第3話 とある領地にて(後)

「で、残された私達は何をするんですか?」

 応接間に残った俺とセツナはゆっくりと茶をすすっていたのだが、どうも彼女はそれに飽きてきたらしい。

「時間稼ぎ出来ればいいよ。お話みたいに悪徳貴族を成敗したい訳じゃないし」

 アイラとヘルマに油を売る暇が無いというなら、俺達はこれから一生懸命油を売らなければならないのだ。さてここからどうやって時間を引き延ばそうかと少し考える。まずは相手を褒めて世間話をして天気の話をして出された茶を褒めてあとは適当にかな、うん。考えることもスキルで済ませたら楽だが、それは贅沢が過ぎるか流石に。

「待たせたな流れの商人、何やら珍しいものを持っているらしいね?」

 帽子を取り頭を下げる。メガネは流石に取るわけには行かないな。

「ええそれはもう。エドガー様に相応しい数々の逸品をご用意させて頂きましたので」
「世辞は良い、物を見せろ」

 いきなり本題に入られても困る。落ち着いてまずは天気の話をしないとな。

「……今日はいい天気ですねまるであなたのここ」
「物」

 駄目だわ俺の作戦、口は詐欺師でも頭は役立たずだ。

「物、ですね」

 一応ポケットに手を突っ込んでみるが、ゴミしか入ってなかった。売るものね、あ、待てそう言えばセツナが何か鞄持ってたよな。

「セツナ君、鞄をこちらに」
「どうぞ」

 うむこれでよし。あとはこの中身を適当な理由を長々と説明してしのげばいい。というわけで鞄を開けたのだけれど。

「えーっとお……」

 とりあえず馬車の手綱を握る用の手袋を嵌め、一つだけ中の物を取り出す。

「まずこちらは、パンツです」

 机に置かれる一枚のパンツ。几帳面なセツナらしく、小さなタグが付けられている。チンピラって書いてあるけど、まぁいいだろう。

「そうだな」

 しかしこうあれだね、領主同士がチンピラのパンツを挟んで向かい合うってひどい光景だね。

「次に……パンツですね」

 よしもう一枚鞄から取り出すぞもちろんパンツだね。今度は高利貸しだ。

「その通りだ」
「そしてパンツに、パンツにパンツにパンツとパンツパンツパンツパンツでございます」

 えっとね、これがチンピラでこれもチンピラで泥棒と泥棒にね、泥棒とねチンピラと、ちょっと珍しいぞ武闘家とね、最後はやっぱりチンピラなんだよね。んーセツナちょっと刑務所から集め過ぎだねかぶってるよね一枚ぐらいで良いんじゃないかな?

「君は喧嘩を売りに来たのか?」

 ごもっともな意見だが、本当は油を売りに来たのだ。決してパンツではございませんが、それはそれとして。

「いえいえいえ、なんとこちら、単なるパンツではございません」

 詐欺師に口を任せれば、俺も驚くような言葉が出てくる。単なるパンツだよこれ。

「ほう?」
「なんとこちらの全てのパンツ、馬鹿には見えないパンツでございます」

 どんな魔法だそれ、しかもパンツって何に使うんだよ鎧とかなら役に立ちそうだけどさ。

「……何だと?」

 お、ちょっと食いついたぞ。

「あ、いやっそのこちらのパンツが見えるとはさすがエドガー様ですねえっ! 私めにはおぼろげに姿を捉える事が精一杯、こちらの小間使いには見えておりませんので!」

 集めた張本人だけどなこの人。

「本当か?」
「ほら、えーっと……この通り」

 とりあえずパンツを一枚つまんで、セツナの視界の前でひらひらさせる。なんと彼女は表情は崩さないそこにあたかもパンツなんて無いかのように! 

