部員全員が見守る中、真剣な雰囲気と、負けられないという熱量が、体育館を支配する。しかし、一対一の状況は――あまり良くなかった。ルールは私とやった時とほぼ同じで五本先取だが、小球先輩は最初の一本以降とれていない。その代わり、玲奈先輩は既に三本先取。
 動きは悪くない、それどころか今までで一番良いはず。なら、どうして……。
 フワフワとしたあやふやな違和感を探るように、二人を見つめると。一瞬、たった一瞬だったが、顔を苦しそうに歪める小球先輩が見えた。


「最低、ですね」


 他にも、審判に見えないギリギリを狙ったラフプレーを、私の眼は捉えた。足を踏むのは序の口、脇腹に肘鉄、ボールを持った手を大きく振って牽制もしている。
 他の部員が気付いてないのを見ると、相当手馴れてるのだろう。
 このまま行けば、確実に負ける。私は足早に移動し、凛先輩の隣に立った。


「部長、一度一対一を中断してください。玲奈先輩は――」

「ラフプレーをしてるって? そんなの前から気付いてるわよ」

「だったら!!」

「でもね、あれぐらいで負けるようじゃ、全国に通用しないわ」

「……じゃあ、これは知ってましたか?」


 その言葉に続けて、私は小球先輩が受けていたイジメについて話した。話を聞くにつれ、少しずつ凛先輩の表情が強張っていく。どうやら知らなかったらしい。都合が良い、まだ勝ち筋は残っているみたいだ。
 脅しの形になってしまうが、今回ばかりは許して欲しい。


「二対一にして欲しい? あなた、本気で言っているの?」

「はい」

「はぁ……分かったわ。でも、それじゃフェアじゃないわよね。責任を持って私も参加するわ。二対二になるけど、別に構わないでしょう?」

「どうぞ、それでも勝ちますから」


 慢心なんてないし、油断なんかもしていない。ただ、確信しているんだ。 私と先輩は負けない、と。理由はただ一つ。この場にいる誰よりも、私は先輩を信じているから。


「お待たせしました、先輩」

「籠守……ちゃん」


 堂々とコートに入る凛先輩の後に続いた私は小球先輩に駆け寄り声を掛けた。泣き出しそうな顔で私を見て、震えた声を出す先輩。


「らしくないですね、ホントに。先輩に一番似合うのは、ウザいくらい明るい笑顔じゃないですか」

「……ウザくないもん」

「ウザいですよ。時々本気でウザいです。……まぁ、冗談はここまでにして、やりますよ?」


 未だに震える先輩の手を取り、立ち上がらせる。小球先輩は状況は飲み込めてないみたいだけど、凛先輩と玲奈先輩が険悪な雰囲気で話しているのを見て、なにかあったのは分かったんだろう。
 数分で二人の会話は終わり、凛先輩が今回のレギュラーを賭けた一対一を、二対二に変更することを宣言した。イジメの件を皆の前で言わなかったのは慈悲か、それとも別の理由か。


 野次馬の部員たちがどよめく中、ジッとこちらを睨む怜奈先輩と目が合う。一応、会釈を返しておいた。向けられる眼光が鋭くなったがどうでもいい。勝つことに集中しよう。
 ゲームは四本を先に取られて絶体絶命の状況。だけど、次の攻撃は私たちからだ。


「練習通りやれば勝てます、落ち着いていきましょう。先輩」

「大丈夫。私、籠守ちゃんを信じてるから!」


 その言葉を合図にするように、位置に着き、二対二が始まった。
 私の前に立つのは玲奈先輩、身長的なマッチアップだろうか。相対すると分かるが、そこまでの圧迫感を感じない。
 舐められているんだろう、丁度いい。
 強さを焼き付けてやる。


「邪魔です」


 左右にボールと体を振るフロントチェンジで相手を揺らし、右に行くとフェイントをかけ、バックロールターンで逆を行く。玲奈先輩は完全に引っ掛かり、私に置いていかれる。勿論、凛先輩がカバーに来るが、二対一で負けはありえない。一度止まって、シュートの構えを取り、凛先輩が詰めてきたのに合わせて、股下を通すように小球先輩にパスを出す。


「ナイスパス!」


 ゴール前でそれを受け取った先輩は難なくシュートを決める。理想的な二対一のプレーに野次馬が歓声を上げる。でも、これは何度も通じない。凛先輩だってバカじゃないからだ。今の一本で距離感は確実に掴んでいるはず。次はカバーのしやすい中間位置で守り、シュートもパスも通させない。だけど、私たちはその程度じゃ止まらない。
 攻守が交代し、怜奈先輩がボールを持つ。彼女の相手は私だ。


