「だけど失敗した。あの花は体内で人よりも強く育ってしまい、開花してしまった」


『かいかまで、時間がない……』


院内の大きな花。


あ……あ……。


「あの花はまさか……」


クウナちゃんだったのか?


「リナの花も、もうすぐ咲く」


「そんな……」


そんなバカな。


そんな話しがあってたまるか。


人の中で咲く花だって?


「だけど、それでいいんだ。あの2人は、本来もっと早くに死んでいたんだから」


霧夜さんは静かにそう言った。
開花まで、時間がない。


「知ってたんですか? 霧夜さんは、実験が失敗して開花する事を知ってたんですか?」


そう聞くと、霧夜さんは黙って頷いた。


「どうしてです? あなたは俺に助けを求めた。それって、リナちゃんをどうやって救い出せって意味なんですか?」


リナちゃんが本当に花の力で生きているのだとすれば、あの病棟から出る事は死を意味するんじゃないのか?


「人の生死は人が決めることじゃない……。だから、お前に頼んだんだ」


「……俺にリナちゃんをあそこから連れ出させて……殺すつもりだったんですか?」


「殺すんじゃない! 本来あるべき運命に戻すだけだ!」


それは、殺すも同然じゃないのか?


「開花してしまえば、リナの亡骸を抱きしめる事さえできないんだ!! だから、そうなる前にあそこから出したかった!!」


その選択が正しいのか間違っているのか、俺にはわからない。


ただ1つだけ言えるのは、今すぐにリナちゃんに会いに行きたいと強く思うことだけだった――。
☆☆☆

約束を交わしたんだ。


いつかリナがそこから出れたら


君を、一番最初に抱きしめても、いいかな――?


そう聞くと、君は照れくさそうに頷いてフェンス越しに俺の肩に頭をもたげてきたよね。


その約束、きっと叶う。


俺が、叶えさせてみせるから――。


肩で大きく呼吸を繰り返し、俺は灰色の重たい扉を開いた。


時刻はまだ昼前で、夜中に見る風景とは随分違った物に見えた。


渡り廊下の中央にある窓からは明るい光が入り込み、廊下全体を照らし抱いている。


「リナ……」


こんな時間にここへ来ても、彼女がいないことなんてわかっている。
だけどどうしても、来たかったんだ。


リナに、今すぐ会いたくて。


いつもリナと会話をする中央まで来ると、俺は窓の下を覗いた。


ちょうど真下に花が見える。


「クウナちゃん……?」


本当に、あれがクウナちゃんなのか?


どこからどう見てもそれは大きな花でしかなくて、風が吹けば心地よさそうに揺れている。


「ナオキ君……?」


聞きなれた細いその声に驚いて、俺は窓から離れた。


「リナ……ちゃん」


いるはずがないリナがそこにいて、会いに来たくせに一瞬たじろく。
「こんな時間にどうしたの?」


「あ……リナちゃんがいるかなって、思って」


そう言うとリナは嬉しそうに笑って、いつも通り俺の横に立った。


「私も、ナオキ君がいるかなって思って来たの」


「本当に?」


「うん」


短く頷くリナに、胸の中が一杯になっていいく。


今まで生きてきた中でこれほど幸せだと感じた事はないかもしれない。


こんな……。


こんな状況が幸せだなんて……。


「リナちゃんに、1つ聞きたいことがあるんだ」


雰囲気を壊したくなかったけれど、霧夜さんの話しが本当ならばリナの時間もあとわずかなハズだ。
「私も、ナオキ君に話さなきゃいけない事がある」


右手をそっと窓に当てて、リナは下を見た。


ちょうど花の咲いている辺りを見つめながら、静かに口を開いた――。
☆☆☆

リナの話しはこうだった。


クウナちゃんは俺が予想していた通りこの病院の娘だった。


リナとクウナちゃんは親同士が親友という事もあり、幼馴染で仲良しだった。


昔からよく2人で遊びに出かけていたらしい。


それは、リナが歌姫として活躍しだしても変わらない関係だった。


ただ、仕事が増えれば会える時間は減っていく。


仕方のない事だけれど、ほんの少しの距離を感じていたと言う。


そんな時、多忙な生活の中で偶然クウナちゃんとリナの休みが一致した。


リナはこんなチャンスは滅多にないと思い、さっそくクウナちゃんを誘ったらしい。


クウナちゃんは免許をとりたてで、車も買ってもらったばかりで。


いつもなら危ないから隣に誰かを乗せるなんて事はしなかったらしい。


けれど、その日は違った。
久しぶりに2人で遊ぶという事と、リナが有名人だから公共機関を使えないという事。


それらが重なって、結局クウナちゃんの車で遠出をする事になった。


「遠出でも、運転は上手だったのよ」


リナはそう言って、思い出すように目を細めた。


そう、問題は運転じゃなかった。


自然の力。


2人の車が大きな橋で渋滞に巻き込まれていたとき、大地震が発生したのだ。


震源地はここから離れた他県だったけれど、俺も仕事中に揺れを感じた事を覚えている。


「リナちゃんたちは、そこにいたの……?」


小さな声で訊ねると、リナちゃんは俺を見ずに頷いた。
大きな橋が折れ、車が川に浮いている様子がテレビに映し出されていた事を思い出す。


あの中に、2人がいたんだ――。


そう思うと急にその光景にリアリティが増して、俺は震えた。


あの時2人の命は消えた――。