「耐えてくれセツナ、でも俺はこれの何倍も苦しいんだ」
「これは追加報酬が必要ですね……」

 小声で彼女に告げると、恨み言と歯ぎしりが帰ってくる。

「俺は誰からも何も貰えないけどな」

 せめて労いの言葉ぐらいは欲しいけどね、聞こえてくるのは無機質なゲットしましたとかいうふざけた声だけだからね。

「いかがですかこの馬鹿には見えないパンツ、いまならなんとたったの2万クレ」
「いやいらない」

 いらないのかよ興味津々だっったろさっきまで。

「面白いけど使い道ないし……」
「まぁ……そうですよね」

 知ってました。まぁ誰でも見れる普通のパンツだからね、いらないよねそりゃね。

「お邪魔しました、ではこれで」

 席を立つ。まだあの二人は帰ってきていないがここら辺が限界だろうか。連れの方は先に帰りましたよとかいう事で見逃してくれるだろうしね、多分だけど。

「もう帰るんですか?」
「仕方ないだろパンツしか無いんだよあと売るものなんて一つもないぞ」

 小声でそう答えれば、納得したような諦めたような曖昧な表情で彼女は立ち上がる。もちろん手袋なんかして、机に並べられた大量のパンツを回収しながら。

「いや待て商人……まだ一個あるぞ良いものが」

 だが領主に呼び止められる。だがその言葉に耳を疑わずには要られなかった。何せ俺の持っているもので売れそうなものといえば、調達したばかりの服飾品ぐらいだったからだ。

「この帽子と色眼鏡はちょっと」
「いるかそんなもの。私が欲しいのはだね」

 彼は笑う。不敵に、にこやかに、いやらしく。舌なめずりした唇が窓からの光を反射し、歪められた口元が自分は下衆ですと自己紹介する。だからそこから紡がれる言葉なんてものは。

「そこの小間使いだよ、商人くん」

 人を怒らせるには、十分すぎるものだった。






「彼女を、買いたいと」

 拳を握る。手のひらに伝わる痛みが、この男に殴りかからない程度の冷静さを与えてくれた。呼吸を整えてセツナの横顔を見れば、呆れたような表情をしていたから少しだけ心臓の音が小さくなった。

「一生とは言わん。そうだな一晩、いや二晩ほどだな。500クレ出そう、破格だろう?」
「ごめんなさいね、彼女は売り物じゃなくて」

 立ち去ろうとすると、控えていた使用人に行き手を阻まれた。思わずついた舌打ちは、静かな部屋によく響く。

「おいおい商人くん、金勘定が出来なくなったのかね? なあにたったの二日程度だ、君はここでゆっくりとしてればいい……それとも君を詐欺師という事にして、一生フォルテ領で過ごしてもらっても良いんだがね」

 殴りたい。その顔にありったけの拳を打ち込んで目も開けられなくしてやりたい。彼女への侮辱が許せない。 

「さあどうする商人くん? カネで解決できるだけ温情だと思うのだがね」

 拳をもう一度握り直す。そっちがそういう腹積もりなら、こちらは暴力で解決してやろうかと考えずにはいられない。図らずとも手に入れた力を使えば、それはあまりに容易い。

 だからもう、この男を。

「キールさん! やっぱりここの領主は悪人だったべ!」

 耳を貫くのは響き渡るアイラの大声。それから景気良く開かれた扉はその前を陣取っていた使用人を吹き飛ばした。その後ろから顔を出すのは、心配そうな顔のヘルマと目を赤くしたシーラの姿。

 何を考えていたんだ、俺は。

 目頭を強く押さえ、視界を消して冷静になる。いくらなんでも考えが極端過ぎるじゃないか、今のは。なまじ出来る事を理解しているから、こんな凡人には過ぎた考えが浮かび上がるのだ。

