私は市橋奈緒。二十六歳。普通の会社で働いている、普通の会社員だ。
 同期の中で一番仲のいいのは留美だ。
 あまり目立つほうではないが、一緒にいて和やかになれる相手だ。
 その留美が、最近変だ。
 今まで会社では全然笑わなかったのに、急ににこやかになるし
 ついさっきは鼻歌まで歌っていた。

 「どうしたのよ、最近!急になんかすっきり明るくなっちゃって。」
 「え、え?そんなかわった?」
 「かわったわよ!急にニコニコしたり、さっきは鼻歌歌いだすし、気が付いてないでしょうけどよく顔赤くなってるのよ!あのくそ上司様と話しているとき!」
 「え!うそ!なんで?顔赤くなってないよ!」

 彼女はばれないとでも思っているのか、何も話してこない。
 楽しそうだから悪いことではないと思う。
 でもすぐため込む人だから、できるならすべてを聞かせてほしい。
 バレバレすぎるんだから早く言いなさいよ。
 あんた嘘つけない人でしょ。
 そう思いながら、自分の仕事を始めようとしたとき

 「市橋さん。今日朝一で会議だよ。いこう。」
 「あ!はい!すぐ準備します!」

 先輩の中木さんが声をかけてくれた。
 中木倫哉。三十歳。仕事ができて、スマートで、パーフェクトマンだ。
 会社に入って四年もたてば後輩もできるけど、なぜだか私はその中木さんとすっとペアだ。
 初めのころは、ずっと無口で不愛想で、何考えてるんだかまるで分らない人だと思っていたけど、案外そうでもなかった。
 好きなものを見ると、ちょっと嬉しそうにするところとか
 怒ると顔がやさしくなるところとか
 (本当に怖すぎで一回泣きそうになった。)
 哀しくなるとちょっと下がり眉になるところとか
 楽しくなると少し口角が上がるところとか
 意外とわかりやすくて、かわいい人だった。
 留美はそんなことないっていうけど。

 「とも!といっちー!早く早く!部長が待ってるぞー。」

 彼は田中信弘。中木さんの同期で、よく一緒のチームになる人だ。
 どうやらどっかの会社の御曹司という噂もあるが、私はよくわからない。
 私たちが会議室に入って、すぐに会議が始まった。

 「まず会議を始める前に、次の企画についての説明をします。次はほかの会社とのコラボ企画を考えているので、資料を見て何か思いついた人は直接私のほうに連絡してきてください。わからないことも連絡してくださいね。では、定期会議を始めましょう。」

 定期会議が終わったのは、昼のちょっと前だった。

 「ねえ、とも。早めにお昼食べちゃおうよ。」
 「だめだ。仕事が山積みだから外で食べる暇なんてない。」
 「あ、じゃあ私仕事しておくんで、二人で食べてきちゃってください。」

 そういうと、田中さんはダメダメ―といってきた。

 「何言ってるの。いっちーも一緒に行くにきまってるでしょ!三人でご飯、最近食べてないじゃん。」
 「お前のわがままに市橋さんを巻き込むんじゃないよ。」

 確かに同じチームの時は、よく三人でご飯を食べていた。
 田中さんはどうやら留美のことが気になるらしく、ご飯のたびに近況を聞き出そうとしてくる。
 そこがちょっと面倒くさいとはいえ、田中さんは話していて楽しくなれるので、私も社内では結構好きな人だ。
 先輩として、だが。

 「お昼は忙しくて無理かもしれないですけど、夜なら大丈夫じゃないですか?久しぶりに飲みに行きましょう!」
 「え、ほんと!じゃあ速攻で仕事終わらせるから!」

 そういうとすぐに自分の持ち場へ帰ってしまった。
 中木さんと二人になることはしょっちゅうだけど、いつも緊張してしまう。なんてったって好きな人なのだ。緊張しないわけがない。

 「市橋さん平気?」
 「大丈夫です。田中さんいい人ですから。定時で上がれるように仕事頑張らなきゃですね!」

 そう言ってそそくさと歩き出した私は、中木さんがどんな顔をしていたか知る由もない。