「本当なの? 汐谷春に似てる先生がいるって」
「ほんと、ほんと。見てみ、ほらあの先生」
「え、うそっ!? ……なんだ、そんなに似てないじゃん」
うるせぇ。
昼休み、よっぽど暇らしい女子生徒たちが、社会科準備室の前でそんな会話をしている。声のした方に顔を向ければ、彼女たちは視線が合うよりも前に蜘蛛の子を散らすように退散していった。
「……逃げんなら最初っから言うなっての」
溜め息と言えないくらい小さな息を吐く。それから煎れていたコーヒーを空になったカップに注いだ。
「今年も噂されてますね、泉先生」
聞こえたのは逃げていった女生徒たちとは違う声だった。よく知っているもので、先ほどとは違う息が零れる。
「……何の用だ、陸井」
硬い声音で言って振り向くと、一人の女子生徒の姿があった。
彼女は口元に笑みを浮かべ、小首を傾げる。
「先生と話がしたいっていうのじゃ、ダメですか? そうやって邪険にしてると、いつまで経っても生徒から好かれませんよ」
「別に、生徒にチヤホヤされたくて教師なったわけじゃないんで」
そう適当に返して、陸井と呼んだ生徒を一瞥する。
陸井火乃香。
ショートヘアの黒髪に、服の上からでもわかる線の細い身体。肌の色は髪と対照的で、日焼けなんてしたことないんじゃないかってくらい白い。
この春、二年に上がったばかりの彼女だが、成績優秀でおまけに礼儀も正しい。そのため教職員からの評判は高い。――俺を除いて。
俺は陸井が苦手だ。
話せば話すほど、思考や心の内を見透かされているような気がしてくるからだ。だからできれば授業以外では関わりたくないと思っている。しかしどうしてだか、彼女はことあるごとにこの準備室を訪れたり、やたらと話しかけてきたりして、妙に俺につきまとっていた。
「仕方ないんじゃないですか? 汐谷春は今売れに売れている俳優なんですから」
そんなこちらの内心を知ってか知らず、今日も今日とて陸井は変わらぬ態度で話しかけてくる。
「だからって人の顔じろじろ見て、似てるだの似てないだのとやかく言うのは失礼じゃないか?」
「先生の言うことも確かですね。個人的には双子というだけあって、似てると思うんですけどね」
顎に手を当て、なんでですかねえ、と陸井は不思議そうに呟いた。
その言葉に鼻を鳴らす。似てるっつーか、瓜二つだわ。
汐谷春。六年前、彗星の如く突如芸能界に現れ、その容姿と演技力で世の女性たちを魅了し、瞬く間に人気若手俳優の代名詞となった男。
映画に出れば大ヒット、CMをやればその商品は飛ぶように売れ、雑誌の表紙を飾れば完売続出。メディアで顔を見ない日はないと言っていい。陸井の言う通り、旬真っ只中の俳優というわけである。
そんな男にはあまり知られていないが、兄がいる。そしてそれは俺――海原泉のことである。
汐谷春こと本名、海原春と俺は一卵性の双子だ。そのため、見た目は親でもときおり間違えるくらいにはそっくりだ。笑い方もほくろの位置もほとんど変わらない。違いという違いと言えば、俺が左利きで弟が右利きなことくらい。でもそんなものは、ペンや箸を使ったりしなくちゃわからない。
おかげで外へ出れば、弟だと勘違いした人間にやたらと声をかけられてしまう。だから厄介な目に遭わないよう、外出する時はマスクを必ずつけるようになった。……俺は芸能人かっての。
腐った気持ちでコーヒーを啜っていると、そういえば、と再び陸井が口を開く。
「泉先生、午後の部活紹介の担当でしたよね」
嫌な予感がした俺は咄嗟に警戒が滲んだ声で返答してしまう。
「だからどうした」
「うちの部の発表、楽しみにしておいてください」
そう告げた彼女の顔には自信が感じられる笑みが浮かんでいた。
陸井は演劇部だった。しかも今年、部長になったはずだ。