「ありがとうアイラ、でも俺達もそれに気付いたとこなんだ」
「あ、じゃあやっちゃいますか!」

 鞘がついたままの剣を構えて彼女が恐ろしい提案をしてくる。まあアイラという人がこういう考えの持ち主なのは、そういう環境で育ったからなのかなと推測できるけど。

「そうは言っても、暴力で解決するってのは……」
「ん、キール……いまキールと呼んだか小娘。待て商人、お前の顔に見覚えがあるぞ」

 まずい。この下衆領主俺に熱い視線を送ってきた。いやあ私にそういう趣味はありませんよと詐欺師らしい台詞が口を付きそうになったが、そんな悠長な言葉は不要だ。

「さーて帰るかみんな! 商売上がったりだ帰ろ帰ろ!」

 そう撤退だ。今ならドサクサに紛れてシーラを連れて帰れそうだしね扉塞いでた人は床で寝てるし良いこと尽くめだそうしよう。

「いや待て思い出せそうで思い出せないんだがどこかでお前を見たような」

 そこで下衆領主は言葉を止めた。恐る恐る振り返れば、開けっ放しの口がそこにあったから。

「アイラ、あいつはお前の思ってる通りの悪人だ」
「ですねっ!」

 小声で彼女にそう告げれば、元気いっぱいの言葉が返って来た。

 作戦変更である。けど、暴力で解決するのはどこか違うと思ったから。

「……やれ」
「はいっ!」

 たまたま居合わせて凶器持ってニコニコしてる旅の仲間の観光客にやんわりとお願いすることにしました。

「貴様もしかして……クワイエ」
「ちぇえええええすとおおおおおおおおおっ!」

 その先の言葉は聞こえない。振り下ろされた鞘はそのまま下衆領主の脳天に直撃し、意識をどこかへと吹き飛ばしてくれたからだ。ついでにここ数時間の記憶も吹き飛ばしてくれたらありがたいのだが、そこまでは高望みだろうか。



「ありがとうございます。私、お金が貰えるからって、その……」

 屋敷を後にするや否や、シーラが深々と頭を下げる。濁した言葉の先は、おおかたセツナと同じような扱いを受けたのだろうと理解できる。ただ二人の違いがあるとすれば、シーラにとってぶら下げられた人参の価値は高すぎたという事だ。

「体を売るという生き方に否定も肯定も出来ませんが、その日のうちに後悔するならやめたほうが懸命かと」
「ええ、そうですね本当に……ありがとうねヘルマも」
「お、オレは別にこれ届けに来ただけだから!」

 頭を撫でられたヘルマはその手を振り払い、小脇に抱えていた袋を突き出す。

「これ?」

 中を確認する俺達だったが、そこにあったのはもはやホットドッグとは呼べなくなったグチャグチャの食べ物である。流石にそれを渡すことはためらったのか、ヘルマは急いでそいつを頬張る。

「……なんでもない」

 飲み込むや否や出てきた言葉は、俺たちの今日一日の働きを無かったことにするようなとんでもない事だった。

「そういえば……まだ朝食を食べていませんでしたね。どこか良いお店知ってますか?」

 食べ物を見て思い出したのか、セツナが今日一番の目標を思い出してくれた。空を見上げれば太陽がもう昼食の時間すら過ぎたことを教えてくれた。

「ホットドッグの屋台でいいなら」
「じゃ、最初の予定通り行きましょうか!」

 アイラが笑顔を浮かべながら、シーラとヘルマの手を握る。

「えっ、私達もですか……?」
「もちろん!」
「じゃあ他の連中を連れてきてもいいか!?」
「当たり前じゃないですか! ね、キールさん!」

 そう笑顔で聞かれると、はいそうですと答えるしか無いような気がしてしまうのはなぜだろうか。

「……五人までだぞ」

 ため息混じりに答えれば、三人が笑顔で駆け出していく。きっとこんな街中をこんな光景で埋め尽くすことが、領主としての仕事なのかと柄にもなく考えてみたりする。

 んだけどさ。

「あの領主起きたら俺の事殺しに来そうだな……」

 めでたしめでたしとならないのは、心残りが一つあるから。内政干渉になるのかなこれ、なんて考えればどんどん悪い方へと突き進んで行きそうだったが。

「そちらについてはご心配なく。帰り際に裏帳簿を拝借して参りましたので、そちらを王都の諮問委員会に送れば解決かと」

 淡々とした口調でセツナが答える。さすがセツナ抜かりないけど怖いなおいやっぱりさっきの事で相当腹を立てていたのだろうか。まぁそれを確認する勇気は俺にはないけど。

「そっか、ありがとうこれで一安心か。折角だし褒美って程でもないけど、何か欲しいものとかある?」

 特別報酬というわけではないが、労働には対価を支払わないとね。

「そうですね」

 セツナは顎に手を当てて、少しだけ思案する。それから少し微笑んで、今回の顛末の報酬を要求してきた。

「ではホットドッグを一つ。本当は私もあれ、食べてみたかったんですから」

 俺達は歩き出す。こんな風に彼女と街を歩くのは、存外悪くないものだと思いながら。


◆◆◆今回の獲得スキル◆◆◆

レアスキル:詐欺師

アーツ:口八丁 手八丁 偽装の心得 偽名の心得 偽証の心得 
    度胸 愛嬌 オカマは最強