「本当に、イラつくわ。今まで、小球がどうしてもって言うから、仕方なく我慢して、見逃してあげてたのに……残念ね。叩き潰してあげる」

「そのセリフ、そっくりそのままお返しします!!」


 最後の一本だからか怜奈先輩は、力のゴリ押しで突っ込んでくる。私は地面に根を張るように腰を落とし、押し負けないよう踏ん張るが、彼女はスピードを落とさず突っ込んで来た。接触した瞬間、私はワザと、吹き飛ばされたように後ろに転んだ。


「きゃっ!」


 声まで出したんだ、傍から見ても、力押しのあまり吹き飛ばされたと考えるだろう。審判もそう判断したのか、笛を鳴らして言った。


「れ、怜奈先輩! チャージングです!」

「なっ!」


 チャージング、ファウルの一つだ。オフェンスの進行方向上にディフェンスが居て、それにぶつかった場合になるファウル。でも、もし私が怜奈先輩の進行方向に上手く入れず、無理矢理止めようと接触した場合は、ブロッキングという私側のファウルになる。
 色々な事情が絡んで焦っているんだろう。けど、それは自業自得だ。


「早くも、攻守交代ですね」


「チビのくせに、狡賢い。嫌いだわ、あなたのこと」

「安心してください、私も嫌いですから」


 そう言ったあと、ボールは私たちに渡る。また、私たちが攻める番になったが、協力という言葉を知らないのか、チームプレーを意識しない怜奈先輩のお陰で楽に終わった。
 続けて三本目、四本目と順調に攻撃を決め、守備も成功。
 二対二は、最後の一本に突入した。


「泣いても笑ってもこれが最後ですよ、怜奈先輩」

「分かってる!!」


 宥めようとする凛先輩の声も、殆ど耳には入ってないらしい。多分もう、勝つのはそう難しくないが、最後まで全力で行く。それが、選手としての礼儀だ。


「最後まで、気を抜かないでくださいね?」

「大丈夫。負けたくないから」


 勝気に笑った小球先輩が位置に着き、攻撃が始まる。野次馬をしていた部員たちは静まり返り、ドリブルの音だけが体育館に響いた。
 鋭い眼光でこちらを睨む怜奈先輩は恐ろしいと言われれば恐ろしいが、二人で戦えば怖くなんかない。


「スクリーン!」


 そう、凛先輩が叫んだ時にはもう遅い。小球先輩が怜奈先輩の動きを封じたのを見てから、右サイドに切り込んでいく。私一人で抜かない新しいパターンだが、凛先輩は冷静に対応してくる。


「簡単には――」


「抜かせてもらいます!」


 チェンジオブペースを使った緩急のある動きと、自分の小ささを活かし、一気に奥まで攻め込む。負けじと、凛先輩も追いかけて後ろからレイアップを叩こうとするが、狙いはそうじゃない。元々、この戦いは小球先輩の勝負だった。
 だから、決着をつけるのは、


「先輩!」


 ノールックで、凛先輩の後ろにいるであろう小球先輩にパスを出す。無雑作に放っただけにしか見えないボールは、しっかりと先輩の手に収まり、そのままシュートの態勢に入った。
 誰も止められない。そう思った矢先、怜奈先輩がブロックに入った。不味い、フェイクをかけようにも、先輩はもう飛び始めている。


「小球先輩!!」


 叫んだ私に応えるように、先輩は笑った。『大丈夫、信じて』と言った、あの時のように。怖い、怖いけど、信じたいと思った。ジャンプした体を後ろに反らして、小球先輩は怜奈先輩のブロックの範囲から抜けた。
 ……あれは、フェイダウェイシュートだ。クセもあって、男子でもやり辛い技だから、私でも敬遠している。先輩に教えたことはないし、知っていたとしても、ここで選ぶべき技じゃ――いや、違うか。この状況だから、選んだんだ。


「いっけー!!」


 手から離れたボールは放物線を描き、ゴールリングへと吸い込まれていく。そして、ネットを潜り抜けた。


「入った……入った!? やった! やったよ籠守ちゃん!!」

「やりましたね、先輩!」


 喜びのハイタッチだった。「パンッ!」という気持ちの良い音が響き、野次馬が歓声を上げる。そして、数分後。
 落ち着きを取り戻した頃に、凛先輩が二対二の結果を正式に告げた。


「今回のレギュラーを賭けた二対二の結果は、小球たちの勝利よ。良かったわね、近々始まるインターハイ予選ではユニフォームを着れるわよ?」

「おめでとうございます、先輩。ようやく、スタートラインですね」

「そうだね。これからもよろしく、籠守ちゃん!」

 眩しいくらいの笑顔を向ける先輩を見て、私も自然と笑みが零れた。
 間もなく、凛先輩が怜奈先輩を連れて体育館を出て行った。チラッと見えた怜奈先輩の表情は、酷く青褪めていた。まぁ、そういうことなんだろう。


 けど、お陰でやっと、一歩前に進める。
 理想は遠いけど、小球先輩と二人なら、やっていける。
 先輩の笑顔が、そう思わせてくれた。