質そうで、身分の低い者ではないようだった。

 「助けていただいて、本当に感謝します。でも……命の危険がありますのに、どうして?」

 「そ、そんなこと、目の前で人が襲われてたら……放っておけないでしょ」

 陽一は肩で息をしながら答えた。女性は目を丸くして、やがて安堵の表情を浮かべる。

 「あなた、ひょっとして冒険者の方ですか?」

 「いや、えっと……まあ、一応そう思われるかもしれないけど……」

 実際はスキルを発現できなかった“偽”冒険者であるなんて言いにくい。
 しかし、女性は陽一に対し、ますます興味を持ったようだ。

 「そうですか……うちの町は今、冒険者さんを求めているんです。よろしければ、改めてお礼をしたいのですが、いかがでしょう?」

 こうして陽一は、盗賊に襲われそうになっていた女性――名を“メル”と名乗る――を救った縁で、彼女の家に案内されることになる。
 まさかこの出会いによって、さらなるピンチに巻き込まれることになろうとは、その時点では陽一は微塵も思っていなかった。
【依頼】

メルに連れられて訪れたのは、海辺の崖際に立つ立派な建物だった。白壁の大きな邸宅で、周囲にはいくつか蔵のような付属施設が隣接している。門に入ると、使用人らしき人々がこちらを出迎えるが、皆メルの顔を見るや否や駆け寄ってきて、心配そうに声をかける。

「メルお嬢様、大丈夫でしたか!?」「どちらに行かれたのかと思えば、こんな大雨の中……」

 彼らの口ぶりから察するに、メルはこの家の“お嬢様”らしい。使用人の一人が目を剥いて陽一を睨みつけたが、メルが間に入って説明したおかげで、どうにか危険人物扱いは免れた。

 やがて屋敷の奥へと通されると、そこには恰幅のいい中年の男が立っていた。分厚いヒゲと、威厳を漂わせるスーツ姿――メルの父であり、この町の町長だという。名をウェルナー・ドゥラトーレ。町長は陽一の顔をしげしげと見つめ、「ふむ」と低い声をあげる。

「ヨウイチ殿、貴方がメルを助けてくれたそうだな。心から感謝する。ありがとう」

「あ、いえ、たまたま通りかかっただけです」

 陽一としては礼を言われるよりも、今後どうすればいいのかが気がかりだった。ところが町長は、さらに厳粛な顔つきになり、陽一を真っ直ぐに見据えてくる。

「ところで、ヨウイチ殿は冒険者だな?」

「え、ええと、まぁ……」

 真っ向から否定するのもどうかと思い、曖昧に濁す。すると、これがいけなかった。町長は勝手に勘違いしてしまったのだろう。

「それは都合がいい。実は我が町の港に、どうにも手がつけられない怪物が出てきて困っているんだ。名を“クラーケン”と言って、荒れ狂う海をさらに脅かす巨大なイカかタコのような魔物でな……」

聞けば、そのクラーケンは数週間前に嵐と共に突然港に現れ、船をいくつも破壊し、人々に甚大な被害をもたらしたという。攻撃力だけでなく、海中深く潜む能力と高い知能を持ち、陸からはまったく手が出せない。さらに悪いことに、船団を出して大々的に討伐しようとすると、海流を操るのか突風を呼ぶのか、謎の嵐が発生して船は転覆する。そんな脅威を前に、次々と犠牲が増え、討伐を試みた冒険者もいたが、全員行方不明になったらしい。

そして今回、クラーケンは暴れるだけでは飽き足らず、若い娘を生贄として差し出すよう要求してきたというのだ。
「私だってそんな要求は飲みたくはなかった。しかしあの化け物を刺激すれば、本当にこの町は全滅しかねない。なので――ーやむを得ず、我が娘メルを生贄にすることにしたのだ」

その話を聞いて、陽一は心底震え上がった。
人身御供なんて、まるで古代の儀式のようだ。しかし、町長は諦めきったような嘆息をもらし、沈痛な面持ちで言葉を続ける。

「私が町長として決断せざるを得なかった。クラーケンとの約束の日は……明日だ。もし我々が差し出さなかった場合、クラーケンは怒り狂って港のみならず、町全体を襲うだろう……」

その言葉を聞きながら陽一は、メルの横顔を盗み見る。
彼女は唇を噛みしめながら、抗うこともなくうつむいていた。助けてくれたお礼云々と言っていたが、実のところ、この家に戻るのが怖かったのではないだろうか。あまりにもかわいそうな話だ。

「だが、もし……ヨウイチ殿であれば、奴を退治できるかもしれん。……どうだ、頼まれてくれないか?」

町長の問いかけに、陽一は一瞬言葉を失う。
とてもじゃないが、クラーケンなどという凶悪な怪物と戦えるはずがない。そもそもスキルも武器もない。ただの“外れ召喚者”に何ができるというのか。

「す、すみません。僕には到底無理です……」

そう言おうとした瞬間、メルがこちらを見つめて、表情に一縷の希望を浮かべたように見えた。
彼女は信じたいのだ。陽一が自分を救えるヒーローであると。――だが、それは大きな誤解だ。彼はあくまで偶然盗賊を撃退(というか盗賊から逃走)できただけのただの素人に過ぎない。

 そのことを説明しようとした矢先、町長は一方的に言葉を重ねる。

「よし、では早速、報酬の話を――。このクラーケンを倒してくれれば、かなりの額をお支払いする。いや、それだけじゃない。町が誇る宝物だって提供を惜しまん。どうか力を貸してくれ!」

「ちょ、ちょっと待って……!」

言葉を挟もうとするが、町長は完全に興奮状態で、聞く耳を持たない。メルの表情も切実そのものだ。こんな重責を背負わされても困る。そもそも自分はまともに剣すら振れないのだ。

しかし、あまりに必死な二人を前にして、陽一は“いや、無理です”と言い切れない。その瞬間、状況は完全に彼にとって不利になった。かくして、彼は半ば強引にクラーケン退治を請け負う羽目になったのである。


その後、町長からは“明日まで英気を養ってくれ”と言われ、邸宅の一室を与えられた。
町の騎士たちからも“協力する”などと言われたが、彼らも内心は「どうせ無理だろう」という諦念があるように感じられる。
そんな中、メルだけは健気に「ご迷惑でしょうけれど、どうかよろしくお願いします」と頭を下げてきたのがやるせなかった。