それを思い出して、顔が引きつる。
「ほんと、ほんと。見てみ、ほらあの先生」
「え、うそっ!? ……なんだ、そんなに似てないじゃん」
うるせぇ。
昼休み、よっぽど暇らしい女子生徒たちが、社会科準備室の前でそんな会話をしている。声のした方に顔を向ければ、彼女たちは視線が合うよりも前に蜘蛛の子を散らすように退散していった。
「……逃げんなら最初っから言うなっての」
溜め息と言えないくらい小さな息を吐く。それから煎れていたコーヒーを空になったカップに注いだ。
「今年も噂されてますね、泉先生」
聞こえたのは逃げていった女生徒たちとは違う声だった。よく知っているもので、先ほどとは違う息が零れる。
「……何の用だ、陸井」
硬い声音で言って振り向くと、一人の女子生徒の姿があった。
彼女は口元に笑みを浮かべ、小首を傾げる。
「先生と話がしたいっていうのじゃ、ダメですか? そうやって邪険にしてると、いつまで経っても生徒から好かれませんよ」
「別に、生徒にチヤホヤされたくて教師なったわけじゃないんで」
そう適当に返して、陸井と呼んだ生徒を一瞥する。
陸井火乃香。
ショートヘアの黒髪に、服の上からでもわかる線の細い身体。肌の色は髪と対照的で、日焼けなんてしたことないんじゃないかってくらい白い。
この春、二年に上がったばかりの彼女だが、成績優秀でおまけに礼儀も正しい。そのため教職員からの評判は高い。――俺を除いて。
俺は陸井が苦手だ。
話せば話すほど、思考や心の内を見透かされているような気がしてくるからだ。だからできれば授業以外では関わりたくないと思っている。しかしどうしてだか、彼女はことあるごとにこの準備室を訪れたり、やたらと話しかけてきたりして、妙に俺につきまとっていた。
「仕方ないんじゃないですか? 汐谷春は今売れに売れている俳優なんですから」
そんなこちらの内心を知ってか知らず、今日も今日とて陸井は変わらぬ態度で話しかけてくる。
「だからって人の顔じろじろ見て、似てるだの似てないだのとやかく言うのは失礼じゃないか?」
「先生の言うことも確かですね。個人的には双子というだけあって、似てると思うんですけどね」
顎に手を当て、なんでですかねえ、と陸井は不思議そうに呟いた。
その言葉に鼻を鳴らす。似てるっつーか、瓜二つだわ。
汐谷春。六年前、彗星の如く突如芸能界に現れ、その容姿と演技力で世の女性たちを魅了し、瞬く間に人気若手俳優の代名詞となった男。
映画に出れば大ヒット、CMをやればその商品は飛ぶように売れ、雑誌の表紙を飾れば完売続出。メディアで顔を見ない日はないと言っていい。陸井の言う通り、旬真っ只中の俳優というわけである。
そんな男にはあまり知られていないが、兄がいる。そしてそれは俺――海原泉のことである。
汐谷春こと本名、海原春と俺は一卵性の双子だ。そのため、見た目は親でもときおり間違えるくらいにはそっくりだ。笑い方もほくろの位置もほとんど変わらない。違いという違いと言えば、俺が左利きで弟が右利きなことくらい。でもそんなものは、ペンや箸を使ったりしなくちゃわからない。
おかげで外へ出れば、弟だと勘違いした人間にやたらと声をかけられてしまう。だから厄介な目に遭わないよう、外出する時はマスクを必ずつけるようになった。……俺は芸能人かっての。
腐った気持ちでコーヒーを啜っていると、そういえば、と再び陸井が口を開く。
「泉先生、午後の部活紹介の担当でしたよね」
嫌な予感がした俺は咄嗟に警戒が滲んだ声で返答してしまう。
「だからどうした」
「うちの部の発表、楽しみにしておいてください」
そう告げた彼女の顔には自信が感じられる笑みが浮かんでいた。
陸井は演劇部だった。しかも今年、部長になったはずだ。
それを思い出して、顔が引きつる。