「見ろってば、おい!! 『消えた歌姫がキス!?』だってよ!!」
「だから、俺はリナと――!!」
振り返りながら言うと目の前に週刊誌を突き出されていて、俺は口をつぐんだ。
『消えた歌姫がキス!?』
そんな大きな文字が目に飛び込んでくる。
「なんだ、これ?」
俺はヒロシの手からその雑誌を奪い取り、記事に見入った。
小さな文字の羅列の横には、薄暗い廊下に男女2人が立っている写真が乗っている。
これ……。
昨日の……?
2人の間にあるフェンス。
ちょうど唇が重なり合っている瞬間だ。
周りが暗くて2人の横顔はハッキリと見えないが――。
自分自身を見間違う事はないハズだ。
「それ本物だったらすげぇのになぁ」
ヒロが横から週刊誌を覗き込み、俺の反応を楽しむように言う。
まさか、ヒロシにこれが俺だとバレた――?
と、一瞬思ったけれどその考えはすぐに打ち消された。
ヒロシはそんな事気づくヤツじゃない。
ただ、俺の好きなリナのキスシーンが映っているから、どんな反応を見せるか興味を持って持ってきただけだろう。
「つくりもんに決まってるだろ」
俺はそう言って、雑誌をベッドの上に投げ出した。
記事にも少し目を通したけれど、写真の信憑性を疑うような内容だった。
内心、それを読んでホッとした。
もし、この男は誰だ!?
なんて内容だったら……俺はきっと全国のリナファンから指名手配扱いされてしまうだろう。
「なんだよ反応薄いなぁ~お前それでも歌姫のファンかよ?」
「ファンだから信用してんだよ」
『リナはそんな事しない』
と、最後に付け足す。
俺から強引にやっちゃったんだから、これって間違いじゃないよな?
でも……。
俺は頭の中でついさっき見た写真を思い出す。
あれは間違いなく、渡り廊下の真ん中にある窓の中を、外から写した写真だった。
誰が……?
俺とリナを見ている人影があることだけは、確実だった――。
俺のために買ってきたハズの週刊誌を見ながら、ヒロシは「俺もリナちゃんにキスしてぇ!」なんて、遠吠えを上げている。
ここは病室から少し離れている広間。
たいくつした患者や、見舞い客なんかがソファに座ってくつろいでいる。
大部屋だと何度伝えても声のトーンを落とさないヒロシにあきれて、ここまで出て来たのだ。
「そんなのデマだって言ってんだろ」
飽きれたように言うと、「デマじゃなかったら大変なことになる」と、ヒロシが神妙な顔つきで言った。
「大変なこと……?」
「あぁ、この男、きっと命を狙われるぞ」
と、写真の中の男――つまり、俺を指差して言うヒロシ。
は?
命を狙われる……?
キョトンとしていると、ヒロシが俺にグイッと顔を近づけてきた。
「知らないのか? リナちゃんのお兄さんのこと」
「リナの……お兄さん?」
兄弟がいたことさえ、俺は知らなかった。
「すっげぇシスコンな兄貴でさ、今までリナちゃんに近づいてきたタレントやモデルの男どもを片っ端からなぎ倒してきたらしいんだ」
シスコンの兄貴……?
「まさか、それもただのデマだろ?」
「いいや、これは真実! その証拠に今までリナちゃんのスクープも、浮いた話も一つもないんだよ」
「そりゃ芸能人だから気をつけてんじゃねぇの? 事務所がもみ消してるとかさ」
「ど~だかなぁ~?」
ヒロシはそう言い、「俺は絶対、兄貴の存在があるからだと思うね」といって、再び週刊誌に視線を落とした。
「シスコン兄貴……」
俺は小さく呟いて、なんとなく、寒気がして身震いしたのだった――。
☆☆☆
やけにリナ情報について詳しいヒロシが帰ったのは夕方近くになってからだった。
ヒロシがいようがいまいがおかまいなしに昼寝した俺。
だって、今日もそりゃぁもちろん、行く、だろ?
昨晩のリナの言葉を思い出す。
顔を真っ赤にして『それじゃ、また夜中』って言ったんだ。
『さようなら』じゃなくて、『また』って。
思い出しただけでも顔がにやける。
夜に近づくにつれて気分は盛り上がってくるのだけれど、昨日のように突然キスなんてしちゃいけない。
と、自分に言い聞かせる。
どんなに可愛くても。
どんなに触れたくても、我慢なんだ。
ある意味拷問のような仕打ちだけれど、あんな写真を撮られてしまった以上仕方が無い。
本当なら、今日は会わない方がいいのかもしれない。
でも……。
俺はすでにリナに会いに行く気満々だったのだった――。
俺がこっそりを松葉杖を準備している時、そいつは突然やってきた。
ほとんど物音を立てずに病室へ入ってきたそいつは、俺のベッドを覆っているカーテンを大きく開き、松葉杖で立っている俺を凝視してきたのだ。
「誰……?」
驚きで立ち尽くしたまま、俺はその男に訊ねていた。
男は、身長は俺と同じくらいだけれど、体格がものるごくいい。
ラグビー選手のような肩幅に、服の上からでもわかる盛り上がった胸。
それに加えて、眉間にシワのはいったいかつい顔。
「お前名前は?」
俺の質問に答える気はないらしく、一方的にそう聞いてくる。
「ナオキ……」
「来い」
名前を聞き出したと同時に腕を思いっきりひっぱられて、歩き出す。
松葉杖をつきながら精一杯男の歩調に合わせる俺。
「おい、あんた誰だよ」
そんな問いかけにも、男は答えない。
どこへ向かっているのかもわからないまま、ズンズンと突き進んでいく。
俺は、強すぎる男の手を振りほどく事もできず、半分涙目になりつつ、ついていくしかなかった……。
☆☆☆
そして、付いた先はといえば――。
屋上。
昼間は患者さんたちが洗濯物を干す場所としても使っているから、当然俺もここへ来た事はある。
が、夜にこんな大男と2人でくれば雰囲気も随分と違う。
「あの……」
俺は、恐る恐る声をかける。
さっきまで『おい、あんた』なんて言っていたのが嘘みたいだ。
「正直に答えろ」
男は振り向かないまま、背中せそう言ってきた。
「ナオキ、お前は昨日、リナと会ったのか?」
その言葉に俺は目を大きく見開く。
リナ――?