「お待ちしてました」

 放課後、演劇部の部室前。息を切らして辿り着くと、扉の前で陸井が微笑みを浮かべて立っていた。まるで俺が来ることをわかっていたかのように。

 荒い息を無理やり整えて、演劇部部長を見据える。

「……どういうつもりだ」
「運命だと思ったんです」

 問い詰めるが、陸井はどこかうっとりした表情で噛み合わないことを言う。

「入学した学校に、演劇にのめり込むきっかけになった海原泉がいるなんて」

 言われた言葉に耳を疑う。陸井は高校に入学する以前から俺のことを知っていた?
 しかしそれを確かめるよりも前に、また彼女が喋り出した。

「私、『夜空の君へ』を観て初めて知ったんです――こんな面白い世界があるなんて」

 初めて聞く話だった。忌まわしいとさえ感じていたあの夏公演に、陸井は観客として来ていたというのか。

「お前、いたのか? あの公演に――」

 衝撃的な内容に思わず目を見開いて尋ねるが、彼女の耳には届いていないようだ。

 むしろこちらの質問を遮るように、それなのに、と逆接を強調した。

「それなのに、私をこの世界に引き込んだ張本人はあの作品を書いたきり、一切書かなくなったどころか、演劇そのものを辞めていたなんて……! こんなことってありますか?」
「……もしかして怒ってる?」

 感情の起伏がそれほどない陸井にしては珍しく、語気が荒くなっていた。と言っても感情がはっきりとわかるほどではない。おずおずと確認すれば、普段よりも幾分かひりついた声音で彼女は肯定する。

「怒りたくもなりますよ。確かに先生は同じ双子といえど、汐谷春ほどの演技力やスター性はないかもしれません。加えて顔はいいけど、服装はだらしないし、無愛想だし、卑屈だし、偏屈だし、妙なところで自己顕示欲が強いし――」
「お、おい、陸井。褒めている部分より、ダメなところの方が多くないか? さすがにそこまで言われるとへこむぞ……」

 突然並べ立てられた欠点の数々。顔はいいと思ってくれているのかと感じたのも束の間、弟との違いから内面の問題点まで歳下の少女――しかも生徒に列挙されるのはなかなかメンタルにくるものがあった。

 しかし俺が精神的ダメージをかなりくらっていることもいとわず、彼女はもう一発、重めのブローをお見舞いしてくる。

「全然生徒から好かれてませんけど、でも――――」

 そこで言葉を切ると陸井は真っ直ぐこちらを見た。その目に引き寄せられるように視線が重なり、力強い眼差しが俺を射抜く。

「――――あなたには脚本の才能がある」

 それはずっとずっと望んでいた言葉だった。胸を突き刺すそれに、自分の瞳が揺れ動くのを感じる。

 言葉に詰まってしまった俺を見たまま、陸井は口角をやや上げて続けて言った。

「先生が書いてくださる台本があれば、全国大会も夢じゃないと思うんです。……泉先生、演劇部(うち)の顧問になってくれませんか?」

 夕日が差し込む中、微笑む彼女は魅力的に見えた。

「そして私たちと――――もう一度、芝居を打ちませんか?」