彼女が演劇部であることに、ではない。演劇そのものに対する反応だった。演劇なんて嫌な思い出しかない。

 大学時代、俺と春は同じサークルで演劇をやっていた。そして二年の夏にやった定期公演で弟はスカウトされた。
 それからだ、すべてが変わったのは。

 春がテレビに出て注目されるたび、周囲からその感想や賛辞が俺のもとへ届いた。

「テレビ出てるの見たよ」
「弟さん、凄いね」
「春が出てたドラマ、面白かったわ」
「ほんとかっこいいよね、春くん」
「春くんは演技が上手いね」

 弟、弟くん、弟さん、春くん、春さん、春、はる、ハル、春春春春春春春春――――

 そういった言葉をいくつも投げかけられるうちに、いつしか俺は海原泉としてではなく、「汐谷春の兄貴」として見られるようになった。

 ――前は逆だったのに。

 昔から内気な弟はなんでも俺の真似をしたがった。周りがいつも「泉の後ろには必ず春がいる」とからかい半分に称していたほどに。

 大学の演劇サークルだってそうだ。入ろうと先に決めたのは俺だった。春は「兄さんが入るなら俺も入ろうかな」と言って演劇を始めたんだから。あの時――あいつがスカウトされた時の公演の台本だって、俺が書いたものだった。それなのに――――!

「――せんせ、海原先生!」

 名前を呼ばれ、我に返る。顔を上げると険しい目をした先輩教師の顔があった。

「ぼーっとしてないで、ちゃんと監督してくださいよ」
「……すんません」

 呆れたような忠告に小さくなって謝れば、先輩は納得したらしく溜め息をついて正面を向いた。
 その動作を横目で見届けてから、俺も先輩にならうように前を向く。

 体育館では、集められた一年生たちに向けて、様々な部活が順に自分たちの活動をアピールしていた。

 入学式が終わったばかりの我が校は、新入生向けのオリエンテーションが日々盛んに行われている。今日はそのひとつである部活紹介の日だった。そしてその運営担当に俺は任命されていた。

『次は演劇部です』

 放送部がマイクを通してアナウンスする。ややあってブザーが鳴り響くとともに、俺は陸井の言葉を思い出す。芝居をやるつもりか。

 うちの学校の演劇部はそれほど存在感のある部活ではなかった。普段何をしているのかわからず、それらしい活動は文化祭の公演くらいだった。

 幕が上がると同時にスポットライトがつく。照明は舞台上の一人の少女を浮かび上がらせる。陸井だ。制服姿の彼女は観客席の方を見つめ、ゆっくりと口を開いた。

「『――――あの日、私は確かに星を掴んだんだ』」

 発せられた第一声に驚愕する。

 それは大学時代に俺が書き、春がスカウトされた時の台本――「夜空の君へ」だった。